B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
魔族の老人グレンに連れられて河原を少し下ると、彼らが拠点にしている洞窟にたどり着いた。その洞窟の少し入り込んだところで老人が火を焚いてくれ、自分はソフィアの服を脱がせて魔族から受け取った繊維で身体を拭き、少女に毛布をかけて火の側で温めさせることにした。
そしてしばらくの間、自分は眠るソフィアの側にぴったりとくっついて看病をすることにした。グレンは話も通じるし悪意も感じないが、洞窟の入口付近にたむろしている若い魔族たちはその限りではないというか――グレンが諫めているから襲ってこないし、自分が先ほど見せた技のおかげか私のことは警戒しているようだが、ソフィアを一人にしたら危険そうではある。
「……なるほど、記憶が無いのですな?」
「はい、そうなんです……」
看病する傍ら、グレンに自分の状況を伝えることにした。
「えと、アナタは私をナナセ・ユメノって言いましたけど、以前に会ったことはあるんでしょうか?」
「えぇ、先ほども話しましたが、三百年前に……レムリア大陸でヤンチャをしていた時に、それはもうコテンパンに打ちのめされまして」
「え、えぇ!? それなら、まさか恨んでいるとか……」
「ふぁっふぁっふぁ……いやとんでもない。本来ならその場で殺されてもおかしくなかったのに、見逃していただいて……どこか仲間たちと静かな場所に移るようにと提案していただいたのです」
「はぁ……それだけじゃなんというか、感謝される筋合いも無い気もしますが……」
「そうですなぁ、当時はそこまで深く考えていませんでしたが……しかし、長い時の中で徐々に考えを改めるようになったのです。もしあのままレムリアか暗黒大陸に居たら、今頃自分はおろか、仲間たちも生き残ってはいなかったでしょうから」
「……それは、レムリアの民に迫害されてしまうから?」
「まぁ、そうですな……しかし、それも致し方のないこと。我々魔族とレムリアの民とは、本能的レベルでは闘争せざるを得ない……ティグリス様が仕組んだのか、はたまた別の何者かが仕組んだのかは分かりませんが……。
一言で言ってしまえば、我々は生存競争上の弱者という摂理の上にいるだけ。個々の力は強くとも、数と知恵で上回るレムリアの民を上回ることは出来ませんからな」
「……なんだか、それは寂しい気がしますね」
「ふぁっふぁっふぁ……やはり、アナタはナナセ・ユメノにそっくりですなぁ」
グレンはそこで一度言葉を切り、改めてこちらをじっと見つめてきた。眉毛にほとんど隠れている瞳には全く悪意は無く、本当にどこか遠い過去を懐かしむ様な暖かさに満ち溢れている。
「……しかしまぁ、レムリアの民の寿命は長くとも百に満たない。異世界の勇者が同様の寿命を持っているかは分かりませんが……よく見れば、アナタは以前に会った時よりも幼くなっているように見える。そうともなれば、アナタはユメノ殿に似た誰か、というだけなのでしょうな」
「はぁ……ちなみに、今の私はナナコです!」
「そうですか。それでは、ナナコ様とお呼びしましょう」
「い、いえ! 様付されるなんて恐縮と言いますか! 殺人料理を出して皆さんをドン引きせる程度の若輩者なので……!」
様付されるほど偉くはないから、自分のダメな所を伝えて止めてもらおうと先ほどあったことを伝えると、むしろ先ほどの罪悪感が戻ってきてしまう。そもそも、自分が殺人料理を作りさえしなければ、ソフィアに危険な思いをさせることもなかったのだが――そう思いながら横になる少女の方を見ると、瞼が動き、そのまま薄目の碧眼が開いた。
「うぅん……」
「あ、ソフィア! 体調はどう!?」
「……ナナコ……うん、良くはないけど……!?」
ソフィアは青白い顔のまま、虚ろな目線で周囲を見回す――だが、グレンを見るとすぐに顔に鬼気を現し、毛布をはねのけて立ち上がった。
「魔族!?」
ソフィアは下着姿のまま魔術杖を手に取り、すぐにレバーを操作してグレンの方へ向ける。先ほど、魔族と人は本能レベルで対立しているとは聞いていたが――ともかくこのままではマズいと思い、自分はソフィアの魔術の射線に入るような位置に割り込んで両腕を広げた。
「ま、待ってソフィア! グレンさんは悪い魔族じゃないんだよ!」
「……ナナコ、アナタがここに私を連れ込んだの!? そうか、ゲンブはブラッドベリと組んでいたし、そういう意味じゃアナタも……!」
