呪術廻戦ー呪いを斬るー   作:先導

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揺蕩

疱瘡婆の領域内

 

偽夏油が召喚した特級特定疾病呪霊、疱瘡神(疱瘡婆)との戦闘を余儀なくされた冥冥は疱瘡婆の領域の必中効果によって再び棺桶に閉じ込められ、巨大な墓石によって埋められてしまっている。

 

「姉様!」

 

【・・・3・・・2・・・1・・・】

 

疱瘡婆は右掌に左拳を乗せ、術を発動するためのカウントダウンをする。

 

ボコッ!ドォォォン!!!

 

1の数字がカウントされた直後、冥冥は斧を突き上げて棺桶と墓石を破壊し、脱出する。脱出した勢いで冥冥は疱瘡婆に接近し、斧を振り下ろそうとする。

 

パンッ、ガコンッ!

 

「狭っ」

 

疱瘡婆が再び右掌に左拳を乗せると、冥冥は一瞬で棺桶に閉じ込められてしまう。棺桶に閉じ込められた冥冥は冷静に疱瘡婆の術式を分析する。

 

「・・・なるほどね」

 

冥冥が疱瘡婆の術式を理解すると、棺桶の真上に墓石が降りてきて、再び地面に埋めようとする。

 

(1、棺桶に拘束。

2、墓石で埋葬。

3、3カウント開始。

ここまでがこの領域の必中効果、特定疾病呪霊だ。3カウント以内にカウントに脱出できなければ、私はその病にかかり、死ぬ)

 

バキッ!ドゴォォォン!!

 

冥冥はカウントが始まる前に斧を突き上げ、振り払うことで墓石を破壊し、自身の身を安否しようとする憂憂を抱き寄せ、近くの墓石に身を隠す。

 

(厄介なのはあの墓石。後2回もくらえばいつもの動きができなくなる。その状態で夏油君と戦いたくないな。それに、夏油君はあの時、相方の存在をほのめかしていた。その相方の素性がわからない以上、なおさらあれを受けるわけにはいかないな)

 

冥冥の右手は墓石からの脱出の際にかなり無理をしたせいか腫れていた。偽夏油や彼の相方の存在との戦闘を視野に入れている冥冥はまず憂憂に怪我がないか確認をする。

 

「憂憂、無事かい?」

 

「はい、姉様」

 

憂憂の無事を確認すると、冥冥は今度は領域に巻き込まれた鴉に視線を向ける。

 

(領域内で呪力の強い者を反射で標的にしているのだろう。領域に巻き込まれた鴉は2羽)

 

冥冥は術式の確信を得るために術式を使い、飛んでいる1羽の鴉に強い呪力を送り込んだ。

 

パンッ!

 

その瞬間、鴉は棺桶の中に閉じ込められ、墓石によって埋葬されてしまう。そして、3カウントが終わると墓石と棺桶が消え、その場には潰された鴉の遺体だけが残る。これによって冥冥は確信を得る。

 

(やはりね。王手を指すには攻撃対象を憂憂に移し、私が自由に動ける時間を稼ぐしかない。だが憂憂は墓石攻撃を1度でもくらえば死ぬ)

 

冥冥が自由に動くためには最低でも憂憂に攻撃対象を移さなくてはならない。だがそうしてしまえば憂憂は領域の必中効果で棺桶に閉じ込められ、墓石によって潰されてしまうだろう。それでも冥冥は何か策があるのか作戦を変えることはなかった。

 

「憂憂・・・私のために死んでくれるかい?」

 

姉からの慈悲もない言葉。だが憂憂は特に動揺したりせず、笑みを浮かべている。

 

「いいんですか?姉様のために死んでも」

 

憂憂の行動原理は全て愛する姉のため。そのためならば喜んで命を差し出す。その思想の下、憂憂は墓から姿を現し、自身に大きな呪力を練り、構えをとる。

 

(私が呪力を解放すると同時に、姉様は呪力を抑えた。全て理解しましたよ、姉様!)

