B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
シモンを訪問した翌日、私は再びダンの居る工場を訪ねた。しかし、今日はアランが居ない――彼が居ると話がこじれる恐れがあるので待っててもらうことにしたのだが、クラウ一人では工場にたどり着くことも寮に帰ることも難しいので、自分とソフィアが同伴する形になったのだった。
「いやぁ、エルさん、ソフィアちゃん、ありがとうございます!」
「まぁ、ずっと寮でゴロゴロしていても退屈だしね」
「それに、ダンさんを説得するのに、人数もいたほうが効果的かもしれないしね!」
実際、ソフィアの言うことにも一理はある。ダンが女好きというのは、初めてあった時の感じから言えば嘘ではなさそうだ。アランが居ると偏屈がそれを上回ってしまっていたが――ともかく、クラウとソフィアがお願いすれば、スムーズに作業場は借りられるかもしれない。
いつもの工場にたどり着くと、ダンは別の作業場に居ることを作業員から知らされた。幸いその作業場は工場地帯にあって徒歩で行ける圏内なので、今度はそちらへ移動し、またいつものように作業中のダンを休憩室で待つことになった。そして幸い作業のキリも良かったらしい、そう待たされることなくダンが休憩室に入ってきた。
「……待たせたな、お嬢ちゃんたち! それで、オレに何の用なんだ?」
以前の工場とは違う、少し硬い椅子に腰かけたせいか、ダンはまた「いでで」と言いながら腰をさすっている。そしてダンが落ち着くころを見計らい、クラウが小さく手を上げながら口を開いた。
「えっと、ダンさんも知っての通り、私はクリエイターもたしなんでいまして……それで良ければ、ドワーフの設備を使って作業をしたいんです。それで、設備使用の許可をいただきたいのですが……」
「ほう、ほうなるほど! 若いのに感心だ……だが、何を作るか分かんなきゃ、必要な設備も分からねぇからな。何を作るんだ?」
「え、えぇっと、そのぉ……」
クラウが言い淀んだのは、恐らくアランのための武器を作るとなるとダンが渋るのを警戒したのだろう。それに対し、ダンは口元をにやりと釣り上げて頷く。
「……わぁってるよ。アラン・スミスの武器を作ろうってんだろ? 別に、お前さんたちがアイツを信用しているのは分かってるし、オレだってそれを邪魔するほどケチじゃあない。単純に、オレがアイツに武器を作ってやるのが気に食わねぇってだけだ」
「ほっ……ダンさん、ありがとうございます」
「それで、何を作るか教えてくれねぇかい?」
「えぇ、それでしたら、設計図を用意しているので……」
クラウはほっと笑顔になり、腰の荷物入れから一枚の羊皮紙を取り出した。ダンはそれを受け取り、しばらくそれを眺めて「なるほどな」と頷く。
「……アイツが好きそうな武器だ」
「えっ?」
「ごほん! いや、レムから報告を受けている分で、そう思っただけだ……しかし、個人的にはそれを作るのはおすすめしねぇな」
「……どうしてですか?」
自分が作ろうとしていたものを否定されたせいか、クラウは口調こそ落ち着いているものの、表情に少し不機嫌さがにじみ出ている。対するダンはそんなクラウの気持ちを知ってか知らないでか、淡々とした口調で話し出す。
「理由は単純。そいつじゃアラン・スミスの長所を活かせねぇってことさ。アイツは比較的、単純な構造の武器を好む……光学兵器とか複雑なヤツは、故障だけでなく暴発の危険性もある。パイルバンカーはそこに関してはギリギリ及第点で、アイツは性格的に好きそうだが、かといって長所を活かせるかっていうと別だ。
アラン・スミスの戦術的な特徴は、その隠密性からくる奇襲の一撃と、ADAMsを利用した突貫力だ。炸薬式のパイルバンカーは音がデカいし、硝煙反応が出る。それに、杭を打ち込むのに足を止めなきゃなんねぇ……まぁ、ADAMsを取り戻す前ならアリな選択肢だったんだろうが、スピードと火力を併存させるには向いてねぇな」
クラウは最初の内こそむすっとした表情をしていたものの、段々とその顔はぽかんとしたものに代わっていく――その気持ちは自分にもわかる。なにせ、聞きなれない言葉が色々と出てきたので理解するのも難しいうえ、意外なほどにダンが饒舌になったからだ。
そんな中、ソフィアだけが口元に手を当て、ダンの言うことを真剣に聞き――ダンが一息ついたタイミングで口を開いた。
「……凄いですね、ダンさん。まるで、見てきたかのように正確な意見です」
