B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
禁止少女と朗らか少女
青い空、白い雲、風に揺れる草に、どこまでも続く地平線――そして、頬を膨らませる碧眼金髪の少女。
「……禁止だよ!!」
そして開口一言、いつぞやの船上と同じく禁止されてしまった。
ゲンブたちの襲撃の後、数日してヘカトグラムの修理が完了し、ガングヘイムを経てエルフたちの住まう南大陸の更に奥地を目指すことになった。ウアル山脈を抜けるまでは鉄道で移動させてもらえたが、それ以降は残念ながら徒歩での移動になる――山脈を抜けても高所の整備されていない道が続くので、車での走破が難しいとのことで、歩かざるを得ない形だ。
ともかく、禁止をしてくるソフィアを説得するための方便を考えなければ。変身は一度使って違和感もなかったし、折角ダンが作ってくれたものという感謝の意味合いも込めて、なんとかソフィアから使用許可をいただきたいのが本音だ。
「えぇっとだな……前と違って反動は無くなって……」
「でも、その変身って身体の皮膚や筋肉の構造を変えてしてるんだよね? それは後々後遺症が怖そうだし……それに、あんな大きな火柱を上げるようなエネルギーをその身にため込むのも相当危険だよ!」
危険は男の香水だぜ、とか返そうと思ったがやめておいた。ソフィアの言い分も間違いではなく、変身そのものは自分の体を酷使しているのであり、安全と言い切れるものでもないのは事実だからだ。もちろん、有事の際には出し惜しむ気はない。ADAMs単品で危険なのだから今更だし、出し惜しんでこの子たちを危険に晒すのなら手を抜く道理もない。
とはいえ、我らの准将殿はこうなるとしばらくぷりぷりしているのが通例なので、こうなったら一旦は下手な刺激はしないほうが良いだろう――そう思って適当に返そうと思っていたところで、恐らく険悪なムードと勘違いしたのだろう、ナナコがぴょんぴょんと髪を跳ねさせながら自分とソフィアの間に入った。
「まぁまぁソフィア! 私はその、アダムス? とかういうのは良く分からないけど、アランさんだってきっと良かれと思って……」
どうどう、といさめるように手を出すナナコは、ガングヘイムを出る時に着替えをした。要注意人物ではあるものの、ひとまずいつまでも拘束衣では動きにくいだろうということで――以前の黒いフリフリは本人のお気に召さなかったらしく、袖をまくったジャケットにホットパンツという快活な感じの服装に変わっている。太ももまで垂れていた長い髪も、動きやすさを重視したのか後頭部でまとめられ、今はポニーテールになっていた。
更には、長旅のための巨大な荷物を詰め込んだ大きなリュックサックを背負ってくれている。その華奢な身体には合わないほどの質量を「私力持ちですから!」の一言で片づけて、実際に涼しい顔をして歩いているのだが――まぁ、あの巨大な大剣を軽く振り回していたのだから、ナナコが力持ちなこと自体は嘘ではないのだろうが、大の大人の自分だって一人で持って移動するのは厳しい容量を軽々と持っているのだから、単純な力持ちと片づけるには違和感がある。
ともかく、ナナコに諫められた我らが准将は、目線も合わせずに口元を尖らせた。
「ナナコは黙っていて」
「は、はひ……しゅーん……」
言葉通りにしゅん、としてしまったナナコを尻目に、ソフィアは少し気まずげにため息を一つ、改めて自分の方へと向き直った。
「……ともかく、禁止は言いすぎだとしても、変身を安易にしちゃだめだよ?」
ソフィアはそれだけ言い残し、一人でずいずいと道を進んでいってしまう。あまり一人で先に行かせるのも危なくはあるのだが、この辺りは見晴らしもいいし、多少自分が気を張っておけば襲撃も問題ない。それより、少々ぷりぷりして気まずくなってしまったのだろうから、ひとまずソフィアの先行は止めずにおくことにした。
どちらかと言えば、自分の横で意気消沈中のナナコのフォローをするべきか――見ると、案の定ナナコは肩を大きく落としている。
「……アランさん、私ってどうしてソフィアに嫌われてるんでしょうか? 記憶を失う前に、何か酷いことをしてしまったとか……?」
「えぇっと、そうだなぁ……俺が知ってる範囲だと、まずセブンスと名乗っていた少女はソフィアの持っている杖を斬って」
「え?」
「次に、後ろから張り倒して」
「えぇ!?」
