B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
工場を出て街の中央へ向かって走っていく途中、逃げ惑うドワーフたちとすれ違う。より安全な方へと逃げていく彼らに対して、自分は爆発が起こっている危険の中心に向かっているのだからすれ違うのも当たり前か――緊張感が高まってきたおかげか、脳内から自分を呼ぶ声が聞こえ始めた。
『アレはおそらくチェンだな。それでなんだが……』
『言いたいことは分かってる……だが、それは奴《やっこ》さん次第だ』
べスターとしては、可能ならゲンブと話がしたいことは理解している。自分としては――手段を選ばないゲンブ一派のやり口は気に入らないし、シンイチの件やエルの件で単純には手を組めないと思っている一方で、確かに多少は話し合う必要性があるのは感じているのも確かだ。
『しかし……ありゃなんだ?』
宙に浮いている人形に近づいていくにつれ、次第にその周りに浮かんでいるオブジェクトもハッキリしてくる。どうやら、アレも何かしらの人形らしい。ただ、推定ゲンブが宿っていると思われるものと違い、等身も人並みでそれぞれが何かしらの武器を手に持っている。身体は鋼鉄に覆われており――砂漠の地下で見た、第五世代アンドロイドに近い感じのもの、それが視認できる範囲だけでも四体はいるようだった。
『アレは、チェンの機械布袋戯……旧政府軍の諜報員にして、サイオニックであるチェンジュンダーが念動力で操るロボット群だ』
『なるほど、新兵器の実験台に丁度良さそうだ』
『馬鹿か貴様は……戦わないにこしたことはないだろうが』
『おっしゃる通りで』
『とにかく、今回はオレの名前を出せ。そうすれば、恐らく会話の糸口にはなるだろう』
『あぁ、了解だ』
こちらが近づいていくにつれ、機械人形たちは手を止め、主を護るようにその周りを取り囲んだ。向こうもこちらの接近には気付いていたのだろう――同時に、すぐさま敵対行動に出るつもりもないということらしい、向こうから攻撃することなく自分の声が聞こえる所に来るまで待っていたようだ。
「アラン・スミス……まさか、アナタがいらっしゃるとは。不幸半分、幸運半分といったところでしょうか?」
「いいや、百パーセント不幸……と言ってやりたいところだが。だが、俺からも話がある」
「えぇ、えぇ、私もアナタとはゆっくり話をしたいと思っていました。ですが、アナタの要件から聞きましょう、なんでしょうか?」
「……エディ・べスター」
以前と同じような、西洋風のアンティーク人形――その表情は動かない。しかし、少し動揺したように肩を揺らしたように見える。
「……センチメンタルな感傷と思っていましたが、アナタがADAMsを取り戻したのはやはり……」
「あぁ、俺の中にエディ・べスターの亡霊がいる。常に声が聞こえる訳じゃなくて、緊急時しか聞こえないのが玉に瑕《きず》だが……」
「まさか、霊などという非科学的なモノが存在しているとはにわかに信じがたいですが……アナタが知らないはずのホークウィンドの名前を出したことを鑑みれば、あながち否定もできないでしょうね。ちなみに、緊急時しか声が聞こえないということは、全ての事情が共有されているわけではない、という認識でお間違いないでしょうか?」
「あぁ。だが、恐らく重要な所は共有された。それを正しいかどうか判断する材料はないが、おおよそ間違いないと納得もしている」
「なるほど……それで、アナタはどちらに着くつもりなのですか?」
「それはお前次第だ、ゲンブ……いや、チェン・ジュンダー。俺はお前らの味方でもない、七柱の味方でもない……俺はシンイチが護ろうとしたこの世界に生きる人々の味方。それを踏みにじる奴が、俺の敵だ。
それに、俺には七柱の全員が邪悪とは思えない。この世界の在り方に疑問を覚えて俺を蘇らせたレム、俺を信じてくれたヴァルカン……まだ、話せる奴だっているかもしれない」
「それ自体は否定しませんよ。一万年の時があったのだから、彼らだって内部分裂している可能性はある。出来れば、そう言った方とは手を組みたいくらいです……ですがアラン・スミス。アナタのその甘さが、悲劇の引き金になるとは考えないのですか?」
チェンの言葉に、一瞬迷いが蘇る。それは自分がエルに、相手の事情も知るべきと言ってしまったこと。それが無ければ、シンイチはあの夜に散らずに済んだのに――こちらの迷いを見透かしてか、チェンは上から叩きつけるように続ける。
「甘さが敗北に繋がるのなら、無用な情は捨てるべきだ。善き人を殺した誹《そし》りなど、後の世の人々が好き好きにすればいいのです。同時に、この惑星レムでは、母なる大地で行われていたモノと同様の実験が行われている……誰が敵で誰が引き入れられるのか分からない間は、全員を対象として抹殺していくしかない」
