B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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ガングヘイムの街並み

「……ここの景色は変わらないな」

 

 シモンは見晴らし台から下を見てそう呟いた。そしてすぐに小男は踵を返し、アスファルトで舗装された歩道を歩いていく。その背を追って少し歩くと、自動車が何台も並んでいる駐車場のような所に着いた。

 

「シモンの車があるのか?」

「いいや、まさか……レンタカーだよ」

 

 まさかレンタカーなどというシステムがあるとは。ともかく、シモンが懐からカードのような物を取り出して駐車場の済にある機械にそれをかざすと、下にある取り出し口から金属製の鍵――それこそ扉の鍵のようなものが出てくる。

 

 シモンがその鍵を、一台の自動車の左側の扉に差し込むと、ガチャ、という音が響いた。

 

「さぁ、お嬢さん方は後ろに、旦那は助手席に乗ってくれ」

 

 言われた通りに助手席に乗り込み座席に座る。扉には取っ手と謎のレバーがあり、面白半分にクルクルとまわしてみると窓がゆっくりと開き始めた。要するに、これは自分が知る車よりも前時代的なものらしい――ある程度は手動で動かす必要があるのだから。

 

「あ、アラン。あんまり変に動かしたら壊れるかもしれないでしょう?」

「ははは、大丈夫……ドワーフ製の機械は頑丈だよ。ただ、ここにあるレバー類だけはいじるのは勘弁してくれな、旦那」

 

 面白半分に色々といじって、自分とシモンの間にあるレバーを動かそうと思った矢先に突っ込まれた。ともかく、シモンが扉を開けたカギをハンドルの横に差すとエンジンが点火し、レバーを操作すると車が動き始めた。

 

「なぁなぁ、運転代わってもらったらダメか?」

「旦那が運転できるのなら話は別だが……ちなみに、運転経験は?」

「記憶喪失だからなぁ……いや、実際はあると思うんだよ。多分ハンドルを握れば体が思い出すって」

「ふぅむ……クラッチってわかるか?」

「くら……?」

 

 聞きなれない言葉を聞いて、思わず聞き返してしまう。すると、シモンは口元をにやけさせ、ハンドルを握って前を見た。

 

「はは、それじゃあダメだ。この車はマニュアルなんだ……旦那がもし運転したことがあったとしても、それは恐らくオートマチックだろう」

 

 確かに、シモンが運転している車の構造は、自分にはあまり良く分かっていない。自分の記憶の中には確かにハンドルは存在はしたが、それは前時代の異物として残っているだけで、人が操作をする必要はなかった――なんなら、ハンドルは収納可能だった。確か、大型の運搬車などは取り扱い免許があるのだが、普通自動車は保有するための免許のみで、運転免許などは廃止されていたはずだ。なぜなら車の運転はGPSを搭載したコンピューターがやるモノだったから。

 

「なんだよ、ケチだな……道だってガラガラだし、危ないこともないだろう?」

 

 実際、前を走る車もないし、対向車も非常にまばらだ。少しくらいおぼつかない運転でも問題ないだろうに。

 

「ダメダメ、旦那が思っている以上に、コイツの操作は繊細なんだ」

 

 確かに、先ほどから動きを見ていると、ハンドルにレバー、それに何か足元のペダルも細かく操作している。直感的に言えば、恐らく足元にアクセルとブレーキがあり、ハンドルで進行方向を制御しているのだが、レバーの意味がさっぱり分からない。事前にこのレバーをいじるのを禁じられたということは、確かに少々難しそうで――そもそも、なんで二本もレバーがあるのかすら謎だ。

 

 坂を下りきり、車が市街地に入る。間近に見るドワーフの街の感想は、一言で言えばあべこべな印象だった。改めてみると、走っている車に統一性が無い。歴史の教科書に載っているような、シモンが運転しているものより古そうな形式のものもあれば、自分が幼いころに見ていたような全自動の電気自動車も走っているように見える。

 

 交通を整備するための信号はこれまた前時代的な蛍光灯のようだが、場所を知らせる掲示板などは電光ではなく空中モニターだ。電柱などが見受けられないのは、恐らくケーブルは地下に埋め込まれているからだろう。

 

 要するに、自分が教科書的に知る一世紀以上前の技術と、自分が知っている最新に近い技術とが、街の中に混在しているのだ。それらがある種、雑多という名の一つの整合性の上で調和を保ち、街として機能しているという奇妙な印象を受けた。