「最後に、首の後ろに剣を押し付けて、俺に対して無駄な抵抗は止めろって脅してきたくらいかな?」
「えぇぇええええ!? な、なにやってるんですか記憶喪失前の私は!? 恨まれて当然ですよそんなの!?」
「そうか?」
「そうですよ!? というか、私アランさんのことを脅したんですか!?」
「俺はそんな気にしてないぞ? あの時はこのクソガキが……くらいには思ったが」
「そ、そうなんですか……アランさんは寛容というか、乱暴というか……」
「それは褒めてるのかなぁ、貶してるのかなぁ?」
「ほ、褒めてます褒めてます!」
ナナコは慌てるように両手をぶんぶんと振り、引きつった笑みを浮かべている。付き合いはまだまだ長くないが、ナナコはリアクションが大きくてついついからかいたくなってしまう――そして自分と同じなのか、クラウがナナコの後ろからイイ笑顔を浮かべていた。
「ちなみに、私は首を殴打されて気絶させられました!」
「ひ、ひぃぃ……その、クラウさんごめんなさい! というか、皆さんごめんなさーい!」
草原の真ん中で、ナナコは天を仰ぐように叫びだした。首を殴打されてもあまり気にしている様子もないので、クラウも大概寛容である。しかし、少々からかいすぎたか――と反省していると、ちょうど我らが良心、レイブンソードさんがクラウの頭に優しくチョップを入れているのが見えた。
「クラウ、あんまりからかわないの……それにアランも」
「はーい」
「反省してまーす」
まぁ、自分たちとしてはナナコから見たかった以上の反応が見れたわけだし、今度はエルからも面白い反応が欲しい。そんな欲張りを知らないで、エルは予想通りに眉間をつまみながら大きくため息をついた。
「はぁ……まぁ、馬鹿二人は置いておいて。私もアナタには思うところがあるのを否定しないわ、ナナコ」
「おい、馬鹿とはなんだ」
「そうですよそうですよ! 馬鹿はアラン君だけで十分です!」
「黙りなさい、二人とも」
場を和ませようと喚いていた自分とクラウにぴしゃり、と言い放ち、エルはやや硬い表情をナナコの方へと向ける。
「え、えと……エルさん?」
「アナタは記憶を失っているだけだから、また私たちと敵対しないとも限らないわ……そう思っているのはソフィアも同じなはず。だから、ソフィアはナナコが記憶を失う前にやったことを恨んでいるというより、警戒してるんだと思う」
「警戒、ですか……でも、分からないんです。私がなんで、アランさんたちと敵対していたのか……」
「えぇ、でしょうね。アナタの元々の目的や本心が分からない以上、私たちはアナタを警戒し続けなければならないわ……厳しいようだけれどね」
「いえ、それは仕方ないと思います。エルさん、気にしないでください!」
ナナコは朗らかな表情で言い放った。そこには含みは一切ないように見える。先ほど、ナナコは俺のことを寛容と評したが、流石にこの子には負ける。記憶もない中で疑惑の視線を向けられるなど、かなりの不安もあるだろう――自分もそうだったから。
しかし、ナナコの場合は自分よりも遥かに状況が悪いと言っていい。まず、単純に自分より幼いであろうこと。この世界には様々な種族がおり、クローンやアンドロイドなども跋扈《ばっこ》しているのだから、見た目の年齢などは当てにならない部分もあるが――それでも情緒や挙動的に、ソフィアと近い年齢である可能性は高いように思う。
また、自分たちとの出会い方も良くなかった。自分はエルに刃を突きつけられ、牢屋に入れられたが、言ってしまえばそれだけで、結局は不審者という枠で収まった。一方、ナナコは明確に自分たちの敵として出会ったのであり――とくにソフィアに関しては、恩師の一人であるウイルド学長の仇でもあるのだから、その心中としては複雑だろう。
何より、ナナコの記憶喪失は筋金入りで、自分のように前世的な知識などは持ち合わせていないようだった。物を見れば名詞や用途を思い出せるし、言語的な問題はないのだが――自身がどこから来たか分からない以上、自分以上にアイデンティティの揺らぎは大きいはずである。
それでも気丈に振舞い、明るく元気なナナコには、自分としては結構好感を抱いていた。生来持っている性格がマイペースというか、天然気味なだけかもしれないが――なんなら、同じ記憶喪失なのだから、妙なシンパシーを感じるほどだ。
