B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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The Boy and The Tiger

 目を覚ますと、自分の体は豪勢なベットの上にあった。最近は上等な宿に泊まっていたのだが、それにも増して柔らかいベッドで――昨晩は路上で一度目覚めて後、例の如くに血を作るために食糧を掻っ込んだことまでは記憶しているのだが、恐らくはその後に意識を失ってここまで運ばれてきたのだろう。

 

 ともかく上半身を起こすと、そこは以前にシンイチが寝泊まりしていた場所だと気付いた。

 

「……起きたのね、アラン」

 

 備え付けの椅子に掛けているエルとクラウは、黒い服に身を包んでいる――エルが黒いのはいつも通りといえばいつも通りなのだが、身にまとっているのは冒険者風の外套ではなく、喪服といった感じだ。

 

「アラン君、体調はどうですか?」

「あぁ……大丈夫だ、問題ない」

 

 クラウの声に右腕を上げて握ったり開いたりしてみるが、しっかりくっついているようだ。次いで左肩も回してみるが、砕けたはずの骨も治っているらしく、問題なく動く――と、自分の腰のあたりで寝息を立てている少女の存在に気付く。ソフィアだけはいつもの白い外套に身を包んでいる。

 

「ソフィアちゃん、昨晩からずっとそこでアラン君の看病をしてたんですよ? 二時間ほど前に寝落ちして、そのままですけど……」

 

 それならもう少し寝かせてあげたいのだが――自分が動いたことで向こうも眠りから覚めてしまったのだろう、ソフィアはゆっくりと顔を上げ、眼を擦りながら綺麗な碧眼でこちらを見てくる。

 

「あっ……アランさん……大丈夫……?」

「ソフィアの看病のおかげだな。すっかり元気だ」

「そっか……うん、おはようアランさん」

「あぁ、おはようソフィア」

「さて、とくにお疲れの二人にはノンビリしてもらいたいところだけど……そうも言っていられないわ」

 

 エルは立ち上がり、ベッドの端に何かを置いた。どうやら、自分用の喪服のようだ。

 

「アラン、それに着替えて、すぐに城の庭まで来て。もうじき始まるから」

 

 自分が衣服を見ている間に、エルはテラスの方へと移動して下を見ている。何が始まるのかは、概ね予想はついている――クラウも立ち上がって、ソフィアの肩に優しく手を置いていた。

 

「ソフィアちゃんも。私たちが寝泊まりした部屋に着替えがありますから」

「……うん、分かった」

「それじゃあアラン君、大事な話もあるんですが……それは道すがら話しましょうか」

 

 女性陣が部屋から出ていったのを見て、いつの間にか着替えさせられていた寝間着を脱いで白いシャツと黒い背広に袖を通す。そのまますぐに部屋を出て階段を下ると、城内は凄惨な状況となっていた。とくに上階は所々床が抜け落ち、瓦礫が溜まっている有様で、下層も昨晩人が逃げるときにごった返したせいだろう、絨毯は乱雑な調子になっており、ゴミも多く落ちている。

 

 しかし、それを片づけている人はまばらだ。城内にはほとんど人の気配はなく、恐らくこれから執り行われる葬儀に参加するために出払っているのだろう。

 

 庭に出て人だかりの中で見知った顔を探すと、ひとまずアガタが目についた。喪服でなくいつもと同じ服装なのは、アレが正装だからか――ともかく、近づいて声を掛けることにする。

 

「……よう」

「おはようございます、アランさん……一言、レムからの伝言です。これから大変なことに巻き込まれると思いますが……どうするかの判断は貴方にお任せします、と」

「なんじゃそりゃ。というか、既に大変なことに巻き込まれていると思うんだがな」

「えぇ、そうですわね……」

 

 アガタは頷いた後、自分の側から離れていこうとする。

 

「おい、何処に行くんだ?」

「諸事情がございまして、あまり貴方と居る所を見られると厄介なんです。それでは」

 

 それだけ言い残し、アガタは人ごみの中に消えていった。元々アガタと話しているとクラウにやっかまれる、みたいなことはあったが、それも最近は解消していたように思うのだが。

 

