B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「シモンさんとダンさんの仲を取り持ってみるんです!」
クラウが出してきた作戦その一はそれだった。曰く、ダンはシモンに歩み寄りたい雰囲気があるので、二人の仲を取り持てれば信頼をされるのではないかということだった。
「なんだ、てっきり色仕掛けするとか言うんじゃないかと思ってたぞ」
「ちなみに、それも考えましたよ? 美少女三人で取り囲んでお願いすれば、ダンさんも鼻の下伸ばして考えを改めてくれるんじゃないかなぁと。でもそれじゃ結局、アラン君の信用にはならないじゃないですか?」
「まぁ、それもそうだな……だが、シモンからしてみたらどうかな? あの様子じゃ、親父の顔も見たくないって雰囲気だったが」
「まぁ、それはそうかもしれませんが……シモンさんには悪いですけど、ここはダンさんの好感度が肝ですからね。それにまぁ、きちんと会って話せば、意外とシモンさんも歩み寄れるかもしれませんし……」
そう言った時、クラウはソフィアの方をちらりと見た。先日、親子の解消されない不和を見たばかりだから、言葉選びは慎重に行ったのかもしれない。案の定、ソフィアは少し渋い顔をしていたが、それを見てエルがすぐにソフィアの肩に手を置いた。
「……それに、ダンは高齢のようだったし……いくらドワーフが長寿と言っても、話せる内に話しておいたほうがいいかもしれないわね」
そう、エルとクラウの言う事だってまた道理だろう。二人は話したくとも親がすでにいないのだから。ソフィアもそれを察したのか、少し伏し目がちにだが「そうだね……」と頷いてくれた。
さて、やることは決まったと言っても、如何せんシモンの行方が分からない。そのため工場を離れて一度は寮に戻り、寮で世話になっているドワーフのおばちゃんに――この街で数少ない顔見知りだからこその人選だが――シモンの住処を聞き込みを行うことしたが、結果は芳しくなかった。
次いで、ダンの邸宅に居る使用人に質問してみることにした。改めてダンの邸宅を見ると、種族の長という割には小さな一軒家に住んでいる。もちろん、小さいと言っても普通に暮らす分には十分な大きさはあるのだが。ただし、庭は広く、離れに大きな作業場のような建物が一つ、またビンテージ物という雰囲気の車や二輪車が何台か並んでいる分は多少豪華というべきか。
しかし、機械にこだわりのありそうなダンが、車をのざらしにしているのが気にかかるが――。
「……そうか、雨も風もないからか」
「……はい? アラン君、どうしました? まぁ、アラン君の独り言は今に始まったことでもありませんが……」
そうクラウに突っ込まれながら、自分がドアベルを鳴らす。少しして使用人の、これまたおばちゃんドワーフが扉から出てきた。おばちゃんにシモンの住処の場所を聞くと、渋い顔をされたが――逆を言えば、彼女はシモンの住処を知っているということなのだろう。
「あの、私たち、ダンさんとシモンさんがお話できる機会を作りたいと思って……」
「ふぅむ……それなら、旦那様も喜んでくれるかもしれないですね。そういうことでしたら……」
クラウのフォローのおかげで、シモンの住処を割り出すことにも成功した。おばちゃんから渡された地図を見ると、ここからそう離れた場所でないアパートに部屋を借りているらしいことが分かった。とはいえ、車での移動が一般的なガングヘイムの地図であるので、徒歩で移動するには結構な時間が掛かったのだが。
シモンの住むアパートは、前世的な感覚から言うと単身世帯向けワンルームの集合住宅、というのに相応しい感じだった。築年数も相当だろう、百年以上は経っている感じ――酋長の息子なんだからもっといい物件に住めばいいのにとも思うが、男の一人暮らしなんぞこれくらいの方が落ち着くという気持ちなんとなくだが理解できる。
シモンの住む部屋はどこか分からなかったが、集合ポストのネームプレートで分かった。戻って来てからも放置しているのだろう、一杯の郵便物がぎゅうぎゅうに押し込められている――この地下都市に郵便というインフラがあるのも不思議な感じがするが――それは、アパート二階の角部屋だった。