 

パンッ!

 

憂憂が呪力を解放すると同時に、疱瘡婆は右掌に左拳を乗せて術を発動。憂憂は一瞬で棺桶に閉じ込めれてしまう。そして次の瞬間、疱瘡婆の懐に冥冥が入り込み・・・

 

ザシュッ!!!

 

【ぐああああああああああ!!!】

 

斧を大きく振り上げることで疱瘡婆の両腕を斬り落とした。

 

「私がただの荷物持ちであの子を連れているとでも?」

 

子供と言えど、憂憂も呪術師だ。であるならば、彼が呪術を持っていないわけがない。しかも、彼の持つ呪術は領域に対して最も有利に事を運べるものだ。

 

(姉様の『命懸け』は・・・私にとって呪術使用許可の合言葉)

 

そう、憂憂が使用する呪術とは、対領域対策であるシン・陰流『簡易領域』だ。簡易領域があるならば、領域の必中効果を打ち消すことができるのだ。冥冥もそれを理解しているからこそ、憂憂を前に出したのだ。

 

「憂憂の役割は領域対策。他人に借りを作るのは性に合わなくてね。その辺はあの子に任せてある」

 

冥冥は辺りの林の影に隠れた疱瘡婆を探っている。彼女が後ろを振り返った時・・・

 

【ぐおおおおおおおおお!】

 

闇の中より姿を現した疱瘡婆が冥冥に襲い掛かり、彼女に触れようとする。その瞬間・・・

 

ズンッ!!ズシャア!!!

 

【ぐ・・・お・・・おおおおおおおお!!】

 

残った1羽の鴉が呪力を纏って体当たりを仕掛け、疱瘡婆に直撃させる。疱瘡婆は鴉の体当たりによって体を貫かれ、力尽きて倒れる。同時に、体当たりを仕掛けた鴉も頭が破裂し、死亡する。

 

「術師にとって最もインスタントに能力を底上げする方法・・・なんだと思う?」

 

冥冥の問いかけに対し、憂憂が棺桶から出てきて嬉々とした表情で答える。

 

「それは命を懸けた縛り・・・ですよね、姉様!」

 

そう、この鴉の体当たりは冥冥の術式、黒鳥操術によって命を差し出した一撃なのだ。

 

(そう、姉様の術式、黒鳥操術。その真骨頂、バードストライク!鴉に自死を強制させその代価として本来微弱である動物の呪力制限を消し去り、体当たりさせる!バードストライクを防ぐことができた人間は、五条悟と禪院赤女(あかめ)を除いて存在しない)

 

黒鳥操術の真骨頂、バードストライクによって疱瘡婆は消滅する。疱瘡婆の消滅によって領域も解除され、辺りの空間が元の駅の線路上に戻った。元の空間に戻った冥冥は目の前で待っていた人物を見て、肩を竦める。

 

「ふぅ・・・今日は厄日かな?まさか、君まで1枚噛んでいたとはね」

 

冥冥がそう呟いた瞬間、辺りに極寒の冷気が漂ってきた。

 

「やるではないか・・・冥冥。軽い準備運動にはちょうどいい」

 

冥冥の前に姿を現したのは、奥で獄門疆を見張っていたエスデスであった。腕を組んで待っていたエスデスは首を軽く鳴らし、戦闘の準備をしている。冥冥もまた、自身の周りに鴉を集めさせ、戦闘準備を始める。

 

「さあみんな、集まっておいで。私のために死んでくれるかい?」

 

冥冥は斧を回して構え、戦闘態勢を万全に整える。

 

 

井ノ頭線渋谷駅アベニュー口  22時20分

 

七海は禪院班の3人と合流し、階段を下りて地下5階を目指している。七海は3人に悟の封印と赤女(あかめ)の危機的状況にあるという説明をした。

 

「五条が封印されて赤女(あかめ)が大ピンチって・・・現実味が湧かないねぇ。まるでキツネにつつまれたみたいな感覚だよ」

 

