B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
扉が閉まることで一時的に脅威が去り、改めて発見できた探し人をじっくり観察してみる。恰幅が良く髭面で、背の丈も低い所を見ると、やはりファンタジーの世界で語られるドワーフという種族であるのは間違いなさそうだ。
ドワーフというとなんだか豪快そうなイメージはあるが、目の前の男は少し神経質そうな目鼻立ちで、幅の広い顔面に対し小さなレンズの眼鏡をかけているのが特徴的だった。
「ごほっ……アンタがシモンか?」
「あ、あぁそうだが……そういうアンタは?」
「俺はアラン・スミス。迷子のアンタを探しに来たんだ」
「アラン・スミス……それじゃ、アンタが十人目の勇者か!?」
意外な人物の来訪に、シモンは驚いた様子だ。
「さてと、聞きたいことは色々あるが……そうだな、アンタはなんでこんなところに来たんだ?」
「い、いや、それは……」
シモンは困惑したように視線を泳がせた。恐らくだが、本来この場所は聖剣の勇者やレムリアの民たちに知られてはならない――だから、どうしようか悩んでいるというところか。
そして、ドワーフという種族はこの星の実態にどこまで近いのかまでは分からないが、少なくともこの星の人類よりは幾分か深層を覗いているのだろう。そしてそれは、自分も同じことだ。
「多分、話しても問題ないぜ。アンタが思っている以上に、俺はこの世界のことを知っているからな……たとえば、さっきの奴らが第五世代型アンドロイドということとかな」
「なるほど……十人目の勇者、やはり特別だってことか……」
自分に対してなら事情を話して大丈夫と納得してくれたのだろう、シモンは一息入れてから口を開いた。
「ここには、破壊されたヘカトグラムを修理するための材料を取りに来たんだ……ドワーフの都では現在生産していない機材が必要で、それが先日故障してしまったらしいんだ。それを修理するための部品を、帰る前に回収しろとヴァルカンから通達を受けて……」
「なるほどな……それで、ここは何なんだ?」
「僕も正確なことは知らない。ただ、七柱の創造神たちがこの世界に入植したときに利用した機材を保管しておくための倉庫らしい。認証コードを利用すれば防衛装置に襲われる心配はないとのことだったんだが……恐らく、最初の一体は故障していたんだろう、部品を回収して戻るときに動き出したんだ」
そう言われて、改めて室内を見回す。中央に位置する乗り物のような機械には、砂漠でも装甲できそうな厳ついタイヤがはめ込まれている。先端には厚いブレードが着いており――端的に言えば重機だろう。そして、重機の乗っている円形の台座に乗っている先にある天井は、開閉式になっているようだ。リフトで地表に重機を出して、元々はこの辺りの植林などをしていたのかもしれない。
そのほかにも、周りには何やら前世でいう農具のようなものが陳列しているのが見える――そして視線をシモンの方へと戻すと、また扉の近くにあるディスプレイに向かって何かを作業しているようだった。
「……しかし、僚機の方は故障してないようだったからね。それなら、改めて休眠命令を出せば、安全にここから出られるはずだよ」
「ふぅ……そいつは良かった。アンタを護りながら脱出するのは、結構骨が折れる作業だからな……」
シモンの言葉を聞いて安心し、一気に疲労感が押し寄せてきた。薬とADAMsが馴染んできているおかげで、以前のように身体の負荷のせいで意識が落ちることはないものの、それでも炎天下の中ここまで休憩なしで移動してきた挙句に戦闘までこなしたのだから少し休みたいのが本音だ。
重機を背もたれ代わりに座り込み、作業を進めるシモンの背中をぼんやりと見つめる――だが、それもすぐに中断せざるを得なくなった。扉の奥から激しい打撃音が聞こえ始めたからだ。
「……くそっ、ノンビリしている暇もないってか!?」
「な、何故だ……休眠命令はしっかりと出したぞ!?」
「大方、アイツもバグってたんだろうよ……しかし、ここに何か武器に使える物は無いか!?」
