B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
大聖堂に行った後、冒険者ギルドにて再度パーティーを探してみた。とはいえ、結局実りがないままに終わり、時刻も気が付けば正午をとっくに過ぎていた。冒険者たちの朝は遅いのだから、むしろ午後のほうが本番、くらいのつもりで休憩がてらに昼食を取ることにする。
とはいえ、進捗が良くない状態で食べる飯もあまり美味くもない。目の前にある腸詰をフォークの先端でツンツン突きながら、午後はどう声を掛けるか思考を巡らせる。いっそ、エル辺りが組んでくれないか、いや、武器を買った日の帰りに声を掛けても断られたしダメか。
「はぁ……」
ため息のままに机に突っ伏す。視界が真っ暗になっても、別段いいアイディアが出てくるわけでもないのだが。色々と悩みや不安も尽きないが、しかしなんやかんやで冒険に対する期待のようなものは未だにある。その入口にすら立てていないことが、この焦燥感の一番の要因か。
「……相席、よろしいですか?」
女性の声が頭上から聞こえ、重い気分の中なんとか顔を上げる。見れば、両手で盆を持って立っている、緑色の髪の女性が対面にいた。朝に会ったジャンヌとなんとなく近い雰囲気――どこか清楚で、神聖な雰囲気を感じる。しかも目がぱっちりと大きく青色に輝き、ジャンヌほど良い意味で高潔な感じでもないので、話しやすそうな子という印象だ。
そんな子が相席したいというなら是非に、と言いたいところだが、冒険者の朝は遅いということは、食堂はまだまだ空席が多いということ。そんな中で相席したいというのも違和感がある。
「構わないんだが、周り、めっちゃ空いてるぞ?」
「ふふふ、私はアナタとお話がしたいんですよ、アラン・スミスさん」
そう言いながら、目の前の女は――年齢的には少女という分類なのだろう、恐らく前世でいうなら高校生くらいの印象だが――不敵に笑っている。しかしその後、数秒の沈黙が続き、緑髪の女は所在なさ気に辺りを見回し始めた。
「……えーっと、座っていいです?」
「いや、なんだろう、アナタと話がしたいんですよって言ったら、普通はなんかこう、ずけずけと勝手に座るもんじゃないか?」
「はっ……! 確かに……!!」
女は文字通りはっとした表情をすると、盆を対面に置いていそいそと座り始めた。多分、こいつは変な奴――いやよそう、初対面の人に早々と変のレッテルを張るのは失礼だ。親しみやすい感じがする、くらいに留めておくことにする。
緑の女は席に着いたのは良いものの、その後は食事に手を付けず、司令官がやるみたいな腕の組み方で口元を抑えてこっちを見ている。しかしポージングに専念しているのか、一向に切り出してこないので、仕方なしにこちらから声を掛けることにする。
「……んで、話ってなんだ?」
「ふっふっふっ……よくぞ聞いてくれました」
ふっふっふって口に出す奴を現実で初めて見た。いや、記憶喪失なので、もしかしたら以前にこういう奴もいたのかもしれないが。ともかく、また不敵な雰囲気で笑っている怪しい――いや、失礼失礼――不思議な女の次の言葉を待つことにする。
「アランさん、私と組みませんか?」
一瞬、何のことだか分からなかった。漫才コンビでも組みたいのだろうか、しかしそれは勘弁願いたい。
「……アランさん、聞いてます?」
「聞いてます聞いてます」
「ほんとですか? こほん、もう一度言います。むしろ、もう少し丁寧に言い直します。アランさん、私と冒険者としてパーティーを組みませんか?」
今、やっと理解できた気がする。自分がパーティー入りを断られていた理由が。自分が声を掛けていた連中はこういう気分だったのだろうと。名前も知らない素性も知らない怪しいやつが、唐突に組もうぜと言ってきても、本当にコイツ大丈夫かと不安になることがよく分かった。
もちろん、目の前の女性は見目麗しいので、自分より印象はだいぶ良いだろうが。それでも、そのどことなく漂う胡散臭さが、折角の長所を打ち消している。
「えーっと、確かに絶賛、俺もメンバー募集中なのでありがたい提案なんだが……俺は君の素性が全く分からないので、少し自己紹介をしてもらえるかな?」
「えぇ、えぇ、構いませんとも! 耳の穴をかっぽじって良く聞いてください!」
耳の穴かっぽじってとかいう表現を現実で初めて聞いた。緑髪の少女はドン、とお盆が跳ね上がる勢いでテーブルに手のひらを当てて立ち上がると、そのなかなか豊満な胸に手を当てて、むっふー、と息を吐き出した。
