B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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ドワーフのダン

「はぁー!? なんだとシモンの馬鹿、オレに顔も見せねぇで去っていっただと、あの大馬鹿野郎!!」

 

 通された応接間のような所で――というより、工場の休憩室か――ドワーフの長、ダン・ヒュペリオンは大きく叫んだ。むしろ叫びすぎて、真正面にいる自分の顔に唾が飛び掛かるほどだった。

 

「うぉ、きたねぇな!? 唾を飛ばすな唾を!!」

「あぁ!? テメェ、年配に対する敬意はないのか!?」

「はっ、テメェみたいな乱暴なジジイに払う敬意はないね!」

「んだゴラ、やんのか!?」

 

 やおらダンは拳を握ったまま立ち上がるが、恐らく老体に応えたのだろう、すぐに「いでで……」と呟き、握っていた拳を開いて腰を押さえながら椅子に座り込んだ。

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 

 ソフィアが身を乗り出して老人に声を掛けると、ダンは表情を緩ませてニコニコとした笑顔を少女に返す。

 

「あぁ、大丈夫大丈夫……お嬢ちゃんがソフィアちゃんかぁ、可愛いなぁ」

「あ、え? その、腰……」

「あぁ、腰は大丈夫だ、唾でもつけとけば治るさ」

 

 唾なんぞつけてもケガが良くなるものでもないし、筋肉だか骨ならなおさらだ。しかしコイツ、ソフィアに対してデレデレとしている。先ほどシモンが言っていた女好きは本当なのか。一応、女好きと言っても単純に下品なだけで、自分から見ればそこまで下品ないやらしさは感じないのは幸いだが――しかし、目に見えてソフィアが困っているので、助け船を出すことにする。

 

「ゴホン! ともかく、自己紹介だな……知っているかもしれないが、俺はアラン・スミスだ。ひとつよろしく」

 

 ダンは一瞬だけこちらを見るが、しかしすぐにぷい、とそっぽを向いてしまう。いい歳したジジイがそっぽ向くのは可愛らしさの極致、もはや憎たらしさしかない。

 

「……てめぇ、こっちが下手に出れば調子に乗りやがって!!」

「どうどうアラン君、落ち着いてください! お相手はヴァルカン神の加護を持つ現人神なんですよ! 失礼の無いようにしないと……!」

 

 なんと、普段は一番失礼な緑に制止されてしまった。なんやかんやクラウは信心に厚いので、目の前の失礼な老人にも敬意を払っているということか。ひとまずクラウに免じて振り上げた拳を収めて座ると、ダンはなんだかキリッとした顔を――実際はキリッとした風なだけで全然様になっていないのだが――し始める。

 

「君がクラウディア・アリギエーリか……ルーナのことでは苦労したようだね」

「い、いえ、そんな……」

「それに何やら、クリエイターとしての技能に興味があるとか!」

「あ、はい、そうですね……」

「いやぁ、オジサンと気が合っちゃいそうだなぁ……どうだい、向こうでお茶でも」

「あ、いえ……」

 

 珍しく押され気味のクラウに対して、ダンのテンションは上がっていき、最終的にはガラスの向こう――要するに階下の工場内を指さした。そこはお茶するのには適している場所じゃないし、そもそも自分には茶の一杯も出さないのか、やはりコイツはなかなかむかっ腹が立つ奴だ。

 

 そう思っている横で、いつものようにエルがため息をついた。初対面相手にため息も本当は無いはずだが、今はそんな彼女が頼もしい。

 

「ふぅ……あのねダン。私たちは遊びに来たわけではないの」

「あぁ、分かっている……」

 

 今度ばかりは空気が一転し――流石に本題になれば真面目にもなるのか、ダンは真剣な面持ちでじっとエルの方を見ている。エルも腰に下げていた宝剣の柄に手をかけた。

 

「そう、この宝剣の……」

「……クールアンドビューティー」

 

 あまりに真剣な表情でダンがぼやいたので、冗談を言ったと理解するのがこの場にいる全員が遅れた。いや、言った本人は滅茶苦茶に真剣なのかもしれないが。ともかく頼りのレイブンソードもお手上げなのか、柄に掛けていた手をそのまま上げて、眉間をつまんで黙ってしまった。

 

「……だー! 俺たちはジジイを構いに来たわけじゃねぇんだよ!!」

「あーうるせーうるせー!! いいじゃねぇかちょっとくらい! たまに来る美人が目の保養なんだよ!!」

 

