B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ウフル山の火口から下山し、ドワーフの街に戻ったころには夜も更けていた。そのため、ダンに会いに行くのは翌日ということになった。
次の日の朝、遅起きのレイブンソードを早めに起こしてダンの邸宅に向かったのだが、家政婦曰くすでにダンは工場へと向かっているとのこと。夜まで待つには時間がありすぎるので、こちらから工場を訪問することにした。
坂を降りて路面電車に乗って――乗るときの作法に若干ビビりながらも、そもそも乗車料金はなく、好きな場所で乗って好きな場所で降りられるので作法もなにもなかったのだが――工場地帯の近くで降り、先日の記憶を頼りに工場へと向かう。
だが、工場に着いてもダンはいなかった。先に働きに出ていたドワーフが言うには、まだダンは工場には到着していないとのことらしい。こちらには途中歩きの時間もあったし、路面電車はそんなに速度も出ていなかったことを鑑みれば、自分たちが先につく可能性は低そうだが。
「……まさか、交通事故にでもあったんじゃないか、あのジジイ」
とはいえ、あんなに空いていて広い道で事故を起こすこともなさそうだが――そう思いながらしばらく待っていると、ダンが休憩室に入ってきた。
「おぅ、重役出勤だなジジイ」
「テメェ……重役出勤も何も、文字通りオレは重役なんだよ。たく、口の減らねぇガキが」
「事故ったんじゃねぇかって心配してやったのによ……それで、俺たちの方が後から出たのに、なんでこんな遅くなったんだ?」
「ちぃっと野暮用でな……」
ダンは自分と会話しながら荷物を預け、最後には乱暴にロッカーの扉を閉めた。そしてずんずんと歩き出し、先日と同じ場所に座った。
「話は聞いている。レッドダイヤを回収できたんだってな?」
「あぁ、なんとかな……ほれ、コイツだ」
懐から回収した巨大な赤い宝石を取り出し、ゆっくりと慎重にそれを机の上に置く。宝石だから投げても傷などつかないと分かっていても、昨日クラウと「これを売ったら一生遊んで暮らせるのでは?」みたいなくだらない話をしていたせいで、少々扱いにビビってしまったのはここだけの話だ。
ともかく、ダンは赤い宝石をひょいっと持ち上げ、昨日と同様に胸ポケットからルーペを取り出し、しばらく蛍光灯の明かりの下でそれを眺めていた。
「……うん、間違いない。コイツはレッドダイヤだ。不死鳥退治は苦労したんじゃねぇか?」
「…………あぁ、滅茶苦茶大変だったぞ」
「なんでぇ、妙な間があったな?」
苦労したのは間違いないのだが、自分は登山中も不死鳥討伐にもほとんど貢献していない。やったことと言えば、上から落下してくるソフィアを受け止めたくらいだ。とはいえ、ダンにそれを素直に言うのはなんだか憚られて少し返答が遅れた。
「あはは、ダンさん。アラン君はほとんど何もしてないですから」
「おま、クラウ!」
クラウが笑いながら自分の方を指さしているのに対し、ダンはぽかんとした顔でしばらくこちらを見つめ――先日、大型の相手は苦手と言った時と同様、嬉しそうに目尻を釣り上げた。
「なんでぇ、十人目の勇者のくせに何もしてなかったのか?」
「い、いや、火口でそいつを回収したのは俺だぞ? それはもう、緊張と感動の大スペクタクルでな……」
「それで、回収して戻ってくる間にフェニックスに襲われて、アナタは必死に崖を昇ってたのよね?」
「ぐぅ……」
エルに退路を塞がれ、ぐうの音も出ない気持ちになる。いやぐうの音は出たのだが――そんな自分の調子がおかしかったのか、ダンは眼を右手で抑えて大きな声で笑い出した。
「がっはっはっは! まぁいいじゃねぇか……頼りになるお供に恵まれたってことでよ!!」
手で抑えるなら眼じゃなくて口を抑えろよ――髭の間の口からまた唾が飛んでくるせいで、思わず心の中で突っ込んでしまう。ひとしきり笑った後、老ドワーフが手を下ろすと、そこには打って変わってどこかしんみりした表情が浮かんでいた。
