B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「……魔獣はどっちから来ていますか!?」
視線を上に戻して辺りを見回すと、エルがソフィアが立っている奥を指さす。すぐにそちらに向き直ると、青い空の遥か向こう側から赤く燃え盛る何かが飛来してきているのが見えた。
「ソフィアちゃん、狙えそうですか!?」
「あの速度で動き回られると厳しいかな……!」
確か、シルヴァリオン・ゼロは弾速と射程の問題で、あまりに早く遠い相手に当てるのは不向きだったはず。ともなれば、以前に龍を落としたように、自分とエルで引き付けるか、動きを抑えるかしないとならないか。
とはいえ、体術メインの自分では、飛んでいる相手は分が悪い――そう思っている内にもドンドンと魔獣は接近してきて、概ね視認できる程度の大きさになってくる。
飛来してくる魔獣の外見は、ダンが言っていたそのものだった。体全体に紅蓮の炎を纏う巨大な怪鳥――しかし、恐るべきはやはりその大きさか。距離の問題で正確には分からないが、大きく開かれた羽は片翼だけで全長十メートルはありそうで、両翼だとその倍だ。羽毛の代わりに舞う火の粉は、どこか幻想的な美しさすらある。
アレが友好的な種族ならば綺麗の一言で片付くのだが、如何せんそう呑気も言っていられない。その証拠に怪鳥は中空で制止し、羽を大きく広げてこちらを威嚇するようなポーズを取っている。
「ソフィアちゃん、エルさん! 私の後ろに!!」
ソフィアの前に出て、すぐにエルもこちらに駆け寄ってくる気配を背中に感じ――両の手のひらを前面に突き出した。
「第六天結界!!」
後方の二人を護れるよう、少し大きめに六枚の結界を展開する。あまりに強力な結界を出すと精神力の消耗も激しいのだが、相手の火力がどれほどか分からない現状では全力の防御で向かい撃たなければならない。
不死鳥が羽ばたくと、猛烈な熱風が火口に襲い掛かる。風圧と炎とが結界にぶつかり、腕に鈍い衝撃が走る――とはいえ、これなら防げないほどではない。事実、熱風は結界を一枚、二枚と割り、三枚目にひびを入れた所で過ぎ去った。残り火が辺りに燻っているが、以前に龍のブレスを受けた時のようなダメージを負うことはなかった。
「クラウさん、大丈夫!?」
「えぇ、この程度なら問題ありません! でも……!」
空を飛ぶという主導権を、相手がわざわざ手放すことはない。フェニックスはこちらの様子を見るように旋回し、火口を周るように飛び続けている。
「あの距離でずっと攻撃されたら、じり貧ですね……」
実際、結界の枚数を重ねるほど精神力はもっていかれる。安全を取るなら四枚は重ねたいが、それも先ほどと同じだけの威力という前提でこそ成り立つ。もっと上の威力の攻撃があることを想定すれば、やはり常に六枚重ねたいが――その場合、自分の精神力はもってあと七回というところだろう。
「エルさん、神剣の攻撃なら届く!?」
「距離と相手の速度を考えれば、簡単に、とは言えないけれど……牽制程度なら出来ると思うわ」
「それで大丈夫! ともかく、まずはアイツに少しでもダメージを負わせることを意識して!」
そのようなやり取りがなされてすぐ、エルが自分の前に出て腰から翠色の刀身を抜き出した。エルが剣を振ると、翡翠色の光波が青空を切り裂いて飛ぶ――しかし距離もまだあるせいか、炎を纏った怪鳥は剣閃をひらりと躱してしまう。
「私も続くよ! 第五魔術弾装填……構成、氷結、冷気、結束、射出、加速!」
隣に並んだ少女の前に、五枚の方陣が現れる。それらは回って収束して一枚になると、中から巨大な氷柱の先端が姿を現した。
