B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
南大陸の玄関口に当たるアレクスの街に到着するころには、暦の上では春先になっていた。しかし、緯度の低いこの街では春という季節を通り越し、夏日に感じられるような暑さとなっている。
「暑いねぇ……」
「暑いわね……」
自分の後ろから、二人の声が上がった。一つはソフィアのモノで、もう一つはエルのモノだ。普段は街中や街道ではエルが先導しているものなのだが、この暑さにやられて珍しくばてているようだった。
「そんなに黒いのを纏ってるからだ。せめて上着を脱いだらどうだ?」
「そうね……ギルドに着いたら脱ぐことにするわ」
確かに、エルの場合はブレストプレートを着けているので、道すがらでは脱ぎにくいか。幸い、距離はそこまでではないみたいだから、もう少し我慢してもらっても問題ないだろう。
「……アランさんは、結構余裕そうだね?」
「そうね……アナタも結構厚着をしているのに」
後ろの二人が顔に汗を浮かべながらそんなことを言ってきた。確かに暑いことは間違いないが、カラッとした暑さのせいか不快感もないし、また袖が日を避けてくれるので、快適とは言わないまでも問題ない程度の暑さともいえる。
「そうだなぁ……多分故郷はもっと暑かったんだろう」
「ひっ……アランさんの故郷は、過酷だったんだね……」
単純に夏は多湿だから体感温度が高かったという話なのだが――ともかく、これよりも暑いというのがなかなか想像できなかったのだろう、ソフィアは小さく悲鳴をあげていた。そもそも、エルやソフィアの故郷はそこそこ緯度の高い所にあるし、故郷を離れても向かう先が更に極致に近い暗黒大陸だったのだから、寒さには強くても暑さには弱いのも頷ける。
さて、改めて街中に視線を戻すと、アレクスの街はエスニックな雰囲気――異国情緒漂う街並みになっている。赤茶けた日干し煉瓦の建物が立ち並び、メインストリートは日除け用の布が頭上に張られている。地上には露店が並んで活気もあるが、規模間としては海都ジーノにやや劣るといった印象だ。
「アレクスの街は南大陸の玄関口にして、沿岸での農産物やドワーフやエルフの特産品を集めてレムリア大陸と交易をしています。南大陸の大部分は人が住むには過酷な環境なので、全体の発展具合はレムリアには及びませんが、それでもこの街の商業はかなり発達してると言えますね」
珍しく、街中を歩くのに横に並んでいるクラウが自分に解説をしてくれた。船の中でも思ったのだが、恐らく彼女の育ったジーノ周辺がエルやソフィアが住んで居た場所や暗黒大陸と比べて温暖な場所にあるおかげで、少女たちの中ではクラウが最も暑さに強いのだろう。その証拠に唯一余裕そうな顔をしている。
「なんだ詳しいな」
「まぁ、物理的な距離は遠くても、ジーノと繋がりが強い場所でもありますし、私も教会で結構勉強してましたので、一般教養は割とある方なんですよ? それに……いつも解説してくれる二人がばててますから」
確かに、地理系は割とエルやソフィアから解説を受けることが多かったようにも思う。普段の講師役の二人の方へと改めて振り返ると、とくにエルの方が俯きがちで少しヤバそうだ。
「エル、もう少しで着くから頑張れ」
「え、えぇ……」
「……クラウ、エルに肩を貸してやってくれないか?」
「そうですね……さ、エルさん」
クラウがエルに肩を貸して数分歩くと、アレクスの街の冒険者ギルドに到着した。ギルドの内部はレヴァルの物と似たような構造をしており――すぐに食堂の方でソフィアとエルを休ませ、その介抱にクラウが付きそう。その間に、自分はここに来た役割を果たすため、受付の方へと向かった。
「えぇっと、こちらアラン・スミスだ……ドワーフの街への案内役が、こっちで待機しているって聞いて来たんだが……」
「アナタが十人目の勇者ですか? 一応、証拠を見せてほしいのですが」
「あぁ、了解だ」
