B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「はぁ……申し訳ないです……」
誰に言うわけでもなく、一人そうごちる――申し訳なさから声に出さないと、より大きい罪悪感に押しつぶされてしまいそうだったから。
アランが自分の料理を食べて倒れてしまったが、ともかく単純に気絶しただけのようで、クラウの見立てによれば命に別状はなさそうということだった。というか、自分の作った料理に対して命に別状という言葉が出るのも大変にアレなのだが、ともかく最悪の事態は免れた。
とはいえ、クラウからはこっぴどく怒られた。レシピは守るモノじゃなくて守られるモノなんだとか、調味料が一気に減ってしんどいだとか、作ったものがもったいないとか色々言われた気もするが、あまり頭には入ってこなかった。
もちろん、歩み寄ろうとしていたソフィアからは余計に白い目で見られるようになる始末。むしろ、記憶喪失のふりをしてこちらの命を狙ってるんじゃないかと訝しまられたが、流石にこれは単純にメシマズなだけとクラウがフォローなのだかフォローでないのか良く分からない仲裁をしてくれたので事なきを得たのだが――ともかく信用を得るどころか皆からの信用を一層失ってしまったのも確かだった。
「……まぁ、このドス黒いのを見て食べる方も食べる方よね」
と謎のフォローをしてくれたエルは、現在は側にいない。アランがなかなか起きないので今日の移動は止めて、ここをキャンプ地にするのに薪集めなどの準備をエルとクラウの二人でしているためだ。
もちろん、自分も手伝いたいとは申し出たモノの、流石に昨日の今日というか、さっきの今では信用を得ることも出来ず、ともかく大人しくしているようにと言いつけられ、体育座りをしながら大人しくしていることしか出来なかった。
ちら、とソフィアの方を見ると、魔術杖を傍らに置き、倒れるアランの側から片時も離れようともしない。じっと彼の顔を覗き込んでいて――時おりこちらを盗み見ているのは視線で気付いているが、こちらから見ている時には全く目を合わせてくれなかった。
本来なら声をかけて色々とお喋りをしたいのに、流石に自分のせいで皆に迷惑をかけてしまった手前、なかなか声をかける勇気も出ない。元々アイスブレイクのために作った料理が鉄のカーテンをより強固にしてしまったことを思うと、何ともやるせない気持ちになる。
何より、気絶するほどマズいものをアランに食べさせてしまったことが一番申し訳ない。同時に、気絶するほどのものを作ってしまったことが空恐ろしくもあり――なんとなく誰かに料理を振舞っていたのは事実だと思うのだが、きっとその振舞われていた相手も苦しんでいたのだと思うと、なんだかもう――。
「……はぁ、申し訳ないです……」
結局思考が一回りしてきて、同じことを言ってしまった。ふと膝から額を離して空を見上げれば、そこにあるのは自分の心を写したような曇り空がある。いっそ、涙のように雨でも降ったら――いや、それは困るな、野営をするのに雨は悪条件だ。
「……ナナコ」
「……ひゃい!?」
急に名前を呼ばれたのでビックリして、肩が大きく跳ね上がってしまう。ともかく、折角声をかけてもらえたのだからすぐに返事をしないと――そう思ってソフィアの方を見ると、少女は物憂げに曇り空を見上げていた。
「は、はい! なんでしょう!?」
「雨が降ってきたら困るから、テントを張りたいんだけど……手伝ってもらえる?」
「お、お任せください!!」
声を掛けられた緊張に思わず敬語になってしまうが――仕事を振られたことが嬉しくもあり、ともかくリュックの上に縛り付けているテント一式を取り、ソフィアの方へと小走りで移動した。
しばらくの間は無言でテントを設営する。この辺りは虫が出るし、雨も多いのでテントは必須だ。前日まではアランとエルが設営してくれていたのだが、今度ばかりは自分にもできる気がする――その勘通り、身体が覚えてくれているのだろう、手順を頭の中で反芻しなくとも勝手に手が動いてくれた。