「私こそが大聖堂の異端者【カテドラールハエレティクス】にして……」
その後、両腕をそのなかなかにたわわな胸部の下で組みなおし――。
「旋風の錬金術師【アルケミスタウェルテクス】! クラウディア・アリギエーリです!!」
最後は、ビシィ、と指を虚空に向けて叫んでいた。確かに、言われてみれば毛皮の外套は錬金術師風、中に着ているは聖職者風、しかし動きやすさを重視しているのか、肩は露出して下はスリットが入ってるようだった。
とはいえ、彼女の自分語りに対しては、なるほど、そういうことか――同じ力を持つものは引かれ合うのかもしれない。そう思い、彼女に見合う返答を考えることにする。
「そうか……俺は…………………漆黒の断罪人【ブラックエクスキューショナー】のアラン・スミスだ」
「アランさん、今めっちゃ考えてましたよね? それ、即席ですよね?」
「う、うるさい! お前のだってどうせ自称だろ!?」
「は、はぁ!? 自称じゃありませんし! 地元じゃそう呼ばれてましたし!」
「はぁーお前の地元どこだよ? 今度行ったときに聞いて回ってやる!」
「や、やめてー! それは恥ずかしいから止めてください!」
エキサイトしてしまった結果、お互いに肩で息をしている状態だ。少し落ち着くと、クラウディアと名乗った女はゆっくりお盆の前に座り直した。
「……なかなかやりますね、流石私が見込んだだけの人です」
「お褒めに預かり恐縮、いやそもそも褒められてんのかもわからんが、今回はご縁がなかったということで……」
「ちょ、ちょっと待って、待ってくださーい! どこに断る要素がありました!?」
「断る要素しかなかったと思うが……そもそも、自己紹介してって言って、唐突に自分で考えた最強の二つ名を語られてもな。胡散臭いというか」
「それに関しては、アランさんも同等だと思いますが……?」
「ぐぬっ……そもそも、なんで俺に声を掛けたんだ? 自分でいうのも何だが、もっと良い奴はたくさんいるだろう?」
そう、結局一番知りたいのはそこだ。俺の何に価値を感じてくれたのか――それ次第では、持っている技能の相性などは二の次でひとまず組んでみたいと思う。不人気の自分がこう思うのもおこがましいのかもしれないが、向こうから切り出してきたのだし、これくらいの裁量はあってもいいだろう。
「まぁ、色々と理由はあるのですが……」
「ふむ」
「正直言えば、別に誰でもいいんです。暇そうな人なら……」
「……やっぱり、ご縁がなかったということで」
「はむー! おまちをー!」
はむーとかいう鳴き声は流石に初めて聞くどころか、その概念すらこちらの脳内には無かった。
「あのあの、アランさん、少し口を挟まずに話を聞いてくれません? その上でお断りというのなら、無理でいいですから」
「うん、分かった」
お互いの言葉がキャッチボールでなくドッジボールなので話が進まないのも確か。ひとまず頷いて、話を聞くことにする。
「改めまして、私はクラウディア・アリギエーリと申します。神聖魔法のスペルユーザーとアタッカー、クリエイターを兼任しています」
なんだか凄いことを言い出した。本当かもわからないし、仮に本当だとしても、一つ一つは中途半端とか――とはいえ、口を挟むと話が進まないので、再度とりあえず頷くことにする。
「あ、今、こいつ凄いな、とか思いましたね?」
「否定はしないが、そういう脱線をするから話が進まないんだぞ?」
「あ、はい、そうですね……それで、諸々の理由があって、中々私と組んでくれる冒険者の方、いないんですよ。ただ、一人では冒険に出れない、それはやんごとなき理由があってですね……」
「……諸々とかやんごとなきとか、ふわっとしすぎてて全然わからんぞ」
「だー! アランさん結局口を挟んでるじゃないですか!?」
「いや、何も伝わってこないから聞いているだけなんだが……」
「……楽しそうだな、アラン。こいつも混ぜてやってくれないか?」
最後の声は、横から聞こえてきた。そちらを見ると、ちょうど掲示板の辺りにいる冒険者ギルドのバーンズが声を掛けてきたようで、エルがその横にいた。
「ちょっ……バーンズ、やめてよ」
「そうは言うがな、ここ最近、心配そうに小僧のほうを見てただろう? 代わりに声をかけてやったんだ」
「はぁ……そんなこと言われて、変な勘違いされたら困るでしょう」
会うたびにため息をついている黒衣の女剣士は、仕方なし、という感じでクラウディアの横に座った。その向こうで、やれやれ、と肩をすくめて、バーンズもギルドのほうへと戻っていった。