ソフィアは一人で何かを言いながら勝手に何かを納得しているようだ。そのせいか、彼女の殺気が自分にまで浴びせられるようになってしまう。
「ちょ、ちょっと待って! ソフィアが何を言っているのか分からないよ!?」
「ふぉっふぉっふぉ……いいんですじゃナナコ殿。これがレムリアの民の正常な反応でありますから……私は気にしておりませんぞ」
慌てて止めに入っている自分とは対照的に、グレンは冷静、温厚そのものだ。それどころか、木製の杖を突いて立ち上がって自分の横に並び、ソフィアが突き出している機械の杖をじっと見つめているようだ。
「……かなり複雑な機構の魔術杖を持っている。ともなれば、第七階層クラスを使う魔術師とお見受けするが……」
「……私はソフィア・オーウェル。レヴァルの司令官、そして、第十代勇者アラン・スミスのお供で……」
「なるほどなるほど、お若いのに素晴らしい経歴だ……ともなれば多くの我が同胞たちを亡き者にしてきたのじゃな?」
恐らく、老人の口から淡々とした様子でそんなことを言われるとは少女も思わなかったのだろう――事実、同胞を殺めてきたというのなら、少なからず恨みつらみがあってもおかしくないはずだ。グレンの声にソフィアは一旦狼狽したように身を引き、だがすぐにまた毅然とした瞳で老魔族を見据えた。
「……そうです。そういう意味では、アナタは私が憎いはず……同様に、私も人間世界に暴虐の限りを尽くした魔族を許しはしません」
ソフィアがそう言い捨てて後、洞窟の中に幾許かの静寂が訪れる。焚き火の朱色が壁面を照らし、ぱちぱちという細かい音を立てている。ともかく、この事態を招いたのは自分なのだから、なんとかしなければならない。そう思い立って二人の仲裁に――もっとも、この場で怒気をはらんでいるのはソフィア一人なのだが――入ることにする。
「え、えと、グレンさんごめんなさい……そ、それにソフィアも、そんなに怒るとは思わなくて……」
「ふぉっふぉっふぉ、もう一度言いますぞナナコ殿。私は気にしていないと」
二人のうち、老人の方が早く反応してくれ、こちらを見ながら長い髭を撫でながら笑った。そしてグレンは再度、杖を持ったまま警戒の色を解かない金髪の少女へと向き直る。
「ソフィア殿。私のことは悪く思っても、ナナコ殿のことは悪く思わないでいただきたい。彼女は溺れるアナタを救って、ここまで運んできて、献身的に看病をしてくれた……それに聞くところによれば、ナナコ殿は全く記憶がないとのこと。魔族とレムリアの民の確執など、本当に知らなかっただけじゃろうて」
「……この子は、魔王ブラッドベリの関係者と知り合いなんです。そういう意味では、魔族と組んでいてもおかしくはない」
「ふむ、その辺りは本当に、私たちは何も知らないのが正直な所なのじゃが……しかしソフィア殿、本当は分かっておるのじゃろう? ナナコ殿に悪意が全くないことは……」
「それは……」
「見たところ、ナナコ殿に対しては別の理由で警戒しているようにお見受けするが……違いますかな?」
老人がそう言って後、聡明なソフィアが珍しく黙り込んでしまう。もしかすると、図星を突かれたということなのか――そしてまた洞窟内に沈黙が戻ると、おもむろに老人が首を小さく左右に振った。
「ひとまず、ナナコ殿のお仲間もここへ連れてきましょう。我々に交戦の意志は無いことを示したいですし……しかし、我々は魔族故、恐らく警戒されてしまうでしょうから、どうしたものかな?」
「あ、それでしたら……!」
自分は髪を束ねているリボンを解き、それを老人に向けて差し出した。これを見れば、自分が居ることの証明になるだろう。
「これをアランさんに見せてください。アランさんなら、多分魔族とかレムリアの民とか関係なしに話を聞いてくれると思いますから」
「ふぉっふぉっふぉ……いや、ナナコ殿はアラン殿とやらを信頼していらっしゃるのですなぁ。まぁ、実際の所は警戒はされるでしょうが……色々加味して、恐らく付いて来てくれるでしょう。ともかく、入口の者たちには中に入らぬようきつく言いつけておきますが、一応警戒はしておいてくだされ」
老人はそう言うとリボンをやんわりと握って、踵を返して杖を突きながら洞窟の入口へと向かっていく。
「……ソフィア殿。ナナコ殿はアナタの看病のために、また他の者が手を出せないようにするためにここに残ろうとしてくれているのです……せめて、彼女のことは信用してあげてください」