「……てきぱきと動くね」
ふと、ソフィアの声が聞こえてくる。そちらを振り向いてもソフィアはすぐに眼を逸らしてしまうが、やはりチラチラとこちらのことを見てくれているようだ。
「えへへ、そうかな?」
「うん。これなら任せても大丈夫そう」
「うん! それなら任せて!」
「……でも、さっきも致命的な失敗をしてたから、やっぱり目は離せないかな」
「がーん……まぁ、そうだよね……」
「それに、二人でやった方が早いから……アランさんに濡れてほしくないし」
それだけ言って、ソフィアは手元に視線を戻して作業に戻る。
「……ねぇ、ソフィア。繰り返しだけど、色々とごめんね」
「ふぅ……だから、やられたことはそんなに気にしてないよ。これは嘘偽りない本心……もちろん、まったく根に持ってないって言ったら嘘になるけど、そんなことは重要じゃないんだ」
ソフィアの声色は、静かだが芯の通ったもので、彼女のいう通りに嘘偽りないモノに感じられた。ただ、そうなれば腑に落ちない――もちろん、記憶喪失の自分が怪しいのは全くもって納得できるのだが、彼女が記憶喪失前の自分にやられたことを気にしていないのが真だというのなら、逆にここまで警戒されるのは納得できないからだ。
残念ながらここ数日の間で、自分の頭はそんなによろしくないのは自覚済みだ。だから、少ない材料でこの美しい少女の本心を察せる能力は自分にない。それなら、聞いてみるしかない――デリカシーがない様な気もするし、踏み込むのに少し勇気もいるが、思い切って聞いてみることにする。
「そっかぁ……でも、それじゃあどうして私のことを避けるの?」
「……アナタの瞳を見ていられないの」
「……え?」
全く予想もしていなかった返答に呆気にとられ、思わず間の抜けた返事をしてしまう。対するソフィアは、伏し目がちにこちらを見て――次第に顔を上げ、真っすぐに綺麗な碧眼でこちらを見据えてきた。
「その、ダークブラウンの瞳……アランさんと同じ色」
そこまで言って再び視線を落とし、ソフィアは眠る青年の頬を撫でる。
「同じ記憶喪失で、同じように人が良くて……なんだか、二人は似ているの。私より、アナタの方がずっとこの人に近い様な気がして……」
金髪の少女はしばらく青年を撫で続け――なんだか、その所作が艶っぽくて目が離せない。じっと見入っていると、ふいにまたソフィアが顔を上げてこちらを見てきた。
「ねぇナナコ、アナタはどこから来たの?」
「それは……」
「分からないよね。それは私も理解している……でも、根拠は無いけれど、アナタとアランさんの故郷はきっと一緒なんだと思う……それがどうしても羨ましくて、妬ましくて……」
そこで言葉を切って、ソフィアはまた視線を落としてしまう。
「だから、私がアナタを避けていることに関しては、別にアナタに落ち度がある訳じゃない。どちらかと言えば私が勝手にアナタをやっかんでるだけ。そして、多分簡単にはこの気持ちは晴れないから……出来ることはお互いに距離を取ることだけだと思う」
「そんな……」
ソフィアは声も表情も穏かで――しかし、まだ明確な怒気がある方がマシなように思われた。怒っているのなら感情の昂りさえ落ち着けばどうにかなりそうなものだが、こう落ち着いて言われてしまうと、もはやどう取り繕うことも出来なさそうと思えて来てしまうからだ。
しかし突然、ソフィアは思い出したかのように頬を膨らませる。先ほどまでの大人っぽさが嘘のようで、少しだけ彼女の年相応な部分が垣間見える。
「……あ、そうだ! アランさんに変なものを食べさせたことは怒ってるよ!」
「あ、あはは……はひ、ずびばぜん……」
「それにほら、手が止まってるよ。私も頑張るから、ナナコも頑張って」
「う、うん……」
ソフィアがせっかく心の内を吐露してくれたのに、関係修復の――いや、元から良くないから構築が正しいか――糸口は見つからない。目の色が気に入らないと言われて「はい変えました!」と眼の色を変えられる訳ではないのだから、もはやこちらの努力ではどうしようもない訳だ。
