B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
食堂の一件があったその日のうちに、エルとクラウと共にハイデル渓谷に向けて出発した。ハイデル渓谷はレヴァルの街より北の方角にあり、魔族の拠点に近いため、防衛線のギリギリまでは馬車で詰所まで行き、その後は徒歩での移動することとなった。
問題は、行きより帰り。特に防衛線を超えた後は、可能な限り戻ってこなければ、野宿するのだって危険を伴う。そのため、明朝に詰所を出発し――すでに出発済みである――できれば昼前に目的地に到着、薬草を調達したら可能な限り防衛線まで戻る、というスケジュールを立てた。徒歩だけで往復30キロメートル程の移動だが、獣道を行かねばならないことと戦闘をこなすことことを考えると、結構な強行軍でもある。そして最悪のケースで当日に戻れない場合の簡易な野宿の準備もしてある。そしてその荷物持ちは俺だった。
「いやぁ、荷物が少なくて楽ちんですね」
「俺はそうでもないぞ?」
「あははー」
こちらの横を歩いているクラウは他人事のように笑い浮かべている。ちなみに俺に荷物持ちを提案したのはコイツだ。方向感覚があり、有事の際にもすぐ対応できるエルが少し先におり、顔だけ振り向いて横目でこちらを見る。
「だから、私も持ちましょうか?」
「いや、いいよ。こういうところで役に立っておかないと、仕事がなさそうだしな」
実際、クラウの提案が悪いと思っているわけではない。戦闘になったらより強力な二人が荷物で動けませんでした、という事態は避けなければならない。
「アラン君、私とエルさんだと露骨に態度違いません?」
「エルは真面目で気を使うタイプだからな。逆にお前は変に優しくしたら増長するだろうがよ」
「ひどい!? 会って二日目とは思えない暴挙!!」
クラウは露骨に頭を振ってショックがって見せているが、実際は百パーセント気にしていないと思われるので無視することにする。跳ねる緑髪を尻目に周りを見ると、今日は曇天、とはいえ雨でなくて助かった。現在は林内の獣道を歩いているが、足場が良いとは言い難い。幸い雪はここ数日の晴天のお陰で晴れて地面はある程度は固まっている。もし、ぬかるんでいたら一時間に数キロの行軍など不可能だっただろう。
本来、ハイデル洞穴までは人間が簡単に舗装した道があるはずなのだが、そちらの道を通れないのは訳がある。その訳の理由を、前を進むエルに再度確認を取ることにする。
「エル、ハイデル渓谷を占拠しているのは、スノウオークとか言ってたな?」
「えぇ、魔族の中で見れば、個の力は中堅、といったところかしらね。寒冷な土地でも生き抜ける強靭な肉体を持ち、体躯も大きく力も普通の人間より倍は強い。とはいえ、ある程度の実力のある冒険者なら、そんなに苦戦する相手ではないわ。ただ……」
「基本的には集団で行動するから、群として見ると結構厄介、と」
「えぇ、そうね。私とクラウが居れば多少囲まれた所で問題ないと思うけれど、それでもあまりに連戦だと疲労は蓄積するわ。そうならないように、アナタにも頑張ってもらわないとね、アラン。ちなみに、今はどう?」
言われて、改めて意識を集中させ周囲の様子をうかがう。森林の中だとやはり色々な動物な気配もあるが、その中でもオークのものは気配も大きく、ある程度識別もしやすい。
「正規ルートのほうにはそこそこ奴(やっこ)さんも纏まっているが、こっちの獣道には今のところ気配は……」
少し違和感があり、神経をもう少し集中させる。この先まっすぐ行ったところににオークの気配を感じる。林のおかげで遮蔽物が多く、今はお互いに視認ができない状況ではあるが。
「……アラン君、何体です?」
「およそ百メートル先に一体だ。はぐれたのか、なんで一体なのかはよく分からんがな」
「ふむ……それじゃ、私に任せてください」
クラウが前に歩み出て、エルの横に並ぶ。それを横目に、エルが止める。
「アナタは魔力使うんだから、温存したほうがいいんじゃない?」
「それもそうなんですが、アラン君が神聖魔法に興味あるでしょうし、こういうこと出来るんだよーを見せておこうかなと。それに一体なら、エルさんより私のほうが音を立てずに仕留められますしね」
確かに、神聖魔法は見てみたい。というか、神聖魔法と言えば僧侶魔法という感じがするので、そもそもアタッカーとして強いというのも違和感がある。だからこそ、アタッカーも使えるというこの世界の神聖魔法がどんなものなのか、それを実際に見て確認したいのは本当だった。
そのまま三人で身をかがめながら静かに進み少し進むと、一体の筋骨隆々な白い背中が見えた。幸い、こちらの存在には気づいていないようで、木に向かって何かをしているようだった。