跳び上がって辺りを見回し、武器になりそうなモノを探す。農具の中には鉄製の短剣よりは質量があって威力がありそうなものもあるが、如何せん相手は金属――それも特殊な合金の体を持つ機械であり、それで倒せるかはいささか疑問だ。というか、手で持てるその辺の農具を使うくらいなら、まだ打ち杭を使った方が威力がありそうである。
『いっそ、ブルドーザーで引き倒してやろうか!?』
『馬鹿かお前は。こんな狭い中で操縦できるものか』
緊張が戻ってきたせいか、脳内のお友達の声が再度聞こえ始める。しかしともかく、シモンと生きて脱出するには第五世代型の討伐が必要だ。なんとか打倒する手段は無いか――考えながら周りを見ていると、肝心のシモンがこちらの手を指さしていた。
「……あんた、それ」
シモンが指さしていたのは、正確には自分の手でなく、先ほど拍子で拾った何某かの兵器の柄だった。
「うん、これか? 残念ながら、俺には使えないポンコツらしいが……」
「それをこっちに! セーフティを外して、アンタにも使えるようにするから!」
「お、そいつはありがたい!」
第五世代型に付帯している兵器なら、恐らくそれなりの威力は担保されているだろう。そう思って柄を投げると、シモンがそれをキャッチしてじろじろと見始めた。
「……いや、冷静に見れば、コイツはビームダガーだ……アイツの懐に入り込めるのか?」
「はは、そんなん朝飯前だぜ。だからさっさとセーフティを外してくんな」
「あ、あぁ……わかった!」
シモンは壁のディスプレイの隣にあるスキャナーのような空洞に柄を置き、キーボードを打ち込みだす。だが、シモンがセーフティを解除するよりも先に、扉の奥の鉄人が業を煮やしたのだろう、扉に赤い亀裂が走り――さいの目切りに扉が切り刻まれ、機械の目がまた自分の方をじっと見つめていた。
「……標的、暫定ホワイトタイガー」
なるほど、どうやら相手の狙いは自分らしい。その証拠に、すぐ隣ですくんでいるシモンなど眼もくれていない――それなら、自分が時間稼ぎをすればいい。
「おいシモン! 大人しくしてろよ……奴さんの狙いは俺みたいだからな」
そう指示を出した瞬間、アンドロイドの姿が消えた。ただし、ADAMsのように超高速移動をしているわけではなく、単純にステルス機能を使っただけだろう。その証拠に、接近する気配は速いものの認知できる程度だし、何よりも殺気が――機械の体に殺気があるというのも妙な話かもしれないが、それでも間違いなくある、お前を切り刻んでやろうという殺意が――こちらにぶつかってくるのだから、イヤでも敵の位置は分かる。
横に少しだけズレると、自分の肩先を何かが掠め、そのまま背後にあった重機のブレードを両断していた。同時に、なんとなくだが透明な襲撃者が驚いたように、一瞬だけたじろぐ気配を感じた。
「……何で見えてるのかって言いたげだな? そこんとこだが、俺にも分からん」
『何を言ってるんだお前は……大方、事情は話しただろう』
事情を聞いたのと記憶があるのは話が別だ、そうべスターに突っ込もうと思ったがお喋りしている余裕は無くなった。相手が重機から刀身を引いて、またこちらに攻撃をし始めてきたからだ。
空を裂く音と、時折周囲のオブジェクトを焼ききる音が倉庫の中に響き渡る。中々広い空間で物も雑多にあるので、それを上手く防護壁代わりに使いながら敵の攻撃をいなし続ける。現状では、以前に手合わせしたテレサと比べて敵の速度はぬるいため、加速せずとも避けることは可能だ。
とはいえ、現状の速度では埒があかないと向こうも判断したのか――攻撃が止んだと思うと、若干かすむ空間の奥から「警戒レベル、最大へ修正」という声が聞こえてきた。
『警戒レベル最大になったら、今までの速度とは比にならんぞ?』
べスターの警告に対し、ADAMsの起動の準備をする――しかし同時に、敵が振り上る刀身の――とはいっても透明だが――奥で、シモンが柄を持った手を振り上げているのが見えた。
「セーフティの解除が完了した!!」
「そいつはいい! そのままそれをこっちに投げてくれ……悩むな!!」
シモンの判断が鈍ることを警戒して、先手を打って警告を出した。そのかいあってか、シモンはすぐさま右手から柄を放り投げ――同時に機人の刀身がこちらに振り下ろされる。