ただ、心の内を明けてくれたのは一歩前進なようにも思う。それに恐らく、ソフィアが気に入らないのは、正確には自分の眼の色でなく、アランと同じだから、似ているから認められない訳で。それならば――。
「……どうすればいいんだろう?」
「ほら、また手が止まってる」
「は、はひ!!」
ソフィアに後ろから突っ込まれて、いそいそとテントの設営に戻る。ともかく、今は作業に集中して――少しして設営が完了し、ソフィアが荷物を屋根の下に運ぶ傍らで、自分は移動させるべきものの中で一番重い青年の体を自分がテントの中に引きずり込んで、なんとか作業は完了した。
作業が完了するのと雨が降り始めるのはちょうど同タイミングだった。自分はテントの入口付近から辺りを見回し――エルとクラウが戻ってきていないので、近くにいないか確認してみたのだが、まだ戻ってくる気配はない。
そして視線を中に戻すと、やはりソフィアはアランの側にぴったりと寄り添い、深く眠る青年の顔をじっと覗き込んでいた。
「……ナナコ、お願いがあるんだけど」
先ほどの拒絶の後でふと声をかけられたせいか、一瞬キョトンとしてしまったものの、お願いという言葉に心が踊る心地になり――それを聞けば、なんとか関係を良くできるかもしれない、そう思いながら狭い天井の下で身を乗り出してソフィアに近づく。
「うん、何々!?」
「アランさんを……ごめん、やっぱりなんでもない」
「そこまで言われたらメッチャ気になるよ!?」
「うん、だからごめん」
「あふぅ……」
せっかくお近づきになれるかと思い食い下がってみたが、流石に二回も謝られてしまうとこれ以上は詰め寄りにくい。仕方なしに入口の方へと戻って、エルとクラウの帰りを待つことにする。
すでに雨は土砂降りという感じで、まだ昼間だというのに視界はかなり悪い。こんな中で二人は戻ってこれるだろうかという心配もありつつ、戻ってきたらすぐに身体を拭けるようにタオルの準備でもしておかないと――幸い、男性は寝ているので着替えるのも問題ないだろう――そう思いながら荷物に手を伸ばした瞬間、外から何者かの視線を感じた。
二人が戻ってきたのだろうか? しかし、そういう感じではなかった。警戒するような、監視するような視線――ともかく、あまり良い気配ではない感じがして、慌てて入口の方へと戻って外に視線を巡らす。
「……さっき、外で何か動いたような」
「え、私は気付かなかったけど……エルさんかクラウさんかな?」
「うぅん、二人ならこの雨の中だし、すぐにテントの中に入ってくればいいだけ……何か、監視されているような……」
「そう……」
ソフィアは言葉を切って、外套を羽織って魔術杖を取り、自分を押しのけて外へと飛び出した。
「ソフィア、どこに行くの!?」
「この辺りは、魔獣も魔族も出る……そして、いま戦えるのは私だけ。先手を取られるようなことは絶対に許容できない」
「ちょっと待って……」
自分の静止の声など聞かず、ソフィアはそのまま雨の中を駆けだしていってしまう。どうするか、追いかけるべきか――そう思っている間に、スコールの轟音の中で、僅かにだが少女の悲鳴が自分の耳に届いた。
「……ソフィア!?」
嫌な予感がして自分も外に飛び出し、打ち付けるようなスコールの中を悲鳴が聞こえたほうへと走る。声が聞こえたあたりまでたどり着くと、何が起こったのか分かった。大雨でぬかるんだ地面が地滑りを起こし、崖の下へとなだれ込んだのだ。恐らく、ソフィアはこれに巻き込まれたのだろう。
「くっ……!?」
少女の安否を確認するべく、自分も崖から跳躍する――落下する中で状況を整理すると、まず、ソフィアは地滑りの最上部にいたのだから、恐らく生き埋めになっていることはないだろう。次いで、彼女の運動神経は特段悪いと言うわけではないものの、逆に特別に優れているわけでもない――急な地滑りの上にこう視界が悪ければ、パニックを起こしていてもおかしくない。
ともなると、この下を流れる川、それも急流になっているのが推測される中で、恐らくまともに動けないことは間違いない。結果論的にではあるが、誰かが助けに行かなければ危険な状態なはずだ。
