B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
最も厄介な相手がいなくなったという算段は甘かった。T3とアラン・スミスが去った後、ハインラインの器を討つという指名の前に二人の少女が往く手を阻んだのだ。
一人は、チェンの報告にあったクラウディア・アリギエーリ。境界性人格障害によるもう一つの人格には畏敬が効かない。ただ、もっと厄介なのはもう一人の方だった。
「……ぬん!」
「甘いですわ!!」
こちらの投擲を巨大な鉄棒でひと払いする少女――アガタ・ペトラルカの動きが掴み切れない。身体能力と経験値で比較すれば、仮初の体であったとしても自分が遅れを取る理由もないはずだ。
もちろん、後方で失意に暮れるテレジア・エンデ・レムリアと入れ替わりで、エリザベート・フォン・ハインラインがアウローラを使って加護を二人に付していること、クラウディアとアガタが互いに補助魔法を掛け合い、同時に連携を取っていることもあるのだが――それ以上に、アガタはこちらの攻撃をある程度事前に察知しているような動きをしてくる。
そもそも、不完全といえアガタが自分の畏敬を完全に無効化している理由も気になる所だ。
「君が本物のニンジャかい……しかし、考え事とは余裕だね……!」
こちらが状況を把握している中で、緑髪が陣を蹴り、低姿勢で一気に近づいてくる――その拳には第六天結界、直撃すればかなりの威力のある攻撃だ。
それを躱すために後ろに跳躍すると、空を切った拳の裏で、クラウディア・アリギエーリが笑う。
「アガタ!!」
後輩から強烈な闘気を察知し、一度きりの切り札である空蝉の術――踵に仕込まれている炸薬を蹴りだし、一気に煙を巻きだす同時に天井にまで移動する。だが、その行動も読まれていたようで、背後にいたはずのアガタが煙を突き破って追撃をしてきている。
「天井突き破って、そのまま星にして差し上げます!!」
「……うぬぅううううう!!」
逃げ場無し――ならばと、いやむしろ活路を見出すため、こちらも天井を蹴って加速し、相手の鉄棒の一振りにぶつかりに行く。これが単純に力の強い攻撃ならば厄介だが、幸いにして結界の斥力を帯びている一撃だ。体を捻って鉄棒の上部に当たりに行き、上手く結界に乗って敢えて弾き飛ばされる。再び天井へと弾き飛ばされたが、そのまま自分は再度天井を蹴り、二人の少女と距離を取って着地した。
「……なかなかの化け物ですわね、貴方」
華奢な体が、その手に持つ鉄塊と共に床に着地して轟音を響かせる。
「そういう貴様もな……」
しかし、やはり今の行動は不可解だった。煙の中で上に移動したことは、原初の虎ですら見切らなかったのだ。それを初見で見切っているとは考えにくい――単純な戦闘力ならこちらが上回っているはずなのに、アガタの予知能力に近い読みのせいで上手く捌かれてしまっている。
(ならば、前提を変えてみよう……初見でないとするならば?)