 そして再び自分の顔に唾が飛んできて、再び拳を上げてテーブルから乗り出そうとした瞬間、ダンは今度こそ少し落ち着いた雰囲気を顔に浮かべた。

 

「ま、要件は分かってる……宝剣へカトグラムと魔術杖グロリアスケインの修理だろ?」

 

 そう言いながら、ダンは机の上に置いてある包みを彼だけが見えるように開いた。アレは、シモンが第二十七号遺跡から持ってきた何某かのパーツだ――ダンは中身を見て頷き、それを彼自身の傍らに置いた。

 

「……さて、とりあえずレムから事情は聞いているが、実物を見ないとな……ハインライン、宝剣を出しな」

「え、えぇ……」

 

 エルは腰から鞘ごと外し、宝剣を机の上に置いた。ダンはそれを左手で取って、右手で胸ポケットから小さなルーペを取り出し、それを通して宝石の部分をしばらく眺めていた。そしてルーペを仕舞って後、小さくため息をつく。

 

「……残念だが、やっぱりここにある機材だけじゃ修復は不可能だな」

「……どういうこと?」

「剣の機構自体は修復できるが、問題は核の部分だ。宝剣へカトグラムに利用されていたのは、神話の時代……ここではない世界で発見された超希少なレッドダイヤだ。超高純度な透明性と複雑なカットとで周囲の光を集めて屈折させ、擬似的な重力場を発生させる装置なんだが……」

 

 ダンは左手に持ったままの宝剣をこちらに見えるようにかかげ、空いた右手の指で宝石を指して見せる。

 

「……表面の一部がかけちまっているだろ? シモンの馬鹿が修理のための部品を持ってきてくれたが、これじゃ従来通りに光を屈折させることができん。適当な手斧で振りぬかれただけと聞いてたから、まさかレッドダイヤを傷つけるなんてことは出来ないと思ったが……これを割ったT3とやら、相当な執念の持ち主だったんだろうな」

 

 そう言って、ダンは宝剣を机の上に置いた。

 

「それじゃあ、もう宝剣は元には戻らないの……?」

 

 エルは俯き、形見の剣を見つめながら小さく呟いた。

 

「いいや、コイツと同じ程度のレッドダイヤが見つかれば修復は可能だ。何せ、こいつを作ったのはオレ……を加護しているヴァルカン神だからな。同じものを作るなんて朝飯前だぜ」

 

 修復は可能、その言葉に希望を持ったのかエルは瞳を輝かせながら顔を上げた。それに対し、ダンは口髭の周りに一杯の皺を浮かべながら自分の胸を親指でつついていた。

 

「ダンさん、そのレッドダイヤは、どこかにあるんでしょうか?」

 

 今度はソフィアが質問すると、ダンもそちらへと向き直る。

 

「あぁ、万が一ヘカトグラムが故障したときのことを想定して、どこにあるかは調査してある。しかし、それのある場所が危険なんで、入手は出来ていねぇ」

「なるほど、それなら俺たちがそれを取ってくればいいんだな?」

 

 自分がそう言うと、ダンは眼を額で覆って「かーっ!」と叫んだ。

 

「簡単に言ってくれる……一応な、三千年の間、ヴァルカン神が断続的に入手は試みてたんだぞ?」

「だけど、アンタも無理とは言わなかったんだ。可能性はあるってことだよな?」

「まぁ、そうだな……お前さんが本物の……」

 

 ダンはそこで言葉を切って、こちらをじっと見つめ始める――ここに来て、自分は初めてこの老人と真摯に視線をかわすことになる。相手の視線はこちらを品定めするような、訝しむような、しかしどこか信頼してくれているような――きっと彼の胸中には複雑な感情があるのだろうと推察できるが、それをどう表現していいものかと悩んでいる風でもあった。

 

「けっ、しゃらくせぇ! 野郎にじっと見られたって気持ちわりぃだけだってんだ!!」

「はぁ!? クソジジイが、テメェがこっちを見てきたんだろ!?」

「あーうるせぇ! テメェなんかと会話はしたくねぇんだ、こちとらな!!」

「やんのか!?」

「あぁ!?」

 

 真面目な雰囲気はどこへやら、ダンが再び憎まれ口を叩いてきたので互いに席を立って机を挟んでにらめっこになる。しかしやはり腰が悪いのか、ダンの方が「いでで」と席に着き、それにこちらも攻めん気を削がれて腰かける形になった。