川の水に身体が激突し、全身に確かな衝撃が走るが――濁流の中、水の流れる方向から水面の方角を察知し、流れに身を任せながら水面へと顔を出す。ソフィアは流されているはずだ――自分も流れに身を任せながら目を細めて激流の先を見ると、うっすらとだが長い棒のようなものが見える。
アレは、ソフィアの魔術杖かもしれない――急流にもまれているのに手放さなかったのかと思いつつも、アレなら目印になってありがたい。流れの勢いに身を任せながら腕で水面を搔き、沈みそうな少女の方へと近づいていく。
「ソフィア!」
近づいて声をかけるものの、激しい川の流れで聞こえてはいないのだろう、少女はなんとか水面に苦しそうに顔を出している。沈んでいないところを見ると今の所は水を飲んでいないようだが、このままではパニックで溺れてしまうだろう。
ともかく、流される少女に追いつき、ソフィアの肩を抱き寄せ、なんとか岸へと泳ごうと進み始めるが、流れが強くてなかなか岸の方まで進まない。そうこうしているうちにも身体は徐々に流され――妙にうるさい音が聞こえてそちらを見ると、途中で川の流れが途切れているのが見えた。
いや、川の流れが途切れるなんてありえない。要するに――あそこは滝になっているのだ。
「……嘘でしょ!?」
この流れの強さの中、もはや岸に上がるのは無理だ。それならば――ソフィアを抱き寄せ、来るべき衝撃に備える。
直後、一瞬の浮遊感。自分が下になるように少女の細い肩を抱き――ごめん、多分水の衝撃が強いよね――少しだけそんな呑気なことを考えて落下していくと、また背中に強い衝撃が走った。意識が持っていかれそうになるほどだが、ここで自分が気絶するわけにはいかない――滝つぼの中を、少女の肩を抱いたまま浮上していき、なんとか再び水面に顔を出す事に成功した。
「……ソフィア! 大丈夫!?」
再び声をかけるが、ソフィアの顔は青白くぐったりしている――滝つぼに落ちた衝撃で、水を飲んでしまったか。これは早く手当をしないと――そう思い、今度こそ岸を目指して泳ぎ進める。
幸か不幸か、上がる寸前で岩場に流されずに引っかかっていたソフィアの杖を回収しつつ、そのまま岸に少女を寝かせてすぐに呼気を確かめる。やはり息をしていない――すぐに顎を上げさせ気道を確保し、少女の鼻をつまんで口を開けて人工呼吸を試みる。
口づけをして、肺に空気を送り込む。少女の胸が上がるのが見え、口を放すと同時に、少女が咳き込むように口から水を吐き出した。そのまま顔を横向きにして少し様子を見ると、呼吸は戻ったようであったが、まだ気は抜けない――気温は低くないと言えど、水温はかなり低かった。そのうえで身体はびしょ濡れで、このままだと身体が冷えて低体温症になってしまうかもしれない。
ひとまずなんとか身体を拭いてあげたいが、乾いた繊維などは残念ながら持ち合わせていない。どうしたものか――と悩んでいるうちに、近くの雑木林からガサゴソと音が聞こえてきた。
その気配の主たちは、どうやら人型のようで、ここまで来るときに何度か襲われた魔獣の類ではないらしい。助けてもらえるかもしれない、そう思って声を掛けてみることにする。
「あ、あの! すいません、この子が溺れてしまって……どうか、助けていただけないでしょうか!?」
茂みに向かって大きな声で呼びかけてみるが、残念ながら返事はない。その代わりに、奥に潜んでいた者たちが茂みを超えて徐々にその姿を現す。
シルエットは十体ほどで、その種族に関しては一貫性はない。皮膚が緑色の者、灰色の者、体の大きい者、小さい者――ただ一つ言えることは、彼らがいわゆるレムリアの民、と言われる人種でないことだけだ。
彼らには言葉が通じないのか、警戒するように低い唸り声をあげ、各々手に持っている武器をこちらに向けてきている。ここまで来るのに何度か襲われた魔獣ほどのプレッシャーは感じないが、ひとまず友好的な雰囲気ではなさそうだった。
「……ソフィア、ごめん、使わせてもうらうよ」
