B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「……アラン、中々帰ってこないわね」
「えぇ、そうですね……」
窓から外を物憂げに眺めるエルに対して、こちらも生返事を返してしまう。
彼がダンに会いに行ってから――いや、正確にはダンから話を聞いてから、ずっとひとつのことが頭をグルグルと回っていた。それは、アラン・スミスが邪神ティグリスに似ているということに関してだ。
ソフィアが言っていたように、単純に邪神と性格が似ているだけというのはありうるし、ダンは冗談だとも言っていたのだから、彼を疑う必要なんか一切ない――そう考えれば、あまり気にする必要もないように思う。
しかし、それでも気にかかってしまうのは、アラン・スミスという存在が異質なせいだろう。そのせいか、一度揺らいだ心は中々落ち着いてくれない。彼の異質さが、偏《ひとえ》に人理を超えた場所にあるとするなら、なんとなくだが腑に落ちてしまうからだ。
ゲンブが自分たちとそう変わらない容姿をしていたと以前に言っていたことを考えれば、古の神々が人の容《かたち》をとっていたとしてもおかしくはない。そうなれば、アラン・スミスが邪神の化身である可能性は――どうしてもあるように思えてしまうのだ。
よりもによって、何故邪神だったのだろうか。彼が実は犯罪者であるとか、殺人者であるとか、それくらいだったらここまでショックを受けずにいられたように思う。彼の根っこには善性があるし、仮に過去に罪を負っていたとしても共に償っていけばいいのだから。
しかし、もし邪神であるならば、それは自分が生まれてから敵対者と思っていた者であり、同時に信奉する者の敵ということになる――それを受容することは、生きてきた自分の信仰を否定することになるように思えてならない。
とはいえ、邪神をレムが復活させる意味も分からない。邪神ティグリスは七柱の敵対者であって、レムが復活させようとして復活させられるものでもないはずだ――そう思えば、きっとこれは杞憂だ。彼が邪神であるだなんてことはある訳が無いのだ。
ふと、ベッドに腰かけて時計をじっと眺めているソフィアを見る。彼女はダンの話を聞いても、一切の動揺が無かった。それこそ、彼が本当に邪神であっても構わないと、そう思っていてもおかしくないくらいに。
あの子くらい純粋に、真っすぐに、彼のことを信じられたらいいのに――そもそも、彼を疑っている自分のことが嫌で苦しい。一度は教会を追われた身でありながら今回の旅に同行するのを決意したのだって、彼の力になりたいからだったのに――。
「……何かしら?」
ふと、窓の方を見ていたエルから声が上がる。窓の外を見ても、特に何か変化があるようには見えないが――いや、揺れている。窓ガラスが、建物が――そう気づいた瞬間、地底の天上を穿つように一筋の光がバッと差し込み、直後にガラスが割れるのではないかと思うほどの衝撃が走った。
「あの光……来たんだね、セブンス」
ソフィアは窓の外を見て呟き、ベッドから飛び降りて真っ先に扉へと向かう。
「ちょ、ちょっと待ってくださいソフィアちゃん!? どこへ行こうっていうんです!?」
「ダンさんの邸宅へ! あの子と戦うなら、グロリアスケインが必要だから!!」
少女は振り返りもしないで、扉を開け放って外へと駆けだした。しかし、自分たちはどう動くべきか――ソフィアを追うべきか、アランと合流するべきか。
「……最悪の場合、ゲンブ、ホークウィンド、T3に……改造型魔獣やその他、全部乗せでいることも想定したほうが良いでしょう。それなら、分散しないほうが良いわ」
「そうですね……でも、アラン君は……? その、アラン君を一人にしたら……」
先ほどの不安が戻ってくる。もし、彼が一人の時にゲンブ達と合流したら――元々、アラン・スミスは記憶喪失だからこちらに立って戦ってくれていただけで、真の使命を思い出したら、人類の敵対者になる可能性だってある。
そうなれば、彼を一人にするのは得策ではないように思われる。ゲンブたちが彼をそそのかし、彼が向こう側に行ってしまう可能性があるからだ。
「……クラウ、私も彼を疑う気持ちがゼロじゃないとは言わない。でも、今はとにかくソフィアを追うわよ」
エルは自分の気持ちを見透かしていたのだろう、そう言いながら立ち上がり、こちらも立つように促してくる。確かに、立ち止まっていても仕方がない。どちらかに合流はしなければならないのだから――そう思い、エルの背を追って自分も走り出した。
