B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
エルの肖像画を描いた翌日、早速ソフィアを描くことになった。場所は甲板の階段部分を指定し、そこに腰かけている少女を描くことにした。なんとなくだが、ちょこんと座っているほうが彼女の可愛らしさを引き出せると思ったからだ。
緯度が下がってきているせいか――厳密に言えば、この星の赤道に近づいてきているせいか、気温も高くなってきている。もちろん、冬にかけてのレムリア大陸横断の旅でちょうど冬も終わりに近づいてきている影響もあるのだろうが、ともかく外套など着ていれば少々汗ばむ程度、それでも着こまなければ海風が気持ち良いくらいで、ソフィアは厚手のコートを脱いでモデルになってくれている。
「それじゃあアランさん、よろしくお願いします」
そう深々と礼をするソフィアに「こちらこそ」と返し、まずは下書きをするべく、モデルを観察しながら木炭を走らす――しかし、少女が大きな瞳でこちらをじっとこちらを見つめてきているせいか、むしろこちらが少々緊張してしまっている状態だ。
「……そんなにじっと見て、俺が絵を描いてるのが面白い?」
「面白いというか、興味深いというか……見られているとやりにくいかな?」
「まぁ、こう対面の構図だったら、そりゃ視線も自然とこちらを向くことになるだろうし……」
それに、この絵を見る時に、絵の中の少女と目が合うような絵も面白いとも思う。折角の綺麗な碧眼を、この絵の中に閉じ込めてみたい――そんな気持ちもあるのは間違いないのだ。
「……アランさん?」
「いや、ともかくそのままで大丈夫だ。ただ、そうだな……少し話でもするか。ソフィアも退屈だろ?」
「退屈なんてことはないけれど……お話するのは賛成だよ! 何についてお話しようか?」
「そうだなぁ……しりとりでもするか?」
「それはお話じゃないと思うよ! もう、アランさんはそればっかりなんだから……」
こちらのジョークがお気に召さなかったのか、ソフィアは頬を膨らませながらこちらを見ている。そうそう、その顔も好きなんだが――とはいうものの、ソフィアはすぐに頬を引っ込め、少々真面目な顔つきになる。
「……それじゃあ、十人目の勇者について少しお話しようよ」
「ふむ……? 単純に、一から数えて十番目って意味なんじゃないのか?」
「うぅん……十人目の勇者は、この惑星レムにおいて、凄く特別な意味を持つんだ」
「なるほど……文字通りに他人事じゃないからな。良かったら教えてくれ」
「うん! えぇっと……」
どう話すのが理解しやすいか、彼女なりに整理をしているのだろう――おかげで少女の熱烈な視線が少し弱まり、おかげで絵の方に集中できるようになった。
「十人目の勇者は、この世界における最後の勇者って言われてるの」
「ほぅ……そりゃまたなんで?」
「十人目の勇者が現れた後に、レムリアの民の祈りが主神に届いて、この世界が楽園に変わると言われているから」
「……もうちょっと詳しく教えてくれるか?」
「うん……最後の預言については、クラウさんの方が誤解なく説明できるかもだけど。ひとまず、私の方で分かる範囲でお話するね。
十度目に復活した魔王が邪神ティグリスを呼び出してしまうんだけれど、同時に人々の祈りが主神に届いて、この世界に主神が降臨されるの。そして十人目の勇者と共に七柱の創造神たちが主神のお力を借りて、魔王と邪神を二度と復活できない様に討ち滅ぼすと言われているんだ」
そのような預言があるというのは、どういうことか――筆を進めながら考えてみる。魔王の復活は三百年周期で行われているから、三千年期の終わりに何かが起こると、七柱たちは想定していたのかもしれない。
「なるほどな……でも、その原理で言えば、十人目の勇者が重要な訳じゃない。十回目の魔王復活がターニングポイントになるって話だろ?」
「それはそうだね……」
「そうそう、だから俺はイレギュラーな勇者、というか代打だな」
自分の仮説が正しいとするならだが、時間的な要素が重要ならば、自分の勇者という立場はそう重要ではない――恐らくは、民衆の不安を払しょくするのに勇者という肩書を用意した、それだけの話なのだから。
だが、そこまで考えているうちに、自分の仮説に急に自信が持てなくなってきた。それなら、異世界の勇者という肩書を自分に付すこともなかったのではないか? 自分が十人目になって、次の魔王征伐で十一人目を用意するのなら、預言が外れたということになってしまう――それは、教会の威信に関わることになる。
ふと視線をあげると、ソフィアはこちらをじっと見つめて小さく頷いた。
「うん……でも、預言に近づいている感じはあるんだ。今までの魔王征伐には現れなかった古の神々が急に現れて、邪神を復活させようと企んでいるし……」
「ゲンブたちの狙いが邪神の復活とは限らないじゃないか。というかゲンブ自身が言っていたことを鵜呑みにするなら、アイツらの狙いは旧世界でやられたことに関する復讐だ。だから、なんとなく教会が邪神復活だとか言っているだけで、実際はどうだか……」