傍らに置いてあった少女の魔術杖を手に取って立ち上がり、自分たちを取り囲む人型に対峙する。
「……言葉が通じるか分かりませんが……私は、この子を助けたいだけです。もしアナタ達が襲い掛かってくるというのなら、私は容赦しません」
自分を囲んでいた異形の者たちは、一歩後ろに後ずさる――こちらの剣気に少し委縮してくれたようだが、まだ戦う意思を折ることは出来ていないようだ。それならば――。
「……御舟流奥義、真空束風縦一閃!!」
縦に振りかぶった杖の切っ先から真空の刃が走り、一体の魔族の横に生えている樹木を両断する。それに怖気づいてくれたのか、襲い掛かろうとしていた魔族は武器を落とし、そのまま腰を抜かしてその場にしゃがみ込んでしまった。
そして、改めて他の者たちが襲い掛かってこないように周囲を警戒し――杖を横に振ってから再度正段に構えなおす。
「もう一度だけ忠告しますよ……襲い掛かってくるというのなら容赦しませんから」
自分の言った言葉の内容が伝わったのか、というよりは肉体言語というか、先ほどの一撃で他の者たちもひるんだのだろう。こちらに対する視線は警戒するようなモノから、怯えるようなモノに変わっている。
というか、ミフネ流ってなんだ。自分の口から勝手に出て、勝手に身体が動いたのだが――まぁともかく、ソフィアを守れるだけの力がこの手にあったことだけは不幸中の幸いだろう。
しかし、あまり手荒なことはしたくないのも確か。彼らだって、彼らの領域に私たちが勝手に入り込んだので警戒しているだけだったのかもしれないのだから。とはいえ、杖を降ろすと襲い掛かってくるかもしれない、どうしたものか――そう悩んでいるうちに、また茂みの奥から何者かがゆっくりと近づいてくる気配がした。
「……すみませぬ、この者たちは血気盛んなもので……手は引かせますので、お互い手荒なことは避けましょう、レムリアの民よ……」
声と共に現れたのは、老人風の異形――長い髭と深い皺で覆われた顔を見ると、元々がどんな顔立ちをしていたのかも想像がつきにくい。禿げ上がった頭皮の色は赤黒く、そのことがやはり彼も人間でないことを示していた。
老人は杖を突きながらゆっくりとこちらへ近づいてきて、そしてこちらの顔をじっと見つめてくる――眼光は強いが、徐々に皺を押しのけて瞼が見開かれ、その眼には驚愕を浮かべているようだった。
「アナタは……ナナセ・ユメノ?」
「……はい? アナタは、私を知っているのですか?」
「知っているも何も、私は三百年前にアナタに救われた魔族の一人で……いや、まさか本人が生きているわけはないと思いますが、うぅむ……」
老人は顎髭を撫でながらこちらの様子を伺っているようだ。ともかく、この人は友好そうで、警戒は解けそうだ――と思ったのと同時に、先ほど溺れてぐったりとしているソフィアのことを思い出す。
「あ、あの、私が何者かはひとまず置いておいて、この子が溺れてしまって助けてほしいんです! その、乱暴した後で説得力とかないかもしれませんが!」
「いやいや、乱暴だったのはお互い様です。なので、水に流しましょう。ともかく、そういうことでしたら……もちろん、我々のことを魔族と知って、信用してくれるなら、ではありますが」
「はい! 信用します!」
自分の答えに、老人は再度驚きに眼を見開いた。そしてすぐにまた髭を撫で始め、その毛むくじゃらの奥で笑い始めた。
「ふぉっふぉっふぉ……アナタはもう少し疑うことを覚えたほうが良い気がしますが。とはいえ、やはりその快活さ、ナナセ・ユメノにそっくりだ。よろしい、歓迎いたしますよ。さ、我々に着いて来てください……その子は、こちらの誰かにおぶらせますかな?」
「いえ、大丈夫です! お世話になりますし、私、力持ちですから……よっと」
ソフィアの横にしゃがみ込み、お姫様抱っこの形で金髪の少女を抱き上げる。
「さて、仮の拠点なら徒歩数分と言ったところです……改めて、私はレッサーデーモンのグレンです」
老人は自分がソフィアを抱き上げるのを見て踵を返し、そう言いながら杖をつきながら歩き出した。