 ともかく、人ごみから少し離れて城の入り口付近に戻る。そのうちエルたちが出てくると思ったのだが、もしかしたら入れ違いになってしまったのかもしれない――とういうのも、なかなか中から出てこないからだ。

 

 そうこうしているうちに、人ごみの奥から鐘を鳴らす音が聞こえてきた。

 

「これより、異世界の勇者シンイチ・コマツと、学院長ギルバート・ウイルドの葬儀を始める」

 

 葬儀の段取りなどは全く分からないが、どうやら棺を墓地まで運ぶところから始めるらしい。ともかく、列の後ろの方へ並んで自分も墓地まで移動することにする。

 

 最初のうちこそは少し視線を回して少女たちを探したが、途中で諦めることにした。というより、今は一人で良いと思ったのだ――シンイチという少年のことを考えるのにちょうど良かったから。

 

 アイツとはそんなに長い付き合いだった訳でもないし、多くを語り合った訳でもない。それでもシンイチという存在は自分にとっては大きかったように思う。最初こそは同じ異世界からの来訪者なのに、向こうは特別で気に食わないとか思ってはいたのだが――実際にすかした面でなんでも知ってますって顔をしたいけ好かない奴であったはずなのだが、不思議と波長は合っていたように思う。

 

 その理由を言語化しようと、うすぼんやりと足を進めながら考える――しかし、なかなか結論は出てこなかった。代わりに、少し顔を上げて周囲を見てみる。喪服の参列者たちを、王都の民たちが見送っている――その表情は暗く、沈んでいるようだ。

 

 そこには、きっと概ね二つの感情があるのだろう。一つは、先日王都を沸かせる演説をした救世主が倒れたことによる悲しみ。同時に、その救世主が倒されてしまうほどの脅威が、この世界に残っているのだという事実からくる絶望。

 

「……時計塔、跡形もなく消し飛んでたらしいよ……」

「そんな……世界で最も安全な場所なんだろう、あそこ……」

 

 そんな声も横から聞こえてくる。先ほどシンイチと名が並んでいたが、そうか、あの学長も死んだのか――棺が一つしかなかったせいで、なんだかあまり実感が沸かなかった。

 

 あの学長にも色々と言われたのだが、彼に対して好意は無いモノの、嫌悪感も不思議となかった。恐らく、悪意を全く感じなかったせいだろう。良く言えば知識の探求者、悪く言えば偏屈のサイコパスといった感じだが、ある種突き抜けている人物であったから、その在り方にある種の尊敬があったのかもしれない。

 

 ともかく、民衆が暗い表情をしているのは、世界で最も堅牢な場所を跡形もなく消し去られたという事実も付随しているのだろう。それらが、魔獣を操って王都を攻め込む襲撃者に引き起こされたのだから、彼らの不安も理解できる。

 

 民衆をよそにしばらく進むと、広大な墓地へとたどり着いた。墓石などが立派な様を見るに、ここはそこそこ身分のある者が葬られる墓所のようだった。勇者の棺はその中央へと運ばれ、参列者たちがそれを取り囲むように円形に並ぶと、アレイスター・ディックが側にいることに気づいた。

 

「アレイスター……昨日は散々だったな……」

「えぇ、そうですね……」

 

 隣に移動しながら声を掛けると、アレイスターも小さな声で返事をしてきた。

 

「アンタはこれから、どうするんだ?」

「僕はしばらく学院の再建のために王都に残ります……幸か不幸か人的被害の数こそ少なかったですが、それでも影響力の大きい方を亡くしてしまいましたから……」

「……そうか。もしかすると、アンタが次の学長になるのか?」

 

 棺が降ろされ、蓋が外されている様子をぼんやり眺めて返答を待つが、相手から返事が無い。不思議に思って横を向くと、アレイスターは口元を抑えて眉をひそめている。

 

「どうした?」

「いえ……なんでしょう、なんだか違和感が……私、おかしなことを言いませんでした?」

「いや、そんな感じはしなかったが……」

「……そうですか」

 

 そう返すアレイスターは、しかしなんだか納得いってない様子だった。目元を抑えて少し辺りを見渡してるようで、そして何かに気づいたようにある一方を指さした。

 

