B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ダンに紹介された宿舎で一泊し、次の日の朝にはスネフェル火山に向かった。可能な限り近い場所までは地下鉄で別のドワーフに送迎してもらい、現在は道なき登山をしているところだ。道なき、と言っても厳しい傾斜がある訳でもなく、岩山で草木に足を取られるわけでもないので、足元の心配はそんなになかった。
「……なんだか、魔王との戦いを思い出すわね」
エルの言葉の通り、なんとなくだがこの辺りの風景は魔王と戦った山頂に似ている気がする。かなり標高が高いせいで所々に雪が残っており、先日までうだるような砂漠の暑さの中にいたのが嘘のような光景だった。
ダンの言っていた魔獣の縄張りは広くはないらしく、火口付近までの遭遇はなさそうだ。その他にも魔獣は生息しているらしいのだが、ひとまずはノンビリとした登山が続いている。そんな折、ソフィアがふと自分の横に並んで、笑顔でこちらを見上げてきた。
「ドワーフの街、凄かったね!」
「あぁ、そうだな」
「アランさんの故郷は、ああいう感じだったのかな?」
「そうだな……建物とか乗り物とかの雰囲気は近かったな」
「そっかぁ……」
「でも、流石に地中に街はなかったはずだ。そういう意味じゃ驚いたけどな」
「ふふ、じゃあドワーフの技術は凄いんだね!」
「あぁ、そうだな。完敗、お手上げだ」
わざとらしく手を上げて首を振りながら降参のポーズを取る。旧人類を代表して自分が負けを認めるのも変だし、実際はドワーフの技術も旧人類の延長線上にあるのだから勝ちも負けもないのだが、自分としてはあの街は凄かった。
この世界に来て、何度も美しい光景に眼を奪われたが、それは自然のモノが多かったように思う。ドワーフの街はあからさまに人工物なのだが、アレはアレで良かった――人工の太陽にあべこべな技術を詰め込んだ街、ある意味ではおとぎ話に存在するような光景。
それはある種、新しいものを作らないという制約の中で成り立った技術の歪な集大成だったのかもしれない。しかしそれが返って、どことなく懐かしさや親しみやすさを感じて、自分にとっては好ましい景色になっていたのは確かだ。
「……シモンさんは、なんでダンさんを避けてるんだろう?」
ふと、ソフィアが俯きがちにそう呟く。それには、自分より先にソフィアを挟むように奥にいるクラウが反応した。
「そうですねぇ、ちょっと変な人ではありましたけど、悪い人ではなさそうですからね、ダンさん」
「うん、それなのにシモンさんは何で避けてるんだろうって」
二人の意見は、自分としても共感できる。会話するとなればあの偏屈相手だ、面倒なのも納得できるのだが、同時に悪人とかいう印象をダンから受けるわけではない。
昨日は結局、ダンはシモンが息子であるということだけ呟いた後は、互いの関係性については言及しなかった。だから、ソフィアとしては気になったのだろうし――同時に、同じく親に対して思うところのあるソフィアとしては、良い親を避ける意味が理解できなかったのかもしれない。
「まぁ、男の子なんてそんなもんだ……と思うぞ」
首をかしげる少女二人に対して、自分はそうぽつりとつぶやいた。自分の親父のことを覚えているわけではないが、恐らく男の子にとって男親とは厄介なのだ。互いにこだわりだとか、思想だとか、共通する面もあれば反発する面もあるはず。
共通する面もある意味では照れくさいし、反発する面は互いのプライドがあるせいでなかなか歩み寄ることが出来ない。とくにあの偏屈な親父ともなれば、反発する面で「だからお前はダメだ」と頭ごなしに否定されるのは想像に難くない。
しかし、こうよくある親子の歩み寄ることの難しさだけが、シモンがダンを避けている理由なのだろうか? ここまでの旅路で、シモンは結構意味深なことを言っていた気がする。この体に何か在ったら困るとか、そんな感じのこと――もしかしたら、単純に親子という以上に、二人の間には何か溝があるのかもしれない。
とはいえ、ここで考えたところで答えは出なそうだ。それに、ノンビリ考え事という雰囲気でもなくなってきた。自分のセンサーが働いたのに僅かに遅れて、前を進むエルが半身で振り向きながら神剣の柄に手を置いた。
「八十歳相手に男の子っていうのも変な気はするけれども……ともかく、そろそろピクニックは終わりかしらね」
「あぁ、そうだな……」