ポケットの中から、旅立つ前に渡された王からの封書を取り出して受付の女性に渡す。しかし女性は封筒を見るだけで、中身を見ることなく自分に封書を返した。
「はい、確認いたしました」
「中身は見なくていいのか?」
「はい、封にされている玉璽が本物ですから……それで、案内役なのですが、実は二日前から消息が不明なんです」
「……はぁ? どういうことだ?」
ドワーフの街への入口は、ドワーフにしか分からないようになっているらしい。そのため案内人が必須だとか。以前に行ったことのあるアガタかアレイスター、テレサの誰かが居れば良かったのだが、彼女らにも各々事情があるので、アレクスの街でドワーフの案内人を手配することになっていたのだ。
「案内人のシモン・ヒュペリオンはこの街で生計を立てているドワーフなのですが……二日前に砂漠にある遺跡、第二十七号に行ってくると言って、その後に消息を断ちました。往復半日程度で戻ってこれるので、勇者の案内には支障が無いと言っていたのですが……未だ帰ってきていないんです」
「なるほどな。その遺跡って危険な場所なのか? もしくは、行くまでに危険があるとか」
「遺跡そのものは危険な場所ではありません。神話時代の建造物と言われてますが、ただの巨石群です。しかし、道中の砂漠には数こそ多くないものの、魔獣が生息しているので……」
「はぁ……食われてなきゃいいが……ちなみに、遺跡までは迷わずに行けるか?」
「えぇっと……救助に行かれるのですか?」
「あぁ、そうしようと思ってる」
他の案内人を頼むのも考えたが、往復半日の距離で二日戻っていないのなら、そのシモンとやらの命の危険が考えられる。今更助けに行ったところで遅いかもしれないし、何なら行き違いで戻ってくるかもしれないのだが、もしまだ渦中におり誰かの助けを待っているという可能性があるのなら、そこには手を差し伸べるべきだろう。
受付の女性は「少々お待ちを」とカウンターの奥に下がり、一枚の羊皮紙を持ってきて再び椅子に座り、紙面の一点にバツ印をつけた。どうやら、取り出してきたのはアレクスの街の周辺地図らしい。
「……この印を着けた場所が、第二十七号です。街から出て南西に真っすぐ向かうのが近いですが、普通は川沿いを南下してから西に直進するのが一般的です。砂漠は目印も少なく、迷いやすいので……シモンも生きていればそのルートを通ると思うので、行き違いになる可能性を減らせるかと」
「あぁ、了解だ」
地図を受け取って少女たちの元へ戻り、現状を報告する。エルもソフィアも顔色は大分良くなってきてはいるが、先ほどばてていたことには変わりないし、また暑い場所に出ると熱中症がぶり返すかもしれない。
「……人命が掛かってるなら、早く出たほうが良いよね。アランさん、私はいつもで……」
「いや、今回は俺一人で行ってくることにするよ」
「えっ!?」
自分の言葉に、ソフィアは驚愕の声を上げた。その横でエルはコップの水を飲んでこちらを見てくる。
「……私に気を使うことはないわよ。ソフィアの言う通り、早く行かないと……」
「いや、気を使ってないと言えば嘘にはなるが……多分俺一人の方が移動は早いしな」
こういう時に毎度で申し訳ないのだが、やはりソフィアの歩幅がネックになる。クラウの補助魔法を掛ければ短時間では早くなるが、それをずっと続けられるほどクラウの魔力が持つわけではない。
もちろん、全員が万全の状態なら補助魔法込みでの移動もありなのだが。エルとソフィアの体調が気になるし、それなら看病のためにクラウに残ってもらう方が良いだろう。クラウにだけ着いてきてもらうという選択肢もあるが、それだと現状で膨らんでいるソフィアの頬が倍は膨れ上がりそうだ。
「でも、砂漠には魔獣が出るんでしょう? アランさんの実力を疑っているわけじゃないけど、大型の敵と戦えるだけの火力はないのは確かなんだから」
「それに、砂漠には遮蔽物がありません。隠密で移動しても、隠れられるところが無ければ……」
