B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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砂漠の旅路

 サンドワームを撃退した後はそのまま徒歩でアレクスの街まで歩いた。幸いなことに二匹目に襲撃されるようなことはなく、また二輪でそれなりに移動で来ていたおかげもあり、街に到着したときにもまだ日をまたぐようなこともなかった。

 

 シモンとは口裏合わせをしておき、遺跡には観光に行っていたこと、帰りに砂漠で迷ってしまい、そこを自分に救助されたということを少女たちには伝えた。また、本当は危なげなかったと報告したかったものの、冷静に考えると薬を何個も消費していたので怪しまれると判断し、帰りに魔獣に襲われたという事実は伝えることにした。

 

「……本当に、そんなに危険はなかったんですか? シモンさん」

 

 翌日、川を上る船の上で、ソフィアは訝しむ様な視線でシモンに話しかけていた。

 

「あ、あぁ……そりゃ、魔獣に襲われたからには安全ってこともなかったが……ともかく、アランさんには助けられたよ」

「そうですか、大変な想いをなされて……でも、ちょっと詳しく聞きたいんです。魔獣に襲われたのは一回ですか?」

「あぁ、一回だよ」

「……本当に一回ですか?」

 

 その質問をしたときのソフィアの声色は一層低く――可愛らしい外見から想像もできない鋭さに、シモンは固唾を飲んで黙ってしまう。

 

「なんとなくですが、それには違和感があるんです。アランさんは劇薬を二本と、回復薬を一本消費していました……劇薬を二本となればかなりの激しい戦闘があったか、二度以上の襲撃があったと想定するのが自然な気もしてしまうのですが……」

 

 つらつらと続けるソフィアへの返答に困ったのか、シモンは助け船を求めるようにこちらを見つめてきた。確かに、准将殿の詰問を一身に受けちゃひとたまりもないだろう――救助のために少女とドワーフの間に入る様に立つと、ソフィアはすでにこの後のことを察しているのか、頬を膨らませてこちらを見上げた。

 

「ふぅ……ソフィア。シモンが困っているだろう?」

「むぅ……だって、アランさんに聞いてもはぐらかしちゃうんだもん」

「ともかく、二人とも無事に帰ってきたんだ、それでいいじゃないか」

 

 な、と確認するように背後を振り返る。こういう時は、大体エルが助け船を出してくれる――今日は上着も鎧も脱いでおり、吹く風に髪を棚引かせていたエルが、自分の救援に応えてこちらへ歩いてくる。

 

「そうね……コイツが想定外の無茶をするなんていつものことだし、下手な詮索はやめてあげましょう、ソフィア」

「むぅ……!」

 

 エルの援護に、自分は腕を組みながらうんうんと頷く。しかし、味方と思っていたレイブンソードは、今度は自分の方へ鋭い視線を浴びせてきた。

 

「だけど、アナタもアナタで、ソフィアに心配をさせないような努力は必要でしょう?」

「……いや、ごもっとも」

 

 エルの言うことには一理も二理もある。事情が事情と言えども、心配させないようにするに越したことはないのだから。自分も返答に窮して後ろ髪をかいていると、エルも都合よくつかわれたことに対する溜飲が少しは下がったのか、小さくため息をついて微笑を浮かべた。

 

「まぁ、今回のことに関しては、そもそも私がダウンしたのが悪かったわけだし……ここは私に免じて、コイツを許してあげてくれないかしら、ソフィア」

「うぅん……私も暑さにやられてたし。エルさんは悪くないよ! そうだね……今度からアランさんを一人で行かせないように、体調管理をもっとしっかりしないと!」

「えぇ、そうね。私も気を付けるわ」

 

 二人が笑顔で頷き合ったタイミングで、クラウが船の反対側から「こっちに来てください! ワニが居ますよ、ワニ!」とか叫んだ。少女二人は呑気な緑の方へと行ったため、男二人がその場に残ることになる。

 

「……信頼されてるだろ?」

「あぁ、信頼できないということに関しては信頼されている感じだな」

「あ、あのなぁ……」

「いやいや、それだけあの子たちはアンタのことが好きなんだろう……それだけ全力で心配してくれる相手がいるんだ、羨ましいよ」

 

 シモンはそう言いながら眼鏡を上げて、岸の方へと視線を移した。遠景は砂漠だが、川の側には緑が立ち並び、所々に畑や家々が並ぶ牧歌的な光景――異国情緒とノスタルジーが立ち並ぶような情景が延々と続いている。

