B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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漆黒の闇vs原初の虎

 ガングヘイムを経って数日、南大陸の中央に位置する巨大な湖にたどり着いた。この湖は南大陸の中心に当たり、そこから血管のように流れる川の源泉にあたるらしい。本来は南大陸における勇者の巡礼は、川を昇ってここから南西に降ってエルフの住む世界樹を訪れた後、ここに戻ってドワーフの住むガングヘイムに至るのが一般的らしい。つまり、自分たちはその逆の旅程になったわけだ。

 

 湖は人間世界の最後の砦であるらしく、湖面の周囲にはまばらに人家や村、農地が存在している。自分たちは舟に乗って湖の西端まで抜け、物資を補給してから更に南西を目指し高地を降り始めた。

 

 さて、ここ数日の少女たちの様子を見ていて思ったこととして、エルやクラウは結構ナナコと打ち解けている印象だった。とくにクラウは面倒見が良いお陰もあるのか、また子供の相手がなれているのもあるのか、明るいナナコとは相性も悪く無いようだ。

 

 一方、やはりソフィアがナナコとの距離感を掴み切れていないように見える。もちろん、ナナコは元々敵であるのだし、そもそもエルフに診てもらうという体で護送している訳だから、わざわざ仲良くすることもないということは理解できる。

 

 それに、先日思った通り、二人の出会い方は良くなかったのだから、ソフィアがナナコを好まない理由は十二分に納得できる部分もあるのだが――。

 

「……アランさん? 大丈夫ですか?」

「……んあ?」

「メッチャ口が開いていましたよ!」

 

 こちらの間抜け面が面白かったのだろう、下から覗き込むナナコは、こちらの口を指し示しながら朗らかに笑った。

 

「うん、まぁちょっと考え事をだな……」

「なるほどなるほど……まぁ、暇ですもんね、私たち」

「そうだなぁ……」

 

 そう言いながら、ナナコと共に前方で魔獣をちぎっては投げる少女達の方を見つめる。この道中でも何度か魔獣の襲撃には会っており、最初こそ守られるだけの状態にナナコも申し訳なさそうにしていたが、もはや慣れてきたのだろう、日常の一部と言わんばかりの様子でナナコもソフィアたちに戦闘を任せているようだった。

 

「……ホントの所は、私ももう少し皆さんの役に立ちたいんですけど」

「うーん、荷物を持ってもらってるだけでも大分ありがたいし……俺も持つぞ?」

 

 というか、そもそもこう平坦な道のりで――いや、化け物に襲われているのに平坦もないはずなのだが、平坦としてしまう少女たちが居るので平坦な道のりになってしまっている訳で――ともかく、荷物持ちというアイデンティティをナナコに奪われてしまったら、最近は自分の存在価値が危ういと感じていた。

 

 とくに、最後の補給でこの前よりも荷物が増えているのだから――そう思って手を銀髪の少女の方へと伸ばすが、自分の善意はそれ以上の善意に覆われた笑顔によって拒まれた。

 

「いいんですいいんです! これくらい、軽いもんですから!!」

「そ、そうか……?」

「そうですそうです! それで、アランさんは何をあんぐりと考えていらっしゃったので?」

「そうだなぁ……ソフィアのことかな」

 

 自分がその名を呼ぶと、ナナコもソフィアの方を見ているようで――レバーを軸に杖を振り回しながら、大型の魔獣を殲滅しているその姿は、勇ましくもありつつどこか危うげにも映る。

 

「……やっぱり、私のせいでしょうか?」

 

 ナナコもソフィアの表情に感じるところがあったのだろう、しゅんとして泣きそうに俯いている。

 

「いいや、ナナコの件を抜きにしても、なんだか張り詰めているようにも見えるな……まぁ、その一端はナナコなんだろうが」

「ずーん……」

「うーん、これはあくまで俺の勘で、あんまり当てにはならないかもしれないが……ソフィアはナナコを嫌ってるというより、接し方が分からないんだと思うぞ」

「……ほへ? それはどういうことです?」

「まぁ、細かいことはあんまり他人が言うべきじゃないから控えるが……あの歳で学院の教授職と最前線で司令官をやってたんだ。自然と大人との付き合い方は分かっても……」

「なるほど! 同世代との接し方が分からないんですね!?」

 

 ナナコは右の拳を左の掌に当ててポン、と気持ちのいい音を響かせた。自分が嫌われている訳ではないと分かって安心したのか、先ほどの涙目が嘘のように眼を輝かせている。

 

「それでまぁ、これも俺の個人的な願望で、それを二人に押し付けるのも違うのかもしれないが……」

「はい、大丈夫です分かってます! 任せてくださいよアランさん!!」

「いや、本当に大丈夫か?」

「はい! 私がソフィアの友だちになればいいんですよね!?」

「うーん、まぁ色々過程はすっ飛ばし気味だけど、概ね言いたいことはその通りかな」

 

 実際の所、なんとなくだが、ソフィアはナナコには興味を持っているようには感じるのだ。今までの二人の関係を考えると、我らが准将殿の感情は複雑と推察はできるが――しかし同世代で、今は記憶喪失とは言えども自分と張り合うだけの才覚のある少女であるのだから、ソフィアにとってナナコは無視できない存在なことは間違いないはず。

