B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
武器を購入してから三日経ち、今は四日目の朝。あの後、早速ギルドの酒場でパーティを募集し始めた。最初は、興味を持ってくれる人は三人に一人くらいだった。興味を持たれない理由は恐らく二つで、自分の見た目があまり強くなさそうというのが一つ、もう一つが着ている服がやや上等なので、そういう奴とは組みたくないというのが一つだろう。
一方で、興味を持ってくれる人は、こちらがソフィアと一緒にいるところを目撃されていたからと推察される。ソフィアと一緒に戦えるなら、戦力になるかもしれないと――しかし、スカウトという旨を伝えると相手の顔が渋くなり、記憶喪失なので何ができるか厳密には分からない、と言うとお断りされてしまうのが現状だった。
パーティに入るだけなら、こちらももう少しやり方もあるだろう。装備はスカウト用で揃えてしまったのでポジションは代えがたいが、記憶喪失なことは伏せればまだ幾分かマシになる。その中で、まだ駆け出しの冒険者のパーティなら枠もあるかもしれない、そんな風に何度かアタックしては、毎度撃沈していたのが昨日までの話。いっそエルと同じようにソロの冒険者、というのも考えたが、もう少し実戦に慣れておかなければそれこそ死ぬだけだろう。
実際、別に慎ましく生活すれば二か月以上の余裕があるわけで、そう焦ることもない。とはいえ、あまり楽な方に流されると段々と居心地が良くなり、だらけてしまいそうだ。しかし、休息や息抜きも必要、ということで、今日は少し街の散策をしている。
この世界に来てから一週間近く経過しているが、未だに正門周辺をうろうろしていただけだ。レヴァルの街はそこそこ入り組んでいるようで、あまり深いところに行くと迷子になりそうだから控えるとしても、大通りに何があるかを確認するくらい悪くない。
そんなこんなで、朝の人通りの少ない大通りをまっすぐ進み、左右のまだ開いていない店を眺めながら歩き続けると、街の中心地なのだろう、大きな建物の門が開いているのを見た。見上げれば、前世で言うところのビル並みの高さのある建物、この世界ではひときわ目立つ外観があるのだから、もちろん以前からその存在には気づいていたものの、近くで見るとまた圧巻だった。石で積み上げられた壁、左右には尖塔が立ち、上部中央には円形の窓が開いている。一言でいえば、この世界の教会、それも大聖堂というやつであろう。
扉から中を覗き見ると、参拝者がまばらにいるのは確認できた。入り口に誰も立っていないことから、自由に解放されていると思われる。折角だから参拝してみることにしよう。
中に入ると、ちょうど朝の日差しが背後の丸窓から入り、奥の祭壇を明るく照らしている。横にも高い位置に幾つか窓があり、採光はそれなりだが、やはり祭壇の輝きがなお一際大きい。とはいえ、この世界の祭壇で何をするのかもよく分からない、賽銭を入れて二拝二拍手一拝というわけでもなさそうだ。とりあえず祭壇に向かっている長椅子の一つに腰かける。
しばらくは中の建築などに見惚れていたものの、徐々に見るものも無くなり、祭壇をなんとなく、焦点が合わない感じでぼぅ、と見つめるのみになった。というより、やはり色々と考えが頭をよぎる――結局、レムからの連絡は一度もない。そうなってくると、やはり浜辺で見ていたのは夢と考えるのが普通なような気もしてきていた。
エルの言っていた暗殺者が云々、というのを置いておいても、そうなれば自分が何者であったのかが気になってくる。もちろん、本当に転生していたとしても、自分が何者か気になるが――やはり、女神に選ばれた、というのはこの世界を生きる上でのアイデンティティだったのかもしれない。自分はある意味、特別だから、だから一人でもいられた。