燃える刃が自分の髪に到達する前に奥歯のスイッチを入れ、音のない世界へと足を踏み入れる。凶刃を躱し、丁度良い位置で中に漂っている柄をキャッチしてボタンを押す――音速の世界でも機構は作動してくれ、柄の先端にあるレンズの部分から三十センチほどの長さの光の刃が現れた。
そしてそれを逆手に持ち、レーザーブレードを相手の首を当てて――音こそしないものの、すれ違いざまに激しく火花が飛び散る――すり抜け、そのまま相手の腰のあたりを背後から突き刺した。
『……あばよ、古の宿敵だったらしい奴』
加速を解くと同時に、光刃を突き刺していた部分からバチバチと激しい音が鳴り始め――第五世代型アンドロイドが膝から崩れ落ちると同時に姿を現し、頭部が乾いた音を立てて床に転がった。
地面に落ちた機械の頭を覗き込むと、最初こそは電子音を立てていたものの、次第に眼の部分の光が消え始め、そのうち完全に沈黙した。
「……アンタ、なんで背中まで刺したんだ?」
声に振り向くと、眼鏡を押し上げながら、シモンが訝しむ様な表情でこちらを見ていた。
「勘だが……恐らく頭部を切り離しただけじゃ、まだ動くような気がしてな」
「あぁ、その通り……第五世代型アンドロイドのメインコンピューターは頭部、サブコンピューターは背面のアンタがちょうどダガーを刺した辺りにある……そこまで知ってたのか?」
「いいや、繰り返しだがただの勘だ」
実際には、オリジナルの本能がそうさせたということなのだろうが――シモンにどこまで話していいかも分からないので、とりあえずその辺りは曖昧に誤魔化しておくことにした。すると、「異世界の勇者は多少の科学知識を持っているらしいからな」とシモンの方もひとりでに納得してくれているようだった。
そして改めて、第五世代を倒した武器の柄に目を向ける。
「いやぁ、しかし良いものを拾ったな。なんとなくレーザーは性に合わないんだが、これで俺の攻撃力不足も解消される……」
そう言いながら柄のボタンを押すが、光の刃は出てこない。その後もポチポチとしてみるが、結果は変わらなかった。
「あれ、なんで……?」
「……レーザーブレードだってエネルギーがいるんだよ。元々、そのエネルギーは何から供給されてたと思う?」
「……なるほどね」
要は、本体からエネルギーを供給されていたのだから、一回分だけでも使えたのは御の字か。若干惜しい気もしつつ、どうせもうガラクタなのだからと、倒れる機人の方へと柄を投げ捨てた。
外に出るころには日も傾き始めており、これはあわやアレクスの街に戻るころには日もまたぐかと心配したが、それは杞憂だった。二十七号遺跡に到着したときには見落としていたが、シモンは前世で言うところの駆動二輪で砂漠を抜けてきたらしく、ギリギリ二人乗りが可能なので行きよりは早く帰れそうだった。
「こんなものを使ってるの、レムリアの民に見られたらマズいんじゃないか!?」
「あぁ、そうだ! だから、これで移動できるのは街の手前までだよ!」
シモンのバイクは川の方へ向かっているわけではなく、真っすぐ街のある北東へ進路を取っている。計器の中にはコンパスもあるらしく、それなら方角的に迷うこともなさそうだし、何よりアレクスの街の規模感が大きいから、おおよそ方角が合っていれば問題なく街まで辿り着けるだろう。
「……アンタには感謝しないといけないな。助けに来てくれてありがとう」
シモンは前を見たまま、なんとか聞き取れるくらいの小さな声でぽつりと漏らした。
「いいや、気にするな。むしろ、悪い予感が当たってただけだからな……そういう意味じゃ、お前も災難だったなシモン」
「ははは……しかし、アンタなんで一人で来たんだ? 確かにあの場所はレムリアの民には内緒の場所だから、見られずに済んだのは良かったんだが」
「急な暑さに仲間の何人かやられてな。それで街で休んでもらってたんだ」
しかし、そういう意味では怪我の功名だった。少女たちが居れば戦闘自体はもっと楽に切り抜けられたのは間違いないが、あの場所を見られずに済んだのだから。
「……なぁ、あの場所はなんなんだ?」
「さっきも言ったが、僕も詳しいことは知らない。とはいえ、この星には何か所か、ああいう古代の入植時代の保管庫があるんだ」
「そうだな、聞き方が悪かった……その場所に、なんでアンタは入れたんだ?」