そこまで話して違和感に気づく。先日、エルに話そうとした時にはレムに止められたのに、今回は普通に話せている。話す相手が問題なのか――というより、T3の件は教会の暗部に直接触れざるを得ないのに対し、これは既に目的を明言しているゲンブの言葉を繰り返しただけだから許されたのか。
ただ、あまり教会のことを悪く言うのも良くないかもしれない。七柱が生み出した世界の歪みについて触れると、記憶が改竄される恐れがある――そう思えば迂闊だったか。絵を進めるがてらに表情を盗み見ると、ソフィアは微笑を浮かべながら首を小さく横に振った。
「……うぅん、偉大なる女神ルーナの信託だから、間違いないよ」
「そ、そうか……? うん、まぁ、そうだな……」
自分が変なことを言ったせいで、聡い少女は何かしらまた考え始めてしまうかとも思ったが、それは杞憂のようだった。
しかしなんとなくだが、少女の返答には違和感があったようにも思う――自分の基準から言えばこの世界の住人は信心深くはあるものの、ソフィア・オーウェルは神の言葉を鵜呑みにするタイプではないように思われるからだ。
そう思って、近頃のソフィアについて少し思い返してみることにする。シンイチの葬儀の翌日には王都を発ったのだが、ソフィアは彼女の母親とどのように話を付けたのかは結局不明だ。まぁ、改めて世界が窮地に晒された挙句、教会からご指名が入ったのだからマリオン・オーウェルも反対する余地は無かったのだろうが――それでも、母子ともにキチンと話し合った結果としてここに居るとは考えにくい。
次いで、王都を出発した後はどうだったか。馬車で移動中はこちらが自分のことばかりであまり少女を見れていなかったが、いつも通りのソフィアであった気がする。しかし、船に乗ってからはどうだったか――こちらからあまり積極的に少女に絡んでいっていた訳でもないが、同時にソフィア側も一人で居る時間が多かったように思う。
「……そう言えば最近、結構一人で考え事をしている時間が多かったんじゃないか?」
紙から眼を放し、下書きを終えるために改めてソフィアを見る。少女は変わらず、微笑みを浮かべながらこちらをじっと見ていた。
「うん、私も色々と考え事してたから……」
「へぇ、何について考えてたんだ?」
「そうだなぁ……ほんとに色々なんだけれど……たとえば、次にセブンスと対峙したときに、どうすれば勝てるのか、とか」
ソフィアの表情は穏やかそのものだが、口から出てきた言葉は結構物騒だった。しかし――。
「……アランさんはこう考えている。セブンスやT3、ホークウィンドが出てきたら、自分が戦えばいいって……確かにアランさんなら一対一ならあの人たちに勝てると思うけれど、でも、複数人が同時に掛かってきたら?」
「それは……」
「それだけじゃないよ。時計塔を砕いた一撃……あれは多分、セブンスの剣から放たれたもの。アランさんは城内に居て見れなかったかもしれないけど、私は学院に向かっている途中で見たんだ。
アレは、聖剣レヴァンテインのマルドゥークゲイザーと同じか……それ以上の一撃だった。超遠距離からのあの一撃は、いくらアランさんでも発射されるまで気配を察知できないし、仮に察知できても近づくのも難しいと思うんだ」
確かに、セブンスが持っていた剣はレヴァンテインに似ていると思った。この世界で最も安全と言われていた時計塔を吹き飛ばすほどの一撃が、あの機械仕掛けの剣から放たれるというのなら、それは確かに自分の手には負えないかもしれない。
「それに本当はね、私はアランさんに戦ってほしくないんだよ。だって戦うと、無茶ばっかりするんだもん……出会った頃が懐かしいなぁ」
言われてみれば、出会った当初は少女たちに頼りきりだった。気が付けば、なんでも自分で背負いこみすぎてたと反省もしつつ――同時に、この世界の歪みを認知できない少女達を護るのであるならば、多少は自分が無理をしないといけないのも確かなことだ。
そう思ってまた紙から眼を放して顔を上げると、ソフィアは変わらず、こちらに対して穏かな笑顔を向けてくれていた。
「ともかく、ゲンブたちが一斉に掛かってきたときのことを考えれば、私やエルさん、クラウさんだってあの人たちと五分以上に渡り合っていかないといけない。だから、一度対峙したあの子と、どう戦えばいいかなって考えておかなきゃいけないんだ」
「言い分は分かるんだが……それでも、セブンスは接近戦も鬼の様に強いし、何より魔術を無力化してきただろう? そもそも、前衛が魔術師を護って戦うのが……」
「定石、が通じる相手じゃないと思うな」
先ほどから思考を先回りされた挙句、ことごとくもっともな理由で自分の意見は否定されてしまっている。しかし、不快感はない。少女が終始穏かな調子で喋っているのもあるが、ソフィアはこちらの気持ちを否定しているわけではなく、諸々考えた上でより良い答えを出そうとしていると感じるから。