「……それにまぁ、冷静に考えりゃ、勇者様の武装じゃ空飛ぶ不死鳥相手には厳しいからな」
ダンはそう言いながらレッドダイヤを懐にしまい、改めて自分たちの方を見回す。
「ともかく、これで宝剣ヘカトグラムの修理は出来る。ご苦労さんだったな、お嬢ちゃんたち」
「お、おじょ……いや、俺は?」
「テメェは何もしてなかったんだろ?」
皮肉気に吊り上がる瞳で一瞥され、ダンはすぐにエルやクラウの方へと視線を戻す。
「いやでも、マグマの付近まで回収しに行くのも、すごく危険な作業だったと思うんだ、俺……」
「うんうん、そうだよね。アランさんもお疲れ様だよ! えらいえらい」
しょぼくれている自分に対し、ソフィアがすすっと寄ってきて背伸びしつつ頭を撫でてくれ、そしてまたすすっと離れていった。恐らく離れたのは、ダンからの飛び道具を避けるためだろう――我らが准将殿は、意外とこういうところはちゃっかりしているのだ。
「……しかし、宝剣の修理にグロリアスケインの修理、それにもう一つ作らなきゃならねぇから……お前さんたちにはしばらくこの街に滞在してもらうことになるだろうな」
声に顔を上げると、ダンは指を折りながら何かを数えているようだった。
「……うん? もう一つ、何か作成する物があるのか?」
「うっ、それは……クソっ、口に出ちまってたか……」
ダンは右手で頭の後ろを乱雑に掻く。
「……そう言えば、ドワーフは魔王討伐に際して、勇者に聖剣を与えるものよね?」
「おぉ! それならまさか、アラン君に聖剣をお与え下さるのですか!?」
エルは何の気なしに呟いた様子だったが、それに乗じてクラウが食い気味にダンに詰め寄っている。それに対し、ダンは「違う違う!」と乱暴に頭を横に振った。
「アラン・スミスのことはレムから聞いている……曰く、聖剣を使うような勇者じゃないってな。そうじゃなしにしても、勇者シンイチが魔王征伐の際に聖剣を捨ててきちまったから……どの道渡すことは出来ねぇよ」
「えっと……それじゃあ、ダンさんはもう一つ、何を作る予定なんですか?」
首を傾げるソフィアに対し、ダンは少々狼狽した様子を見せ、少し間があってから首を振る。
「いいや、さっきのは言い間違いだ。お前さんたちと関係ないもんだったんだ。それに、勇者に武器を授与するにはだな、調停者の宝珠をレア神から授かってこなけりゃ……」
「なんだ、それなら持っているぞ?」
「かーっ!! そんなん駄目だ! それはテメェが前代勇者から譲り受けたもんだろう!? もっとこう、通過儀礼的に、レア神に認められてこねぇとダメなんだよ!!」
「でも、今回は古の神々の征伐です……例外的に対応していただいて、アランさんに何か強力な武器を授けてくださってもいいのでは……?」
ソフィアの言葉に、ダンは「うっ」と声を漏らす。少女の言うことは至極正論だし――そもそも今回はルーナ神の信託として直々にこちらに直で来たのだから、もしレア神に認められてからでないと武器を授けられないというのなら、そっちから行けば良かったとなってしまう。
少女たちに問い詰められ、ダンは組んだ手の甲に額を当てて俯き、しばらく押し黙り――ふと、顔を上げて自分の方へと視線を向けてくると、そこには仇敵を見るかのような鋭い目線があった。
「オレは……オレはまだ、テメェを認めた訳じゃねぇんだ、アラン・スミス……テメェが七柱の創造神のために戦うとは、オレは信じられねぇんだからな」
アラン・スミスのことを信じているわけではない――絞り出すような老人の言葉に、自分はハッとした。今まで調子の良い老人なので忘れていたが、ダンには鍛冶の神の――確かヴァルカン神と言ったか――声が聞こえているとするのなら、自分が原初の虎であるということを知っているのかもしれないのだ。