七柱の監視下にあってあの場所に入ることが出来たのだから、ドワーフのシモンはこの星に置いて何か特別な境遇にあると言えるだろう。それが気になって質問してみると、ややあって――話して良い物か悩んだのかもしれないが、こちらは既に諸々見てしまった後だし、特別な勇者と思ってくれているおかげか、シモンは質問にゆっくりと応え始める。
「……僕たちドワーフは、七柱の創造神の中でヴァルカン神と共にウフル山脈の地中で生活している。その目的は、古代に存在した科学技術の保存と承継なんだ」
「ふぅん……科学は人間を失墜させるんじゃなかったのか?」
「あぁ……しかし、有事の際、たとえば機構剣レヴァンテインの調整や、この星の裏で動いているテクノロジーは確かにある。それを修理するのが僕たちドワーフの役目だ。同時に、レムリアの民にそれを見られるわけにはいかないから……」
「それで普段は山奥で引きこもってるってわけか」
「あぁ、そういうことさ」
それっきり、シモンは黙りこくってしまった。引きこもってるなんて表現は失礼だったかもしれない――そういえば、確かギルドでシモンはアレクスの街で生計を立てていると言っていたのを思い出す。
「……でも、アンタはアレクスの街で生活してたんだよな?」
「うん……ちょっと、ドワーフの伝統とか、そういうものから解放されたくってね。こちらから外に出る分には自由だし、簡単な機械なら外に持ち出しても良くて、それを使って生計を立てることも許されてる。それで、ドワーフの都から離れてアレクスで生活をしてたんだ」
「ふぅん……ただ、こう機械に慣れてちゃ、外の生活は不自由なんじゃないか?」
そう言いながら、足でバイクの機体をトン、と叩いてみる。実際、自分は物珍しさや自然豊かな情景に惹かれてこの世界を気に入っているが、科学技術に慣れていれば、人里で住むには不自由と感じるケースの方が多いように思う。
自分の言葉に、前を見ていたシモンは視線を上に上げたようだった。
「……外じゃないと、星が見えないからな」
「へぇ……ロマンチストなんだな」
茶化すように言ってしまったが、実際にはシモンの気持ちは共感できる。どこまでも続く砂漠の上空には、果てしなく広がる星空が浮かんでいる――それは、美しい光景だった。先ほどドワーフは地中で生活していると言っていたから、星の見える場所で暮らした方のかもしれない。
しかし、シモンの方は皮肉と受け取ったのか、首を小さく横に振った。
「やめてくれ、そんなんじゃない……ただ、小さいころから星に憧れていてね。この星に渡ってきた七柱の創造神と同じように、いつか僕も星の海を旅してみたいんだ」
「なるほどね。それで、少しでも星空が見える外に出てたってわけか」
「まぁ、それだけじゃないけれど……概ねそんなところさ。だが、今回ばかりはそれが仇になった。勇者は普段はエルフの里である世界樹を先に目指すんだが、ヘカトグラムの修理が優先されたからね……とはいえ、ドワーフの案内が無いと都には入れないから、アレクスで生活している自分に勇者様の案内の白羽の矢が立ってしまった訳さ」
「なるほどなぁ……そいつはすまなかったな?」
「はは、アンタが謝ることじゃないさ……それに、流石に世界の危機を無視するほど身勝手なつもりじゃないよ」
シモンがそう言い切った後で、自分のセンサーに何かイヤな気配が引っかかる――恐らく進行方向、まだ大分向こう側にいるはずだが、それは進行方向からこちらへ向かってきているようだ。バイクの速度で進めばすぐに遭遇することになってしまいそうだ。
しまいそう、という否定的な気持ちが出たのは、こちらへ向かってきている気配が巨大で――人型サイズでなかったからだ。
「おい、ちょっと止まってくれないか?」
「うん? なんでだ?」
「いいから、早く止めろ!」
「わ、分かった……」
シモンがブレーキを握るとバイクは減速し始め、厳ついタイヤの二輪は満点の星空の元で制止した。
「……なぁ、砂漠って魔獣が出るんだよな?」
「あぁ、しかし滅多に遭遇するもんじゃ……」
「まぁほら、ゼロじゃないだろ? どんなやつなんだ?」
「あぁ、巨大なミミズ型の魔獣で、サンドワームなんて言われている。普段は砂中を動き回って、音に反応して地上の生物を捕食するんだ」
「ははぁ、なるほど……!!」