ダンが言っていた他の魔獣、それらの生息範囲まで到達したらしい。坂の上に点在する炎の固まり――注視してみると、炎の中にはトカゲのような外観の魔獣が存在する。幸い、サイズ的には全長一メートルに満たないので、自分でも戦えそうだ。
「うひぃ、さすがに火をまとってるのと、殴り合いたくはないですね……」
「四の五の言わないの……と言いたいところだけれど。不死鳥とやらに魔法や魔術は温存しておくべきでしょうね。アラン、行くわよ」
「アイサー、レイブンソード」
エルの横に並ぶが、肝心のレイブンソードさんが駆けていくのが早い。ADAMsを使わなければ、やはりエルの方が基礎能力は上か。神剣の切れ味と加護があれば、当代最強クラスの剣士に小型の魔獣などが敵うわけでもない。エルの快進撃を後ろから気持ちフォローするだけで済みそうだ。
トカゲ型の魔獣を倒しながら山を昇っていく。足を止めていれば自然と囲まれてしまうので、一度上がり始めてからはペースを上げて進むことになる。エルが先頭に立ちガンガン薙ぎ払っていってくれているし、囲まれそうになったらソフィアも第三階層から第四階層をメインに応戦していく。クラウは基本はソフィアの援護で、時折吐かれるブレスを結界でいなしたり、「あっつぅ!」と叫びながらソフィアに向かうトカゲを蹴り飛ばしてくれていた。
もちろん、自分は火口へのルートを逸れない範囲で、なるべく敵が居ない方向をエルに指示していた――戦闘面ではあまり役に立っていないが、消耗を避けるという方向では貢献していると思いたい。
「ひぃ……ふぅ……なかなか疲れてきましたね……」
しばらく進んだタイミングで、クラウが息を荒げて呟く。高所のせいなのだろう、酸素が薄く普段よりも疲労は大きい――とはいっても、クラウ自身の呼吸は少しわざとらしい。どちらかというと、彼女は疲れを悟られないように静かに息を切らして着いてきているソフィアに気を使ったのだろう。
「ダンが言うには、火口付近は危険だけれど、代わりに捕食されないようにサラマンダーも近づかないということらしいから……もう少し昇ったら一息入れましょう。ソフィア、頑張れる?」
「う、うん! もう少しなら……!」
もう少しで休憩できると分かり――エルとクラウの気遣いも嬉しかったのだろう――ソフィアも大きく頷いて走り続けてくれた。
そしてサラマンダーの襲撃が無くなるころには、火口から立ち上る煙がかなり近くなっていた。そこで一息つき、改めて火口を目指して登り始める。とくに火口間際の傾斜がきつく、ソフィアが登るのを難儀していたが、自分が手を引いたおかげか頑張ってくれ、なんとか全員で頂上までたどり着いた。
頂上にたどり着いて背後を見ると、南大陸の壮大な山稜が見渡せる。雲が下に見えるほどの高所で、日の光を浴びて雲海が輝いて見える――一方で、火口の中は地獄のような様相だ。地獄の窯の様にポッカリと空いた穴の下には、ぐつぐつと煮えたぎる溶岩が蠢いている――まだ距離があるおかげか文字通りの燃えるほどの暑さではないものの、顔を皮膚を熱気がピリピリとあぶってくる感じがする。
「……アラン、大物の気配は?」
「俺のレーダー内には無いな」
「れー……? まぁ、ともかく、今はどこか別の所にいるのかしらね」
火口に着いた瞬間に戦闘になるかと思っていたから拍子抜けをしてしまったものの、不要な戦闘を避けられるならそれに越したことはない。そう思いながら、火口の中を改めて注視してみる。ダンが言うには、溶岩の近くに赤く光るダイヤがあるとのことだが――。
「……アレか」
「え、えぇっと……どれですか?」
隣に並んだクラウのために、宝石のありかを指さす。溶岩のやや上の部分の岩盤に埋まっているそれは、この距離から目視するにはかなり小さくはあるのだが、真昼でもなお反射する煌めきを見せるので、クラウの方でも目視できたようだ。
「どうしましょう、結界が使えますし、私が取りに行くのが良いですかね?」
そうクラウに提案される。実際、熱から身を護るにも、飛んだり跳ねたりするにも、クラウが一番適切とも言えるかもしれない。しかし、少し考えてから自分は首を横に振った。
「いや、俺が行ってくるよ。不死鳥を倒せる火力があるソフィアの援護に一番適しているのはクラウだ。クラウが火口に降りている時に魔獣が戻ってきたとして、空飛ぶ相手にはADAMsも通用しないし、一番戦力的に役に立たないのは俺だからな」
実のところ、女の子をマグマの近くに行かせるのも気持ち的に憚《はばから》れるのが自分の中では一番の理由だったりする。もちろん、それは言ったところで納得してもらえる訳でもないだろうから口には出さないでおくのだが。
