B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ソフィアを見つけた後、それはもう凄かった。ソフィアは大絶叫するし、ナナコはぽかんとしてるし――自分としては少女達の安否が心配で駆けつけただけで、色々と見えてしまったのは事故そのものなのだが。
ともかく色々と弁明したいのは確かなのだが、一番非礼を詫びないといけないのはソフィアに対してではない――ここまで案内してくれた魔族の老人の方へと向き直り、頭を下げることにする。
「いやぁ、疑って悪かったなグレン」
「ふぉっふぉっふぉ……いえいえ、お気になさらず」
魔族の老人は口髭を柔和に震わせながら手を振るだけだ。自分たちのやり取りを、ナナコはリボンで再び髪を縛りながら見つめて首を傾げた。
「アランさん、何かあったんです?」
「いやまぁ、正直に言えば……グレンの背中にナイフを突きつけながらここまで来たんだ」
「え、えぇぇええ!? そんな酷い!?」
ソフィアとナナコの無事が確認できた今としては、グレンの言うことは嘘ではなかったと分かったし、ナナコの言うように自分が酷いことをしたというのも事実になってしまうのだが――もちろん、彼に殺気が無いのは分かっていたし、老人自身は周囲に仲間も連れていないのも分かっていた。とはいえ、ナナコのリボンだけ持って来られれば、色々と悪い可能性が脳裏をよぎり、ついカッとなってしまったのも致し方なしと思って欲しい。
「ふぉっふぉっふぉ……ナナコ殿、アラン殿としてはアナタ方を人質に取っている可能性や、すでに殺めておびき出すための口実にリボンを見せたという可能性も考えなければならなかったのです。ですから、彼の警戒はもっともですよ」
「そ、そうですか……まぁ確かに、私もアランさんの立場なら同じように考えるかも……?」
グレンがこちらの脳内を要約してくれたおかげで、食って掛かってきそうだったナナコも落ち着いてくれた。こちらが誤解してしまったというのに至れり尽くせりな対応をされているわけだし、ここはグレンにしっかりと礼をしないといけないだろう。
「ともあれ、二人を助けてくれてありがとうグレン」
「いやいや、こちらも若い者たちが無礼を働いたのもありますし、毛布と身体を拭く布を貸したくらいですから。たいしたことはしておりませんよ」
「それだけでも十分さ。ソフィアも良くなったみたいだし」
そう言いながらソフィアの方を見ると、真っ赤な頬をぷくーっとさせながら「良くないよ……」と呟いていた。
「すまん、良くなかったらしい」
「まぁ、それは心の問題で、身体的には問題ないでしょうから……ともかくソフィアも元気そうだし、早く野営地に戻りましょう」
立ったままのエルがそう言いながら踵を返そうとすると、ナナコが両手を振って黒衣の剣士を制止する動きを見せる。
「もう少しゆっくりしていってもいいんじゃないですか?」
「ふぅ……まぁ、アナタ達を助けてくれた事実は認めるし、グレンに悪意が無いのも分かる……理屈の上ではそう理解はしていても、なかなか感情はね……」
そう言いながら、エルは入口でたむろしている魔族たちの方を見た。エルの言うことは理解できる――つい先日まで戦争をしていた相手の根城に、いつまでも居るというのは落ち着かないというのは道理だろう。
自分としては、折角友好的な相手なのなら魔族の話も聞いてみたいのが正直な所だ。以前、ブラッドベリが言っていたこと――人も魔族も七柱の共通の被害者であること、また手を取り合うことが出来ないかなど、色々話をしてみたい。
とはいえ、記憶喪失でマイペースなナナコは置いておいて、他の三人の少女たちは居心地が悪そうにしているのも確かだし、残念だがここはお暇するのが正解か。
「そうだな。野営地に色々と放ってきちまったから、荷物を取りに戻らないといけないし……」
「それでしたら、若い者たちに取りに行かせましょう。それでアラン殿、今晩はここに泊まっていっては如何かな?」