「魂をも凍て尽かす氷河の杭、打ち抜け!! 氷霊の撃槍【ブリジットジャベリン】!!」
ソフィアが陣の後ろを杖で叩くと、氷塊が鋭い先端を向けて怪鳥の方へと飛んでいく。氷と侮ったか、不死鳥は口から炎を吐いて迎撃するが、巨大な氷は熱に溶かされ切ることなく真っすぐに進む。撃ち落とすのが不可能と魔獣が悟った時には遅く、炎に包まれた羽をごっそりと穿つことに成功した。
怪鳥は羽をもがれて落下していく――そして崖際に立って下を見た時には、炎の塊が雲海の中に沈んでいくのが見えた。
「……やりましたか!?」
「うぅん、まだだよ……この程度で沈む相手なら、ダンさんが警戒することもなかったはず!」
少女が叫んだ瞬間、雲の一部分が一気に晴れ上がり、その中央には先ほど穿たれた跡など微塵にもない、炎の翼をはためかせる鳥の魔獣の姿があった。そして魔獣はすぐに先ほどの高さまで飛翔して、こちらに向かって威嚇するように甲高い咆哮をあげた。
「そ、ソフィアちゃん!? 私はどうすれば!?」
「クラウさんは、敵の攻撃が来たらさっきみたいに結界で護って! 重要な役割だよ!!」
「ガッテンです……おぉ!?」
少女に返答している傍らで、翠の剣閃を避けながら不死鳥が再び熱波を放ってくる。慌てて再び二人の盾になるように六枚の結界を張り敵の攻撃を防いでいると、脳内にもう一つの魂の声が聞こえ始める。
『このままいけばやっぱりじり貧だと思うけれど……ソフィアちゃんは何かを狙っているのかな?』
『狙ってるに決まってるじゃないですか! だってあの子は、ソフィア・オーウェルなんですから!』
ティアに向かって返事をした後、しばらくは遠距離での攻防が続く。鳥頭と言えども一度食らった攻撃は流石に覚えているのか、ソフィアの氷の魔術は避けるようになっている。電撃の魔術なら速度的に命中するが、相手の再生能力を上回ることが出来ず、また神剣の剣閃も掠りはするものの、致命の一撃にはなっていないようだった。
そして、隙を見て放たれる魔獣からの攻撃を自分が結界で弾き続けた。それを数度繰り返すうちに自分の精神力も消耗してきていたのだが、同時に向こうも遠距離からの攻撃では決着がつかないと悟ったのだろう。フェニックスは火口を周ってしばらく旋回したのち、一気にこちらへ向かって接近してきた。
単純な炎の攻撃も厄介だが、アレだけの質量がぶつかってきたら、消耗した精神力じゃ防ぎきれないかも――しかし、自分が両腕を上げるよりも先に、護るべき少女が一歩前に出て杖のレバーを押し出した。
「しびれを切らしてきたね……第六魔術弾装填、コキュートス・エンド!!」
少女が突き出した杖の先、中空に巨大な氷獄の檻が出来上がる。怪鳥は突然の減速もできず、その檻に頭から入り込んでいくが――あの再生能力を見た後だと、第六階層の魔術では不死鳥を葬れる気はしないのも事実だ。
『シルヴァリオン・ゼロじゃないですね……』
『多分、ソフィアちゃんは命中を重視したんじゃないかな? 第六階層は第七階層と比べて威力は劣るけど、その代わりに攻撃範囲が広いからね』
怪鳥が中空に浮かぶ氷獄の檻を抜けるころには、炎は完全に消え去り、巨大な氷の塊となっており――それはもはや羽ばたくことすらできずに、ただ元の推進力と重力に任せて自分たちの横をすり抜けていった。
「こ、今度こそやりました!?」
「うぅん、まだだよ!!」
ソフィア・オーウェルは魔法杖のレバーを操作し、今度は火口の方へと走っていった。
◆
崖の上では激しい戦闘音が続いている。自分も早く少女たちに合流しなければ――そう思いながら降りてきたときに使っていたロープを握って断崖を歩くように上に昇っていく。