「……足を引っ張り続けてる私が言っても、アランさんには安心してもらえないかもしれないけど。でも、次は負けないよ!」
「えぇっと、こんな風に聞くのも失礼かもだが……具体的な算段は?」
「えへへ、ごめんなさい。それはまだないんだけど……それに、グロリアスケインも直さないといけないし……」
そう言えば、セブンスとの戦闘で斬られた魔術杖は、修理しないまま荷物になっている。出発を急いだこともあるのだが、そもそも機械系統はドワーフが上手いということもあり、現状では予備の杖を代わりに持っている形だ。
「それでも、きっと活路を見出して見出す。うぅん、見出してみせる。あの子は、私を見た。私もあの子を見た……そこに隙と勝機があるはずだから」
そこで一旦会話が途切れ、ちょうど下書きも終わった。そのまま絵具の準備をして色を紙に載せ始め、またしばらくしてからソフィアがそっと口を開く。
「……アランさん、私ね。ちょっと寂しいんだ」
「うん?」
「アランさんが、十人目の勇者になったこと……もちろん、アランさんが一番複雑にとらえていると思うけど、私としても……尊敬する人が勇者になって嬉しい様な、大変な思いをさせて申し訳ない様な……でもね、一番はやっぱり寂しいの」
なんとなく、こんな会話を最近したことがあった気がする。アレは、王都で祭りを回っている時だったか、確か――。
「……皆のアランさんになっちゃったから?」
自分の記憶に間違いはなかったようで、ソフィアはこくんと頷き、そのまま目を伏せてしまう。
「いやぁ、成り行きでなっただけさ。元々、勇者なんて柄じゃないし……それに皆のなんて、品行方正でいないといけなそうだから窮屈そうだ」
「ふふ、確かにそう言うのはアランさんには向いてなさそうだね。でも……」
そこでソフィアは顔をあげて、またじっとこちらを見つめてくる――また先ほどの様に口元には微笑を浮かべながら。
「アナタの強さを、この世界で一番最初に見出したのは私だから。そして、これからも……アナタが駆け抜けていくのを一番側で見届けるのは私だから。それは、誰にも譲らないよ」
穏やかな表情は変わらないのに、瞳の力が強くて少し圧倒されてしまう――いや、これは気恥ずかしいのか、ともかく逃げるように視線を絵に戻す。
「……はは、そう真っすぐに見つめられると照れるな……しかしそんな見られてるんなら、やっぱり変なことは出来ないな」
「うぅん、アランさんはいつも通りで良いの。ちょっとダメな所も合わせてアランさんだから」
「え、俺ってソフィアにちょっとダメって思われてたのか!?」
エルやクラウにダメと思われているのは自覚していたが、真面目なソフィアにダメと思われているとなれば、それは少々ショックなのだが――というか、ちょっとダメという表現が普通にダメよりなんだかダメそうで、よりショックが大きい。
「ごめんね、言い換えるよ……親しみやすい所があってのアランさんだから?」
「婉曲表現になっただけで、本音のところは変わっていなさそうだが……」
「もう、細かいことはいいの! それより、絵の方はどうかな?」
細かいことはいい、とかいうソフィアの話の持って行き方が年上の二人、主に緑に似てきた気がする。いたいけな少女の教育に良くないから、自主規制するように後できつく言いつけておこう――そう思いながら絵を改めて確認すると、いつのまにか直に完成というところまで筆が進んでいた。
「あぁ、終わりそうだ……もう少し待っててくれ」
「うん!」
大きく頷く少女の顔に、大輪のような笑顔の花が咲く。そう、自分が欲しかったのはこの色だ――先ほどの大人っぽい微笑みも良かったが、自分がこの絵に込めたかったのは多分こちらなのだ。少し黙って集中し、今の感覚をそのまま筆に乗せて最後の仕上げを行う。
筆を置いて、完成した絵をまず自分で眺める。完全に満足しているわけではないが、ひとまずこれが今の自分の精一杯――そう思い、絵をカンバスから外し、少女の方へと向けて見せる。
「……どうかな?」
完成した絵を、ソフィアは迷うことなく――エルは恐る恐るという感じだったのでそれとは正反対だ――見て、少しして口元に指を当てながら「なるほど……」と小さくつぶやいた。
「えぇっと、ご満足いただけてないみたいで……?」
「うぅん! そんなことないよ! 満足してないのはアランさんの絵にじゃなくて、モデルにだから」
「いやいや、俺からしてみたら最高のモデルだったぞ?」
実際、美少女一人を長時間拘束して絵を描くなんて、前世基準で言ったら警察案件だ。ともかく、最高のモデルという言葉を受けてソフィアは再び絵をじっと覗き込み、はにかむように笑った。
「ふふ、ありがとう……うん、今はまだ、これでいいかな……ねぇアランさん、この絵はもらっても?」
「あぁ、構わないぞ」
「うん、これも大切にするね」
ソフィア・オーウェルは描いた絵を大事に層に抱え、空いた手で黒いリボンを指でなぞりながら、また大人っぽく微笑を浮かべていた。