ここを去る、と伝えたつもりが、返ってグレンに引き止められる形になってしまった。この老人は結構な切れ者と思われるので、自分の言いたかったことを理解した上で、あえて引き止めてきたのだろう。とはいえ泊りとなれば、少女たちが納得できるだけの大義名分が必要だぞ――そう思っていると、老人は髭を撫でながら笑った。
「ふぉっふぉっふぉ……いや、警戒される気持ちは分かります。ただ、私としてはユメノ殿とそっくりなナナコ殿と、アラン殿、アナタに興味がある……それで、少しお話がしたいのです」
そこで一旦言葉を切り、グレンは杖を石床につけたまま、ゆっくりと少女たちの方を見回す――説得材料が必要なのは、この子たちだということを十分に理解しているのだろう。
「少しだけ我々の話をさせてください。南大陸の魔族たちは、レムリアの民と暗黒大陸の魔族たちの戦争から逃げ出した脱走兵のようなもので……力が弱く、闘争本能も希薄で、戦わざるを得ない土地を逃れて静かに暮らす者たちです。
ですから、北の大地での戦争に関しては……少なくとも、此度の戦争に関しては、我々は不干渉でしたし、むしろ我々は同族から後ろ指をさされる存在なのですよ。
もちろん、アナタ方が多くの同胞を殺めてきたというのを全面的に肯定できるものでもありませんが、それは戦時中のこと……北の大陸では魔族たる我々も、同時に多くの人々殺めてきたのでしょうから……我々としては、アナタ方を特別に責めたてるつもりはありません」
グレンはそこで一旦言葉を切って、俺を含めてぐるり、とまた周囲を見回した。
「こう考えてはいかがでしょう? 我々は北の大地で通用しない、力の弱い者たち……それこそ野営で魔獣に襲われるよりは、仮に私が嘘をついていたとしても、我々の相手をする方が楽だ、と」
「ふむ……一理ある、とか言ったら失礼なのかもしれないが、まぁ一理あるな」
実際、物理的な問題として、魔獣の夜襲に比べればここに居るモノたちの襲撃の方が幾分か対処はしやすいだろう。グレンが言った通り、ここにいる個体はレムリア大陸のそれと比べてもひ弱そうであり、暗黒大陸の者たちと比べたら月とすっぽんくらいの差がある。暗黒大陸ですら魔獣の方が魔族よりも脅威度は高いくらいなのだから、ここの魔族の相手をする方が楽というのは事実だ。
とはいえ、それは根本的な解決にはならない――自分と同じように思ったのだろう、いつの間にかシャツを着たソフィアが口を開いた。
「あなたの言い分は分かりました……ですが、確証はありません。私たちは、近づく邪神の復活と、それを目論む古の神々を止めるために旅をしています。邪神の使徒であるアナタ達が、古の神々と繋がりが無いという確証がない……そうなれば、やはり警戒を解くことはできません」
ソフィアの反論ももっともだ。グレンは人畜無害な顔をして自分たちを誘いこんで、実はゲンブたちの指示か何かで寝込みを襲おうとしているという可能性だって否定は出来ない。ソフィアとナナコを救ったのだって、自分やクラウ、エルを――とくにハインラインの器と言われる彼女を討ちたいはず――連れ出すための口実だった可能性だってあるのだ。
ソフィアの意見に対する良い反論が出なかったのだろう、グレンは髭を揺らしながら残念そうに首を振っている。
「……そこに関しては、確実な証拠は出せませんな。ただ、一つだけ……私は神聖魔法、まぁアナタ方がルーナやレムを進行しているのと同じく、ティグリス神への祈りとして使用するのですが……最近、妙な違和感があるのです」
「……違和感、ですか?」
「はい。以前のような祝福を感じないのです。使えることは使えるのですが……なんというか、事務的に処理されているような、そんな違和感があります。むしろ、ティグリス神の復活は遠のいているような……そんな感覚を覚えるのです」
グレンがそう言った瞬間、今までダンマリをしていたクラウが驚愕に息を漏らしたのが聞こえた。そして恐らく、ティアと会話をしているのだろう、視線を斜め上にやって――少ししてから控えめに手を上げた。