 

「……お前にはそういう相手はいないのか、シモン」

「はは、まぁ心配されているだろうが……僕の人となりが好かれて心配されてるんじゃない。この体に何か在ったら困ると、そういう意味で心配されているだけだ」

「……どういう意味だ?」

「アンタには関係ないことさ」

「なんだよ、そんな言い方はないだろ?」

「同じ言葉をそっくり返すよ……アンタだって、色々と隠し事をしてるんだからな」

 

 その声色は、皮肉っぽいというより何か諦めたようなものだった。その雰囲気の重さに、こちらも攻めん気を削がれ――というより、実際には図星を突かれて押し黙るほかなかったのだが。

 

「……アラン君も、こっちに来てください! なんか色々と凄いですよ!」

 

 なんか色々と凄い、それはなんだか気になるが、今はシモンと話を――と思ったが、こう意固地になっている時はなかなか話も聞き出せないだろう。シモンも話す気がないと言わんばかりに、少女たちがはしゃいでいる方を指さしている。

 

「ほら、行ってやりなよ。僕は少し、日陰で休んでくるからさ」

「あぁ、そうだな……ま、気が向いたらまた聞かせてくれ」

「気が向いたらね」

 

 そう言って、シモンは船の奥の方へと消えていった。

 

 南大陸での旅路は、しばらくは船での移動になった。海から川という違いはあるものの、また数週間は船旅が続くことになる。砂漠を流れる川が南北に非常に長く、しばらくは標高差が無い緩やかな流れになるので、幅の広いこの川を帆船で移動するのは十分に可能ということらしい。

 

 さて、アンニュイなシモンというドワーフだが、少しずつだが少女たちとも打ち解けてきているようだ。とくに同じクリエイターの筋であるおかげか、クラウとはちょこちょこ話をしているようだった。

 

「……ここはこうしたら、強度が増すんじゃないか?」

「なるほどぉ……確かに、ご意見ありがとうございますシモンさん!」

 

 熱心に開発の議論をしているのを背中に受けつつ、自分はカンバスに向かって風景を描いていた。すでに赤道付近らしく気温は常夏という状態であり、寒冷地育ちのエルはやはり暑さには慣れないらしく、日陰の下で涼んでいるシーンが多くなった。ソフィアは若さのおかげかエルよりは暑さに慣れてきたようで、度々自分の描く絵を楽しそうに眺めていることが多かった。

 

 ある程度の南下が済むと標高が上がってくるため、川の勾配が増して船での移動が難しくなる。そのため、残りは陸路での移動になる。とはいえ、しばらくはまた川沿いを昇っていくだけなので、過酷な砂漠を突っ切る必要性は無いし、また下流ほどではないもののドワーフやエルフが人が交易するための拠点は川沿いに点在しており、暑さと時折魔獣に襲撃されることを除いてはそこまで過酷な旅路というわけでもなかった。

 

「……しかし、ドワーフだのエルフだのの住んでる所に行くには、大分時間が掛かるんだな」

 

 川沿いを陸路で移動し始めて数日、思わずそうぼやく。既に王都を出発してからニか月近くjは経過しており、実際に到着するにもまだしばらくは徒歩での移動が必要になるとのことだ。

 

「そうですね……聖剣の勇者は海と月の塔に降り立ち、まずはレムリア大陸を行脚して実力をつけ、その後に南大陸に移動してエルフとドワーフからそれぞれ祝福を受ける流れになってます。そこからまたレムリアに戻って暗黒大陸へと移動するので、概ね二年の旅路になる訳ですね」

 

 自分のぼやきに対しては、隣にいたクラウが答えた。自分がぼやいている間に目の前で起こっていた魔獣の襲撃に対しては、クラウは高位の補助魔法で援護していた形だ。

 

「うへぇ、ここから更に一年半以上の旅路になるのか?」

「それは不明ね。何せ、魔王は定位置にいるけれど、ゲンブたちはどこに潜伏しているか分からない訳だし……でも、体よくいけばもっと早く終わるでしょう。今回はエルフの住む世界樹に行く必要もないし、レムリアを行脚する必要もないから」

 

 そう言いながら、エルは聖剣アウローラを鞘に納めた。ちなみに、エルとソフィアは厚手の外套の代わりに白いマントを羽織って、日差し除けの対策をしている。どうやら二人ともこの気候にも慣れてきたようで、今も最前線で魔獣の攻撃をいなしてくれていた。