「ぐっ……まぁ、レムから詳細なレポートは受けているからな。それを見れば分かるってもんよ」
「それで、アランさんにはどんな武器が向いてるんですか?」
「そうだな。まず、光学兵器や火器、ヒートブレードの類は向いてねぇ。隠密性を殺すし、さっき言ったように故障のリスクが伴う……また、動き回るのにデカい獲物も向いてねぇな。
そうなってくると、自然と選択肢は限られる。機動力を損なうことなく破壊力を産むなら、まずは振動剣の類。あとは投擲用に切れ味の鋭いセラミック製の短剣を用意してだな……」
再び聞きなれない言葉のオンパレードが続き、今度はソフィアですら着いて行くことが出来なくなっているようだった。無論、自分とクラウがおいていかれているのは言うまでもない。
ダンも途中でこの空気感に気付いたのか、ハッとなってバツが悪そうに後ろ髪をかきはじめた。
「……お嬢ちゃんたちには分からねぇ言葉だったな」
「それもそうだけれど、あまりに具体的でビックリしたというか……」
「ぬぐっ……実はレムに武器を作成するように依頼されてたんだ。それで、一応レポートを元に、何を作るかは考えていてだな……」
「なるほど。でも、そこまで考えていたのなら、もうアナタが作ってしまえば良い気もするのだけれど?」
自分の言葉に、ダンは「うぬぬ……」としばらく呻き声をあげて後、観念したように大きなため息をついた。
「はぁぁぁ……分かった分かった!」
「それじゃあ!」
ソフィアがパッと明るくなって詰め寄ると、ダンは慌てたように首を振った。
「違う違う! まだアイツのために武器を作ってやると決めた訳じゃねぇ……ただ、アイツと少し腹を割って話す時間を設けようと思ってな。アイツに今晩、オレの家に来るように言ってくれねぇか?」
「それは構わないけれど……なんだか色々と違和感があるわ。アナタは私たちが来て、初めてアランに会ったはず……それにしては彼のことを詳しく知りすぎている気がするし、そして彼のことを敵視しているようにすら見える。どうしてアナタは、アランのことをそこまで目の敵にしているの?」
「……オレの中のヴァルカンが言っているんだ。アイツは、古の神々の中のある一柱に似ているってな」
あまりに予想外すぎて、自分の理解は追いつかなかった――だが、こういう時はソフィアがやはり早い。最初はクラウと並んで驚いた表情を浮かべていたものの、すぐに瞳に鋭い光を帯させ、冷静な声色で話し始める。
「ちょっと待ってください……アランさんは、異世界から女神レムが転生させてきたと聞いています。それに対して、ヴァルカン神が古の神々と戦ったのは遥か昔のことなはずです。そうなれば、仮にアランさんが古の神々の何者かであったとしても、時間的な断絶があるはずです」
「そ、そうですよ! それに、そもそもレムからしてみたら、敵対者を復活させる意味もないじゃないですか!?」
ソフィアと比べると、クラウは大分慌てた様子だった。それもそうだろう、彼女からしてみるとアランが古の神々と関係があるのは、信じる神々との敵対を示すのだから――もちろん、そもそも二人が疑問にしたことがもっともで、似ているとしても彼が古の神々と無関係という方が真っ当なのだが。
だが、恐らく自分たちがダンの言葉を単純に流すことが出来なかったのは、彼があまりにも異様な存在だったからだろう。記憶を失っているというのは嘘ではないと思うし、彼を悪い人だとは思っているわけではないが――同時にあの異常な能力と戦闘のセンスは、清廉な勇者というより野生の獣だ。
それを本能的に扱うことが出来る背景には何か尋常でないものがあるのを察していたからこそ、ダンの言うことが荒唐無稽であっても、どこかそれが真実であるように思われてしまったのだ。
「……お前さんたちの言う通り。だから、アイツとはここで初めて会った。言っただろう? 似てるってだけで、本人とは言ってねぇ……ただ、似てるから気に食わねぇ、それだけよ」
「ちなみに、古の神々のうち、どれに似ているっていうの?」
もちろん、自分は神話について詳しい訳でもないし、そもそも教典には古の神々の名は原則として刻まれていない。そうなれば、名前を聞いたところで分かるはずがない。自分としては、どんな神に似ていたのか、それが気になって聞いただけだったのだが――ダンは自分たちを覗き込むようにこちらを見上げ、ゆっくりと口を開く。
「……邪神ティグリス、だ」