「……シモンさん。いらっしゃいますか?」
クラウが扉に向かって声を掛けるが、中から返答はない。
「うぅん、お出かけしてるんですかね?」
「いいや、中に居るぞ。居留守を使ってるんだ……気配も本人のものだ、間違いない」
「……改めて、アラン君って怖いですよね」
「いや、流石に壁が厚けりゃ中までは分からんぞ?」
「そういう問題じゃありません……まぁ良いです。シモンさーん! 居るのは分かってるんです、返事してください!!」
さすがに居るのは分かっている、と言われてまで居留守を使えないと判断したのか、鍵が外れるのと同時に扉が僅かに開かれる。ご丁寧にドアチェーンの隙間の奥に、憂鬱そうな顔のシモンが居るのが見えた。
「君たちか……何か用かい?」
「えぇ、少しお話がしたいなって思いまして……こちらから来たのに不躾ですが、出来れば中に入れてほしいかなぁ、なんて?」
「いや、ちょっと散らかっててね……」
まぁ、一人住まいのアパートに四人で押しかけるのもなんだし、男の隠れ家に女の子を入れるのも難があるだろう――きっと見せられないアレやコレの一つでもあるはずだ。ここは同じ男として、むしろシモンのことをフォローしてやった方が良いかもしれない。
「まぁまぁ、こっちも突然の来訪だしな? どうだシモン、それなら外に出て、少し散歩でもするのは」
「ふぅ……出来れば要件を教えてほしいのだけれど」
なるほど、コイツはある意味ではなかなか根性がある。とりあえずの誘いは断りにくいものなはず――きっと前世的にはそうだったに違いない。逆に要件を先に聞くとなれば、シモンは内容次第では出る気はないと意思表示しているのだ。そういう意味では、シモンの奴はなかなかガッツがあると認めざるを得ないだろう。
しかし、要件を直に言ってしまったら恐らく取り付く島もなくなってしまうに違いない。クラウも察したのか、こちらの目くばせに対して不敵に笑い小さく頷いて見せた。そうか、お前に良い案があるんだなクラウ――それを信じて、こちらも小さく頷き返した。
「……シモンさん、アナタは神を信じますか?」
クラウがなんだか良い声でそう言った瞬間、ドアは乱暴に閉められた。向こうからしてみたら、玄関を開けたら居る人をリアルにやられてしまったのだから、むしろ自分としてはシモンの気持ちが分かってしまう。
対してクラウは何が悪かったのか分からないのだろう、ドアが閉められた事実に呆気に取られていたが、少ししてハッとし、またドアをドンドンと叩き始める。
「え、ちょ、シモンさーん、もしもーし!?」
「残念ながら、そういうのは間に合ってるんで……」
「ちょっとだけ、先っちょだけで良いので!! 話を聞いてくださーい!!」
何が先っちょだけだ、そう思いながら、エキサイトしていくクラウの肩を掴む。
「おいクラウ止めろ、シモンがビビってるじゃないか……というか突然なんだ、神を信じますかって」
「ぬぅ……そういうならアラン君が何とかしてくださいよ!」
突然振られても困るのだが、それでも多分コイツよりは上手くやれるな――そう思い、クラウを押しのけて玄関の正面に立って声をかけることにする。
「シモン、さっきのは無しだ……あとでこの緑のアレにはきつく言っておく。なのでワンモアチャンス、プリーズ」
クラウを指しながら――シモンにも見えていないので我ながら全く無駄な行為なのだが――そう言うと、なんやかんやでシモンは扉をもう一度開けてくれた。案外律儀な奴だ。
「……どうせこの場の思い付きで何とかする気なんだろうけど……なんだい?」
「あぁ、そうだな、いやそうじゃない、ちなみにそうじゃないというのはその場の思い付きで何とかする気なんだろうという疑問に対してだ。えーっと……」
無駄に言葉を重ねながら、なんとかシモンを誘い出す文句を考えることにする。
「はぁ……いいよ。どうせ親父に言われてここに来たんだろう?」
「はぁ? 何のことだ?」
「僕に親父に会うように、説得しに来たんじゃないのかい? 親父に言いつけられてさ」
シモンは若干勘違いをしているが、実際の所の要件はそれに近い。ここまで彼自身が察しているのなら、どうせ取り繕ったところで無駄だろう――そう思い、本題を切り込むことにする。