 

 類まれなる才覚を持つ者同士で近い視座を持てるのなら、きっともう少し打ち解ければ、ナナコはソフィアの良い話し相手になってくれるような気もするのだ。本当に最悪のことを考えれば再び敵対する可能性がある以上、歩み寄らないほうが良いのかもしれないが――少なくとも、ソフィアの同世代との接し方の練習にはなるのではないか。

 

 そうでなくとも、ナナコは既にやる気満々だ。気持ちが身体に現れるタイプなのか、重い荷物にもびくともしないで、両腕を元気に振りながらスクワットをしている。

 

「よぉし、そうと決まれば戦闘が終わったら声をかけて……!」

「ちょい待ち。単純に声をかけても、またダメでしたーってなるだろ? なんかこう、我らが准将殿の氷の壁を崩す方法を考えたほうが良いだろうな」

「確かに!! 氷の壁を壊す方法……うーん……」

 

 こういうことは、クラウに相談したほうが良いかもしれない。クラウはパーティー全体をよく見ているし、盛り上げるのも得意だから、良い案を出してくれそうな気も――などと思っているうちに、今度は両の掌を叩いてポンという音を響かせ、ナナコはキラキラと輝く茶色の瞳をこちらへと向けてきた。

 

「そうだ! 皆さんの分のお料理を私が作るとか!」

「いや、何が一体全体どうすればそういう極致にたどり着くんだ?」

「いえ、そもそもお世話になっている皆さんへの恩返しもしたいですし……私が貢献できることが出来たら、ソフィアと話すきっかけにもなるかなと思いまして!」

「まぁ、それ自体は良い考え方だとは思うが……ただ、料理は出来るのか?」

「分かりません! 記憶喪失ですから!」

「分からないのにそう自信満々に言われてもなぁ」

「でも、出来ると思うんですよねぇ……なんとなく、作って誰かに振舞っていたような気がするんです」

 

 なるほど、自分を見ていた周りの気持ちはこういうものだったのかと納得する。分からないけど出来る気がする、ほど胡散臭い事も無い。一方で、実際に身体が覚えていれば結構できてしまうのは理解できるし、実際に振舞っていたというのならそう変な物も出てこないだろう。

 

「まぁ、いける気がするならいけるかもしれないな。試してみてもいいんじゃないか?」

「はい! いけると思います! あ、クラウさーん! 今日のお昼は私が作ります!! ソフィアとエルさんもお疲れ様でーす!!」

 

 話している間にちょうど戦闘が終わり、ナナコは小走りにクラウたちの方へと向かっていった。

 

 戦闘が終わって少し移動し、昼の休憩を取ることになった。恐らくナナコの自発的な行動を肯定してくれたのだろう、クラウはナナコが料理をすることを歓迎してくれた。とは言っても一人でやらせるわけではなく、ひとまずは一緒に料理をしてみて、問題なければ次からも――という形にはなったのだが。

 

 ともかく、自分は少し歩哨として、通過中の渓谷の近隣を調査してまわった。湖を発つときに聞いた話によると、この辺りは山賊こそ出ないものの、魔獣のほかに魔族も出るのだとか――暗黒大陸のように強力な個体は居ないらしいが、それでも警戒するに越したことは無いし、休憩中に襲われたくはないので、先立って偵察する形だ。

 

 周囲に魔族の気配も魔獣の気配も無いのを確認し終えてキャンプ地に戻ってくると、ナナコが鼻歌を歌いながら鍋を回しているのが見えた。恐らくソフィアにやらせたように、包丁などの扱いはクラウの方でやって、あとは煮るだけ、というのを任せたのかもしれない――そんな風に推測していると、ナナコがこちらに気付いて笑顔になり、大きく手を振って迎え入れてくれた。

 

「アランさん! おかえりなさい!」

「あぁ、ナナコもお疲れ……!?」

 

 ナナコの、もとい鍋のそばに近づいた時に、その異変に気付いた――いや、もっと早く気付くべきだったのかもしれない。何故これほどの脅威に自分のセンサーがもっと早く反応しなかったのか、ある意味では不思議だった。

 

 端的に言えば異臭がする。焦げたような臭いではないが、色々と混ぜあったような臭い、混沌とした、無秩序の香り――こんな臭いがしていれば他の者も気付きそうなものだが、恐らく風向きの影響か、奥にいる少女たちはこの異常事態に気付いていないようだった。

 

 そして、恐る恐る鍋の中を覗き込む。すると――。

 

『ほぅ……前衛的な色のスープだな』

『……あぁ、違いない』

 

 脳内から響く男の声に、思わず同意してしまった。そこには、混沌の香りに似つかわしい漆黒が広がっている――というか、べスターの声が聞こえるということは、これは生命の危機だ。これを食べるのは危険だと、俺の本能がそう告げているのだ。

 

「えぇっと、ナナコさん? これはどういうことでしょうか?」

「はい?」

 