それだけ言い残し、グレンは洞窟の外へと出ていった。その背を視線で追って、初めて雨がやんでいたことに気づく。そして背後から小さな呻き声が聞こえ――振り返ると、ソフィアが杖を落として今にも崩れ落ちそうになっているのが見えた。
「……ソフィア!」
すぐに金髪の少女に近づき、その体を支える。そしてゆっくりとその体を横たえさせ、先ほど本人がはねのけた毛布を再びソフィアの身体に掛けた。
「もう、無茶するんだから……」
「うん……ナナコ、ごめんなさい」
「えっ?」
「うぅん、違うかな……ありがとう、かな」
「えっ、えぇ?」
予想外のソフィアの反応に、自分は素っ頓狂な声を上げてしまう――まさかこの子の口から感謝の言葉が出てくるとは。いや、そう考えてしまうのも失礼ではあるのだが、今までの態度が態度だったので驚いてしまったのは許してほしい。
ソフィアはそんな自分の反応がおかしいのか、口元に微笑を浮かべた。
「川に落ちた私を、ナナコが助けてくれたのはボンヤリとだけど覚えてるの。アナタが居なかったら、今頃私は溺れ死んでたと思うから……だからありがとう」
「そ、ソフィア……ソフィアぁ!」
やっと心が通じ合った――というのは言い過ぎにしても、少し心を許してもらえたのが嬉しくて、つい横になっている少女に抱き着いてしまった。ソフィアはやはりまだ力が入らないのか、自分の額になんとか、という調子で手を当ててこちらの接近に抵抗してきた。
「や、やめ、くっつかないで……暑苦しいんだから……ふぅ、クラウさんにくっつかれるエルさんの気持ち、少しわかったかも……」
「え、えへへ、ごめんなさい……」
確かに、ちょっと調子に乗ってしまったかもしれない。ともかく再び少女の近くに正座をして、
「……でも、私を看病するのに魔族の住処に来たのはちょっといただけないな」
「あ、あははぁ……でも、ソフィアの体温が落ちてて、雨にぬれずに身体を温める場所が必要だったから……」
「うん、分かってる。私を救うにはこうするしかなかった……それに、あのグレンという魔族に殺気が無かったことも理解してる。もちろん、ナナコのことを知っている風だったのは気になるけど……覚えていないもんね?」
「あはは、うん、その通り……ごめんね」
「ナナコが謝ることじゃないよ。私がドジを踏んだのが悪いんだから」
ソフィアはそれだけ言って、焚き火の方に向かって寝返りを打って顔を逸らしてしまう。そしてややあってから、ソフィアは仰向けになり、顔だけこちらへ向けて口を開いた。
「……あのね、ナナコ」
「うん?」
「私ね、私……アナタが怖いの」
「え、そんな……全然人畜無害だと思うけど……」
「うん、それは分かってる。アナタに悪意が無いの、それはわかってる。でも、だから怖いの……」
「う、うぅん? その、私はあまり頭が良くないから、キチンと言ってもらえると助かるかなぁ」
「……笑わないで聞いてくれる?」
ソフィアはまた寝返りを打ち――炎にあたって温まったのか、頬を少し上気させてこちらを見た。
「絶対に笑わないよ!」
「うん、それじゃあ……その……私がアナタが怖いのは……アランさんを、盗られちゃうと思って……」
「……はい?」
「……ナナコは、アランさんと似てるから。なんだか、二人は考え方も行動も似ているの。だから、相性が良いんだろうなって……それで……」
「えぇっと、つまり……どういうこと?」
ソフィアの言わんとすることがさっぱりわからず――いや、きっと凄い覚悟を持って告白してくれたのに分からないのも失礼なのは承知なのだが、ともかく分からないので無粋と分かっていても聞き返すことしかできない。するとソフィアはその大きく綺麗な眼をパチクリさせ、ややあって頬を膨らませ、またぷい、と寝返りを打ってしまった。
「ナナコのにぶちん! 分かってよ、もう……」
「ご、ごめん! でも、にぶ、にぶちん……ふふっ……!」
いつも難しい言葉を使うソフィアからなんだか可愛い言葉が漏れたので、不思議と笑ってしまった。多分、これはギャップ萌えというやつだ――普段と違う面白さ半分、可愛らしさ半分、ともかくなんだか愛おしくってまた抱きつきたい気持ちになるが、それをするとまた不機嫌になってしまうかもしれないので、その衝動をグッと堪える。
そして自分が笑ってしまったのが気に食わなかったのだろう、毛布に覆われているというのに眼で見てわかるほど少女の背中が震えていた。
「え、えとえとえと、笑ってごめんねソフィア。ただ、盗られちゃうって言っても、アランさんは私のモノじゃないし……うん、にぶちんで申し訳ないんだけど、もうちょっと踏み込んで言ってもらえると助かるかな」