「私もです。ただ、偽物とはいえ夏油さんが絡んでる。その辺りに種があるかと」

 

どうやって悟と赤女(あかめ)をどうやってそこまで追い込んだのかを冷静に考える。

 

「ふむ・・・赤女(あかめ)がいなくなるのはちっと困るが・・・俺としてはこのまま五条家の衰退をさかなに一杯・・・」

 

赤女(あかめ)の方はともかく、悟がこのまま封印されて五条家の衰退を願っている直毘人はそれをそのまま口に出した。

 

「やる気がねぇなら帰れよ」

 

「帰れ、か。それは真希、お前の方だろ。なぁ、七海1級術師殿?」

 

真希の悪態に対して直毘人は気に留めず、逆に言い返した。彼の言葉に七海は同意している。

 

「真希さん、これに関しては直毘人さんの言うとおりに・・・」

 

「酔っ払いよりは役に立つさ」

 

真希の発言を聞いて七海は直毘人に顔を向ける。

 

「・・・飲んだんですか?」

 

「・・・飲んでらいよ。ゲフー」

 

「嘘付け!バリバリ飲んでたろーが!私だって我慢してるってのにさ!そりゃ仕事の合間に飲んだらうめーだろうさ!」

 

(・・・1人の方がマシだったなんてことはないよな・・・)

 

平然と嘘をついてゲップをする直毘人に不満をぶつけるレオーネ。そんな光景を目にした七海は内心呆れ果てている。先を進んでいく4人はその先で待っている呪力を感じ取り、立ち止まる。

 

「七海さん」

 

「ええ」

 

「いるな・・・」

 

真希は薙刀を構え、レオーネは構えを取り、七海は腰の鉈を手に持って警戒する。

 

「ここは私が」

 

七海が先導し、ゆっくりと柱に近づく。すると、柱の裏より呪力の出元が姿を現す。

 

「ぷふぅ~・・・ぷぅ~・・・」

 

柱から顔を出したのはタコの姿をした特級呪霊、陀艮であった。陀艮は怯えた様子で柱から動こうとしない。しかし、次の瞬間、警戒する3人は目の前の光景を見て驚愕で目を見開く。

 

「お前たち・・・ちと、鈍すぎるな」

 

「!!?」

 

その光景とは自分たちより後ろにいたはずの直毘人が一瞬で柱の前に立っており、彼の手には薄っぺらいガラスフィルムがある。その中には陀艮が閉じ込められている。

 

「フハハハハハ!!」

 

バキッ!!パリィィィン!!

 

「ブフーーーーー!!!」

 

直毘人は強烈な拳を叩き込み、陀艮を殴り飛ばした。

 

「見えましたか?」

 

「いえ・・・」

 

「・・・爺さんの術式・・・だよな・・・?」

 

一瞬で陀艮まで近づいた直毘人の速さを見ることができなかった3人はこれが彼の術式によるものではないかと考察する。

 

「ぷぅ~うぅ~・・・」

 

陀艮はうるうると涙を浮かべながら、何やら口をもごもごさせている。

 

「ううぅ~・・・ぷふぅ~~!」

 

陀艮は口を開けて何かを大量に吐き出した。それ、数えきれないほどの人間の遺骨であった。おそらく、渋谷駅に閉じ込められた人間の生き残りを食らったのだろう。

 

「ふっ・・・貴様・・・いったい何人食ったんだ?」

 

「ぷふぅ~・・・」

 

鼻で笑う直毘人の問いかけに仲間の名前以外しゃべることができない陀艮は答えられるわけもなく、ただずるずる這いずって移動する。

 

「じょうごぉ・・・まひとぉ・・・ざんきぃ・・・」

 

涙が溢れる陀艮の脳裏に散っていった仲間、斬鬼と花御の姿が浮かび上がる。

 

「はな・・・みぃ・・・!!!」

 

すると陀艮は目を細め、表情を強張らせた。陀艮に変化が訪れた時、直毘人は不敵に笑う。

 

「よくも・・・よくも花御たちを殺したな!!!」

 

 

殺したなぁ!!!!!