「ダンに言われた訳じゃないが、まぁ概ねその件で来たのは間違いない」
「ふぅ……悪いけど、帰ってくれ」
シモンはそう言いながら、再び扉を閉じてしまった。とはいえ、一応扉の前には居てくれているらしい気配を感じるので、気にせず話を続けることにする。
「別に、俺たちはダンに会えって言いに来たわけじゃない……ただ、どうして親父さんを避けているのか、事情を聞きに来ただけだ」
「……親父から何も聞いていないのかい?」
「あぁ、聞いてない。お前さんとダンの態度から、お互いに気まずそうだから、事情を知りたいと思って聞きに来ただけだ」
本当は仲直りさせることまで考えていたのだが、そもそも気まずい事情も分からないのだし、自分が言ったこともあながち嘘でもないはずだ。
「それなら、親父に聞けばいいさ……」
「ところがなぁ、俺が嫌われちまっているらしくてな。多分、ダンに聞いても教えてくれないだろう」
「はぁ? アランの旦那、親父に何か言ったのかい?」
「そうだな、クソジジイとか言ってしまったような気がしないでもないような気が……」
冷静に考えれば、自分が前世でDAPAとやらと敵対してたというのを差し引いても、割と好かれることはしていないのを思い出す。いや、元々向こうの態度が悪かったのだ、自分のせいではない――と思いたい。
「いや、違うんだ。向こうが最初っから喧嘩腰だったんだよ、うん」
「はは、まぁ親父はそういう奴さ……言っただろう、偏屈だって」
自分の言い訳が面白かったのか、シモンの緊張が少しほぐれたようだ。扉こそ開かなかったが、シモンは扉を背にその場に座ったようだ。
「僕が親父を避けている理由、話すよ。ただ、悪いけどこのままで話させてくれ……人の顔を見ながら話をするような気分じゃないんだ」
「……あぁ、それでいい。事情を聞かせてくれ」
「僕が親父を避けるのはね……親父、ダン・ヒュペリオンが僕の体を狙ってるからだ」
「は、はぁ?」
「おっと、変な意味じゃない……だけど、文字通りの意味なんだ。キチンと事情を言えば、ドワーフには継承の儀式というものがあるのさ」
そこでシモンは一旦言葉を切り、しばらく黙ってしまう――継承の儀式とは何か知っているか、周囲を確認し少女達を見たが、みな一様に首を横に振った。
「継承の儀式というのは、表向きにはヴァルカン神の加護を次の世代に継承するというものなんだけど……実態はそうじゃない。要するに、ドワーフの酋長の意識を、血縁者に継承するものなんだよ」
シモンの言うことはイマイチぴんと来ない――そう思っていると、自分のすぐ隣、扉の前にソフィアが並ぶ。
「……つまり、シモンさん、継承の儀式を行うと、アナタの肉体がダンさんに乗っ取られるということですか?」
「あぁ、そういうことさ」
シモンの肯定により、やっと事態は吞み込めた。同時に、シモンは自分の体は大事に思われているが、自分自身のことはどうでもいいと言っていた理由も――体が他人に乗っ取られるとなれば、それは端的に言えばおぞましいと思う。
そんなことを思っているうちに、今度は自分たちの後ろにいるエルが一歩前へ出た。
「……その時、もし継承の儀式を行ったとして……アナタの人格はどうなるの……?」
「分からない……ただ、継承の儀式を終えた者は、人が変わったようになると……元々の酋長の性格そのものの人物になると聞く。元々の人格が消えるかは分からないけれど、体の主導権は無くなってしまうのは、恐らく間違いない。
だから、僕は逃げてたのさ。老いていく親父を見るのが耐えられなくなって。親父が老いて体を動かすのが困難になれば、継承の儀式が行われる……その未来が近づいてくるのを直視できなくて、自分の体が自分の物でなくなるのが怖くて、それで……」
「それで、人里で暮らしてたのか……だが、お前さんは戻ってきた。それは、俺たちをここに案内するのがきっかけだったかもしれないが……ここに戻ってくるのが嫌なら、案内役を断ることもできたんじゃないか?」
「そうだね……でも、断ったところであまり意味もないさ。もう親父の寿命に後が無くなれば、縛ってでも連れ戻されるだけだからね。それに、外の世界にも居場所を見つけられなかった。それで世界の窮地となれば、最低限の協力はしようと思って案内役は買って出たけど……でも、やっぱり親父に会うのは怖くてさ」