しかし、ある時から音が鳴りやんだ。もしかすると、少女たちがもう不死鳥とやらを倒してしまったのかもしれない。しかし、依然として巨大な獣の気配は消え失せていない。同時に、少女たちの気配もまだ健在だから、やられたというわけではなさそうだが。
そう思った次の瞬間、再び崖上から轟音がし始め、同時にロープが激しく揺れ始めた。巨大な物体が崖上を抉り、火口に落ちて来ようとしている――というか、このままロープにしがみついているのも危険だ。そのため、一旦近くの岩にしがみつくことにする。
直後、火口を照らしていた太陽が消え、辺りに大きな影を落とす。何か落下してきているのか、上を見てみると巨大な氷の塊が上から落下してきているところだった。
「……おぉおおおおおおおお!?」
上から落下してきた巨大な氷の柱に巻き込まれぬよう、崖から突き出ている岩にしがみつく。なんとか振り落とされずに安堵するのも束の間、今度は上から氷塊が抉った石などの落下物が雨のように振り始めた。
「ちっ……!!」
このまま崖にしがみついていては落下物で頭を打つ危険がある。一旦昇るのは諦め、岩から手を離し、一度火口の方へと降りることにする。着地してすぐに身をかがめ、落下物に当たらないように転がりまわり――瓦礫の雨が落ち着いた後に辺りを見ると、氷の塊が溶岩の方へと転がり落ちているのが見えた。
「……アランさん!!」
崖の上から自分の名前を呼ばれて見上げると、ブロンドの髪とスカートを棚引かせて、ソフィア・オーウェルが自分を目掛けて落下してきていた。
「うぉおおおおおおおお!?」
慌てて両腕を差し出し、落下してきた少女の体を受け止める。すぐに膝を曲げて衝撃を吸収し、お姫様抱っこの形でソフィアを抱えながらその場に膝まづくことになった。
そしてソフィアはキッ、と、その美しい瞳ですぐに火口の方を見つめ、自分の腕の中でそのまま魔術杖を操作し始めた。
「第七魔術弾装填……フェニックス、アナタの不死なる炎と私の魔術、どちらが上か……勝負!!」
炎を纏った細長い鳥の頭がマグマから徐々に伸び始め、一気に羽を広げる。こちらまで炎の羽が舞い、自分はソフィアを庇うように少女の体に覆いかぶさるが――碧の瞳は揺るぐことなく、ただ現れた怪鳥をその視線先に見据えていた。
「汝、その魂すら凍て尽かせ、ただ塵へと還るがいい! シルヴァリオン・ゼロ!!」
少女が魔法陣を杖で押し出すように突くと、光の筋が溶岩の中空に佇んでいた陣へと走る。光線は乱反射しながら、今まさに飛び立とうとしていた不死鳥へと降り注いだ。
溶岩の温度は千度程度のはずだが、果たして冷気で勝てるものなのか――しかし、自分のそんな心配は杞憂だった。ソフィアの魔術は溶岩の熱など物ともせず、不死鳥の体はマグマごと一瞬にして氷の彫刻と化した。
そして我らが准将殿は自分の腕から降りてそっと立ち上がり、杖のレバーを引いた。
「……この勝負、私の勝ちですね」
その言葉と同時に、氷は上部から塵へと還っていき、下部は下に残っているであろうマグマに呑まれて消えていった。そして少し待っても、もう火口から何ものかが現れることはなかった。
「……実はここに来る前、氷って高熱には相性が悪そうと思ってたんだが」
「それは、扱う魔術次第だね! 氷をぶつけるような魔術は熱に弱いけど、それでも水は比熱が高いから簡単には溶けないよ。それに、シルヴァリオン・ゼロは超低温でエネルギーを停止させる魔術だから、むしろ熱とは相性が良いんだ!」
先ほどまでの鬼気は一切なくなり、ソフィアは朗らかな笑顔で振り返り、自分の疑問について答えてくれた。ソフィアが言っていることの内容は難しくて全然わからなかったのだが、ひとまず危機は去ったということで良しとすることにした。