 

 そして自分達二人が落ち着いたのを見て、ソフィアが申し訳なさそうな表情で小さく手を上げた。

 

「あ、あのぉ、それで……レッドダイヤはどこにあるんでしょうか?」

「おぉっと、そうだな……レッドダイヤはウフル山脈の最高峰、スネフェル火山の火口付近にある。そこが危険なのは、多くの魔獣が生息しているから……炎に身を包んだ強力な奴が多数確認されている。

 とくに危険なのは、炎を纏った鳥型の巨大魔獣、通称フェニックスだ。まるで火を喰って活力としているみたいに、マグマを喰うと再生しやがる。場所が場所だから大型の武器は持っていけねぇし、携行可能な武器では奴の再生能力を突破できなかったんだ」

 

 通称フェニックス、そいつは自分とは相性が悪そうだ。そもそも、超大型なだけでも火力が不足するのに、再生能力持ちとなれば自分の力でどうにかできるイメージが沸かない。

 

 そんな自分の悩みを見透かしてか、ダンは嬉しそうに目尻に皺を寄せた。

 

「うんんんん?? どうしたんだい、アラン君。なんだか神妙な表情をしているじゃないか」

「くっ……そういう奴は俺の専門外なんだ……」

「かっはっは! 偉そうな口を聞いたくせに、所詮はその程度か!!」

 

 ようやっとこちらから一本取れた、という雰囲気でダンは大きく笑った。ひとしきり笑って後、今度は急に落ち着いた顔――長い時間を積み重ねてきた者とでも言わんばかりの、どこか達観した微笑を浮かべて――自分たちの方を流し見た。

 

「だが、お前さんたちの中には、奴の再生能力を突破できる実力を持つ可能性がある……ソフィア・オーウェル、グロリアスケインを出しな」

「は、はい!」

 

 ソフィアが荷物から二本に折れた魔法杖を取り出して机の上に置くと、ダンは再びその片方を手に取って断面を注視し始めた。

 

「……あの、失礼ですが。魔術杖の修理もできるんですか?」

「あぁ、問題ねぇ。そもそも、これを最初に作ったのだってヴァルカン神だ……アルジャーノンにせがまれてな」

「そうだったんですね……それじゃあ、魔術杖の改良とかも出来たりするんでしょうか?」

「うん? そうだな……この天才、ダン・ヒュペリオンの技術を持ってすれば、不可能じゃねぇだろうが……どんなふうに改造してほしいんだ?」

「えっと、実は…………」

 

 ソフィアの提案内容にダンは驚きの表情を示した。

 

「技術的に出来なくはねぇが……オレは魔術も基礎原理は分かっているつもりだ。お嬢ちゃん、アンタのいう改造は、脳みそが二つでも無い限りには出来ねぇと思う。しかも、それをやるメリットもあまり感じねぇな」

「……古の神々と戦うには、必要なんです」

 

 ソフィアの低い、真剣な声に、ダンも少々のまれているようで――確かにこの子が真剣な時は、大人ですらどこか気後れする凄みがある――ため息を一つはいて後、後ろ髪をかきながら頷いた。

 

「……分かった。しかし、何せ初めての注文だ。修理と改造には少しばかり時間が掛かりそうだが……」

「それでしたら、ひとまず予備の魔術杖で火山に向かいます。私の体には大きいので取り回しにくいのですが、学院教授向けの逸品なので、第七階層まで問題なく使用できますから」

「分かった。とはいえ、グロリアスケインには早めに手はかけておくとして……ここの設備じゃ魔術杖は直せねぇな……」

 

 ダンは二本の棒を持って立ち上がり、ポケットから何かの鍵を取り出した。アレは先ほどシモンが持っていたのと同じ感じ――つまり、車のキーだろう。

 

「一緒に来な。この街は外からの来訪者を想定してないから、宿がねぇ。代わりに、こいつを直せる工場の近くにある空き宿舎を貸してやる」

 

 その後、ダンに連れられて駐車場まで移動し、また一台の車に乗り込んだ。その車は、先ほどシモンが乗っていたモノと年代が近いように思うが――先ほどはハンドルが左座席にあったのに、今度は右座席にある。そのせいで、自分は最初に開く扉を間違えてしまった。

 

「……だぁ! なんでテメェが横に乗るんだ! 助手席には美女って相場が決まってるだろうが!!」

 