要するに、彼が自分たちを案内してくれたのは消極的な理由で、ある種の諦念《ていねん》だったのかもしれない。どうせいつかは自分の体が奪われてしまうのなら、まだ戻ってくる理由がある時が良かったと。
そして同時に、彼が未だ踏ん切りが着かないのも分かる。別に目先でダンが体をよこせと言ってくるかは分からないし、それはまだ当分先かもしれないけれど――しかし、脳裏に今まで見たダンを思い浮かべると、体の調子は悪そうだった。そうなれば、遠からぬ未来に、継承の儀式をすると――体を差し出せと言われるかもしれない。それに納得がいかないのも、恐怖するのも致し方無いことだとも思う。
「……親父、今朝ここに来たんだ。扉の前で、相変わらず馬鹿だのなんだのと罵ってきたけれど……声に以前の活力はなかった。君たちから見て親父はどうだった? まだまだ元気そうにしていたかい?」
シモンの方からきた質問に少々びくりとしてしまう。今しがた、ダンの調子が悪そうと思ったばかりだから――しかし、変に不安にさせることもないはずだ、嘘でない範囲で取り繕うことにしよう。
「……そうだな、ちょっと腰を悪そうにしているが……まだピンピンしてるぜ。なにせ現場に立ってまだまだ仕事をしているくらいなんだからな」
「そうかい……まぁ、仮に元気なさそうでも、今の僕に対してはそう言わざるを得ないだろうけれど」
シモンはアンニュイな奴だが、こういうところは妙に察しが良い――少しだが、シンイチに似ているのかもしれない。頭が回って色々と気付きたくないことも気付くから、厭世的(えんせいてき)になってしまうのだろう。
「……苦手ではあるんだけどさ、半分は親父のことを尊敬しているんだ。口は悪いけど技術は確かだし、根っこの部分は悪い人じゃない……でも、それとこれとは話は別だろう?
いくら尊敬する人相手だって、自分の体をおいそれと差し出せる勇気は、僕にはないよ……ともかく、そんな訳だからさ。ちょっと外に出る元気はないかな。正確には、親父に会う元気は、だけど」
物理的に言えば扉を破壊して無理くり連れ出すのも不可能ではないが、それは当然自分もシモンも――恐らくダンも望まないだろう。それを望むくらいなら、すでにダンがこの扉を開けてシモンを連れ出しているだろうから。
この作戦の立案者であるクラウを見ても、目を伏せて意気消沈しているようだった。彼女も自分の内にもう一つの人格があるが故、思うところもあるのかもしれない。クラウはティアと上手く共存しているし、むしろクラウという人格の方が表に出ている。だが、もし自分が完全にティアに乗っ取られて、自由が無くなるとしたら――そんなことを思えば、シモンを外に連れ出す気力も失せてしまったのだろうと推察できる。
「……すいません、シモンさん。事情も知らずに押しかけてしまって……」
「いや、良いんだクラウディアさん。役に立たなくてすまないね」
「あの、それで、これも不躾なのは承知なんですけど……どこか私でも利用できる設備は無いですかね? 船上で相談していた武器を、自分で作ろうと思ってるんですが……」
なるほど、それが次善策か。クラウはシモンの所に来る前に、何個か案があると言っていた。ダンからの信頼を勝ちえない時には、自作しようと考えてくれていた訳だ。
「残念ながら。この街の設備を新たに使うには、親父の許可が必要だよ」
「そうですか……それじゃあ、私が許可を取ってきます。それで許可が出たら、出来ればシモンさんにもお手伝いをお願いしたいのですが……もちろん、ダンさんに会ってもらうことは無いようにします」
「ふぅ……分かった。ただ、明日以降にしてくれ。その時気分が悪くなかったら協力するよ。それで、許可がとれたら来てみてくれ。そもそも、取れないかもしれないしね」
「分かりました……それでは、お邪魔しました」
クラウのその言葉を最後に、自分たちはシモンのアパートを後にした。なんとなくずっと気配は手繰っていたが、自分が感知できなくなるまで、シモンはずっと扉の近くから動くことはなかった。