その声からは、チェンの感情は読み切れない。自らの非道を自覚しつつも良心の呵責に苛まれながらも覚悟を決めているのか、それとも根っからのサイコパスでただ本心を言っているだけなのか。
どちらにしても、チェン・ジュンダーは合理的な考えの持ち主であり、敗北の可能性を少しでも減らすのに最善の手を打とうとするリアリストと言えるのだろう。手を組めるものが居るなら組むが、不透明な間は危険因子を少しでも排除する――その考え方自体は否定できるものではない。
だが、それに自分が共感できるかと聞かれれば別だ。
「……お前の言っていること、間違えてないと思うぜ。それに、俺に甘さがあって、同時にその半端さが、良くない結果を招くことだってあるのも否定しない。
だがな、偉い奴や頭の良い奴の陰謀に巻き込まれる人たちに……歴史の大きなうねりにさらわれて悲鳴を上げている人に手を差し伸べる奴だって、必要なんだと思う」
『アラン……そうだな、お前はそういう奴だ。そして、オレはもう一度お前に会ったら、今度こそその感情に任せようと思った……』
脳内の友が、自分の意見を肯定してくれた。それに幾分か自信を取り戻し自分が宙に向かって――浮いている人形に対して視線を向けると、人形はやれやれ、といった調子で首を横に振った。
「ふぅ……べスターから聞かされていた話は本当だったようですね。原初の虎は、甘い夢想家であると」
「甘い夢想家で結構だ」
要するに、チェン達は惑星レムに生ける人々のことを鑑みることもないは無い、ということなのだろう。それならば――こちらが身体に力を入れると、人形は慌てたように――いや、わざとらしく手を振って見せた。
「ちょっとお待ちください! アナタが私を間違えていないと言ってくれたように、私はアナタを悪いと思っている訳ではありません。それに信用ならないかもしれませんが、この星の民に対して、私は同情的に思っています。
ただ、アナタが甘いと言ったことを訂正するつもりもありません。アナタの身一つでどうにかできる段階なんて、とうに過ぎているのです。それは理解したほうが良いのでは?」
「何が言いたい?」
「いえいえ、至極単純な提案……これはアナタに持ちかけようと思っていた話です。やはり、アナタは我々に着くべきだ、と。
確かに、我々のやり方は手荒かもしれませんが、同時に我々はレムに生ける人々をどうこうするつもりはない……なればこそ、一旦は私たちと組んで、七柱と戦うべきです」
「こんな風に街をひっちゃかめっちゃかにしてて、説得力のかけらもないな」
「えぇ、それはアナタが居ると知らなかったから……」
返答のこちらが足を一歩前に出すと、人形は再びわざとらしく、今度は首と手をぎぃぎぃ鳴らしながら振り始めた。
「だからお待ちくださいって! 分かりました、私は街の破壊は止めます。ですから、お互いに手荒なことは止めましょう」
「……本当か?」
「えぇ、私の目的は街の破壊ではないのですから……ただの囮です。いやぁ、しかし意図せず大物を釣ってしまいましたよ」
人形が肩をすくめる動作をとった瞬間、遠くから爆発音が鳴り響いた。そうだ、つい目の前のことに気をとられていたが、コイツには仲間が居るのだ――街の防衛機能がT3やホークウィンド、セブンスを止めているのか、もしかすると少女たちが交戦している可能性もある。
「お前以外の連中は!?」
「それを言う義理はありませんね……しかし、アナタと手を組みたいというのは本当なのですよ?」
「それなら他の連中も手を引かせろ!」
「アナタがこちらに手を貸すことを約束してくれるのなら良いのですが……一点だけ、アナタの出方に関わらず、どうしても今日済ませなければならないことがあります。
それは、ヴァルカン……いいえ、フレデリック・キーツ本体、並びに人格投射をしているダン・ヒュペリオンの殺害です。それさえ済めば、手を引きましょう」
要するに、あの爆発が起こった場所で行われている交戦は、ヴァルカン神がやられるまで止まないということだ。また、それまでにどれだけ被害が出るかも分からない――そうなれば、自分のやることは一つだ。
「……くっ!!」
「行かせませんよ、原初の虎!!」
自分が振り返ろうとした瞬間、左右からこちらに銃口が向けられた――元々、建物の隙間にロボットを忍ばせているのは確認済みだ。前転するように放たれた光線をかわし、そのまま一周してアスファルトに手を着けながら再び上空を見上げる。
「エディ・べスター……聞こえているのでしょう? どうかアナタからも、原初の虎の説得を……七柱、旧DAPAの幹部は、手ぬるいことをしていて勝てる相手ではないのだ、と」
『……オレは、お前の正義を信じると決めていた。そのために永い時を彷徨って、ようやっと巡り合うことが出来たんだ……お前の言う、歴史のうねりに苦しむ人々を助けたという気持ち、それを今度こそ否定しない』