 

「……しかし、この技術を外で売れば、ドワーフは大金持ちになれそうだが」

 

 何の気なしに呟くと、シモンの方から苦笑が漏れた。

 

「いいや、僕らは金儲けに興味はないんだ……僕らが機械を作り、使うのは、これらが単純に好きだからだよ」

 

 そう言いながら、ドワーフ男はハンドルの端をポン、と叩く。

 

「実際の所、技術的に言えば、もっと難しい車だって作ることもできる……たとえば自動操縦にするだとか、全部電気にするとかね。それでも、こんな手動式の化石燃料で走るヤツを作るのは、単純にこれを作って、乗りたいと思ったからさ」

「なるほど、機能を重視するわけではないと?」

「機能は機能で重視する。とはいえ、こだわりはこだわりで重視すると……そんな感じさ」

 

 なるほど、それがこの街のルールか。普通、技術はある程度の指向性を持ち、特定の分野の停滞はあっても、原則としては未来へ進んでいく――それが、より利便性を高めるから。

 

 しかし、この街では便利さだけでは技術を計らないのだ。だから、新旧の技術が同時並行する。自分の倫理観からすると奇妙だが、しかし案外、これはこれで良いのかもしれない。

 

 使おうと思えば、古い車も新しい車も何かを乗せて走るという機能は同じ。もちろん、機械に任せれば事故も減るだろうし、運転の手間が省けるのも間違いないのだが――意外なほどに、新旧の技術は同時に並立しうる、それが分かっただけでも何となくだが面白い。

 

 そんな風に窓の外を見ていると、窓にシモンの表情が見えた。こちらはなんだか楽しい気持ちになっているのに対し、向こうはなんだか煮え切らない表情をしている。

 

「それに、本当の所は……僕らドワーフの技術だって、上等な物じゃないんだ」

「……そうですか? なんだか、十分すごいと思いますけど」

 

 同じ技術畑として思うところがあったのだろう、後ろでクラウが呟いた。シモンはそれに対し、振り向く代わりにルームミラーで後部座席を見ているようだ。

 

「僕らドワーフは、レムリアの民と比べれば機械いじりは得意だ。でも、言ってしまえばそれだけ……僕は今年で八十歳になるが、生まれた時からこの街の風景も、技術も、何一つ変わっていない」

 

 八十歳という年齢に今更ながらに若干衝撃を覚えつつ――そういえば、ドワーフもエルフと並んで長命種らしい――同時に強烈な違和感に襲われた。それは恐らく、この車のせいだろう。

 

 本来、一世紀近い時があれば、技術は飛躍的に進歩するはずなのだ。ちょうど、人が手で動かしていた車が、一世紀の間にどんどんコンピューターによる制御に代わっていったように。ドワーフは技術に関する基礎があるのだから、それを応用するなどは簡単にできそうだが。

 

「……僕らドワーフは、新しい物を作り出すことが出来ない。それは、呪いの様に……ヴァルカン神から授けられた科学技術を理解して使うことが出来ても、その枠を抜け出すことが出来ないんだよ」

 

 そういうシモンの声色には、傍観の念がたっぷりと込められていた。しかし成程、それは二つの意味で納得が出来る。一つはこの世界のルールから逸脱していないこと、もう一つはドワーフの街の技術レベルがあべこべで併存していることだ。

 

 まず、どのように制御しているのかは分からないが、七柱はドワーフという種族には技術と知識を与える代わりに、新しいものを作る思考を与えなかったのだろう。あくまでも彼らはこの星の技術の保守点検の担い手であり、新しいものを作る必要はないのだから――そうなれば、進化を防ぐというルールを守り続けることができる。

 

 また同時に、彼らドワーフが新しいものでなく、技術的に古い物にこだわりを持つのは、進歩がないからだ。言ってみれば、新しい本が永久に並ばない図書館のような世界――その箱庭の中の最先端だけ見続けても飽きてしまう。最後に新刊が並んだのは三千年も前であって、それを繰り返し見るくらいなら、古い本を手に取る方が建設的だろう。

 

 だから、長命な彼らは、持てる知識の中で何でも作り、使うのだろう。それが、長命種として生まれ、長く退屈な人生を少しでも紛らわすための術だったのだろうから。

 