 

 

仲間を殺され、怒りに燃える陀艮の身体に亀裂が入り、何かが飛び出した。

 

「なるほどぉ、弱いはずだ」

 

陀艮から飛び出したそれは、頭はタコの名残を残しつつ、人の肉体や手足を持った筋骨隆々の姿の呪霊であった。この呪霊の足元には陀艮の抜け殻が残っている。

 

「呪胎だったというわけか」

 

そう、今までの陀艮の姿は呪胎であり、渋谷の人間を食らい、そして仲間が殺された怒りによってへと変貌を遂げたのだ。陀艮は頭上に巨大な水の球体を作り上げ、それを地面に放った。

 

バッシャアアアアアン!!!

 

「水!うっ・・・!」

 

大量の水の物量で流されそうになる真希は近くにあった柱に薙刀の刃を突き刺し、何とか飛び上がって薙刀の取っ手の上に乗り、何とか難を逃れる。

 

「なんつう物量だよ!」

 

水のど真ん中にいた直毘人は迫った水を数枚のフィルムに閉じ込めたことで流されず、ダメージも負っていない。溢れる水はどんどん引いていく。

 

「呪霊よ。アニメーションが1秒間に何フレームあるか知っているか?」

 

「呪霊ではない。私は陀艮」

 

名前で呼ばず呪霊呼ばわりする直毘人に陀艮は名を明かした。だがそれでも構わず直毘人は話を続ける。

 

「昨今の解像度やフレームレートを上げたがる風潮」

 

「花御、斬鬼、漏瑚、真人にも・・・」

 

「4Kにアップコンバートだの60fpsでフレーム補間だの・・・」

 

「我々には・・・」

 

「個人で楽しむ分には誰の迷惑にもならんからそれはいい。しかし、最近のテレビはフレーム補間がデフォルトでオンになってやがる。まさかありがた迷惑という言葉が死語になったわけでもなかろうに・・・嘆かわしいことこのうえない。ソープオペラ・・・」

 

 

「我々には名前があるのだぁ!!!!」

 

 

 

「不粋だとは・・・思わんかぁ!!!!」

 

 

陀艮が攻撃を仕掛けようとした時、水圧から逃れた七海が高く跳躍し、陀艮に向けて鉈を振り下ろした。陀艮は腕で鉈の攻撃を防いだが、込められた力が強く、吹っ飛ばされて地面に叩きつけられる。陀艮が起き上がると土煙の中より獣化して水圧を回避したレオーネが蹴りを放つ。陀艮は腕を組んで防御するも、威力が高く後退る。後退った陀艮の背後に真希が回り込み、薙刀を振るう。だが真希が振るう斬撃は片手で受け止められてしまう。

 

「おっと」

 

「!!」

 

だが直毘人は一瞬で陀艮の背後に回り込み、彼の身体に触る。すると陀艮は一瞬でガラスフィルムに閉じ込められ、身動きが取れなくなる。

 

「ふんっ・・・うらぁ!!」

 

身動きが取れない陀艮を直毘人は宙に放り投げる。それに合わせて七海が跳躍し、鉈を振り下ろした。七海が振るった鉈はガラスフィルムを割ったが、身動きが取れるようになった陀艮は腕を組んで術式で水の衝撃を放って弾き、後退る。そこへ陀艮の背後に回ったレオーネが拳を握りしめ、殴りかかる。

 

「オラァ!!」

 

「ぬ・・・ぅぅん!」

 

レオーネの拳を受けた陀艮だが、後退りながらも態勢を立て直した。ここまで攻撃を受けた陀艮だが、ほとんどダメージが入っていない。

 

「ちっ・・・結構タフだな・・・」

 

(ダメージなし・・・というより、ヒットポイントが果てしない感触だな)

 

レオーネと七海は頬の汗をぬぐい、構え直す。陀艮は術式で身体に水を纏わせ、ゆっくりと歩く。

 