しかし、そうでないとするならば、途端に自分が孤独に感じられる。多少はこの身にスカウト系の技術が刻まれているとしても、有る物はそれだけ。記憶も、故郷も、家族も無い自分、拠り所の無い自分――それがイヤに鮮明に、自分の心を締め付ける。
ここが教会であるせいなのかもしれない。静謐(せいひつ)で、神聖な場所、嫌でも自分と向き合わなければならない場所。自分の孤独が浮き彫りになる空間。こんな雰囲気で「アナタは神を信じますか」などと言われたら、何かに帰属したい意識が働いて、自分も何某教に入信するかもしれない。
「……ずいぶんと、お悩みのようですね?」
ほら、何者かがこちらの心の弱みに漬け込もうとして来ている――間に合っています、そう断ろうかと思い向き直ると、その言葉を思わず引っ込めてしまうような清廉な美があった。ソフィアの物よりも更に色の薄い抜けるようなブロンドの美女が、覗き込むように通路側からこちらを見ている。司祭風の服で一切露出もないのだが、それがまた彼女の神聖な雰囲気を助長させていた。
「あ、いえ、別に、普通です?」
緊張のあまりに声が若干上ずってしまう。普通な様子ではありませんでしたが、と女性は優しく笑った。
「すいません、唐突にお声がけして。私、ジャンヌ・ロビタと申します。このレヴァル聖堂の大司教として勤めています」
大司祭と言えば、この建物の中で一番偉い人だろう。まだ若そうというのに、聖堂を任されているなんて凄い。いや、その前にこちらも自己紹介か。
「えぇっと、俺は……」
「知ってます、アランさん。ソフィア准将とエルさんと行動してたということで、この街だとアナタはちょっと有名ですからね」
なんということだ、きっと前世の性分的に、あまり目立つことはしたくないのだが――そこでふと自分で自分を笑ってしまった。やはり、前世はありそうで、自分は暗殺者などではなさそう――いや、暗殺者こそ自分を察知されないように動くか。
「あ、アランさん、笑ったり落ち込んだり、忙しいですね……?」
「いやぁ、気にしないでください……」
「いえいえ、道に迷ったアナタがここに現れた、これもきっと神の思し召しです。何かお悩みなら、ぜひ打ち明けてください。何か力になれることもあるかもしれません」
さて、どうしたものか。悩んでいるか否かで言えば悩んでいるのは確かだが、別段話したところで解決するわけでもなし。更に言えば、今は自分が自分で何に悩んでいるのかもよく分からないのが現状だし、転生してきたとか何とか話せば頭のおかしい奴と思われてしまうかもしれない。ひとまず、記憶がないことと、それに付随して冒険者にはなったものの、なかなかパーティーが組めないということだけ話してみた。
「そうですか……記憶が……それは、不安ですよね」
「まぁ、無くしちまったもんは仕方ないので……そのうち、失せ物も見つかることもあるでしょうよ」
心配そうな顔をするジャンヌを見ると、あまり弱気な所は見せたくない。美人の前では格好つけてしまう、それは男の子の悲しい性として許してほしい。しかし、そもそもレムの奴と話が出来れば、こう不安には――いや、もしかするとこの人ならご神託みたいな感じで聞けるかもしれない。
「……ジャンヌさんは司祭なんですよね? 神様と交信とか出来たりしなんですか? その、お告げを聞いたり、みたいな」
「えぇっと……お恥ずかしながら、それは厳しいかもしれません。私は月の女神ルーナに仕える司祭ですが、神の声を聞ける神官はほどんどいないんですよ……聖職者の中でごく稀に聞こえる方もいらっしゃるそうですが」
「そ、そうか……」
この前ソフィアの話を聞くに、そもそも神官になれること自体が百に一つの才だとすれば、この世界的で人間から神に直接交信できるのは本当に限られた一部の人間のみに与えられた才能になる。もしかすれば、その交信できてるという人だって、トランス状態のような感じで本人の妄想な可能性もあるから、当てにならないかもしれないし――いやいや、魔術がある世界だし、神もいるか。
