B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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そして少年は永遠となる

 加速した時の中で、先ほどの力の余波で崩落する城内へと侵入する。目指すは、組みあっている二人の男女がいる場所――T3が崩落に気を取られているエルの右腕を掴んで口内の短剣を引き抜いた。

 

『やらせるか!!』

 

 左腕でナイフを投げ、こちらは自分で投げた短剣よりも早くエルの下へと駆けつける。T3も再び加速し、斧をマントから引き抜いて右腕を振り上げ――しかし、その凶刃が振り下ろされることはなかった。振り上げた瞬間、ちょうど男の右腕に投げていたナイフが刺さったからだ。

 

 自分自身はすでに、男とエルの間に入り――足場が重力に引かれ、ゆっくりと落下する手斧を横に、躊躇なく右肩から相手の体に当たっていく。せっかく繋がった肩の骨が砕けてしまうが、ひとまずコイツからエルを離さなければならない。高速でぶつかった衝撃で、相手の体が後方へと飛んでいく。

 

 だが、相手もただではやられていなかったといない。T3の吹き飛ぶ軌跡に赤い光が見える――エルフの手にはいつの間にかエルから奪ったのだろう、宝剣の刃が握られていた。

 

 へカトグラムが奪われたとなれば状況は良くはないが、こちらも一旦体制を立て直したい。エルを左腕で抱えて完全に落ち始めた床を飛び移り、自分もT3から距離を取る。

 

 世界に音が戻ってくると、崩落した床が階下に叩きつけられる音と共に、何かが割れる音が響いた。見れば、T3が地面に手斧を叩きつけている――斧の刃と共に、ヘカトグラムの宝石が欠けてしまったようだった。

 

「……女。なぜ口に押し込んだ刃を、一思いに押し込まなかった?」

 

 男は残った刀身を蹴り飛ばし、ゆっくりと立ち上がりながらそう言った。

 

「そ、それは……アナタの事情も、理解しようと思って……!」

「……どうやら見込み違いだった様だな」

 

 銀の髪で隠れていた眼が現れ、男は見下ろす様にこちらを――エルを見ている。

 

「私がお前に宝剣を預けたのは、貴様に復讐のチャンスを与えようと思ったからだ……私と同じ目をしたお前の殺意を受けてやろうと思ったからだ。しかし、そんな生ぬるい覚悟でいたとは……拍子抜けだ」

「あ、あぁ……」

「私がお前なら、何の躊躇もなく復讐を完遂させた。貴様もそうするべきだった……愛する者を奪った憎き相手を殺すために、屋敷を飛び出して渦中に身を委ねていたのではなかったのか?

 たったの三年でその殺意が薄れるほど、貴様の復讐は甘いものだったのか……それとも、お仲間のせいで現世《うつしよ》に未練ができて、研ぎ澄まされた殺意が鈍ったか? なんにしてもくだらない……」

 

 エルは男の言葉に威圧され、何と言い返せばいいか分からなくなっているようだ。一方、T3はマントの裏地から二本の斧を新たに取り出し、両手に一本ずつ、右手のモノをこちらへと突きつけてくる。

 

「さぁ、虎を縛る檻は無くなった。貴様はその生ぬるい覚悟と共に死ぬがいい……亡き父の所に送ってやる」

 

 自身の甘さを――自分から見れば、それは冷静な判断だったと思いたいのだが――指摘され、そして同時に仇に立ち向かうための牙を削がれ、エルは力なく男の方を見上げていた。

 

 しかし、そうはさせない。T3、コイツに話は通じない――奴にあるのは、ただ深い絶望と憤怒、そのやりどころの無い感情を暴力に変えて暴れているだけだ。

 

 それなら、自分がアイツを――痛む右肩を抑えて立ち上がろうとすると、自分とエルフの間に一人の少年が割って入った。

 

「……もう一度だけ警告しよう。聖剣の勇者……退くなら追わん。どこへなりと失せろ」

「いいや……僕はこの世界を護るために異世界から降り立った。君のような脅威を前に、逃げ出すわけにはいかない」

「……愚かな事だ。何も知らずに勇者と祭り上げられ、茶番のような魔族との争いの果てにあるのは、どのみち報われぬ死だというのに……」

「T3、君の言う事は良く分からないが……」

 

 言葉を切って、シンイチが一瞬だけこちらへ顔だけ振り向く。口の端を上げ、何やら策がある感じだ。それなら、お前を信じていいのか――だが、重力の檻とトリニティ・バーストがあってやっと五分だった相手に、太刀打ちできるとは思わないのだが――。

 

「……どのみち報われないというのならこそ、この命を最後まで燃やそう」

「そうか……そこまで言うのなら、もはや何も言うまい」

 

 いや、ダメだ。やはり俺が行かなくては――しかし、シンイチの意味ありげな雰囲気に、判断が一瞬遅れた。自分がADAMsを起動したときには、すでにT3はシンイチの目の前まで肉薄しており――。

 

『……おぉおおおおおおおおおお!!』

 

 最大速で前進するが、間に合わない――今この場で、自分にだけ追える銀の線がシンイチの首に横から入る。

 

 しかし、向こうもこちらのスピードは想定外だったらしい。シンイチをすり抜けて迎撃準備へと入ったものの、その振り下ろさんとする右手の斧よりも、こちらが懐に潜り込む方が早い。相手の心臓をめがけて杭を打ち出すが、相手がなんとか左腕で胸を抑えたせいで直撃とはならなかった。

 

 音が戻ると、火薬が炸裂する音と同時に男の左腕が吹き飛ぶ。しかし、砕けたのは骨と肉だけでなく、その腕の大半は鉄と螺子《ねじ》と導線で出来た機械仕掛けになっていた。

 