「初めて会った時もそうだし、仇と同じ能力を使った時も彼を疑った……でも、彼はいつも裏切らなかった」
隣に並ぶと、エルは独白のようにそう呟く。
「……記憶を失って、本当の役目を忘れているだけかもしれませんよ?」
「えぇ、そうね……でも、仮に彼が記憶を取り戻したとしても、絶対にこうだって言えることがある」
「それは……?」
「アイツは超ド級の馬鹿だってことよ……単純なんだから、アイツは裏切ったりしないわ」
そう言われて、なんだか拍子抜けしてしまうというか、同時に凄く納得できるというか――なんだか少し肩の荷が降りたような気がした。いや、走っているから力自体は入っているのだが、エルの言う通り――少なくともただ一つ言えること、それは絶対に彼は自分達を見捨てたり、裏切ったりはしないということだ。
『クラウ、信じたいものを信じなよ』
『……うん、そうだねティア』
最後に魂の同居人からの後押しも加わり、気分も大分落ち着いた。確かに、今は目の前の事に集中するべきだ――そう気持ちを切り替えて、先を行く少女の背中を追った。
◆
「……セブンス、作戦の目的は分かっていますね?」
「うん……第一はフレデリック・キーツの眠る地底湖の破壊……ただし、これは正確な場所を示すゲンブの解析を待つ必要がある。なので、まずすべきことは第二目標であるダン・ヒュペリオンの殺害。第一目標の達成が難しい場合には、ヴァルカンの器であるシモン・ヒュペリオンの肉体の破壊……」
「上出来です」
実際、地下ではピークォド号のモノリスと連結できないので、魔剣ミストルテインの一撃は事前に充填していた分、つまり一発で限界だ。
今しがた撃ったのも、時計塔を落とした時と比べれば出力を抑えている。本当は地下の線路から内部に入れれば良かったのだが、七柱の洗礼の無いモノが中に入ろうとするとセキュリティが発動し、天使ども――第五世代アンドロイドが起きる可能性がある。
セブンスなら彼らの迷彩を看破出来るのだが、魔剣のエネルギーのこと、そして狭い通路で見えない敵と戦い続けるのは厳しい――ということで、侵入するのに大穴を開けた次第だ。
「解析によると、街中に第五世代の配列は見られませんが……しばらくすればアリの巣状に張り巡らされた地下道から天使どもが這い上がってくるでしょう。そうなれば、あまり長居は出来ないでしょうね」
「うん……ひとまず、私はダン・ヒュペリオンの邸宅に向かう。アナタはフレデリック・キーツの棺の解析を進めて」
そう言いながらセブンスは剣を背負い、穿った大穴の壁を蹴りながら降下していった。
「さて……それでは私も参りましょうかね」
誰に聞かせるわけでもなく、そう独りごちながら――複数体の人形と共に、司令塔たるフリフリのドレスを纏った人形をゆっくりと地中へと降ろし始めた。
◆
外から響く爆音に一気に意識を取り戻し、目の前で同じく外を見ているダンの方へと顔を上げる。
「ダン! うぷっ……」
意識は一気に覚醒したものの、体に残ったアルコールはすぐには分解されてくれない。そのせいか吐き気が酷いのだが――勢いよく顔面にかけられた水のおかげで、幾分か気分も良くなった。
「……少しは酔いは覚めたか?」
「少しはマシになった……ありがとうよ。しかし……」
「……あぁ、どうやら古の神々がお出ましのようだ」
ダンはこちらに掛けた水筒を放り投げて立ち上がり、背後にある扉の前へと移動した。
「アラン、着いてきな」
「いや、しかし、俺も迎撃に……」
「いいから来るんだ」
ダンが扉の横にあるパネルを操作すると、機械の扉が開かれる。老人の雰囲気には逆らえない何かがあり、同時に信用できる何かがある。緊急事態に無駄なことをする男とも思えないので、ここは着いて行く価値がありそうだ。
扉の奥の一室は、窓もなく薄暗く、足元を走る非常灯の僅かな明かりが淡く室内を照らしている――室中の輪郭を辿ると、どうやら様々な設備や配管などが所狭しと敷き詰められている小さな部屋であるのだが、この施設の主たるダン・ヒュペリオンはどしどしと配線に足を取られることなく奥に進んでいく。
「……レムからテメェの武器を作ってくれと言われたとき……いてて。テメェにくれてやるもんなんて何一つねぇと思いながら、気が付けば勝手に体が動いていやがった……その答えがこれだ」
ダンは腰を曲げて何かを室内の奥から取り出し、振り返ってこちらへと歩いてくる。そして真剣な表情で帯状の物をこちらへと差し出した。