彼女が何かしらの力を持って、自分のことを知っているとするならばどうだろうか――思えば心当たりは一つある。少々危険な賭けにはなるが、試してみるか。
「アシモフの子供たちに、この技を見せることになるとはな……」
手印を切りながらチャクラを練り――実際にこの技を出すのに手印は関係ないし、チャクラなど非科学的なモノも存在はしないのだが、そこは在ると信じ込み、自身を鼓舞することが重要だ――意識が最高に高まったタイミングで、素早く動き出す。
「タカカゼ流忍法奥義……分身の術!」
紫髪の少女を囲うようにその周囲を周り、時々立ち止まって自分が分身しているように見せかける。周っているときに見えるクラウディア・アリギエーリやエリザベート・フォン・ハインラインは驚いているようだが、肝心のアガタ・ペトラルカは冷静そのものだ。
「アガタ! 今……」
「助太刀は不要ですわ!!」
取り囲む輪に割って入ろうとするクラウディアを、アガタが左手で制止する。
「……私を信じてください、ティア」
「……分かった」
二人頷き合い、中央のアガタは鉄の棒の先端を両足の間に置いて眼を瞑った。
「……さぁ、来なさいホークウィンドとやら。そのまやかしを打ち砕いて差し上げます」
「その意気や良し……いざ、参るッ!!」
少女の周囲を高速で回りながら、徐々に円の半径を狭めていく――牽制として打ち出す投擲に対しては、アガタは少しだけ身を逸らして致命傷は避けている。とはいえ、こちらの最後の一撃に備えて動きは小さくしているせいで、衣服は割かれ、宙に鮮血が待っている。
そして、投擲で足を狙って相手がバランスを崩した瞬間、一気に背後から――その瞬間、少女は眼を見開き、両手でこん棒を持つ。
「……そこ!!」
掛け声とともに横に薙がれた一閃は、確かに一つのシルエットを断ち切った――しかし――。
「……手ごたえが無い!?」
「それは分身だ。以前の私なら、そこで貴様に手を出していただろうが……」
そう、本体である自分は、アガタ・ペトラルカが棒を振りぬいた時には正面に立っていたのだ。彼女が振り向いたことで、結果的に後ろを取ることになったが。
「……これで分かった。貴様が予知能力じみた読みでこちらの動きを捉えていた理由。旧世界の記録から私の戦闘データを参照し……この星の海、すなわち有機型超電子演算器であるレムがどのように動くかを予測し、貴様に助言を与えているのだろう?」
だから、旧世界と違う動きに対応できなかった――レムのアーカイブに無い動き、それなら予見されない。そして図星なのだろう、アガタ・ペトラルカは初めて少し動揺したように瞳を揺らしていた。
「確かに体に染み込んだ技を敢えて使わず、というのも骨は折れるが……種さえ明ければ対応は可能。さぁ……」
『……ホークウィンド。T3が危機的状況です。私の指示に従って、可及的速やかに指定のポイントまで移動して下さい』
こちらが勝負を決めようと、改めてチャクラ、もとい呼吸を整えた瞬間に、脳内にチェンの声が響いた。向こうもこちらの状況は見えているはず――あと少しでアガタとクラウディアを倒し、ハインラインの器を倒せるというのは分かっているはず。それを中断させてまでということは、事態は急を要するのだろう。
しかし、冷酷な軍師としての立場なら、チェンはT3よりハインラインを優先したはずだ。その理由として考えられることは――。
『……情が移ったのか?』
『ははは、まぁ……たかだか三百年、されど三百年……共に歩んできた仲ではありますから』
『そうか……しかし、そういうのは嫌いではない』
実際、仲間を裏切るような行為に走ってしまえば、奴らとそう変わらない――ならば、ここはチェンの言に従うことにしよう。
「……アガタ・ペトラルカ。なかなか見事な手前だった……レムの助力があると言えど、その覚悟と闘志は一流……また相まみえようぞ」
「なっ……また逃げるの!?」
アガタの代わりに答えたのはエリザベート・フォン・ハインラインだったが、アガタはレムの声が聞こえるのだからT3側の状況も察しているのだろう、こちらの制止はしてこなかった。ただ、彼女は静かに頷き――それを見て自分は振り向き、夜の闇へと身を投げ出した。