「準1級が1人、1級が2人いて祓えんとは、由々しき事態だな」

 

直毘人は言葉とは裏腹に余裕の笑みを崩していない。

 

(くそ・・・ジジイが術式出してなかったら、私はあのまま()られてた・・・。恥だ・・・)

 

直毘人の助けがなければあっさりと殺されるところであったと理解している真希はそうなるきっかけを作った自分自身の力量に恥じた。

 

「水の防壁か。同時に大技は出せるのか?呪力過多。術式もまだまだ手数があるな。ならばどうする?簡単だ。技を出す前に・・・速度で潰す!」

 

水の防壁で身を固める陀艮に4人は大技を出す前に一斉に襲い掛かり、攻撃を仕掛ける。

 

「・・・ありえん」

 

直毘人の言葉を否定し、陀艮は水の防壁を蒸発させて上空に滞空する。だが陀艮の行動を予測で来ていた直毘人は先回りで上に飛んでいた。

 

「滞空できるんだもんなぁ。俺でも上に逃げる」

 

ゲシィ!!

 

「うおっ!!」

 

直毘人は蹴りを放って、陀艮を蹴り落とす。倒れようとする陀艮だったが、それすらも許さない直毘人は目にも止まらない速さで背後に回り込み、陀艮を殴り飛ばした。

 

(術式が発動できない・・・!)

 

殴り飛ばされた陀艮は空中でバク転し、態勢を整えて立ち上がる。

 

(この男・・・この男のせいだ)

 

自分の術式の発動が間に合わないのは直毘人の術式のせいだと陀艮は睨んでいる。直毘人がバッと駆けだし、迫ってきたところで陀艮は攻撃に備えて水の防御を目の前に張る。だが水の防御を張った頃には直毘人はすでに陀艮の背後に回っていた。陀艮は振り返り、拳を振るおうとするが、それよりも速く直毘人は拳を陀艮に叩き込んだ。

 

(速い!おそらく漏瑚よりも・・・!)

 

後退る陀艮は攻めてくる直毘人に拳を振るうが、直毘人の素早い動きによって躱されてしまう。陀艮の攻撃を躱した直毘人は陀艮の背中に触れる。するとその瞬間、陀艮は一瞬でガラスフィルムに閉じ込められ、フリーズする。フリーズされた陀艮を直毘人は蹴り飛ばす。

 

投射呪法。禪院直毘人の術式。1秒を24分割、己の視界を画角とし、あらかじめ画角内で作った動きをトレースする。術式発動中、直毘人の掌に触れられた者も24分の1秒で動きを作らねばならず、失敗すれば動きがガタつき、1秒間フリーズする。リスクはある。作った動きは途中で修正できないこと、過度に物理法則や軌道を無視した動きを作れば自らもフリーズすること。それでも彼は天性のコマ打ちのセンスと時間間隔で五条悟を除き、最速の術師と呼ばれるに至った。

 

陀艮は何とか術式を発動させようと両腕を合わせるが、直毘人に触れられて投射失敗によるフリーズで動けなくなり、そこから直毘人に殴り飛ばされる。このままでは術式発動もままならないため、領域を発動させようとしたが、それすらも許さないかのように直毘人は陀艮の体を拳で抉る。

 

「させんよ」

 

領域の発動を食い止めたかのように思われたが、直毘人にとって予想外なことが起きた。なんと陀艮は両腕で印相を結ばず、出来上がった傷で印相を作り上げたのだ。これによって領域が発動し、辺りの空間が一瞬で変わった。

 

太陽の光が差し込める青い空、白い砂浜、澄んだ青い海が広がる南国の島だ。直毘人、七海、レオーネ、真希は陀艮の作る領域に閉じ込められてしまったのだ。

 

 

「領域展開―――蕩蘊平線

 

 

ブシュッ!!