今の彼女を見ていると、初めて見た時の冷たい印象が嘘かのようで、ダンが言っていたようにサークレットで情緒や記憶をコントロールされていたという方が頷ける。そうなれば、悪いのは子供を操って手ごまにしていたゲンブたちだろう。もちろん、被害の甚大さを考えればナナコ自身の罪を完全に帳消しには出来ないかもしれないが――。
「……うん。それならやっぱり謝らないと」
自分が色々と考えている傍らで、ナナコは作った両手の握りこぶしを眺めながら小さく呟いた。それに対し、エルは瞳を閉じ――しかし微笑を浮かべている。
「……また敵対するとも限らないのに?」
「はい、もしそうだとしても、です。私が酷いことをしたのは事実ですし、それに……今、アランさんたちのことを良い人たちだって思ってるのも、嘘じゃないですから」
エルに返答し、小さく「よし!」と呟いて後、リュックサックの上から垂れ下がるポニーテールを揺らしながら、ナナコは先行するソフィアの背後まで小走りで移動していく。
「あの、ソフィア……ごめんなさい!!」
少し離れていても聞こえるナナコの大きな声がサバンナに響き渡る。ソフィアは振り向きざまに驚いた表情を浮かべたが、すぐに氷の表情に切り替わった。
「……何が?」
「えと、だから、記憶を失う前の私が、酷いことしちゃって……」
「ふぅ……別に、気にしてないよ」
「ほ、ほんと?」
「うん、そのことはね。記憶喪失により理非善悪を弁識する能力ないとすれば、今のアナタに責任能力がないということになるから、責めるのはお門違いだもの」
「り、りひ……?」
難語にナナコは翻弄されているようだが、対するソフィアも「気にしていない」という雰囲気ではない。それだけはナナコにも分かっているのだろう、何とか会話の糸口を見つけようと必死に頭を悩ませている様子だ。
「え、えっとぉ、それじゃあ別のこと……あ、私が記憶を取り戻したら、また戦うのかって警戒してる?」
「うん、それはそう……でも、次も私が勝つから、警戒はしてても気にはしてないかな」
「あ、あははぁ……」
「用はそれだけ?」
「あ、えーっと……はひ……」
遠目に二人の会話を聞いていても、ソフィアには全く取り付く島もないという調子だ。次第にナナコは意気消沈していき、とぼとぼと肩を落としながら――荷物のせいで余計に肩が下がっているように見える――こちらへ戻ってくる。
「……ダメでしたぁ!!」
「いやぁ、ダメだったなぁ」
涙目を浮かべるナナコに対して、どうフォローしたものかと悩んでいるうちに、ふとクラウが横に並んできた。
「……私は、ソフィアちゃんがなんで不機嫌なのか分かりますけどね」
「なんだ、それならナナコに教えてやってくれよ……というか、気になるから俺も聞いておきたいんだが」
「それはダメです。とくにナナコちゃんにはギリギリ言えても、アラン君には絶対に言えません」
「えぇ……そんな風に言われたら余計に気になるが……」
自分の純粋な疑問に対し、クラウがやれやれ、といった調子で肩をすくめる。
「まーったく、アラン君なんですから……ともかく、私がナナコちゃんのフォローをしておきますから、アラン君はソフィアちゃんに声をかけたほうが良いと思いますよ?」
「でも、さっき絶賛禁止されたばっかりなんだが……」
「でももへちまもありません! いいから、ソフィアちゃんに声をかけてきなさい!」
「へ、へい!」
言われるがまま、ソフィアの方へと向かうべく前方を見ると、何やら少女はずっとこちらを見ていたようで――相変わらず頬を膨らませながら睨んできているようだった。確かに、これは何かしらフォローが必要かもしれない、そう思って小走りに少女の元へと駆けつけると、肝心のソフィアはぷい、と反対を向いてしまった。
「えっと、ソフィア?」
「……何?」
「えぇっと……良い天気だな」
「そうだね」
「うん……」
「……それだけ?」
凄い。取り付く島もない。なんならこんなソフィアを見たのは初めてかもしれない――少しの間はなんとか間をもたせようとか、会話をしようとうんうん唸って見たが、結局いい感じの答えが出て来ずに、自分もナナコと同じように「えぇっと……はい……」としか返事を出来なかった。
「……ダメでしたぁ!!」
「いやぁダメでしたねぇ……」
肩に重いものを感じながら元の場所に戻ると、ナナコは苦笑いを浮かべながら自分を迎え入れてくれた。対するクラウは「はぁ……これはしばらく何やってもだめですかね……」と大きくため息をついていた。