魔術があるなら、超自然的なもの、つまりレムが実在する可能性だって高い。どのみち、ジャンヌはレムに仕える神官ではないから、交信できても声は聞こえなかったかもしれないが、やはりあの海岸で目覚める前に見ていたのは現実、それを信じてみることにした。
「まぁ、なんだ。なんとか頑張ってみますよ。自らを助くる者を助く、とかなんとかってやつだもんな」
「はい、そうですね」
「それに、どのみち恩寵が一ですからねぇ、俺は」
「あ、あはは……」
こちらとしてはちょっとした自虐ネタのつもりだったが、ジャンヌは苦笑いを浮かべるだけだ。確かに、名前を知ってる同志という程度の仲では、リアクションに困るかもしれない。しかし、エルならもっと良い意味で辛辣に返してくれる――そういえば、先ほどエルとソフィアの名前が挙がっていたな。
「ジャンヌさん、そういえばですけど、ソフィアはなんとなく分かるんですが、エルと絡んでるの、珍しいんですか?」
「はい、そうですね……このレヴァルには、名物というか、良くも悪くも有名な、ちょっと変わり者の三人の女の子がいるんです。そのうちの二人が、ソフィア准将とエルさんです。
エルさん、黒い剣客【レイヴンソード】のエル……凄まじい技を持つ女剣士、という感じですが、誰とも組みたがらないんですよね。でも、あの黒さで綺麗で強いので目立つというか……なので、彼女が居ればすぐ分かるし、その彼女と話してたら、珍しく他人と接してるっていうので、すぐ噂になっちゃうんです」
なんだそのカッコいい二つ名、しかも誰とも組みたがらないとかいうの、改めて思うと――エルのやつ、中学校二年生くらいの男子が憧れる要素をたくさん持ちすぎている。しかし良かったのかもしれない、自分の心の中二レベルが高いときに彼女と出会っていたら、あまりの格好良さに崇拝するか、負けじと張り合って、どちらかが潰えるかまで戦い続けるか、どちらしかなかっただろう。九割九分九厘こちらの負けだが。
エルの話をしている時は少し与太話、という雰囲気だったのだが、ジャンヌは唐突に少し暗い表情になる――自分が話していいのか、少し悩んでいるような雰囲気だったが、目を伏せながら口を開いた。
「あと、ソフィア准将ですが……そうですね、きっといつかのタイミングで知ることになると思うので、話します。
彼女は、名門商家のオーウェル家の令嬢にして、当代最高峰の魔術師、冷気と雷の魔術を極めし者、至高の魔術姫【ハイプリンセス】のソフィア・オーウェル……彼女は、勇者様のパーティーの一員となるべく、幼少の時から魔王を討つために研鑽を積んできました。
そして……勇者様と数か月ともに行動を共にした後、パーティーを追放されているのです」
「え、追放……?」
「まぁ、追放というと語弊があるかもしれません。彼女は幼いのに、頑張りすぎるというか……もちろん、彼女の天賦の才にかまけて、勇者様のお供にしようと押し付けたのは周りの大人たちかもしれません。
それでも、彼女はその期待に応えるべく努力して……応えようとしすぎたのでしょうね、無茶をして危険だ、ということで、彼女の師匠と交代しているのです。戦いは、一人でするものではありません。それでも、彼女は一人で前に出ようとしすぎる……それで、パーティーを降板となったのです。今から丁度、一年ほど前の話です」
そこまで聞いて、半分納得、半分はもやもやしたものが残る。ソフィアは確かに一人でも戦おうとする。それを、あの幼さでやられたら、周りとしても落ち着かないだろう。何よりジャンヌの言いぶり的には、メンバーに迷惑が掛かるほどの無茶していた可能性がある。
そして一方で、そんな頑張る彼女が認められないことに対する憤りなのか、もしくは無力感なのか、少なくとも釈然としないのは確かだった。こちらが少女の身の上に思いを馳せる中、金髪の聖女は話を続ける。