 

身構えている七海、レオーネ、真希だったが、突然3人に何かが直撃し、一筋の傷ができあがる。3人に傷を与えた正体とは、魚の姿をした式神だった。式神は一瞬だけ姿を現したがすぐに消えてしまった。

 

(!式神か!これが領域の必中って奴か!当たるまで気付かなかった!いや・・・当たるまで存在しなかったのか!じゃなければ匂いですぐに気づける!)

 

獣化しているレオーネは他の者よりも近づいてくる生物にはかなり敏感ではある。だがここは陀艮の領域内。仮に式神が近づいてくるのがわかっていたとしても、必中効果が備わっているため、対領域対策がなければ対処が難しいのだ。

 

「秘伝『落花の情』」

 

対して直毘人は自身に呪力を纏わせて、噛みついてきた魚の式神を真っ二つに両断した。

 

落花の情。御三家に伝わる対領域の術。簡易領域のように自らは領域を展開せず、必中の術式が発動し、触れた瞬間カウンターで呪力を解放し、身を守る。

 

(やはりあの男は違う。小手調べは済んだ。力を髭の男7、スーツの男2、獣の女1に調整)

 

式神を使って4人の力量を測り終えた陀艮は両手を合わせ、自身の術式の力を解放する。

 

「術式解放―――『死累累湧軍』!」

 

陀艮が死累累湧軍を発動させた瞬間、数多な種類の水棲生物の式神が現れ、4人に迫って来る。現れた式神には全員必中効果が付与されている。つまり式神の攻撃は、どう動いても避けられない。

 

「レオーネさん、真希さん、式神はまっすぐこちらに向かってくるわけではない。次の瞬間には私たちの肉を抉っている。考えてはダメです!触れられたと感じたら片っ端から叩き落としてください!特にほとんど呪力がない真希さんにはそれしか・・・」

 

ガブッ!!

 

「ぐあ・・・!」

 

七海が対処法を伝えようとしていた時、ウツボの式神が七海の身体に噛みついた。

 

「七海・・・!」

 

ガブッ!ガブッ!!

 

「が・・・!」

 

レオーネが七海に声をかけようとした瞬間、サメやアンコウなどの式神が彼女の肩に噛みついてきた。

 

(あね)さん!!」

 

「こ・・・にゃろう・・・!」

 

レオーネは両腕を上げ、噛みついてきた式神の肉を抉ろうとする。だがそれよりも先に他の式神が群がり、彼女に襲い掛かる。七海もまた、他の式神に両肩を噛まれ、大量の式神に覆われる。一方の直毘人には2人とは比べ物にならないほどの式神が襲い掛かるが、落花の情によって全て蹴散らしている。それでも式神は際限なく湧き出る。

 

(式神の勢いが一向に衰えない。まさか、この領域に付与された術式は・・・)

 

考えている間にも目の前に陀艮が一瞬で現れ、拳の打撃を食らって直毘人は吹っ飛ばされる。

 

「ちっ・・・落花・・・」

 

「海は万物の生命の源」

 

直毘人が再び落花の情を発動しようとする前に式神は彼の身体に噛みついていた。

 

「うおおおおお!!」

 

真希は式神に向かって薙刀を振るおうとするが、数匹のウツボの式神が一瞬で現れ、彼女の両腕と片足に噛みついた。

 

「うっ!」

 

「弱い!お前が1番!」

 

式神によって隙が生まれた真希に陀艮は一瞬で彼女の前に現れ、蹴りを放って蹴とばす。

 

「死累累湧軍は際限なく湧き出る式神だ」

 

またも一瞬で直毘人の背後に回り込んだ陀艮は式神に指示を出し、彼を襲わせた。1体の式神が直毘人に噛みつき、宙に持ち上げた瞬間、数体の式神が一斉に襲い掛かり、彼を覆い尽くした。その瞬間、真希が持っていた薙刀の折れた取っ手が砂浜に突き刺さる。

 

「弱ぇって言うならよ・・・一撃で仕留めろや・・・タコ助・・・!」

 

真希はダメージを負いながらも片手に折れた薙刀を持って陀艮に近づく。

 

「ならばお前も3人のように・・・食い尽くしてやる」

 

(くそっ・・・!)