「やだ、もう言わない……絶対笑わないって言ったのに、ナナコは笑ったんだもん」
「あぁ!? 確かに!? うぁー……ごめんなさい……その、次こそ笑わないから!!」
顔の前で手をすり合わせ、誠心誠意を込めて謝る。ソフィアはしばらくは押し黙っていたが、また少ししてこちらを向いてくて――なんだか真剣な面持ちをしている。
「じゃあ、こっちから質問。ナナコはアランさんのこと……その、好き?」
「うん、好きだよ!」
「あのね、人となりを好意的に受け止めるとかいう意味でなく……ごめん、聞き方を変える。アランさんのこと、異性として好き?」
「えぇ? それはアレかな、付き合いたいとか、恋人になって欲しいとか、そういう意味かな?」
「何でそういう所の言語化はイヤに鋭いの? でも……うん、そう」
「うーん、そういう感じじゃないなぁ。アランさんって面白いし好きだけど……そうだなぁ、たとえるなら近所のお兄ちゃんって感じの好きかな?」
実際、アランと恋人になりたいかと聞かれれば皆目ピンとこない。以前に会ったような懐かしさはあるし、人としては好意的に思っていても、言われてみれば異性として意識するような相手ではないというか、そもそも歳も離れているし、口にしたように兄とか、そういう方がしっくりくる気はする。
質問をしてきたソフィアは、自分が考え事をしているうちに少し動いたらしい、毛布を口元まで上げて瞳だけでこちらを伺っていた。
「……ホントに?」
「うん、ホントにホント」
「後で心変わりしない?」
「いやに念を押してくるね!? まぁ、将来のことまではちょっと分かんないけど……」
一応、今後何かあって異性として惹かれる可能性をゼロとは言い切れない。そう考えれば、絶対にないと断言もできないのだが――なんだか縄張りを守ろうとする子犬みたいに「ふーっ」と威嚇してくるソフィアを見ていると、とりあえずこの場は「無い」と言った方が良さそうな気がしてきてしまい、流されるように「……まぁ、多分変わらないと思うかな?」と返答してしまった。
しかし、ようやくソフィアの真意が読み取れた。盗られてしまうとか、似ているから相性が良いとか――。
「つまり、ソフィアはアランさんのことが、異性として好きってことなんだね?」
「えぇっと、その……」
そこでソフィアは上半身を起こし――毛布が肩から落ち、下着姿の華奢な体が顕わになる。先ほどまで青白かったのが嘘かのように頬を赤らめ、少女は小さく頷いた。こんなにいじらしくて可愛い生き物、初めて見た――いや、記憶を失う前に見たこともあるのかもしれないが、ともかく今は全力でこの子の味方をしてあげたくなってきた。
「なるほど……分かったよソフィア! 大丈夫、私がソフィアの恋路をサポートするから!」
「あ、あの……気持ちは嬉しいけれど、あんまり余計なことはしないで欲しいんだけど……」
「えぇ!? 邪魔かな?」
「というより、ナナコのサポートって何するか分からないというか、何ならアランさんに直接言ったりしそう……」
「さすがにそんなデリカシーのないことはしないよ!?」
「……ホントに? それじゃあ、どんなサポートをしてくれるの?」
「そうだなぁ……うーんと、えぇっと……ソフィアの悩みを聞いたりとか?」
思い付きで言っただけだが、我ながらなんだかワクワクする提案であった。まさかつい先ほどまで避けられていた少女と恋バナまで出来る仲に進展したのは勿論のこと、その恋バナ自体もなんだか面白そうでワクワクしてしまう。
いや、面白そうとかワクワクするとかいうのも失礼なのだが――とはいえ、こうやって心の内を明かしてくれたのは嬉しいことだ。何故なら――。
「……なんだかソフィアって、一人で思いつめてるところがあるから。そういうの吐き出すだけでも、きっと少しは楽になると思うんだ」
「ナナコ……余計なお世話だよって言いたいところだけど、でも、ありが……」
ソフィアはそこで何故だか言葉を切って、自分の後ろを眺めながら瞳を大きく見開いている。直後、「ソフィア!!」と少女の名前を呼ぶ声が洞窟内に響き――それは、聞き馴染みのある青年の声で、自分の正面にいるソフィアは口をわなわなと動かしていた。
「ナナコも無事か! いやぁ良かった……あ?」
「……いやぁぁあああああああ!!」
かなり肌を露出させているのを見られて恥ずかしかったのだろう、ソフィアはすぐに手元にあった毛布で自分の体をくるみ、先ほどまで低体温でダウンしていたのが嘘かのような大絶叫を洞窟内に木霊させたのであった。