「あのね、一応スカウトをアナタに勧めたのは私だから……それで仕事にあぶれてるようなら、その……」
「申し訳ないってか? レイヴンソード」
「なっ……! ちょっと、その呼び方止めて頂戴。勝手に名づけられて、恥ずかしいんだから……」
「ほら、見たかクラウディア。これが手本だ。二つ名ってのは自称するものじゃ……」
ない、そう言い切る前に、エルが横の緑髪に抱きつかんばかりの勢いで迫られていた。
「エルさん! エルさんが居てくれたら、こんなの居なくても大丈夫なんですよ!」
こんなの、はあからさまにこちらを指さしていた。
「こ、こんなの!?」
「あー暑苦しい、クラウディア、離れなさい!」
自分とエルが声を荒げて、いやこちらは無視されたのだろうが、ともかくクラウディアは一旦エルから離れた。
「いやーエルさんいたら分け前は減りますけど、その分大きい仕事が出来ますからね! 何度もお誘いしてますけど、美少女コンビで頑張りません?」
「はぁ……だから、私は一人が性に合ってるの」
「ふはーカッコいい! エルさんじゃなかったらイタい奴だけど、エルさんだからカッコいいー!」
「あーうるさい! あと、自分で美少女言うな、そしてしれっと私を入れないで」
視界の右端で緑髪がぴょんぴょん跳ねているのを無視し、エルに話しかける。
「なんだ、その緑、お前のファンなのか?」
「いえ……まぁ、たまに会うとこれね。一応、この子の実力は本物よ。この子のあだ名は、狂僧侶【バーサークプリースト】、または銭ゲバ僧侶【マイザープリースト】のクラウディア……理由として、冒険での分け前は獲物を倒した分でキッチリ分ける。それでいてアタッカーとしても強力だから、ほとんど一人で倒しちゃうのよ。それで、周りは稼ぎがなくなるから、誰もパーティーを組みたがらないのね」
あまり本人の前で言うのもどうかという肩書をバラされたわけだが、クラウディアはへこむ様子ではなく、どちらかと言えば冗談みたいに頬を膨らませている。
「えー、エルさんもそういう感じじゃないですか」
「仮にパーティー組むならもう少し加減するし、そもそも私は一人でやってるじゃない」
女性二人がキャッキャ、いや一人が異様にテンションを上げているだけか、ともかく思いついた疑問を刺しはさむことにする。
「お墨付きの強さなら、エルみたいに一人でも大丈夫なんじゃないか?」
「いやーそれは、そのぉ……」
クラウディアの目があからさまに泳いでいる。先ほど銭ゲバとか狂戦士とか言われても狼狽えなかったことを考えると、一人では冒険に出れないとかいうやんごとなき理由は、自分でも弱点と思っているという事か。
それなら、ぜひ聞いてみたい――ここまでさんざ振り回されたのだから、弱みの一つでも握ってやりたい。そう思っているうちに、エルがあきれた表情でクラウディアを指さして口を開いた。
「この子はね、極度の方向音痴なの。だから、一人じゃ街の外に出られないのよ」
「あーやめて! 私の秘密を勝手にばらさないでくださーい!!」
顔を赤くして手をぶんぶん振っているクラウディアを無視し、俺はエルに確認を取る。
「成程、諸々はケチだからで、やんごとなきは方向音痴、そういうことだな?」
「そういうことね」
二人で頷き合っていると、緑髪があうぅ、と少しへこんでいるのが見えた。振り回された分、胸がすく気持ちと、流石に意地悪だったかという反省が同時に起こり、ひとまずはフォローでもないが、話をまとめることにする。
「まぁつまり、地図が読めて方向感覚さえある人と組めれば、あとは全部自分がやるから、それで暇そうならば誰でもいいと、そういう事だった訳だな?」
「うーん、まぁ端的に言えばそうなのですが……でも、アランさんはちょっと特別なんですよ?」
「いや、さっきこんなの扱いしたよな?」
「いやぁははは、それはなんというか、その場のノリってやつですよ、ライブ感ってやつです」
すっとぼけた表情で笑って後、クラウディアはすっ、と真面目な表情になる。
「実は私、大聖堂で寝泊まりしているんです。ジャンヌさんとは知らない仲でないので……アランさん、今日大聖堂に来てたらしいじゃないですか? それで、ジャンヌさんに頼まれたんです。もし良かったら、アランさんと一緒に冒険に行ってみてやってくれないかって」
「えーっと……それじゃあジャンヌさんに頼まれて仕方なく、か?」