 そして、男の背後でシンイチの体が動き――首から下だけ後ろを振り向き、男の肩に持っていた短剣を深々と突き刺した。

 

「……これで、役目は終わった」

 

 T3がよろめいて横にふらついていく後ろで、少年の首がゆっくりと体から離れ、床へと落ちる。場は少しのあいだ静まり還り――次に空気を揺らしたのは、女性の悲鳴だった。

 

「いやぁあああ!! シンイチさん……!!」

 

 その声はテレサのものだった。それ以外にも周りがざわめいているのが聞こえるが――あまり頭には入ってこない。

 

「……俺が、甘かったよ」

 

 こんなことになるのなら、最初からもっと自分が前に出るべきだった。そもそも、コイツに変な情をかけることをエルに推奨すべきではなかったのだ。

 

 とにもかくにも、自分の中に渦巻く感情にどうにかなりそうだった。自分の甘さが引き起こした後悔に、自分に対する怒りに、そしてなによりも――シンイチを殺した目の前のこの男に対する怒りに――!

 

「……俺がお前を殺してやるッ!! 覚悟しろ、T3!!」

 

 感情の爆発に口が勝手に動き、残った手で肩に突き刺さっていた短剣を抜き出している男に向けて指を指した。捨てられた短剣には鮮血が付着しおり――T3も自分の指先を見つめ、憎々し気に舌打ちをした。

 

「……私は二度も警告した。命を投げ捨てたのは聖剣の勇者だ」

「うるせぇ!! 二度と減らず口を叩けないようにしてやる!!」

 

 自分が再び奥歯を噛みながら前に出ようとした瞬間、エルフとの間に散弾の如く苦無が通り過ぎていく。最初は割って入る様だった苦無の軌道は順にこちらへ迫ってきており、後ろへ後退せざるを得なくなった。

 

「ちっ……!」

 

 後ろに跳びながら投擲物が射出された方を横目で見ると、辺境伯領で相まみえた黒装束がテラスの方に立っているのが見えた。

 

「T3、ここは退け!!」

「ホークウィンド、しかし……」

「目標は達した、ここで貴様を失うわけにはいかん!!」

「……分かった」

 

 T3は抜き出そうとしていた斧をそのままこちらに投げ――こちらの顔面を抉る軌道のそれを首を動かして躱す――すぐにテラスの方へと駆け出した。

 

「逃がすかよッ!!」

 

 奥歯を噛み、ホークウィンドの横をすり抜けて脱出しようとする銀髪の後ろを追う。こちらの動きを読んでいたのか、忍者が再びこちらへ向けて射出してきたが――こちらだってお前の牽制は読んでいる。苦無を低姿勢ですり抜け、そのまま巨体の横を通り過ぎてテラスを飛び降りるエルフを追うことにした。

 

 ◆

 

 破裂音と共に彼と銀髪のエルフが忽然と姿を消すと、同時にアランの姿も忽然と消えてしまった。

 

『なんだか怒涛の展開で……何が何やらだね……』

 

 自分の内に宿る魂がそう声を掛けてくる。実際、銀髪のエルフが現れてからの状況は、加速した世界を認識できない自分には良く分からなかったというのが本音だ。重力の檻で幾分かシンイチが善戦し、エルが追い詰めたところまでは分かったが、その後はいつの間にか宝剣が奪われており、気が付けば勇者の首が――。

 

「……幸か不幸か、ともかくもっとも厄介な手合いは去ったな」

 

 状況を整理している傍らで、夜の闇に溶け込んでいる黒装束の方から声が上がった。以前、ハインライン辺境伯領に現れた敵――それがゆっくりと屋内の方へと向き直る。

 

「さて、残った諸君……私は不要な殺しは好まない」

 

 布から僅かに覗く巨漢の眼を引き込まれるように見ると、倦怠感とも恐怖感とも取れる感情が体を支配する。この感覚は、以前に魔王城で味わったことがある――畏敬、つまりあの忍者も旧世界の神の一柱だったという事か。

 

「各々、そこで大人しくして居ろ……そして、ハインラインの器。今度こそ討たせてもらおうか……!!」

 

 いつの間にか落ちていた視線を何とか上げて、状況を認識しようとする。ホークウィンドと呼ばれた男が背中に背負った巨大な刃に手をかけ――その視線の先には、呆然とヒビだらけの床に手をついているエルがいる。

 

 今からティアに交代して、なんとか間に合うか――そう思った矢先、薄紫の髪がホークウィンドとエルの間に割って入った。

 

 そして、男の背から巨大な十字型の刃が投げ出される。

 

「第六天結界……!!」

 

 対する小柄な女性は巨大な鉄の棒に強大な斥力を宿し、次いでそれを思いっきり振りかぶった。鉄の棒と十字型の刃が衝突し、

 

「ぶち飛び……やがれですわぁああああああああああ!!」

 

 その小さな体から出ているとは思えないほどの強烈な咆哮と共に、鉄棒が振りぬかれた。すると、十字型の刃は弾き返され、巨体の横をすり抜けてテラスの奥、つまり夜空の奥へと飛び去って行く。

 

 ホークウィンドはしばらく弾き飛ばされた刃を眺め、ゆっくりと自らの攻撃を弾いた小さな女性を睨み見る。

 

「……見事」

「ふん……真に驚くのはここからです。神をも恐れぬ狼藉者め……女神レムの名において、このアガタ・ペトラルカがお相手しましょう」

 

 なぜ、畏敬の中でも彼女は平然と動けるのか――ともかく、滅茶苦茶な攻撃を滅茶苦茶な方法で撃ち返して、アガタ・ペトラルカは鉄棒を一回し、その先端を床にたたきつけて、空いた右手で後ろ髪を払って見せた。

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