「あ、アランさん。向こうにソフィアたちが居ますよ。彼女たちも不安でしょうから、行ってあげてください」

「あぁ、そうだな……それじゃあアレイスター、アンタも無理すんなよ」

 

 それだけ言い残して参列者の後ろに回って移動して、ようやっと少女たちを発見して合流することができた。

 

「アラン君、何処に行ってたんですか?」

「まぁまぁ、合流できたんだしいいじゃないか」

「でも、心の準備なしにこれから起こることに対処できるかどうか……」

 

 小声でクラウとやり取りをしていると、シンイチの棺が墓穴に入れられ、献花が始まったようだった。その奥では恐らくこの街の大司教という雰囲気の身なりの男と、王が直々に式を取り計らっている。王の傍らにはテレサが居り――その表情は暗いというより呆然自失という感じだ。無理もないだろう、共にこの世界を救った英雄にして、想い人がその棺の中で眠っているのだから。

 

 献花をする者たちがはけてきて、自分たちも花を添えようと中央へと進む。花の入った籠をもった者から花を受け取り、すでに墓穴に入っているシンイチの遺体を眺める――首は縫合したのか体についているようで、魔王と戦った時に身に着けていた衣装で横になっている。

 

 涙が出てくるわけでもない、異様に悲しい訳でもない。ただ今、遺体を前に胸に去来するこの想いは、敢えてを言えば憐憫に近いのかもしれない。本当の所はまだ分からないが、少なくとも七柱と旧世界の襲撃者に運命を弄ばれた、一人の少年に過ぎない――それが憐れに思えて仕方ないのだ。

 

 また同時に、やはり自分はこの少年にどことなくシンパシーを感じていたのだろう。同じ世界の記憶を持つ、数少ない人間。世界に対して、人に対して不器用で――その様は自分と近いとまで言わないが、不思議な共感を覚えていたのは確かだ。

 

(……俺が本当に戦うべき相手は何だ? 守らないといけないものは何だ……なぁ、シンイチ)

 

 そう思いながら、花を持つ手を離す。その花は少年の顔の横にそっと落ち――自分の疑問の答えが返ってくることはなかった。

 

 他の少女たちの様子を見ると、エルとクラウは落ち着いているようだった。不思議とソフィアも冷静なように見える。シンイチとは付き合いが長い分、ソフィアはもう少し取り乱すかと思ったが。

 

「……エリザベート、それにソフィア・オーウェル……それでは、彼が?」

 

 声のしたほうを見ると、王がこちらをまっすぐに見つめていた。同時に、ソフィアとエルも頷いた。

 

「貴殿がアラン・スミス……少し、この場にとどまってほしい」

「……あ?」

 

 そう言われると退きたくなるというか、衆前に晒されるのは勘弁願いたいのだが。そんなこちらの気持ちを無視して、王は両手を上げて民衆の方へと向き直った。

 

「レムリアの民たちよ。本日は英雄たちの葬儀への参加、大義であった。また同時に、諸君らに悲報を言い渡さねばならない。

 この世界に新たな脅威が立ちはだかった……それは、昨晩の襲撃者達のことだ。教会の見立てによれば、彼らこそこの世界を墜落せしめんとする、古の神々であり……邪神ティグリスの復活が近いとのことらしい」

 

 王の言葉に、場は騒然となる。恐らくだが、邪神の復活が近いというのは自分が思っている以上にレムリアの民にはショックなことなのだ。思えば、魔王ブラッドベリだって邪神の手先として伝えられているのだから――その親玉が復活すると言われれば、この場に走る動揺も納得は出来る。

 

「……だが、我らが七柱の創造神達は、古の神々に対する対抗策をすでに講じていた。勇者シンイチと同じく異世界より舞い降りた勇者、その者を秘密裏にこのレムリアの地へ召還していたのだ」

 

 王はそこで言葉を切り、参列者から視線を外して自分たち四人を流し見た。

 

「本日、教会より正式な辞令が下った。エリザベート・フォン・ハインライン、ソフィア・オーウェル、クラウディア・アリギエーリの三名……本来ならシンイチ・コマツと共に魔王征伐へ向かう予定だった三人の乙女たち。そなたらは新たなる勇者と共に、古の神々の復活を阻止するのだ」