 

 ついで、代替の魔術杖から煙を上げながら、ソフィアがこちらに振り向く。

 

「逆に、ゲンブたちの足取りが掴めなければ、いつまでも旅を続けないとかも」

「ふぅ……なるほどな。ともかく、皆おつかれさま」

「アランさんもお疲れさまだよ!」

「あ、あはは……ありがとうソフィア」

 

 そう全力の笑顔を向けられても、自分は魔獣討伐に何一つ貢献していないのだが。なんなら、クラウが魔法を取り戻し、エルはヘカトグラムが無いと言えど光波を出す神剣を振り回しているのだから、野にいる魔獣程度なら自分が出る幕がないどころか、自分は火力がないので足手まといまである。

 

「ともかく、この辺りは魔獣も多いみたいだから、アランさんはノンビリしててね!」

 

 そう言いながら、ソフィアは魔術杖を握りしめて先行するエルとクラウの後ろに追いついていた。その姿を見送っていると、安全な最後尾にいたシモンが自分の隣に並んだ。

 

「……旦那も滅茶苦茶だと思ってたが、あの子たちも大概だな」

 

 船上の旅を終えて陸路を行くようになってから、いつの間にかシモンの自分に対する呼び方がアンタから旦那に代わっていた。曰く、やたらと強い少女達に戦闘を任せて自分はノンビリしているからということらしい。

 

「旦那はやめろって……しかしホント、ヒモみたいで若干気が引けるんだけどな」

「ははは、若い子を三人も侍らせて、良いご身分だ」

「ごもっとも……しかし、皮肉を言うためにわざわざ声をかけたのか?」

「いいや、旅程についての報告さ。もうじき、徒歩での旅も終わるっていうね」

 

 シモンはそう言いながら、南東の方角を指さす。その先には遥かにそびえる高い山脈が連なっているのが見えた。

 

「あそこが我々、ドワーフが拠点とするウフル山脈だ。麓にまで行けば、僕たちしか使えない秘密の地下道がある」

「ふぅん……地下道を使えるなら少しは楽できそうだが、目的地はあの山脈の中央だろ? 結局、結構歩くんじゃないか?」

「いいや、採掘用の地下鉄がある。だから、麓まで着けば移動の手間は大分省けるよ」

「地下鉄! しかし、それをあの子たちに見せても大丈夫なのか?」

 

 前方を歩く少女たちの背中を見つめながらシモンに問う。第二十七号遺跡の内部を見せられなかったのなら、その他の科学技術の粋《すい》を見せるのはマズそうだが――そう懸念したのだが、シモンは耳打ちをするためだろう、こちらに一歩近づいてくる。

 

「見られるとまずいのは第五世代型アンドロイドの存在だ……そもそも、異世界の勇者とそのお供はドワーフの都の中に入るんだ。地下鉄くらいどうってことないよ」

「へぇ、それじゃあドワーフの都とやらは、俺の故郷に近いのかな?」

「半分は正解、半分は不正解かな……歴代の勇者は、ドワーフの都を見ると大層驚くって聞くよ。まぁ、細かくは見てのお楽しみさ」

 

 翌日には砂漠を抜け、岩肌の続く荒野を進むこと数日後、ウフル山脈の麓に着くとシモンの案内で地下道へと入った。入口もちょっとした草木でカモフラージュされていて分かりにくいことに咥えて、入り口付近に取り付けられた機械にはどうやら網膜認証があるらしく、ドワーフにしか開けられない扉だとのこと。そうなると場所が分かっているアガタたちが居ても、どの道ドワーフの案内は必要だったのかもしれない。

 

 地下空間の空間は、第二十七号遺跡で見たような未来的な――というほど技術を進めている調子ではなく、少しレトロな雰囲気のトンネルという印象だった。明かりは蛍光灯の様で橙色に輝き、それらがトンネルの両壁に定間隔で設置されている。

 

「ウフル山脈の地中には、血管の様に鉄道が走ってるんだ」

 

 シモン曰く、山脈の至る所で取れる資源を搬送するための地下鉄だということ。そのためかトンネルも幅広く、恐らく荷台が通りやすいように配慮されているのだろう。

 

 しばらく進んだ先にある鉄道には、これまた前世の当代からもう一世紀以上前に使っていたような貨物列車があった。とはいえ、レトロなのは見た目だけらしい――自動操縦でダイアグラムを調整してくれるらしく、シモンが運転席の機械を少し操作しただけで、あとは目的地まで勝手に向かってくれるようだった。