「……エルさん、ソフィアちゃん。私はこの人の話をもう少し聞いてみたいです」
「クラウ?」
「あの、お二人が警戒されるのも分かりますし、もちろん私も……アナタ達が悪い魔族ではない、と言われても本能的な部分では納得しかねているのが正直な所なんですが……グレンさんが感じている違和感は、ティアが感じているものに近い……ですから、情報共有をしてみたいです」
「なるほど……ソフィア、どう?」
エルが意見を仰ぐと、ソフィアは小さく頷く。
「うん、いいんじゃないかな?」
「あら、意外と軽いわね……まだ確証が足らない、と言われると思ったけれど」
「うん、エルさんの言う通り。グレンさんとティアさんの違和感が一緒だとしても、それは古の神々と彼らが組んでいないことの証明とは全く関係ない……でも同時にそれは悪魔の証明だからね。
彼らが本当にゲンブ一派と繋がりがあるとしてもそれを言うことは出来ないし、そうでなければ証明することは不可能なわけだから……私が反対したのは、ここに滞在するには彼らが戦争を避けていたというだけでは理由として弱いと思ったからで、話を聞きたいのなら残っても良いと思う」
もちろん警戒は解けないけれど、ソフィアは最後にそう付け加えた。とはいえ、少女の雰囲気は大分柔らかい――いや、思い返せばソフィアのグレンに対する警戒は、自分が来た時にはそんなに強くはなかった気もする。
思うに、救ってもらった恩もあるし、少しとは言え自分たちよりグレンと多く言葉をかわしているから、彼が信用に足るとは既に思っていたのかもしれない。むしろエルとクラウが納得できる理由を引き出せるまで、ソフィアはグレンから色々引き出そうとサポートしてくれていたのかもしれない。
そう思っていると、ソフィアはグレンの方を向いて老人をじっと見つめだした。
「むしろ、グレンさん、アナタが私たちを信用してくれますか? 私など、先ほどアナタに武器をつきつけてしまいましたし……何より、私たちは半年前の魔王ブラッドベリの封印に携わっています。アナタ達の王を倒した者を自分たちの根城の招き入れる危険があるとは判断しないのでしょうか?」
「ふぉっふぉっふぉ……それに関しては先ほども述べた通り、もちろん思うところが無いとは言えませぬが……ある意味では私は魔王ブラッドベリとは袂《たもと》を分かった存在。それに……ナナコ殿が居るのなら、安心だろうと確信しております」
ソフィアの質問に対し、老人は笑って応えた。そもそも、グレンがソフィアを救ってくれたのだってナナコがユメノ・ナナセに似ているからという理由――三百年前に何があったのか、その辺りだって確認しておきたい。
「そうだな、アンタにはナナコの……いいや、アンタの知っている範囲でいいからナナセ・ユメノについても聞いてみたい。俺からも約束するよグレン、ここにいる間は不戦協定を結ぶと。みんな、構わないか?」
すでにある程度は場の流れも固まった段階で、念を押すように周囲に確認を取る。
「まぁ、リーダーにそう言われちゃね……」
「お、俺をリーダーって認めてくれてるんだな?」
「そうね。癪だけれど」
エルに相変わらずのご挨拶を返されたことに対して自分は口笛を吹き、改めてグレンの方へ向き直ると、老人は深く頷いて杖を突きながら洞窟の奥へと歩みだした。
「それでは、もう少し奥へと参りましょうか……この洞窟は自然にできた場所を、我々が少し加工して利用しているところです。二階などの方が窓もあって開放感がありますから」
老人の後を追い、自分たちも洞窟の中を奥へと進み始める。進む先と入口からの明かりはあるが、通路は暗く、足場も整備されているわけではない。ソフィアが明かりの魔術で照らしてくれても足場は危うい。エルやクラウの体幹なら危なげないだろうが、ソフィアが歩くには少々危険かも――フォローに入ろうと思ったが、それより早くナナコがソフィアにぴったりと付き、歩くのをサポートしてくれているようだった。