べスターの言葉に、自然と口の端が上がるのを感じる――それを見てこちらの中の亡霊を説き伏せるのは不可能と察したのか、チェンは本日何度目かの頭を振った。
「やれやれ……アナタは決断すべきだ、アラン・スミス……我々と共に七柱を討ち、一万年に及ぶ因果を終わらせるか。それとも、七柱の尖兵になって我々を討ち、高次元存在に手を伸ばそういう彼らの邪悪な野望に加担するのか……我々も、七柱も、同時に相手できるほど単純な相手ではないのだから」
それは何度も思ったし、実際にチェンの言うことは間違えていないはずだ。それでもやはり――自分は自分の思ったようにしか動けない、それだけだなのだ。
「……俺の中の亡霊が言っているぜ」
「……はい?」
『お前は直接会ったことが無いから分からないのだろうから教えてやる。原初の虎は……』
「話を聞く奴じゃないってな!!」
そこで自分は一旦言葉を切って、ベルトのバックルを弾きながら背後へと跳ぶ。
「テメェこそどちらか決断しな、チェン! 今すぐテメェの乱暴なお仲間を止めて投降するか、俺にぶっ飛ばされるかだ!!」
「ははは、先ほども言ったように、目的を達するまではそれは出来ませんねぇ……そうなれば、交渉はひとまず決裂ですか」
「それなら俺にぶっ飛ばされな……いくぜ!!」
こちらの咆哮に、向こうも既に臨戦態勢だ。チェンはすぐに二体の人形を自身の前に布陣し、残りの宙に浮く二体と地上に潜伏していた二体がこちらに銃口を向ける――対してこちらは奥歯を噛んで走り出す。
音を置き去りにし、一歩、二歩と進むごとに、バックルにある機構が回転し、電気を発生させて稲妻が自分の体中を走る。そして――ベルト部分から針のようなものが自分の腹部に深々と差し込まれた。
(これは……!?)
そんなに太い針ではないし、痛みは感じない――迷わず歩みを進めると、身体の表面を走る電気と針から注入される何かが合わさり、次第に自分の身体を覆っていく。
刹那、閃光が目の前を覆い――しかし自分には敵の場所は気配で分かる。一気に跳躍してチェンを護る二体の内、一体の首を左手の爪状のナイフで斬り飛ばし、そのまま奥にいるアンティーク人形に肉薄する。
『おぉおおおお!!』
右手にある虎の爪を突き刺す様に押し出すが、チェンも音速を超えて自分が接近するのは読んでいたのだろう、すでに目の前に例の結界が貼られている。もちろん、こちらもそれは織り込み済み――結界が無いならそのまま落とせるし、出しているのなら戻るのに使える。
強力な結界の斥力を使って、周囲に残っているロボットの武器がこちらを捕らえるよりも早く地上に着地する。そのまま一旦距離を離して加速を解く――同時に、首の無くなった機械人形が制御を失い地面へと落下してきた。
そして、普段なら加速を解くのと同時に猛烈な痛みが自分の身体を襲うはずだが、今回はそれがない。むしろ、力が溢れてくるようにすら感じる。
ふと、一瞬だけ横を見る。そこには、営業時間の過ぎた路面店のガラスに、自分の姿が写っている。その姿は――。
「黒い鎧……?」
チェンの言った通り、ベルトのみを残して黒い鎧に身を纏った男の姿が映っていた。
◆
車での移動中、市街地での爆発が一旦止み、そしてしばらくすると再度激しい戦闘音が鳴り響きだした。恐らく、アラン・スミスとチェン一派の何者かが交戦を始めたのだろう。
「オレはずっと考えていた……お前をどうすれば倒せるのか。一万年間、繰り返し繰り返し……そして、皮肉なことに……オレは誰よりも、お前の戦い方を理解することになった……恐らく、エディ・べスターよりもな」
元々、虎は要人の暗殺に特化した存在として設計されていたはずだ。ADAMsの設計思想を開発者本人から聞いたわけではないが、アレは本来は離脱用の機構のはず――音速の壁を超えるときの爆音が、どうしても隠密性に合わないからだ。
原初の虎はそれを勝手に戦闘用に昇華させたに過ぎない。要は原初の虎の戦闘センスに、ADAMs従来の設計が着いて行けてなかったのだ。
原初の虎は、間に合わせのもので十分にその戦闘力を発揮する。だが、もし彼の野生に、本能に相応しいだけの機構が備わったとしたら? 一万年に及ぶ思考の中での闘争で、同時に抱いてしまった疑問、期待――もし自分が虎の長所を最大限に活かすとするならどうするか――その答えがアレだ。
装着式のパワードスーツにしようかも悩んだが、それは敢えて棄却した。レムが奴に施したリジェネレーターを活かし、細胞を活性化させ、加速に耐えうる皮膚と筋肉、骨格を擬似的に生成する変身機構――同時に、ADAMsの使用時に発生する巨大的なエネルギーをその身に貯め込み、爆発力を得れれば――。
「……きっと、オレとお前の目指す先は一緒だ……だから頼んだぞ、アラン・スミス。赤く燃える虎、レッドタイガーよ」
自然と口が吊り上がるのを感じる――共に酒を交わした友の勝利を確信しながら、もう一つの渦中へと近づくためアクセルを踏み込んだ。