 目の前の危機に対して思わず敬語になってしまいつつ、少女が錬成している小宇宙を指さす。しかし、こちらの意図が伝わらなかったらしい、ナナコは可愛らしくきょとんとしながら小首を傾げるだけだった。

 

「いや、どうすればこう、黒い色のスープが出来上がるのかなぁと?」

「あ、それはですね! クラウさんに調味料の種類や量も指定されてたんですけど、お醤油やお味噌が無いですし、ちょっと味にパンチに欠けそうかな? と思いまして」

「パンチに欠ける」

「はい! それで、とりあえず荷物にあった調味料や美味しそうな具材を色々と足してみまして!」

「色々と足してみまして」

「そうです! 美味しいものをかけ合わせれば、きっとおいしいはずですから!」

「きっと、きっとねぇ……」

 

 繰り出されるナナコワードをイマイチ理解できないので、こちらとしてはオウム返しをするしかなかった。自分と少女の間にさわやかな一陣の風が吹き――異臭がまた鼻をつくだけだが――何故だか急にナナコは少し悪戯な表情を浮かべ、左手の指を顎に添えた。

 

「ははぁ……さてはアランさん、お腹が空いてますね?」

「いや、さっきまで空いてたんだがな?」

「遠慮しないでください! ささ、ここはこっそりと……」

 

 ナナコはお玉で暗黒をすくい、名状しがたい何かを取り皿に移して、最高の笑顔をこちらに向けてきた。

 

「はい! つまみ食いしちゃっていいですよ!」

「そういう君は人の話を聞かないね?」

 

 善意百パーセントなのは分かるし――いや、もしかすると記憶喪失は嘘で、こちらを亡き者にしようとしているのかもしれないが――いやいや、それならもう少し寝首を掻くとかやりようはあるはずだ――ともかくこの子は、割と「分かってます!」という顔をするが、全然わかってないことが多い。

 

 まぁ、そもそも分別がきちんとついているのならクラウのいう通りに味付けをしただろうし、暗黒が出来た時点でもう少し危機感を持つと思うので、よく言えばド天然なのだろう――いや、天然という言葉は本来フォローになるかも分からないが、ともかくナナコは悪意なく自分を押し通しちゃうタイプ、それは良く分かった。

 

 ともかく、頑丈な自分はさておき、これを他の子たちに食べさせるのはいろんな意味でマズそうだ。そう思って、差し出されている受け皿を取る代わりに、掌を向けて制止するポーズを取る。

 

「あの、気持ちはありがたいんだがな。ちょっとクラウと……」

「……食べてくれないんですか?」

「ぬぐっ……」

 

 相談してくる、と言う前に、うるんだ眼を向けられてしまい、思わず自分の口から変な声が漏れる。可愛い女の子に悲しい顔をされると弱い、それは男の子ならみんなそうなのではないか?

 

 そもそも、ナナコはみんなと、ソフィアと打ち解けるため、自分なりに頑張っているのだ。それを否定するのは可哀そう――いや、周囲にゲテモノ食わせて余計に顰蹙《ひんしゅく》を買うくらいなら、止めるのはある種の優しさなのかもしれないが――ともかく、自分が実験台になるくらいはしてもいいのかもしれない。

 

 そうだ、これだって、臭いと色がヤバいだけで、味は意外といけるかもしれない。あくまでも嗅覚と視覚をやられているだけで、味覚までやられるとは限らないじゃないか――そう思い、差し出され続けている受け皿をおっかなびっくりに手に取った。

 

『おいやめろアラン、死ぬ気か……!?』

 

 心の友が自分の行動を必死の声で制止してくる。なんなら過去一で語気が強い。お前はもっと物理的に危険な時に俺の身を心配してくれよ――そう思いながら取り皿に注がれた漆黒を、震える手で口に近づけた。

 

『ふっ……あのなべスター。男の子にはな……危険と分かっていても突き進まなきゃいけない時があるんだ!!』

 

 ままよ、そう心の中で叫んで暗黒物質を口の中に流し込む――しかし、覚悟して口に含んだわりに、結果は意外だった。味はしなかったし、臭いも気にならない。なんだか拍子抜けしてナナコの方を見ると、微笑を浮かべながらこちらを見上げていた。

 

「……どうですか? 美味しいですか?」

「えぇっと、そうだな……不思議と味がしな……い……」

 

 そう言いかけた瞬間、唐突に身体がいうことをきかなくなってしまった。次いで、視界が急転して一気に真っ暗になった。恐らく、その場に崩れ落ちて倒れてしまい、目の前が地面なのだ――そして急激に襲ってくる形容しがたい舌の痺れと猛烈な臭い。

 

『……これはある種、事故後などに見られる現象と同一のものだな。味覚と嗅覚に対する強烈な刺激に、一瞬身体が麻痺状態を起こしていたのに対し、油断した瞬間に感覚が戻ってきたと』

『な、なるほど……?』

 

 べスターから冷静な解説が入り、意識が途切れるギリギリで相槌を打つ。

 

「……あれ? アランさん……? アランさーん!? あ、あの、クラウさ……回復魔法……」

 

 遠ざかる意識の中で、ナナコの慌てふためく声が聞こえ――それも段々と聞こえなくなくなってしまったのだった。

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