 ダンはしばらくは無言で運転していたが、また唐突に喚き散らし始めた。幸いなのは、運転のために唾が前に飛んでいることだろうか。

 

「うるせー! 狭い車なんだから、俺が後ろに座ったら窮屈だろうが!」

「それなら外を走りやがれ!! 聞いてんぞ、テメェが音速で走れるってことはな!!」

「馬鹿野郎! 生身で走るとボロボロになんだよ!!」

「かーっ! あぁいえばこういう! テメェの親の顔が見てみたいね!」

「おあいにく様、残念ながら記憶に無いんだな、それが」

 

 べスター曰く、自分の両親は既に他界しているし、そもそもすでに一万年前の人なのだから生きてすらいない。だが、それを言うこともない――記憶が戻ったのかと言えば違うし、生半可なことを言えば少女たちに怪しまれてしまう。

 

 しかし、自分の言った何気ない一言に意外と申し訳ないと思ってくれたらしく、ダンは声を荒げるのを止めて、道の先を見ながら口髭を小さく動かした。

 

「……言い過ぎたな、すまん」

「おい、急にそんなしおらしくなるなよ……調子が狂うだろうが」

「お前さんに記憶が無いのは、レムから聞いている……だってのに、デリカシーが無かったと思ってな」

「はぁ……今までの暴言を考えたら、もっと早くにそれを気付いてほしかったね」

「それとこれとは話が別だ。テメェの声を聞いているとイライラしてくんだよ」

「なんだそれ、黙ってろってことか?」

「あぁ、その通り。本当なら、エルちゃんかクラウディアちゃんに横に乗ってもらって、目の保養をするつもりだったのによ……」

 

 ダンはそうぶつぶつ言いながらハンドルを握って前を見ている。むしろ、運転中なら横は見にくいし、ルームミラーで確認できる分、少女たちには後ろに乗ってもらった方が良いと思うのだが。

 

 ともかく、黙れと言われたからには黙るしかないか――まぁ、この爺さんのご機嫌を取ることもないのだが、話したところで建設的でもない。後ろに座る少女たちも何を話せばいいのか分からないのだろう、車内はしん、としてしまっている。

 

 仕方なしに外を見ていると、地中だというのに段々と景色がオレンジ色に変わってきていた。もしかすると、時間に合わせて照明の色も変えているのかもしれない。それならそれで、時間の感覚が狂わずに済みそうで助かるのだが。

 

「……シモンの奴、何か言っていたか?」

 

 しばらくの沈黙の後、ダンが独り言のようにつぶやいた。隣を盗み見ると、相変わらず視線は前を見ているが、何か思うところがありそうな表情をしている。

 

「あぁ、アンタが偏屈なジジイだって言ってたぜ。実際、その通りだったな」

「けっ、あのクソ馬鹿野郎が……」

 

 ダンは悪態をつきながら、ハンドルの端を軽くたたいた。

 

 偏屈なジジイとは言ったものの、自分はダンに対してそんなに嫌悪感はない。むしろなんとなくだが、職人気質で頑固だが正直者、そんな印象を受ける。口が悪いのだけはフォローのしようもないが――表現が大げさなだけで、そんなに悪意も感じはしない。

 

「そういえばだが……車の趣味、アンタとシモンで似てるんじゃないか? 似たようなのに乗ってたぜ」

「いいや、確かに年代の趣味が近いかもしれないが、アイツはオシャンティーなのに被れててダメだ。やっぱり機能と頑丈さ、故障しにくさなんかも重要だぜ」

「うん、結構違うのか?」

「お前さんたちが何に乗ってきたのかは知らねぇが、ハンドルが逆なら元々作ってた国が違うんだ……まぁ、言っても分からねぇだろうがな」

 

 後ろの少女たちは分からないだろうが、自分には何となく分かる。旧世界は国ごとに交通の規格が違ったから、生産国でハンドルの位地も違ったのだろう。とはいえ、自分が知る限りでは自動走行車が一般的だったので、自分すら知らない、もっと前の時代のことなのだろうが。 

 

「あの、ダンさんはシモンさんとどういう関係なんですか?」

「……親子だよ。アイツは、オレの一人息子さ」

 

 後部座席の真ん中に座るソフィアの質問に対し。ダンは振り向きもしないでルームミラーを覗きながら、自嘲気味に口元を釣り上げて笑った。

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