「ここには多くの魔族がいるんですか?」
そう、ナナコがソフィアをフォローする傍ら、老人の背中に対して問いかける。
「いいえ、我々の集落は谷を降った所にあります。我々は木の実や山菜の採集のために山に入っていただけで……ここはそのための拠点です。ですので、入口にいる若い者達で全員ですよ」
歩みを進めていると、天井の高い開けた空間にたどり着いた。天井の高さが分かるのは、大地の切れ目から陽光が差し込んでいるおかげだが――老人は岩盤の切れ目にある階段の方へと向かっているが、それを追っている途中で壁に埋まっている何かに気付く。
「こいつぁ……」
「ふぉっふぉっふぉ……アランさん、これに興味がおありで?」
「あぁ、これは何なんだ? 化石みたいだが……」
そう、壁に埋まっているのは大昔にこの辺りに生息していたであろう生物の化石らしきものだった。虫だか爬虫類だかに似ているようだが――前世的な知識に該当するような生物のものではないのは確かだ。とはいえ、大きさ的には手のひらサイズからそれを倍にした程度のもので、そこまで大きな生物ではなかったとは推察できる。
「正確なことは私にも分かりかねますが、外見はこの辺りに生息する魔獣に近い……ですから、これらは魔獣の祖先なのだと思っています。大分身体は小さいですがね」
「……なるほど」
魔獣、言われてみればそうなのかもしれない。グレンの言うようにサイズは大分小さいのだが――大昔には魔獣の大きさはこちらが一般的だったのかもしれない。ただの知的好奇心ではあるものの、自分の推察がある程度の論拠になるものか、他のケースを確認してみたい。
そうなると、知っていそうなのは様々な知見を持つ我らが准将殿か。そう思いながらいつの間にか自分の隣に移動してきていた金髪の少女に質問してみることにする。
「なぁソフィア。レムリアの方でも魔獣の化石って見つかったりするのか?」
「うん、いくつか発見されているよ。私は専攻じゃないから詳しくはないけれど……この壁に埋まっているモノと同じく、現存するモノより身体が小さいという点は共通しているね」
「魔獣は進化の過程で身体が巨大化したのか……?」
しかし、自分で言っていて違和感もあった。前世的な感覚から言うと、生物は進化に従って身体を小さくしていく気がしたからだ。もちろん、身体が大きければ外敵に負けにくかったり、食糧を取りやすかったりなど長所もあるのだろうが――逆に小さい方が必要なエネルギーも少なくて済むし、巨大な生き物ほど数が少なかったり、絶滅している可能性が高かったように思う。
そんな風に考えていると、ソフィアが微笑を浮かべながらこちらを覗き込んでくる。
「……もしくは、惑星レムの重力が弱まったことで、魔獣の身体が巨大化したのかも?」
「確かに。だけど、重力が弱まるだなんてことは……」
いや、ありうるのか。以前、クラウから聞かされた神話を思い出す――女神ルーナがもう一つの月を作ったと。衛星が増えれば外から引っ張られる力が増して、重力が弱まることもありうるのではないか。
もしこの仮説が正しいとするなら、七柱の行ったテラフォーミングにより、魔獣は巨大化したのだと推測される。まぁ、そもそもテラフォーミングをしたこと自体も推測の域を出ていないのだが。
更に、クラウから聞いた神話の中で、魔獣はこの星の原住生物だったと聞かされたことを思い出し――惑星の改造も事実だとするのなら、魔獣たちは生態系を破壊されたとも取れる。
もちろん、本来の生態が原住生物達の幸せだったとも分からないし、起こってしまった事実は覆らない。そうなれば、このような推測にもあまり意味もないのかもしれないが――ただなんとなしに、元々は自分の同胞とも言える旧世界の人類たちがこの星を滅茶苦茶にしてしまったことに対し、この星に本来生息していた生物達に申し訳ない気持ちが生まれてきたのも確かだった。