お情けでパーティーを組まれる、それはもちろんプライドは傷つく。できれば先ほど少し思ったよう、こちらの何かが買われての提案だと嬉しかったのだが――ただ、現状ではどこにも目がないし、お情けでも頂戴するのも仕方なしか。
しかし、その予想には反し、クラウディアは静かに首を横に振った。
「いえ、そうでなくても、興味はありました。ソフィア准将やエルさんと懇意にしてるみたいだし、どんな人なのかなぁと」
「ほう、それで感想は?」
「変な人です」
お前のほうがよっぽどだ、と言い返したかったが、エルも横で「確かに」と首を縦に振っているので言い返す気力も削がれた。
「……でも、悪い感じはしません。なので、とりあえずアランさんが良ければ、ひとまず一回ご一緒できれば、と思います」
「あ、あのなぁ。パーティーってのはもう少しこう、お互いの穴を埋め合ったりするもんだろう? 悪い感じがしない、くらいでいいのか?」
「いえいえ、ちゃんと私の欠点を補ってもらうつもりですし、アランさんの長所も活かしてもらうつもりです」
「欠点は方向音痴として、俺の長所って?」
「うーん、会話してて飽きなさそうって点ですかね」
「おい」
「ふふふ、半分は冗談です。ちょっと目先でやろうとしているお仕事が、魔族や魔獣の退治ではないんです。私、クリエイターも兼任しているので、ちょっと素材集めをしようと思っててですね。神聖魔法は魔力を消費するので、一日にそう何度も使えません。なので、むしろ不要な戦いは避けたいんですよ」
「成程、俺の索敵が役に立つと?」
「そういうことです」
自分のスキルが買われて誘われている。それなら普通に嬉しいことだ。クラウディアの実力自体はエルのお墨付きだし、不安もないだろう。
「そういうことなら……むしろ、俺からも頼むよ、クラウディア」
「……えぇっと、自分から誘っておいてなんですけど、報酬の確認はしたほうがいいですよ、アランさん」
「おっと、そうだな……どんくらいで考えてる?」
「今回のお仕事では、薬の原料を調達し、私が合成して教会に卸す予定です。金額としては一万ゴールドの報酬とのことで、用心棒兼合成の手間がある分、私のほうが多くもらうつもりです……アランさんの取り分は成果報酬で三千ゴールドでいかがです?」
ついでに、もし道中で魔族を倒した場合、倒した分だけ個々の取り高にするつもりです、と続いた。しかし、それでも最低三千ゴールド。それだけあれば、この前買った武具の分を相殺して余りある。貯蓄としても万全だろうし、取り分にも不公平は感じなかった。
「あぁ、それで問題ない。それこそ、全然ケチな感じはしないけどな?」
「あのですね、ケチは周りが勝手に呼んでるだけです。私は仕事に見合う金額を、きちんと分け合ってるだけなんですよ」
クラウディアは人差し指をピン、と立てながらつらつらと話し続けている。中々性格がエキセントリックなせいで周りから認められ辛いだけで、結構良い奴なのかもしれない。
そこで、ふと思い出した。今日、ジャンヌが言っていたこと。この街には、良くも悪くも有名な、ちょっと変わり者の三人の女の子がいると――しかも、クラウディアはジャンヌの知り合いと言っていた。ということは、クラウディアが最後の一人なのではないか。
こちらの勝手な推測だが、良い子との評に違わぬ笑顔で、クラウディアは手を差し出した。
「まぁその、依頼の内容次第では、今後は組んだり組まなかったり、とは思いますけど……よろしくお願いしますね、アラン君」
唐突にさん付けから君呼びに変わった。こちらがそれで固まっているということを理解したうえで、クラウディアの方も違和感を感じているようだった。
「えっ、アラン君、多分私と同い年くらいですよね? だから、折角組むことになった記念に、君付けでいいかなぁと」
「いやまぁ、記憶喪失なんで自分が何歳かは分からんが……ちなみに、クラウディアは何歳なんだ?」
「私のことは、クラウでいいですよ。クラウディアって長いですしね……私は十六歳です」
「うん、クラウ、多分それよりは確実に年上だと思うんだけどなぁ……」
東洋系の顔立ちは幼く見えるというし、そのせいかもしれない。
「うーん、でも言われてみれば確かに……見た目は若いんですけど、性格がちょっとオッサンですよね、アラン君」
「おい」
「でもまぁ、アラン君はアラン君でしっくりくるので、今日からアナタはアラン君です。嫌なら止めますけど」
「いや、そのままで問題ないよ。よろしく、クラウ」
「はい、改めまして、よろしくお願いしますね、アラン君」