◆
ADAMsを起動し、放出された電撃の一閃を躱し、屋根を蹴ってソフィア・オーウェルの元へと接近する。若干十三歳にして多くの魔術を修め、最前線の司令官をしていたのだ、少女だからといって侮れる相手ではない――こちらに明確な殺意を持っているのなら、降りかかる火の粉は払わねばならない。
加速した時の中で、少女の体がどんどん近づく。だが、既に動けなくなっていたはずの男の背中が上がり――口に何やら試験官を咥えながらこちらに向かって振り返る。
『まだ立ち上がるのなら……貴様からだアラン・スミス!!』
標的を変え、男の頭上をめがけて右手の斧を振り下ろす。相手の口から試験官がゆっくりと落下し始め――同時にその唇が「遅い」と動き、アラン・スミスは身を捩ってこちらの縦一閃を躱した。
同時に向こうの左腕が伸びてくる。原始的なパイルバンカーだが、威力は十分。それをもらうわけにはいかない――右手の斧を手放し、バク転の要領で後ろへと下がる。もちろん、相手が迎撃してくるのは想定済みだ。マントの中に手を伸ばし、布下で手斧を一つ掴んで、それを振り上げる。
テラスでは成功したはずの一撃は、虚しく宙を切って終わり――相手の迎撃がないまま後方に降り立った瞬間、自分の足に何かが刺さる。
『……着地を狩られた!?』
どうやら杭の一撃を出すと見せかけて、こちらのバク転を読んで投擲を仕掛けてきていたらしい。しかし、左腕は間違いなく打ち出していたはず、どうやって――足を取られてバランスを崩してしまうが、すぐに持ち直して正面を見据えると、襟と右の袖から――いや、全身から白い煙を出してアラン・スミスがこちらへ接近してきていた。
『……おぉおおおおおおお!!』
バランスを崩していた以上、体術での迎撃は間に合わない――咄嗟に右の掌を相手に向けて差し出し、そのまま左の奥歯を噛む。暗器である四十五口径の弾丸を至近距離で発射した。
しかし、相手はそれすらも反応しており、弾丸は幾許か脇腹を削り取って終わる。そして同時に、相手の異様な殺気は収まるどころか、より鮮烈になっている――身の危険を感じて左に跳躍すると、自分が居た場所の石床が杭によって砕けて飛んでいた。
互いに加速が切れ、試験管の割れる音が響く――男は左腕から硝煙、抉られた脇腹から煙をあげて、ゆっくりとこちらに向き直る。
「成程、そんなものを仕込んでやがったのか……」
暗雲を背後に、男のシルエットが近づいてくる――しなやかな動きで、ゆっくりと――何より異様なのは、あの眼だ。左右非対称で、暗く鋭く光るあの眼光は――。
「だが、もう覚えた。二度目は無いと思え」
そう言ってこちらを見下ろす男の眼は自分と同類――いや、それ以上。先ほど少年の命を救おうとした正義感などどこにもない。アレは、間違いなく人殺しの目だ。
しかし、なんだこの絶望感は――七柱の創造神を倒すために、三百年間の研鑽に打ち込んできた。その時間すらも無にするような圧倒的な差が、自分と奴の間にあるというのか。
『……T3、聞こえていますか……今、救援がそちらへ向かっています。それまでなんとか、自分の身を護ることに徹し、可能なら東門の方へ向かってください』
まるで蛇に睨まれた蛙のような気分で圧倒されていた所にゲンブの声が聞こえたおかげで、身体のマヒが解かれる。ゲンブは遠方でこちらの状況を把握しているのだろう――正確には電子文字をこちらの脳内チップに送って、それを擬似的に音声化しているので、加速した時の中でもゲンブとのやり取りは可能だ。
言われずとも、この場に留まっていてはやられる――ここでやられるわけにはいかないのだ。そう思い、再び右の奥歯を噛みしめ、加速したときの中で原初の虎から距離を取るべく、再び屋根の方へと上がった。
本来なら、アラン・スミスが利用している旧時代の加速装置に遅れを取ることは無かったはずだ。こちらも左腕が損壊しており、城内での重力負荷で身体内の機構が悲鳴を上げていることを差し引きしても――生身で音速を超えるほうが、遥かに無茶なはずなのだから。