「なんとなく、この停滞感を打破したくて五年前から外に飛び出して……最初の内こそは、レムリアの民と比べて進んだ技術を持っていることに優越感を覚えたけど、次第に変わらないって思うようになった。僕らも、レムリアの民も、結局は決まったルールの中で生き続けているだけなんだからさ……」

 

 なるほど、確かにシモンの言う通りかもしれない。前世的な立場から見れば、ドワーフの方が技術的に優れていても、発展が無いのならレムリアの民と大差が無いとも言える――人工の太陽に照らされた景色は、いつの間にか市街地を過ぎ、車は文字通り前世的な工場が並ぶ地区へと入っている。

 

 そして工場の一つに入り、シモンは駐車場に車を停めた。

 

「さ、着いたよ」

「えぇっと……俺たちはここでどうすればいいんだ?」

「ドワーフ族の長、ダンに会えばいい」

「長に会えって……」

「はは、もっと立派な宮殿みたいな所にいると思ったかい? 彼にとっては、ここが王宮なんだよ……手を動かしていないと落ち着かないのさ。さ、行った行った」

 

 言われるがままに少女たちと共に車を降りると、肝心のシモンが降りてこない。それどころか、再びエンジンをまわし始めた。

 

「お、おい! 案内してくれるんじゃないのか!?」

 

 先ほど開けていた窓の隙間に腕を入れて声を掛けるが、シモンはレバーを動かし続ける。そして、細長いレバーに手を掛けたタイミングでシモンはやっとこちらを見た。

 

「僕はここまで……旦那との旅、悪くなかったよ。お嬢さんたちもね。そうだ、一個だけ忠告をしておくよ。ダンは偏屈なジジイだから、会話するのには難儀するかもしれないけれど……種族を問わずに女性が好きだから、困ったらお嬢さん達に任せるといい。あとそうだ、これをダンに渡してくれ」

 

 シモンは腰から何やら包みを取り出し、こちらが伸ばしていた手にそれを掴ませる。そして微笑みを浮かべて自分と少女たちに手を振ると、車をバックさせ始め――自分は慌てて窓から腕を抜き去ると、シモンはそのまま去っていってしまった。

 

「はぁ……なんだかあわただしく行っちゃいましたねぇ」

「そうだね……ちゃんとお礼もしてないのに……」

 

 クラウとソフィアは、去っていく車をしばらく見送っていた。

 

「まぁ、機会があればまた会うこともあるでしょう……さ、行きましょうか」

 

 エルはすでに気持ちを切り替えたのか、踵を返して工場の入口の方へと歩き始めている。それを追い、エルと並んで工場の入口に着くと、中からはけたたましい音が聞こえる――重い扉を押すと、その音はより一層大きくなった。

 

 何を作っているのかはさっぱり分からないが、ひとまずベルトコンベアで金属の塊が運ばれ、ロボットアームがそれらを組み立てているようだ。吹き抜けの二階にはそれらを監視するように幾人かのドワーフが居り、こちらの存在に気が付いたのだろう、そのうちの一人がこちらを見て驚愕の表情を浮かべて奥に引っ込んでいった。

 

「……何やら驚いていたみたいね」

「釣り目の誰かさんがにらみつけたんじゃないか? それでビビッて逃げていったとか」

「あのねぇ……こっちとしては、物珍しくて中を色々見てただけよ。むしろ、目つきの悪い誰かさんにビックリしたんじゃないかしら?」

 

 隣のエルは、腕を胸の下で組みながらこちらを睨みつけている。この視線に晒されたら誰だって逃げるだろうがよ――などと思っているうちに、先ほどはけたドワーフが入っていった扉から、また別のドワーフが現れた。

 

 そのドワーフは、臆することなく真っすぐにこちらへずかずかと――どかどかという擬音の方が正確かもしれない――お世辞にも長いとは言えない足で階段を降りてきた。見たところ、ドワーフの中でも年配という感じだ。髭も頭髪も白く、立派な顎のものは前で、長い髪は後ろで結って、くたびれた作業着に身を包んでいる。

 

 その男は一度だけ、躊躇したように立ち止まったが、だがすぐに小さく首を横に振って、またどかどかと歩き始め、一気に自分の目の前に立ちはだかった。

 

「……お前さんが十人目の勇者だな? オレがダン・ヒュペリオン……ドワーフ族の長だ。それで、シモンの馬鹿はどうした?」

 

 ダンと名乗った男性は、そう言いながら扉の外を覗き見て、先ほど去っていったシモンを探しているようだった。

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