「でも逆に、魔獣が接近して来るのを判断するのが遅れるかも……」
「いや、これだけ見晴らしが良いんだ。大型の魔獣で、それこそ火を纏っているような奴が相手なら、三人で別方向を見てればすぐに気付けると思うぞ」
「ふむぅ、それは確かにそうですね……」
「それで、行きかけの駄賃代わりに、短剣に結界を仕込んでおいてくれると助かる」
そう言いながら腰から短剣を三本抜き、刃を持って柄をクラウの方へと差し出す。下りはゆっくり行けばいいが、戻ってくるときに跳躍できるとありがたい。クラウは「了解です」と言って短剣の柄を握り、一本一本に結界を仕込んでくれる。そしてそれらの三本を返してもらうて後、最後の仕上げだろう、クラウは差し出した手をそのままにし――自分の体が薄い光の膜に覆われた。
「じゃ、ちょっくら行ってくる」
「うん……無理しないでね」
「頼んだわよ、アラン」
そう言いながら少女たちに向かって手を振ると、ソフィアは心配そうにこちらを見つめており、エルは微笑を浮かべながら頷き返してくれた。
命綱をベルトに巻き付け、壁を蹴りつけながら徐々に下へと降っていく。降っていくほど熱さが増していき、徐々に燃え盛るマグマも近づいてくる――綱の長さが最下部への高さに足りないが、最初ほど傾斜がきつく後は比較的緩やかなので足で移動は可能だ。
そして、綱を身体から離して歩みを進めていく中であることに気づく。
(……息したら肺を火傷するな)
体は結界に護られているものの、溶岩が近くなるに従って、空気の温度も上昇しているのだ。こうなれば、宝石の入手までは一呼吸で一気に行くしかないだろう――宝石までの距離はすでに数十メートルほど、足場の悪さを考えれば容易な距離でもないが、小走りに進んで往復できない距離でもない。
数歩下がってまだ吸える空気を肺一杯に吸い込み、呼吸を止めて前進を始める。進むほどに地獄の窯が近づいて、荒れた海の潮のように跳ねる溶岩が波打っているのが間近に迫ってくる――レッドダイヤがあるのは穴の少し下で、あんなところにロープを張っても燃えてしまうし、なにより呼吸が持たない。
それならばと、結界を仕込んだ短剣を取り出し、それを宝石のやや下方へと投擲する。崖の切れ目に突き刺さってくれたそれを目指して、自分の体を崖から滑るように移動させ――。
『……助言はいるか?』
『良い助言はあるか?』
『いや、特にないな。生身で火口に突っ込むなどと、呆れているだけだ』
そいつはどうも、とべスターに返そうと思ったタイミングで宝石の位置に到着し、結界の仕込んでいない短剣をまた岩に突き立てて落下を止める。結界が無ければ、今頃体全体が燃えているだろう――空いた左手で宝石へと伸ばして、岩間の切れ目にあるそれを外そうと試みるが、簡単に外れてはくれない。
仕方なしにもう一本、短剣を腰から取り出し、その切っ先で隙間の付近を突っついてみる。少しずつ岩の端を削っていくのだが、如何せん段々と息が窮屈になってくる。
(……一度引き返したほうが良いか?)
思考がボンヤリする中でそんなことを思っていると、意外な手ごたえにぶち当たる。短剣の刃が折れるのと岩も少し大きくえぐれて、落下する切れ端が溶岩に呑まれるのと同時に、奥に挟まっていた宝石が転がりだし――。
『……やべぇ!?』
このまま行くと、宝石が溶岩の中に落ちてしまう。左手を伸ばすが、慌てていたせいか左手から宝石がすり抜けてしまった。
『クソが!!』
仕方なしに、宙ぶらりんになっている足で落ちてきた拳大の宝石を蹴り上げる。そのまますぐに自分自身も僅かに落下し、先に岩の切れ目に差していた短剣を踏み込み、結界を発動させる――そのまま勢いのままに跳躍し、炎を吸って煌々と輝いて飛んでいる宝石を中空でキャッチし、一気に崖の上まで飛んだ。
変な姿勢で飛んだせいで、着地は無様に背中からになる。酸素が足りず、ぼぅっとする意識の中でなんとかゴロゴロと回りながら崖から離れ、呼吸が限界になる前に立ち上がってフラフラと溶岩から離れる。
呼吸が出来るようになる場所まで移動して上を見ると、緑髪がこちらを見て手を振っている。相手に見えるように左手に抱えていた宝石を掲げる――と同時に、何物かが急速にこちらに飛来してくる気配を察知した。
「クラウ!! 魔獣がきたぞ!!」
谷が拡声器のようになり、恐らく上まで自分の叫びが届いたのか、クラウはすぐに振り向いて敵襲に備え始めた。