そうなれば、元々七柱が所属していた組織、DAPAと敵対していた自分を信じられないのは仕方がないし――もっと言えば、ダンはある意味ではこちらの真意に気付いているのかもしれない。自分はあくまでもシンイチの弔いのために勇者という立場を継承したのであり、最終的に七柱と敵対する可能性もあると考えているということを。
だからこそ、自分は黙るしかなかった。実際、自分はDAPAとやらと敵対していた時の記憶など無いのだが、確かに向こうとしては敵対するかもしれない相手に強力な武器を与えられないのも頷ける。
もちろん、敵の敵は味方理論で、ひとまずゲンブたちと敵対しているのだから協力してくれても良いとは思うが――ダンからすれば、ヘカトグラムとグロリアスケインの修復で十分と言ったところなのだろう。
そんな自分の思考をよそに、ソフィアとエルが椅子から身を乗り出し、老ドワーフに詰め寄った。
「そんな……むしろアランさんは、勇者としての使命を受ける前から、レムリアの民のために尽力してくれていました」
「そうね。アランはいい加減だけど、正義感だけは人一倍あるわ。それは私たちが保証を……」
「だぁーうるせぇうるせぇ!!」
詰め寄る二人に対し、ダンは立ち上がりながら大声を出した。そして、まずエルの方を睨んで指を指す。
「ヘカトグラムは直す!!」
次いでソフィアの方に向き直って、今度は少女を指した。
「グロリアスケインも直す!! オレの仕事はそれで十分だ!!」
自分の思った通り、できるのは少女たちの武器の修復までか――老人の怒声に、詰め寄っていた二人は呆気にとられている。水を打ったかのように静まり返ったせいか、ダンはハッとした表情をして、また目元を右手で抑えながら椅子に勢いよく腰を落とした。
「はぁ……悪かったな、お嬢さんたち。ともかく、仕事はするさ……仕上がったら寮に使いを出すから、それまでノンビリ、ドワーフの街を観光でもしててくれ」
「で、でも……」
「いや、いいんだソフィア。ひとまず、今日の所は退散しよう」
なんとか願い出ようとするソフィアを手で制止し、先ほど大声を出した余韻がまだ残っているのだろう、肩で息をする老人の方へと向き直る。
「ダン、アンタが言ったことだ……二人の武器は、キチンとやってくれよ?」
「あぁ、言われなくともな……さ、行った行った。お前さんたちがいると、仕事に集中できやしねぇ」
ダンは手の動きに合わせてしっしっ、と言いながら、自分たちが出ていくように施した。少女たちはあまり納得いっていないようだったが、自分が先導して部屋を出ていくとその後を着いて来てくれた。
「……アラン、良いの?」
工場の外に出ると、真っ先にエルが隣に並んで声を掛けてきた。
「はは……まぁ、信用されてないんじゃ仕方ねぇやな」
「そうは言うけど、ダンのアレ、ハッキリ言って癇癪を起こしてるみたいだったわ。それでアナタは納得するの?」
「頑固なジジイなんかあんなもんだろ。納得する仕事しかしたくないのさ、あのとっつぁんはよ」
実際には、彼女たちが思う以上に自分とダンの間に溝がある、というのが正しいのだが――自分があっさりと引き下がったのが納得いかないのか、エルとソフィアは困ったような顔を浮かべている。
それに対し、クラウは比較的あっけらかんとした調子で、新たに自分の横に並びながらこちらを覗き込んできた。
「アラン君、ドワーフ製の武器は欲しくないんですか?」
「いや、欲しいっちゃ欲しいぞ。タダでもらえるものはなんでももらうが信条だからな」
「ほうほう……それじゃあこのクラウさんに任せてみませんか? 何個か良い作戦があるんです」
クラウはくるりと回りながら自分たちの前に出て、自身の顔を両の人差し指で指しながらにっこりと微笑んだ。
◆
アランたちが出て行き、気配が遠ざかってから、改めてソファーに深く座りなおす。だが、すぐに痛みが腰から出てきたせいで耐えられずに前かがみになり、右手で患部をさする――先ほど勢いよく立ち上がったせいでやってしまったのだろう。