「……はっ」

 

 自分の隣で、三人の少女たちが王に向かって傅《かしず》く。続く言葉は何となくわかっているが、脳がそれを拒否している。だが、無慈悲にも王は――きっと、本当のことなど何も知らない、恐らく教会から言われたことをそのまま伝えようとしているだけだ――自分の方を見た。

 

「……そして、勇者アラン・スミス。どうかこの世界に平和をもたらすため、十人目の勇者となって……彼女たちと共に古の神々と戦ってほしい」

「……あぁ?」

 

 何を言われるか分かっていたはずなのに、思わずガラの悪い返事を返してしまった。王の頼みは自分がこの世界で眼が覚めた直後なら快諾していたかもしれないが――勇者などこの世界の歪みの中心、七柱の創造神達の傀儡ではないか。

 

 そう思えば、この申し出を受けるメリットなど何一つない。民衆の不安も分かるが、表面上安心させるためだけに受けるのも違うだろう――この雰囲気の中でなかなか勇気がいるが、なんとか断ろうと、王に向かって制止の手を上げる。

 

「ちょっとまっ……」

「……あの人、昨日僕を助けてくれた人だよ!!」

 

 自分が断りを入れる前に、小さな少年の声が静かな墓地の空に響き渡った。振り向くと、確かに龍の爪から救った男の子が輝く目でこちらを見ている。

 

「おぉ、それでは襲撃者と渡り合っていたという人物……」

「あの龍に一歩も退かずに立ち向かうとは、なんて勇気があるんだ……!」

 

 代わる代わる民衆の期待の声と眼差しが自分の体にぶつけられる。この何とも言えない気持ちは、なかなか上手く表現できない。自分たちの世界のことを異邦人に任せようという責任感のなさに対する憤りなのか、自分で立ち向かう気力のないことに対する呆れなのか、圧倒的な暴力を前になすすべなく怯える人々に対する憐れみなのか、この期待に応えてあげたいという奮起の気持ちなのか――恐らく全部だ。

 

(……お前は、こんな気持ちで勇者をやっていたのか……?)

 

 そう思い、穴の底に眠る少年の顔を改めて見た。もちろん、自分の方がこの世界の厄介な部分が見えている分、感じ方も違うだろうが――シンイチは七柱が世界を都合よく管理していることなんて知らなかったはずだし、旧世界からの襲撃者達のことも正確に把握していた訳ではないはずだ。

 

 しかし、何も知らないのはこの場にいる民衆たちも同じだ。ただ彼らは、自分の生活が、何か邪悪なものに破壊されるのではないかと不安になっているだけだ。そしてその闇を払う何者かに、ただ無責任な期待だけを寄せているだけ――周囲からぶつけられる感情は、きっとシンイチが味わったものと同じだろう。

 

 それでも、少年はその責務を果たそうとした。すでに本来の役割を終えていたはずなのに、最後まで人々の脅威に立ち向かったのだ。

 

(そうだな……これは、俺からお前に贈れる手向けの花だ)

 

 瞳を閉じたまま天を仰ぐ。瞼の裏で、少年があのシニカルな笑みを浮かべて頷いた。クソが、重大なモノを置いていきやがって――心の中で悪態をついて眼を開けて王の方を見る。

 

「……分かりました。勇者シンイチに代わり……レムリアの民のために戦います」

 

 自分がそう返事をすると、葬儀に似つかわしくないほど墓地は大きく沸き立った。三人の少女たちも立ち上がり、それぞれ自分の方を見ながら小さく頷いた。

 

 ゲンブたちと組んで七柱と戦うか、逆に七柱の元でゲンブたちを討つか、はたまたどちらも敵に回すか――まだどうするべきかは決まっていない。

 

 ただ今は、少年が護ろうとした世界を――この世界に生きる人々の不安を拭うため、少年の代わりにその重責を背負おう。戦うべき相手は定まっていなくとも、護るべき者は分かっている――それがこの手に拾いきれないものであっても、少年に代わって少しでも多くを救う、そう覚悟を決めて、王が差し出した調停者の宝珠を手に取った。

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