「まぁ、そこに関してはADAMsを使って逃げるさ。音速を超える生物が砂漠にいれば話は別だがな」
先ほど受付では魔獣の数は多くないと言っていたし、そもそもシモンが一人で遺跡に向かったのは危険が無いと判断したからだろう。万が一に備えるのも重要なのは分かるが、それなら最初から自分にも切り札がある――もちろん、常時使えるわけではないので、命の危険ギリギリまで引き付けるというリスクは伴うのだが。
「ADAMsを使うって言っても……アレ、使った後にボロボロになってるじゃないですか。仮に魔獣を撒けたとしても、回復魔法無しで戻ってこれるかどうか……」
「……なんかここまで心配されてるとアレだな、一人で行くのが間違いなんじゃないかと思えてくるな。ただ、ADAMsは体に馴染んできているし、前よりは反動も減ってるんだ。だから、回復薬を使いながらなら問題なく行けると思う。何より魔獣もそんなにいる訳じゃないらしいし、確実に遭遇するとも限らない訳だから……」
「それはつまり、暗に回復薬と例の劇薬を下さいと、私に言っているわけですね?」
「まぁ、そういうことになっちゃうかな?」
なるべく可愛く返答してみたが、クラウからは冷たい目線が返されるだけだった。少し沈黙が続き――それを終わらせたのはエルのため息だった。
「ふぅ……ソフィア、クラウ、アランに行かせましょう」
「エルさん、でも……」
「二人の言うことも全く正論。ただ、アランが言っていることも正論よ。結局、どうなるかなんて分からない……それならアランの言う通り、早く行動できる方が正解かもしれない」
なんやかんや、こういう時に冷静に意見を仲裁してくれるのはエルだ。それに、少女たちは全員とも自分を信頼してくれているようには感じるが、こと俺自身がやりたいことに関しては、エルが常に後押しをしてくれている印象がある――エルは二人をたしなめて後、もう一度コップをあおぎ、自分の方を見つめてきた。
「ただし、危険と判断したらすぐに退いてきなさい。楽観的に言うのなら、案内人だってその辺で道草を食っているだけかもしれないし、逆に悲観的に言うのならもう死んでいる可能性だってある。そんな不確定が多い中で、勇者が命を掛ける必要はないのだから」
「あぁ、肝に銘じておくよ」
「はぁ……アナタの肝に銘じておくほど、軽い言葉は無いわね……大体忠告を無視するんだから、ソフィアとクラウも心配するのよ?」
別に忠告を無視などしていない。ただ、忠告を守っていられないケースがままあるだけだ――その言葉を喉の奥に飲み込む傍らで、クラウが鞄から何個か試験官を出してこちらに渡してくれた。
「こんな風に見送るのも二度目ですか……まぁ、冷静に考えれば魔族の本拠地を視察に行くよりは安全そうですしね。ともかく、これで貸し一つですからね?」
「あぁ、きちんと熨斗《のし》をつけて返すまでは這ってでも帰ってくるさ」
「のし……?」
聞きなれない言葉だったのだろう、クラウは首をかしげた。冷静に考えれば、自分も熨斗とか良く分かっていないな――などと思いつつ、今度は隣に座る最難関の方を見てみる。案の定、准将殿は伏し目がちにテーブルの木目をなぞっている。
「……行ってらっしゃい、アランさん」
「いや、全然不服ですって雰囲気なんだが?」
「不服だよ! でも、次にこういうことがあったら、きちんとアランさんを信じるって決めてたから……」
上目がちに唇を尖らせるソフィアを見ると、なんだか申し訳ない気持ちが溢れてくるのだが。とはいえ、信じてくれると言っているのだし、ここは素直に彼女の厚意に甘えることにしよう。
「それじゃあ、また元気にお迎えしてくれ」
「うん……もう一回、行ってらっしゃい、アランさん」
微笑みを浮かべるソフィアに手を振り、ギルドのスウィングドアを開けて砂漠の街の大路に出る。太陽は真上に位置しており、まだまだ気温も高い中、速足で第二十七号遺跡へと向かうことにした。