『アラン・スミスですが……元々、この世界の誰かのモノだった肉体を、原初の虎の遺伝子情報で上書きしたのでしょう。死肉が崩壊しないように強力な再生能力を付与することで体を維持しているようです……そこに代謝を促進させる劇薬を投下して、ADAMsに耐えられる速度で体を再生させているのかと』
『だが、それにしても異常だ……!』
自分は三百年前、七柱に討たれ、ほとんど死体となったところを改造手術を受けて生き延びた。相手も自分も、ある意味では死肉の寄せ集め――しかし同じ死体同士でも、自分の方が機械装置を利用している分、本来は有利で間違いないはずだ。
『ブラッドベリと戦った時と比べると、アラン・スミスの再生能力が向上している……というより、体がADAMsに適応してきているのでしょうね。まさかの改造手術や強化外骨格無しで、アレを使いこなすとは……』
戦いの中で成長しているというのか――そんなの無茶苦茶だ。しかし現に、距離を取ることに必死になっているこちらに対し、殺気はどんどんと近づいてきている。
『以前に、私の友……エディ・べスターが言っていました。原初の虎には、同じ技は二度通じない……同時に、異様な危機察知能力をかねそろえているので、初撃で倒すことも不可能……』
『……そんな危険な奴が、どうして道半ばでやられたのだ?』
『私はその場に居合わせた訳ではありませんが、聞くところによると仲間と思っていた者から裏切りに合い、奇襲を受けたとか……』
不敗を誇る虎と言えども、敵と認識しないものからの奇襲は対応できなかったのか。逆を言えば、敵視しているモノに対しては絶対無敵とも取れるが――ともかく、神経が焼ききれる前に一度加速を解く。こちらも限界まで加速しているのだから、よもや向こうがそれを超えて追いかけてくることもあるまい。
しかし、一瞬の差だけ、向こうの方がADAMsを引っ張った。強烈な殺気に振り返ると、男のシルエットが手斧を振り上げ、こちらへ降ろさんとしているのが見える。
こちらも迎撃のためにすぐにマントから残り少ない手斧を取り出し、下から振り上げるように相手の刃に合わせる。刃が打ち合い火花を散らし――だが、続く動きは相手の方が早かった。アラン・スミスはすぐに刃の砕けた斧を投げ捨て、こちらが勢いで体を取られている間に、すぐに左の肩から自分にぶつかってくる。
その衝撃で、自分の体は屋根から落とされてしまう。その落下する瞬間、短剣が自分の横を掠めて――外したのか? いいや違う――数百メートル向こうに、魔術の陣が浮かび上がるのが見えた。短剣は位置を知らせるための合図だ。恐らく、僅かな雲の切れ間から差し込む月明かりが、自分の下で道に刺さった刃に反射しているのだ。
落下時は加速できないので、それに合わせて電撃を撃たれれば回避不能――自分の身の危険が限界まで来ているせいか、加速を使わずとも世界がゆっくり動いているように感じられる。しかし、打つ手はなしか――。
(……ここで倒れるわけにはいかん!!)
自分は七柱の創造神に復讐するため、この三百年間の全てを捧げてきたのだ――せめて奴らの一柱でも引き換えにしなければ、死んでも死に切れるものではない。
ソフィア・オーウェルを見ろ。相手の魔術の軌跡が分かれば、まだ致命の一撃は避けられるかもしれない――そう思って神経を集中させていると、同時に背後から颯爽と、一つの気配が近づいてくるのが分かった。
「コード、アンチソーサリー起動……」
その言葉の主は、落下する自分の前へと躍り出て、光る刀身を頭上へと振り上げ――石畳の上を走る電撃に対し、一部の狂いもなくその太刀筋を合わせた。
「一閃……御舟流奥義、神速稲妻落とし!!」
流れる白い髪の前に魔術で編み上げられた電撃は散る――その後ろ姿は、いつかの日に供に賭けた戦場を自分の心に彷彿させる。
「……セブンス、助かった」
「礼は後で良い。私は、あの子を止めてくる……アナタは虎の相手を」
着地して体制を立て直している間に、少女はすぐに魔術師の方へと駆けて行く。その姿に幾分か闘志を取り戻し、自分は屋根の上でセブンスの進撃を見ているアラン・スミスへと向き直った。