 

「……鉄の箱が動いているとか、なんだか落ち着かないわね」

「でも、凄いよね! これ、何で動いているんだろう?」

 

 通路を挟んで向こう側で腕を組んで座るエルに対し、隣の窓際に――と言っても写るのはトンネルの壁ばかりだが――座るソフィアが、眼を輝かせながらこちらに振り向く。対面のシモンに聞けば早いのだろうが、お疲れらしく手すりに手をかけて眠ってしまっているところだ。

 

「多分、電気かリニアモーターかどっちかだな」

 

 見た目は蒸気機関車っぽくあるのだが、煙が出てないところを見るに石炭で動いている訳でもあるまい。自分が返答したのが嬉しかったのか、ソフィアはまた眼を一層輝かせている。

 

「アランさん、知ってるの!?」

「あぁ、いや……前世に似たような機械があったんだよ。だから、この世界の技術と完全に一致しているかは分からないな……細かいことは、シモンに聞いた方が早いだろう」

 

 そもそも、これが仮に電車やリニアモーターカーであったとしても、前世の常識ラインでの知識はあるものの、細かい仕組みまで聞かれたら自分には答えられない。それに、ソフィアなら突っ込んで色々知りたがるだろう――そう思って予防線を引いておくことにした。

 

「アレかな、これがジドーシャ?」

「いや、恐らく電車、またはリニアモーターカー……さっきも言ったように同じ乗り物かは分からないが、ともかくそういう感じの奴だよ」

「そっかぁ……でも、なんだか嬉しいな。アランさんの故郷と同じ景色を見れるなんて。でも、こんなに便利な乗り物があるのなら、なんでレムリアの方には伝播しなかっただろうね?」

 

 それは、これがレムリアの民が信奉するところの神々が禁じる科学技術の追及の粋だから、というのが実際の所だろうが、それをそのまま伝えるのも問題だろう。何と返答しようか悩んでいると、通路の奥でクラウが肩をすくめてやれやれと首を振った。

 

「こんな地下を走るなんて、辛気臭いからじゃないですか?」

「あはは、違いない」

 

 別に地上でも鉄道は通せるのだが、ここはクラウに便乗することにした。しかし、ソフィアは窓の奥を見つめたまま、独り言のように呟き始める。

 

「そうなのかな? 山の斜面に道を作るのが大変だし、何より距離的には地中を行くのが近いから、ウフル山脈内の場合は地中にトンネルを通したんだろうけれど……動力の確保さえできれば、平地でも動かせるんじゃないかな?」

「あー……そうだなぁ……」

 

 ソフィアの鋭さ満点の意見に、つい生返事が出てしまう――隣を見ると、ブロンド髪の奥、窓のガラスに微笑を浮かべているソフィアの顔が写っている。何故少女が笑っているのかは分からないが、あまり追及されても困るので特に踏み来なかったのだが、ソフィアは窓を見つめるだけで特に突っ込んでくることもなかった。

 

 しばらくすると、シモンと並んで少女たちはみな寝息を立て始めていた。恐らく、長旅の疲れが出ていたのだろう――自分は何となくぼぅっと起き続けており、そのまま車内の時計を眺め続けていると、短針が四つほど進んだ次点で列車は一つの駅に到着した。

 

 乗った駅と違って、この駅は賑やかなようだ。頭上のくりぬかれた岩石が、吊り下げられた人工のライトで照らされており、その下には何個ものホームが並んでいる。各ホームにはドワーフたちがまばらに点在しているのが見えた。

 

「……着いたのか?」

 

 停止の操作のために運転席に行っていたシモンが戻ってきたのでそう問うと、彼は眼鏡を押し上げて小さく口元を釣り上げた。

 

「あぁ、お嬢さん達を起こしてくれ、旦那」

 

 言われた通りに少女たちを起こして、先に列車から降りていたシモンを追う。ホームから階段を降りて駅を出ると、眠気眼を擦っていたはずのソフィアの眼がまた一段と輝いた。

 

「……凄い」

 

 少女の言葉には、自分も同意せざるを得なかった。目下の中央には巨大な湖があり、その周りを前世的な商店街と、煙の立ち上がる煙突群が取り囲み――それらを頭上の人工の太陽が照らしている。

 

 ドワーフの都市ガングヘイムは、ウフル山脈の内側に存在する地中都市《ジオフロント》だったのだ。

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