それで、こちらは止まったというのにも関わらず、向こうは迷わずこちらへ突進してきているのか。段々近づいてくる地響きにシモンも以上に気付いたのか、神経質そうな顔が白くなってきている。
「……とりあえず、バイクから離れるぞ!!」
「あ、あぁ……!!」
二人でバイクから降り、砂の上を走る――しかし、音に反応するというのは事実なのだろう、巨大な生物がこちらの足音を追って来る。速度的には向こうの方が上、逃げ切ることは敵わなそうだ。
しかし、二輪の音が巨大だったおかげで迷ってくれたのだろう、巨大生物は自分たちとバイクとを飲み込む様な形で一気に砂を駆けのぼってきて――。
「ちっ……どけっ!!」
「うわっ!?」
シモンを巨大生物の進行に収まらない場所に押し出し、自分はむき出しの殺気に備えて奥歯を噛む。加速したときの中で真下から現れた魔獣の巨大な口――直径十メートルはあるのではないかという巨大な穴は、その淵に巨大な牙に取り囲まれていた。
『……くっそでけぇ!?』
現れた巨大生物に対して、脳内で思いっきり叫んでしまった。ともかく幸か不幸か、その牙の巨大さのおかげで、またサンドワームが自分たちとバイクを同時に飲み込もうと欲張ったおかげで、牙の位置がちょうど自分の自分の足場になってくれた。
相手の牙を蹴ってシモンの隣に着地して加速を解く。魔獣が再び地中に潜っていくのを確認してから、すぐに袖から短剣を三本取り出し、それを二十メートルほど向こう側へ足音の代わりに投擲して砂に刺すと、すぐに短剣を飲み込むべく再びサンドワームが現れ、また地中に潜っていった。
顔面を真っ白くして怯えるシモンの口に人差し指を置き――ひとまず、静かにしていればそのうち魔獣も去っていってくれるかもしれない。それまで物音を立てずに静かにしているのが正解か。
しかし、大ミミズは中々この場を去ってくれない。獲物の位置が分からないから地表には姿を現さないものの、この付近の地中をぐるぐると回っているようだった。そもそも、ご飯にありつくつもりだったのに手ごたえが無かったのだ、そのうちローラー作戦でも始めるかもしれない。
何より、シモンが限界そうだ――今も震えながら首を振り、泣き出しそうになっている。ADAMsを使って離脱するのは自分だけなら出来そうだが、先ほど押し出した感じ、シモンはドワーフなせいか結構重量がある。抱えながらでは逃げ出すのは厳しそうだ。
加速の反動に痛む体を少しでも回復するため、バッグから音もなく回復薬の瓶を取り出して飲み干しながら、周囲を見てみると――そこで、使えそうなものを発見した。
早速行動に移すべく、衣類の一部を短剣で切り裂いて、回復薬の瓶に詰める。さらにポケットからマッチを取り出し、布に火をつけようとするがなかなか燃えてくれない。
布を燃やそうとしているとシモンが怪訝そうな顔でこちらを見ているので、向こう側に倒れているバイクの方を指さす。ギリギリで飲み込まれずに残ったそれは、しかし倒れた衝撃のせいか給油口が開き、辺りに燃料をまき散らしている。それでシモンも察してくれたのか、懐から何の容器を取り出して――恐らく酒だ、それも高濃度のヤツ――それを布にかけてくれたおかげで、着火は成功した。
そして、また袖から短剣を二本取り出して、それらをバイクのボディに当てる。乾いたいい音が砂漠に響き渡り、同時にまた砂の下で巨大な生物が動くのを確認してから、火種をぶちまけられている燃料の方へと放り投げた。
瓶が落下すると砂上に炎が走り、給油口の方へと向かっていく――と同時に、バイクを飲み込むべく下から巨大生物が姿を現した。そしてすぐさま鋼鉄の二輪を飲み込んで、砂の中へと再び消えていった。
「……流石に中身まで頑丈にはできてないだろ?」
指先で銃を撃つようなポーズを取って少し格好つけつつ、本日二度目のセリフを呟いた瞬間、砂中から大爆発が巻き起こった。爆風が砂と、螺子などの機械部品と、赤黒い肉片を周囲にまき散らし――地面の下で何物かが蠢きまわる気配は完全に消え去った。
「……まぁ、せっかくのバイクが壊れちまったのは残念だが。隠す手間も省けただろ?」
「はぁ……アンタ、滅茶苦茶な奴だな……」
振り向いてみると、シモンは若干引きつった笑いをしながらこちらを見つめていた。