 

真希にとどめを刺そうとする陀艮は手を翳し、式神を召喚しようとしたその時・・・

 

ドォォォン!!!

 

海の中から突然影のように黒いものが噴射してきた。その黒いものより恵が印相を結んで飛び出してきた。

 

「真希さん!!」

 

「恵!!」

 

領域に恵が侵入してきたと同時に、黒いものの中よりある物体が飛び出し、砂浜に突き刺さった。その飛び出してきた者とは、三節棍の特級呪具、游雲であった。

 

(お前って奴は本当に・・・クソ生意気な後輩だよ!)

 

この状況下で特級呪具を用意してくれた恵に真希は心の中で悪態をつきながらも折れた薙刀を捨て、游雲に持ち替える。宙に浮かぶ恵はこの領域の主である陀艮を視界にとらえた。

 

(あいつだ!あのタコがこの領域の主!)

 

「自ら私の領域に侵入するとは・・・愚かな!」

 

陀艮は手を翳して恵に式神を放った。だが式神に付与されている必中効果が発動せず、式神はまっすぐに突き進む通常の動きを見せている。

 

「何っ⁉」

 

陀艮は驚きながらも後ろから攻撃を仕掛けてくる真希の游雲を防御しようとする。

 

ドォン!

 

だが游雲の一撃は重く、防御しきれなかった陀艮は仰け反る。

 

「ぬっ・・・」

 

「うおっ!」

 

ドォォン!

 

「ぐっ・・・」

 

真希はさらに游雲の追撃を放ち、陀艮を海に叩き飛ばした。

 

(この領域内の必中効果が消えている・・・)

 

陀艮は後ろを振り向き、印相を結んだ態勢を維持している恵に視線を向けている。領域の必中効果が消えた理由。それは恵自身が自分の領域、嵌合暗翳庭を展開しているからだ。とはいえ、陀艮の領域の方が洗練されているため、恵の領域は彼の周囲にある影のみである。少しでも気を緩めば恵の領域は押しつぶされてしまうだろう。

 

(あの少年・・・領域を展開している。今私と彼は領域の綱引きをしている状態。改めて必中効果を得るには、彼の領域を潰さねばならないというわけか・・・。容易い!)

 

この領域の必中効果を戻すために陀艮は標的を恵に変え、式神を召喚して襲わせる。恵は今領域の維持で手一杯。少しでも動けば領域は解ける。ゆえに動けない。

 

「ぐっ・・・!」

 

身動きが取れない恵に2体の式神が迫ろうとした時・・・

 

ズシャア!!!

 

深手を負いながらも死累累湧軍から脱出した七海が恵が召喚した蝦蟇を足場にして、恵を食らおうとする式神に近づいて鉈を振り下ろした。鉈の一撃をくらい、式神は真っ二つに両断する。そこへウツボの式神が七海を背後から喰らおうとする。

 

「ふんっ!!」

 

ザシュッ!!!

 

七海は振り向きざまに鉈を振るい、ウツボの式神を両断する。

 

「虎杖君たちは?」

 

「猪野さんはリタイア、3人とは別行動です」

 

「君は私が守ります。領域に集中してください」

 

七海は恵の領域が状況打破に必要不可欠と判断し、彼の護衛に回った。

 

(あの男・・・およそ1分、死累累湧軍に耐えたのか?)

 

七海が1分間、死累累湧軍に耐えたことに陀艮は少なからず驚いている。そんな彼の背後から同じく深手を負いながらも死累累湧軍に耐えたレオーネと直毘人が現れ、2人は左右に回り込む。

 

(獣女も・・・髭の男も!)