まさか、唯一知っている神の名前が出てくるとは。同時に、ある意味では最も聞きたくなかった名前かもしれない。さすがのことに、ソフィアもクラウも言葉を失っているようだが――ダンは驚く自分たちを見て「ふっ」と噴き出して後、すぐに大きな声で笑い出した。
「ははは! 冗談だ冗談!」
「ちょっと……どこからどこまで冗談なのよ」
「さぁ? どうだろうな? ともかく、オレがアイツのことが気に食わねぇのと、腹を割って話す気があるのは本当さ。だから、さっき言った通り、今日の夜にいつもの工場に来るようにアイツに言っておいてくれ」
「はぁ……まぁ、分かったわ。彼にはそう伝えておくわね」
「あぁ、頼んだ……それじゃ……」
ダンは手を振りそうになる前に、何かを思い出したのだろう、上げたまま手をそのまま握って、人差し指だけピンとたてた。
「あぁそうだ、ソフィアのお嬢ちゃん。グロリアスケインの修理は完了したぜ。まぁ、お渡しは宝剣と一緒にするつもりだが、オレの家に完成品はあるから……そうだな、帰りにアイツに持たせることにしよう」
「わぁ、本当ですか? ありがとうございます!」
そこまで話して自分たちは工場を後にした。帰り道でも先ほどのショックが自分の中に残っており――アランが邪神ティグリスに似ているということ――少し周りの意見も聞きたくなった。
「……さっきの話、どう思う?」
「どう思うも何も、アラン君が古の神に似てるなんて、ある訳ないじゃないですか……」
そう真っ先に言ったのはクラウだ。しかし、その尖った唇から出る言葉には力もないし、歯切れも悪い。どちらかと言えば、自分にそう言い聞かせている、という雰囲気だった。きっと、彼女も自分と同じだ――あり得ない、そう思っても、ダンの言うことにどこか信憑性があるような何かがアラン・スミスにある、そういうことなのだろう。
そして今度はソフィアが自分の隣に並び、こちらを見上げてきていた。ソフィアの顔には悩みも不安も見受けられない。
「そうかなぁ? 似てるだけならありうるんじゃないかな?」
「ま、まぁそれは確かにそうですけれど……でも、古の神々と、邪神ティグリスとは無関係ですって!」
ソフィアの言うことを、クラウが傍から否定した。
「それに、ソフィアちゃんが言ったんですよ? 時間的にあり得ないって」
「うん、そうだね……だから、私もアランさんが邪神ティグリスだとは思ってないよ! でも、性格が似ていることだけは、別におかしくはない……だから私としては、アランさんの性格が古の神々のうちの誰かに、もしかすると邪神ティグリスに似ていたのかもしれないけれど、それだけ。アランさんと古の神々とは無関係……そう思うかな」
「うっ……まぁ、なんか凄くそれっぽい意見……」
実際、ソフィアの言うことはそれなりに理にかなっているように思う。そして、理性的なソフィアはそれで自分を納得させられるのだ。対して自分とクラウがそれでも落ち着けないのは、やはり大切な仲間が――想い人が――神々最大の仇敵に性格が似ているというのが、今まで信じてきた神々との対立を連想させるので、気持ちの上で納得しきらないからだろうか。
端的に言えば、性格的に似ているというのすら嘘であって欲しいのがクラウの本音だろう。しかし、自分はどうか――先ほどから胸がざわついているのは確か。だけど、それが嫌悪というのはまた違うような気がする。
ともかく、こうなってしまえばむしろ本人に真相を聞いてみたい。とはいえ、聞いたところで徒労だろう。何せ――。
「……まぁ、本人に聞いたところで分からないでしょうしね。記憶喪失っていうのは嘘じゃないでしょうし」
「そ、そうですよね、うん、そう……あぁぁあああ!?」
自分の言葉に頷いていたクラウが、唐突に両手で頭を抑えながら絶叫を始めた。
「ちょっと、どうしたのよ……素っ頓狂な声をあげて」
「そもそも、ダンさんの所には設備の許可を取りに行ったのに、それがうやむやのまま終わってしまいました!」
「そういえばそうだったわね……まぁいいんじゃない? アランが上手くダンを口説ければいいんだろうし」
「それも、そうなんですけど……うぅん、ちょっと複雑です……」
クラウとしては、自分の作った武器をアランに使ってほしかったのかもしれない。同時に、ダンに自分のアイディアを否定されたのが幾分か堪えていたのかも――ともかく、今更戻って許可を取りに行くのもバツが悪いということで、今日の所は寮に引き返すことに決まったのだった。