B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
遠い屋根の向こうで火花が散り、それを目印に標的を定める。直後、うっすらと見えていた影の片方が屋根から落ちるのより早く、鈍く光る刃が地面に刺さる――アレは彼が着けた目印、そう判断してレバーを押し込み、ナイフを目掛けて稲妻の魔術を放った。
しかし、その魔術はターゲットに当たる直前、闇夜を切り裂く銀の線の前で霧散した。
「……解呪《ディスペル》!?」
第五階層の魔術を瞬時に解呪するのはかなり難易度が高いはず。というより、アレは魔術そのものを斬ったという雰囲気――などと考えているうちに、亜光速の一撃を断った何者かが、こちらに凄まじい速度で迫ってくるのが見えた。
「くっ……第五魔術弾装填、ファランクスボルト!!」
一本の強力な一撃で斬られるというのなら、拡散する攻撃なら――そう判断したのだが甘かった。迫りくる影は巨大な刃を盾にして、魔術を無効化しながら突っ込んでくる。
次の魔術は間に合わない。それなら、一発限りの衝撃波で距離を取るべき――。
「……遅い」
こちらが杖の底を地面に叩きつける前に、眼前から声が聞こえてくる――風の様に吹き抜けていった白い流線、その手に持つ刃は聖剣レヴァンテイン同様、幅広の刀身に光刃を纏い、すり抜けざまに魔術杖の下半分を切断していった。
「なっ……!?」
「……ごめん」
あまりの急展開に脳が追いつかないまま、背後からの衝撃に吹き飛ばされ、正面から地面に叩きつけられてしまう。
「くっ……!」
「……そこまで」
手のひらを石畳に広げて立ち上がろうとする前に、首筋に冷たいものを押し付けられる――襲撃者は自分の方ではなく、どうやら上の方を見ているようだった。
◆
眼下でソフィアの魔術が無力化され――その事実に一瞬唖然としてしまう。新たに現れた襲撃者、セブンスはかなりの身体能力と魔術の無力化能力を持っているらしく、ソフィアの方から放たれる魔術に対し、剣を盾にしながらどんどんと進撃していく。
あの感じだと、ソフィアがやられる。そう思って奥歯を噛んだ瞬間、下から再びT3が屋根の上へと浮上してきた。自分と比べても大分ダメージを負っているはずで、先ほど一瞬は意志が弱まっていたように感じていたが、今の奴がこちらを見る眼光は今日一で鋭い。
だが、コイツの相手をしている場合ではない。今はソフィアの援護に向かわないと――そう思って走り出そうとした矢先、足元に二本の手斧が突き刺さった。
『ちっ……!』
行かせる気はない、そういうことか。だが、加速したときの中ですら、セブンスという少女は止まらずにどんどん進んでいっている――先ほどと逆の形になるが、今度は自分がT3に追いかけられながらソフィアの援護へと向かうことになる。
一歩進むたびに、体に激痛が走る。なんとかT3には悟られないように強がってはいたが、本来ならこちらもとうに限界など超えている。ADAMsで過敏になった神経を伝わり、ゆっくりと、体を蝕むような痛みを全身に走らせてくる――しかし、まだ倒れるわけにはいかない。
セブンスと並走するまでに追いついた瞬間、視神経が焼ききれるほどの熱を帯びてくる。加速は限界、そしてそれは向こうも同じなはず。しかし、こちらがやったように、T3も加速が切れる瞬間に合わせて投擲で狙ってくるだろう。
『一か八かだ!!』
一瞬だけ後ろを覗き見て、相手の軌道を確認し――先ほどバッグから取り出した一つの小瓶を宙に投げ、一瞬早くこちらは加速を解いた。そしてその小瓶に向かって短剣を一閃、瓶が割れるとともに轟音が横を何かが通り過ぎていき、だがその切っ先は確かに何かを抉っていた。
都合、進行方向の先にT3が現れる形になる。先ほどのナイフは相手の横腹を僅かに掠めていたらしい。体当たりしたときに、胴の部分は生身であるのは確認済み。それなら、相手の弱点もそこにある。
同時に、向こうだって甘い相手ではない。遅れてだが自分の背中から一気に血が吹き始める。すれ違いざまにこちらが軌道変更をしたのはギリギリで確認したのだろう、背中に一撃をもらってしまったのだ。
「……終わりだな、アラン・スミス」
体制を崩す自分に対し、T3は斧の先端をこちらに向けてくる。確かに、こちらの傷は深い。だが、まだ多少は体には劇薬が残っており、致命の一撃になるほどでもない――もう一度だけなら加速できる。
同時に、相手はもう加速できないはずだ。体の違和感に気付いたのか、T3は眼を見開いて体を震わせる。そしてすぐに立っていられなくなったのだろう、手から斧を落として膝から崩れ落ちた。
「警戒が足りないぜT3……次にお前がADAMsを使えば、急激に体に毒が周って、すぐさま致命傷になる」
先ほど取り出したのはアリギエーリ印の毒薬だ――袖から最後の短剣を出し、それを相手の脳髄に突き立てようとゆっくりと近づく。