お互い視線を合わせて頷く。全然パーティーを組めずにヤキモキしていたが、結果として良い子と組めてよかった。性格に難はあるが可愛いし。
などと考えていると、エルが席を立った。何なら少し不機嫌そうにも見える。しばらく蚊帳の外にしてしまっていたせいかもしれない。
「……話はまとまったみたいだし、私は退散しようかしら」
「いえいえ、待ってください。冗談抜きで、エルさんにも一緒に来てほしいです」
間髪入れずにクラウが止める。しかも、結構真面目な雰囲気だ。それを察したのか、エルも一旦は席に着いてくれた。
「私ですね、アラン君と組めたのなら、トラヴァ苔を取りに、ハイデル洞穴に行こうと思ってたんですよ」
「……はぁ!?」
クラウの横で、エルが飛び上がる。恐らく、エルは薬草に詳しいわけではないだろうから、ハイデル洞穴という場所の方に驚いたのだろう。
「エル、ハイデル洞穴って危険な場所なのか?」
「危険も何も……魔族の拠点の一つよ。正確に言えば、洞穴のあるハイデル渓谷が、だけれど。行けば、千の魔族は下らないでしょうね」
「あははー。だからアラン君の索敵が役に立つんじゃないですか」
クラウは他人事みたいにすっとぼけた笑いを浮かべている。本当なら、さっき俺との話をまとめる前に、魔族の拠点に行くつもりだ、は言うべきだっただろうとも思った。しかし、恐らく言ったらこちらが尻込みすると判断したのか、コイツは組むことが確定した後で出ししてきたのだろう。
とぼけた調子を切り替えて、クラウは一転、落ち着いた調子でエルに向き合う。
「とはいえ、数十体は相手にする想定で行くべきかなと。アラン君も多少心得はあるようですから戦力として換算してますし、そうでなくとも索敵しながらこっそり進めば私一人でも対処は可能だと思いますが、万が一もあります。なので、腕の立つ人があと一人ほしいのは確かです」
「あのねぇ……私はそもそも反対よ。別に、アナタの実力を疑っているわけではない。でも、アランだって駆け出しだし、最初からそんな危険な所に行かなくても……」
「それも一理ですが、ハイデル渓谷が魔族に占拠されたから、今レヴァルは薬草が不足しています。今回の案件を達成すれば、目先の物資難の解決にも繋がります。それに私達で全て殲滅しようって訳でもないですしね」
「うーん……まぁ、止めても行くんでしょうね」
「はい、まぁアラン君次第ではありますけど」
そこで、クラウがこちらを向いてウィンクしてきた。もちろん、エルの言っていることのほうが正論、自分みたいな駆け出しが行くべきではないのだろう。しかし、今回は自分のスキルが買われて少し気が大きくなっているのもあるし、何よりエルさえ居れば、根拠もないが行けそうな気はする。
だから、クラウには頷き返した。それを見て、エルは大きくため息をついた。きっと面倒見は良い彼女のことだ、行くと言ってきかないなら付いて来てくれるだろう。というか、クラウもそれを見越してこちらにパスしたに違いない。
「ふぅ……私の取り分は?」
「アラン君と一緒です。三千と、倒した魔族分で考えてます」
「安く見られてるのか、それとも公平と言うべきなのかしら?」
「それじゃあ!」
クラウが身を乗り出して抱きつきかれそうになると、エルは「くっつくな!」と叫びながら緑の前髪を抑えた。
「仕方ない、今回だけよ。アナタたち二人だけだと心配だからね」
「心配してくれるんですね! エルさん優しい!」
「ち、ちがっ……! アレよ! アナタたち二人だと、信用がないの!」
「信用がないのに着いて来てくれるなんて、余計に優しいですー」
「もう……着いて行くの、止めるわよ?」
言葉とは裏腹に、エルの表情は先ほどと比べて柔らかい。ツンケンしているが、根は結構人懐っこい奴なのかもしれない。そう思っていると、エルがこちらをジトっとした目で見つめてくる。
「……なにニヤニヤしてるの?」
「いやぁ、可愛いところもあるもんだと思ってさ」
「アナタまで……はぁ……」
エルはまた嘆息をついて後、クラウの頭を押しのけて席に戻した。
「それで、クラウディア」
「クラウって呼んでください」
「それじゃクラウ、出発はいつ?」
「えーっと、それなんですが……ハイデル渓谷って、どう行けば……?」
そういえばコイツ、ド級の方向音痴だったか。距離とかで出発する時間も変わりますよね、とクラウはクラウで肝心なところでボケボケだった。その後、エルが大きなため息をつきながら地図を出し、行程の予定などを仕切り出したのも言うまでもない。