「……ベルト?」
「投擲用の武器などのサブウェポンは間に合わなかったが、一番使うはずの二つに関しては完成している……着けてみな」
言われた通りにベルトを受け取り上着の下に巻きつける――帯が太くズボンに直接取り付けられないので、元々の短剣がささっているベルトはそのままで、受け取った新しいベルトは上着の下、腹部に直接巻きつける形になる。
「両脇の二刀は、高周波ナイフだ。接近専用だが、強度と切れ味は折り紙付きだ。テメェが超音速でぶん回しても折れもしねぇ壊れもしねぇ、しかし鋼鉄だろうが超合金だろうがスパスパ斬れる代物……名づけて、カランビットナイフ・タイガークローだ」
言われて、両腕を交差させて刀剣を抜き出してみる。刀身は大きく反った両刃で、柄の部分に指を通す穴が開いている。穴を起点にクルクルと回し、順手、逆手でそれぞれ握ってみるが、かなり手になじむ――穴の部分にトリガーがあり、それを引くと刃が振動する機構のようだった。
「刀身は短いが、お前さんの場合は突進して相手の懐に飛び込むか、すれ違いざまに斬りつけるのがメインだと思ってな。取り回しやすいから自分を傷つける心配もないし、力も入りやすいからパワーも乗せやすく、防御にも向くだろう」
こちらがナイフを振り回している横で、ダンが追加の説明をしてくれる。
「あぁ、コイツはいい仕事だぜ、ダン。名前も気に入った」
「へっ、安直だって文句言われるかと思ったぜ」
「一周回って、シンプルな奴がカッコいいと思う年頃なんだ……それで、もう一つは? あとは何もついてないみたいだが」
二対の短剣を鞘に収めながら尋ねると、ダンは暗闇の中で白い歯をむき出しにして笑った。
「……アラン・スミスの最大の武器にして最大の弱点、それがADAMsだ。爆発的な加速力を産む代わりに、身体を蝕むが……もう一つの武器はその長所を伸ばし、短所を補う機構だ」
ADAMsの長所と短所を補うとなれば、体を機械や改造するか、パワードスーツを装着する必要があるはず。肉体改造なしでとなればスーツの着用になると思われるのだが――そこまで考えた瞬間、ダンがベルトを渡してきた真意を察した。
「おい、ダン……まさか!?」
「馬鹿野郎!! 緊急事態だってのに二ヤついてんじゃねぇ!! まぁ、オレも気持ちは分からんでもないがな……!!」
これが何のための装置なのか理解した瞬間、興奮のあまりにテンションが上がってしまった。とはいえ、咎《とが》めるほうのダンも根っこが男の子なのだろう、向こうもニヤつくのを抑えられないようだ。
「そ、それでどう使うんだ!? こうか!?」
言いながら腕を振り回してそれっぽいポーズを取ってみる。しかし、先ほどまで笑っていたはずのダンは俯いてしまった。
「……残念ながら、音声認識やポーズによる機構は出来なかった」
「な、なんだと!? 超科学力を持っても不可能だと言うのか!?」
「落ち着け馬鹿野郎! むしろ最高のセーフティがついてるとも言えるんだ……正面のバックルを弾いて開いてみろ」
言われた通りにバックルの端を弾いて開くと、中に何かしらの機械のようなものが埋め込まれているのが見える。
「バックルを開いている状態で、ADAMsを起動するんだ……音速の壁を超えた瞬間、そのエネルギーが発動のキーになって、お前を護るための鎧が発現する。とはいえ、鎧自体のエネルギーの問題で、常時着けておける訳じゃねぇ」
「なるほど、制限時間がある訳だな……何分だ?」
「単純に身に着けるだけなら十分程度。ADAMsの利用量に応じて短くなる……ただし、エネルギーの解放をすれば……」
ダンの説明を巨大な爆発音が遮った。まだ距離は遠いようだが、結構派手に暴れまわっている奴がいるらしい。
「ちっ……ノンビリしている暇はなさそうだな!」
吐き捨てながら、アルコールの臭いが漂う休憩室の方へと向き直る。
「お、おい待て! まだ説明が終わってないぞ!?」
「あとは使いながら覚えるさ! ありがとうな、ダン!!」
振り返ってそれだけ言い残し、休憩室を抜けて工場の階段を駆け降りる。工場の扉に手を掛けたタイミングで、上の通路に重い足音が響く――ダンが途中まで追ってきたのだろう。
「……オレは原初の虎は信じてねぇ! だが、テメェは信じる!! この街を……頼む、アラン・スミス!!」
左手で親指を上げて返し、工場の扉を開け放った。見れば、焼ききれた天上から月明かりが差し込み――市街地の方であがる爆発と煙が、あけ放たれた穴を目掛けて昇っていくのが見えた。