「エルには悪いが……シンイチの仇、取らせて……」
「……そこまで」
短剣を男に向けて振り上げた瞬間、屋根の下から声が聞こえた。見れば、セブンスがしゃがみ込むソフィアの首の背に、巨大な刀身を乗せているのが見えた。
「刃を収めて、アランさん。アナタがT3を殺すなら、私はこの子を殺す。解毒剤を置いて、T3から離れて……そしたら、私も剣を収める」
「……やってみろ。こいつを殺した瞬間、すぐにお前も……」
「アナタの一挙一動は見落とさない……私の速度も甘く見ないほうが良い。アナタがADAMsを起動した瞬間、私はこの子の首を落とす」
「ちっ……」
確かにあの子の身体能力なら、それくらいは出来るだろう。ここでADAMsを起動すれば、T3とセブンスという少女を倒すことは可能だ――ソフィアの命と引き換えに。
「アランさん……私は良いから! 襲撃者たちを……!」
「……いや、分かった。セブンス、お前の言う通りにする」
自分の返答に、セブンスは安堵の微笑みを浮かべた――しかし、ソフィアの魔術をいなしながら前進していたはずなのに、息切れ一つもしないのか。
「ありがとう、アランさん……出来れば、短剣を咥えてくれたらもっと嬉しい」
「はぁ……注文が多いガキだ。ただし、お前が言いつけ守らなかったら……」
「分かってる。最後に残るのはアナタだけ……いいえ、アナタの出血も酷い。四人分の死体が出来上がるだけになる」
確かに、セブンスのいう通りだ。あと一回ADAMsを起動できると言っても、それは本当の限界だ。いつもなら、ADAMsを使った後にすぐに誰かが回復魔法をかけてくれていたが、それも間に合わないとなると――いくら頑丈なこの体と良いっても限界かもしれない。
「……T3が解毒剤を回収したら、私たちは去る。約束は絶対に守る。安心して」
「ふぅ……分かったよ」
ソフィアの命を盾に脅迫をしてくるような相手であるものの、何故だかセブンスの言う事は信用できる気がした。その直感を信じて、T3にトドメを刺すために振り上げていた短剣を自分の口に咥え、数歩下がる。そして鞄から解毒剤を取り出してその場に置き、また数歩下がってT3から距離を取った。
そして這うようにT3が瓶へと手を伸ばし、それを握った瞬間、また奥から恐ろしい速度で何者かが近づいてくる。だが、殺気はない――瓶を握ってほとんど力尽きたT3を、黒装束が右の脇に抱え、自分の横を通り過ぎる。
「……あの場の者は、ハインラインの器を含めて皆無事だ……口惜しいことにな」
その声はどことなく嬉しそうに聞こえたが――それだけ言い残し、ホークウィンドは屋根の上を高速で去っていった。
「約束は守る。今日は敵対したけれど、私はアナタ達を悪い人だと思っていないから……またいつかまた会いましょう、アランさん、ソフィア」
下からした声の方を見ると、セブンスもホークウィンドに負けない速度でその場を離脱したようで、後には手のひらを石畳についているソフィアの背中だけが残った。
「……ソフィア、大丈夫か!?」
自分が視線を離していた瞬間に、変なことをされていないとも限らない――事実、少女は背中を振るわせているようで、自分は急いで屋根から降りて少女の近くへと駆け寄った。
「……なさい……」
「……うん?」
近づいてみると、ソフィアの下の石畳の上に水滴が落ちているのが見え――。
「ごめん、なさい……!」
少女がその顔を上げると、目じりに一杯に涙を貯めていた。
「私、またアランさんに守られるだけで……足を引っ張って! 至高の魔術姫とか、最前線司令官だとか、肩書だけが立派なだけ! 実戦じゃ何の役にも立ってない!!」
実際、そんなことは無いと思うのだが。旧世界からの来襲者が、この世界の本来の規格から一歩も二歩も外れているだけだし、ソフィアは間違いなくこの世界の最高峰の実力者なことに間違いはないはずだ。
しかし、彼女が悔しがっているのはそういうことではないはず――自惚れかもしれないが、ソフィアは自分のためにここに駆け付け、自分を助けてくれようとしたのだ。だから、最後に彼女自身が原因で追い込まれたことが悔しいのだろう。
「……今だって、私がいなければ、こんなことにならなかったはずなのに」
「……そんなことない。聞いてくれ、ソフィア。俺は、君が来てくれて本当に救われた……嬉しかったんだ。俺の手の限界を、ソフィアは埋めてくれたんだから……」
実際、もしソフィアが居なければ、もっと多くの命が奪われていたはず――彼女がいたから心強かったし、活路を見いだせたのだ。
何よりも、一番嬉しかったのは、自分が一人でないと分かったこと。なんだろう、ずっと探してたものが、ここにあったような――そんな安心感があったのだ。
「……だからそんなに……泣かない、で……」
「アランさん……? アランさ……!」
安心ついでに、緊張が切れたことによる体の限界が来たのだろう。いつもの如く、急激に意識が遠のき――。