『……ヴァルカン、話が違うではありませんか?』
腰をさすっているうちに、脳内にレムの声が響き渡る。ドワーフの脳にも内蔵されている有機チップは、この星のバイオコンピューターオペレーションシステム、レムに直結している。それ故にレムは人類の思考を解析できるし――自分は権限的に思考傍聴は遮断も可能だが――会話も可能だ。
『ふぅ……そうは言ってもな、理屈じゃねぇんだ。アイツとオレは、一万年前にバチクソにやり合った仲だからな……まぁ、オレは後方で、自分の作ったもんをぶっ壊されているのを見てただけだが』
そう言葉にした瞬間、当時の感情がふつふつと湧き上がってくる――自分が丹精込めて作った諸々の機械をあざ笑うかのように突破し、破壊していく原初の虎という存在――思い出しただけでむかっ腹が立ってくる。
しかし同時に、怒り以外の感情も間違いなく併存しているのだ。それを一言で言い表すのは難しいが、敢えて表現するなら――。
『……恐怖、ですか?』
レムが自分の思考を先読みしてくるが、それがおかしくて、つい口元から笑みがこぼれてしまう。
『アイツが怖いだ? バカを言っちゃいけねぇ……それなら、オレは一万年前にDAPAから逃げ出していたよ。まぁ、丸きり恐怖感が無いと言えば嘘になるが……』
『……それでは?』
『まぁ、そうだな……一言で言えば、アイツはオレの宿敵……いや、超えなきゃいけねぇ壁なんだ』
こちらは一万年の時を生きたのに対し、向こうは記憶のない状態で蘇ったのだから、せいぜいその感性は二十歳前後。そのうえ自分のことを覚えてなどいないことを加味すれば、ジジイが勝手な因縁を押し付けていると言われればそれまで――しかし、この一万年間、ふとした時には常に自分は虎と戦っていたのだ。
もし奴がもう一度蘇って自分と敵対したのなら、虎とどう戦うべきか。どんな武器があれば超えられるのか、ずっとそんなことを考え続けていた。残っている映像資料を何万回、いや何百万回と見直し、それを元に奴ならどう動くか考え続け――そして何度戦っても、常に奴は自分の上を行く。
原初の虎という存在は、自分にとっては理屈ではない。それをレムは理解していないのだ。
『……そんな相手によ、簡単に塩を送るのは、オレには出来ねぇんだ』
『ふぅ……まぁ、まだ時間もあります。その間に、どうかアナタが思い直してくれると良いのですが』
『いいや、答えは変わらねぇよ』
『本当ですか? もちろん、彼を見るアナタの敵愾心を気付いてなかったわけではありませんが……実際に話してみて、思った以上に好印象でもあったんじゃないですか?』
『……そうだな、それは否定しねぇ』
一万年前、虎と通信で何度か話したことはある。だが、それは敵対している上での会話で――フラットな状態で見てみると、奴だってどこにでもいるような、親しみやすいただの青年なのだとも思った。
結局、立場の問題なのかもしれない。元々は互いに敵対組織に所属していただけで、性根の部分では相容れない訳でもないのだろう。出会い方も違えば、もっと違った関係になっていたかもしれないのも間違いない。
『……ともかく、そろそろお仕事の時間だ。オレには宝剣を直す仕事があるんだ。おめぇさんに覗かれてちゃ集中も出来ねぇからな』
『あ、ちょ……』
通信を一方的に切り、同時にレムのリーディングを遮断した。ここからは、レムに心の内を読まれたくない――自分と向き合う時間だ。
「オレは一万年間、お前と戦ってきたんだ……」
再び手で眼を抑えて、誰にも聞こえないようにぽつりと呟く。一万年戦い続けてきた、それは自分は誰よりも原初の虎を知っているということを意味する。
そして、ゆっくりと休憩室の裏手を見る。そこには、一つの扉があり――自分が最近、この工場に籠っていた理由はこれだ。原初の虎がこのガングヘイムに来る、そのために自分が出来ることは、していたことは――。