「……学院卒業者の例に漏れず、軍に籍を置くことになります。ですから、ソフィアさんも軍属となりました。それでも、前線に立つと彼女は無茶しますし、名門の令嬢を勇者パーティーでもないのに無駄に危険にさらすわけにはいかないと。
そのまま、あれよあれよと言う間に役職が上がっていき、十三歳の若さにして軍の准将にまでなってしまいました。肩書が重いほど前線には出れませんから、あの肩書は、彼女にとっては拘束具みたいなものなんですよ」
どの道、魔王降臨時は魔族との戦いは勇者主導であり、レムリアの本部の大将や中将は権限はあるものの、臨時職の准将という肩書は有名無実――らしい。そういえば書類仕事ばかりで忙しいことはない、と言っていた少女を思い出す。対して、仕事をしすぎる彼女を諫める部下たちに、しかし居場所を求めて色々なことに首を突っ込む少女――どちらの気持ちも分かってしまう。
「……難しいですね」
「はい、そうですね。みんな、ソフィア准将のことは好きなんですよ。一生懸命で、まっすぐで、優しい子ですから……好きだから、彼女にはもっと楽してほしい、無茶しないでほしい……そう思ってるんですけどね」
「しかし、冷静に考え直すと、俺、ソフィアに普通に無茶をさせてしまった大人側なので……」
あんまりとやかく言う筋合いは無くなってしまったというか、下手をすれば周りの大人から白い目で見られること請け合いだろう。それに対して、ジャンヌは柔らかく笑って見せた。
「いえいえ、彼女にとっても、良い息抜きになったんじゃないでしょうか……駐屯地の方々は、大型魔獣を討伐させたとかで、多少はてんやわんやみたいだったですけれど」
「まぁ、それなら良いかな……?」
しかしまぁ、ソフィアがあの日、自分の付き添いをしてくれた理由も分かった気がする。魔獣討伐できればレヴァルの街に貢献できるし、記憶喪失で困っている俺を助けつつ、路銀を正当に渡すことができる。少女はまさしく一石三鳥くらいの考えで、手配書を掲示板から手に取った違いない。
「まぁ、今日聞いたことは心の片隅に置いておくことにします。あんまり色眼鏡なしであの子を見てあげられる記憶喪失の奴が一人くらい居てもいいと思うので」
「ふふっ、アランさん、仮にも軍の最高位の方と、今後も接点があるとお思いで?」
「……確かに、調子に乗りました」
「いえいえ、私も意地悪しました。案外、あの子からアランさんに絡んでいくかもしれませんしね」
口元を抑えて笑っているジャンヌは上品で、まさしく聖女という趣だった。そこでふと、ジャンヌが三人の名物が居ると言っていたのを思い出す。
「それで、折角なので、あと一人のことも聞いていいですか?」
「えぇっと……」
口元を抑えていた手をそのまま顎に移動させ、ジャンヌは少し考え込んだ。そして、またその手で口元を抑えて笑った。
「止めておきます。最後の一人は知り合いなので、下手なことを言うと怒られちゃうかもしれませんから。ただ、端的にお伝えするなら、変わっているけど良い子ですよ」
「まぁ、ソフィアとエルもそんな感じですからね」
「ふふ、そうですね……なので、アランさんともう一人の子は、縁がある気がします」
そこで、祭壇の奥のほうからジャンヌを呼ぶ声が聞こえる。恐らく、祭事か何かの準備のためなのだろう、ジャンヌはその声にすぐ行きます、と返した。
「それではアランさん、あまりアナタの悩みに関してはご助力できませんでしたが……」
「いえいえ、人と話して少しすっきりしました。ありがとうございます」
「そう言ってもらえれば幸いです。それでは、アナタにルーナの加護があらんことを」
話し込んでいるうちに、日の位置が高くなったのだろう、採光は今は祭壇でなく、主廊の位置に差し込んでいる。ジャンヌはその陽だまりを超えて、薄暗い祭壇の奥のほうへと姿を消していった。