 

レオーネと直毘人の放つ拳を陀艮はそれぞれ腕で防御する。防御した陀艮の背後に真希が回り込み、游雲を振るおうとする。対して陀艮は背中と横腹から式神を召喚し、3人を引き離した。真希は游雲を振るって式神の肉を抉る。

 

「ペッ!たかだか魚で私を食えると思ったか?獅子を舐めんなよ、コラ!」

 

レオーネは式神に噛みつき、その肉を食いちぎった。一方の直毘人は式神の身体を蹴とばし、足で踏みつけて肉を抉る。しかし、直毘人に放たれた死累累湧軍の猛攻は激しかったせいで彼の怪我は特にひどく、右腕まで失っている状態だ。

 

「たかが右腕1本。さりとて71年物。高くつくぞ」

 

一方の七海は海の中より現れる式神から恵を守りつつ、式神の肉を斬り裂いていく。

 

(この状況が続けば勝機はある。・・・続けばだ)

 

恵の領域のおかげで確かに七海たちは攻めに回れるが、領域の押し合いで言えば恵の方が圧倒的に劣勢である。そのため恵の呪力と体力の消耗が著しい。その証拠に今恵は体力が削れ、鼻血が出ている。もし途中で恵の体力と呪力が尽きてしまえば、再び陀艮の領域に必中効果が付き、自分たちは負けてしまうだろう。

 

「・・・七海さん」

 

「!」

 

すると恵は苦し気ながらも七海に地震の狙いを打ち明ける。

 

「あのタコは今、俺と領域の押し合いをしてると思っています。でも俺の狙いは違う。領域・・・この結界に僅かでも穴を開けます」

 

恵の狙い・・・それは自身の領域に穴を開け、4人を領域の外へ出すことだ。確かに恵が張っている領域に穴を開けて外に出れば陀艮の領域から出ることは可能だ。

 

「入ってきた穴はもう塞がってます。内から外は難しいですが、人1人通れるくらいの穴をほんの数秒持たせることはできる。五条先生じゃないんだ。1日にそう何回も領域展開なんてできないはず。全員で領域の外に出れば勝てます」

 

領域展開は呪力を大きく消費するため、基本的に1回の発動が限界だ。領域の外さえ出てしまえば、陀艮はもう外で戦うことを余儀なくされる。確かにそうすれば勝機は見出せるが、領域内に恵自身が残ってしまうという可能性がある。言ってみればこれは、恵自身の命を懸けた賭けである。

 

「結界のヘリは俺の足元。入って来た時に触れたからわかる。いつでもいけます!4人同時に飛び込めば!」

 

「君だけ残るなんてことはなしですよ」

 

「命は懸けても・・・捨てる気はありません」

 

恵の覚悟が籠ったような瞳。その瞳と彼の言葉を聞いた七海は恵の賭けに従い、大きな声を出して3人に呼び掛ける。

 

 

「3人とも~~~!!!集合~~~~!!!!」

 

 

「「「!!」」」

 

七海の呼びかけを聞いた3人は彼の言葉に従い、恵の元まで駆けだした。

 

言語を解する敵。婉曲に意図を伝える1級術師への信頼。領域外への脱出。除外していた思考が再び選択肢に上がる。

 

「少年の守りを固めるか。こちらとしてもまとまって・・・っ!!」

 

4人は恵に守りを固める気でいると陀艮は考えたが、すぐにそれは間違いだと気が付いた。

 

「・・・否!!」

 

恵の狙いに気付いた陀艮は恵に向かって真っすぐ突っ込んできた。

 

(バレた!だがもう遅い!)

 

狙いがバレたとしても、もう3人は恵の領域に足を踏み入れている。どんなに急いでも間に合わないのは明白だ。

 

「伏黒君の足元へ!!」

 

七海の言葉で恵は自身の足元に領域外に通じる穴を開けた。3人はその穴に向かって駆けだした。

 

だがその時・・・

 

「「「「「!!!!」」」」」

 

恵が開けた領域の穴から、1人の男が領域内に侵入してきた。降霊術によって蘇った術師殺し・・・伏黒甚爾の乱入である。

 

禪院家の呪いを継いで生まれた者。その呪いを捨てきれなかった者。彼らは目撃する。全てを捨て去った者の向きだしの肉体・・・その躍動を。

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