(……アレは、完全に……)
男として生まれたからには分かる。そして、それは魔族においても同様ということなのだろう。そんな風に思っていると、隣から呟くような声が聞こえ始める。
「……始原の女神よ、我に力を授けたまえ」
横を見ると、両目を瞑って両手を祈るように組んでいるクラウが居た。その体を光の膜が覆っている――成程、補助魔法、自己バフで能力を上げて戦うタイプか。しかし、武器は――そう疑問に思っていると、クラウの目がカッ、と見開かれた。
「すぅ……はぁッ!!」
息が静かに、長く吸われ、そして一気に吐き出される。そんな気迫を出したら、敵に気づかれる――というか、今は攻撃しないであげて欲しい、などというこちらの脳内の静止などクラウに届くはずもない。彼女が足を踏みぬくと、その足元に魔法陣が展開されている。
「カンナギ流奥義、四の型……」
陣が跳ね、その反動で少女が跳び、術師のスカートが音もなく木立の中に躍る。恐らく、魔法陣の反動で加速しているのだろうか、クラウの躰はそのまま宙を舞い、瞬時に逆さまのまま悪鬼の上を取る。そしてすぐさま、その両手が魔族の頭に掛かった。
「旋風【つむじかぜ】……!」
鈍い音、そして背後を向いていたはずのオークの顔だけがこちらを向いた。クラウは一気に跳躍したとは思えないほどしなやかに着地し、それと同時にオークの体が崩れ落ち、そして結晶と化した。
その後、結晶を拾おうとオークが居た位置に近づいた瞬間、クラウは右手で鼻をつまんだ。
「くさっ! あ、あぁ、なるほど……ちょっと申し訳ないことしましたね」
用を達しているときにやられるとか考えると、敵ながら同情してしまうが――クラウは空いている左手で結晶を指さしながらこちらを見てくる。
「……アラン君、拾ってくれません?」
「……嫌だよ」
「はぁ……スノウオーク、一体で二百ゴールド……でも、馬鹿にできない額だし……」
別に結晶にはまだ浸水していないのだからいいじゃないかと思っていると、クラウは端っこをつまんで持ち上げて後、こちらへ戻ってきた。
「ふっふーん、見ましたかアラン君?」
「あぁ……しかし、今のが神聖魔法……ずいぶんマッチョなんだな」
「がくっ……! アラン君、分かってて言ってますね……?」
言葉通りに肩の力が抜けたらしい、だがすぐに体制を直し、クラウは話を続ける。
「オークを仕留める前に使っていたのが神聖魔法です。基本的には身体の強化と、結界を張るのが戦闘中のメインですね」
「成程……うん、結界? 魔獣を退ける物じゃないのか?」
こちらの疑問に対して、クラウは人差し指をち、ち、と振って見せた。
「それは、結界の一つの使い方です。結界の本質は、何かを弾く、なんですよ。聖職者の戦闘での主な役割は、敵の魔術の妨害です。魔術師同志の戦いだとディスペルも可能なんですが、後手で相手の魔術を打ち消さないといけないので、相手より数段格上でないと通用しません。
対して、神聖魔法の結界は、単純に魔術による損害を障壁によって防ぐことが出来ます。野戦の基本がパイクアンドショット、つまり大体は魔術の打ち合いなので、そのダメージを抑えるのが神聖魔法の一番の仕事です。ただ、魔術以外の物理攻撃などにも結界は有効です。なので……」
「……その子はそれを魔改造して、結界の斥力で自分を打ち出したり、敵を吹き飛ばしたりしているのよ」
後半はエルが呆れたように付け足した。あんな風に結界を足場にする、というような使い方をするのは稀というのはよく分かった。
「とは言っても、冒険者としてだと結界で魔術を防ぐとかあんまりやらないんですよね……基本的に冒険者は大群で戦うことないですし、魔術を使う高位の魔族と戦うことも稀です。それに、身体強化だって、前衛が防御中心だと、掛けたところで殲滅力変わらないじゃないですか?」
「だから、自分で敵をぶっ叩くほうが早いと?」
「そういうことです!」
「成程な……しかし、神聖魔法って言うと、もう少し回復魔法とか、そっち中心のイメージがあったんだがな」
「ありますよ、回復魔法。でも、あんまり使わないですね」
「うん、そうなのか?」
「はい。回復魔法は打撲や火傷には効果があるんですが、切り傷にはあんまり効果がないんです。止血は出来ますけど、失った血は回復しませんから。それに、戦闘中に回復魔法が必要というのは、後手に回ってるのと同義。基本は回復魔法なしで勝利できるのが一番です」
後手に回っている、言われてみればその通り。なんとなく、ゲーム的な感覚が外れていなかったのかもしれない。そう思っている傍で、クラウが続ける。
「あと、切り傷だと毒が怖いですね。解毒の魔法は高位のモノなので、使える人も限られます。司祭クラスでないと対応できません」
「えーっと、クラウは解毒の魔法、使えないのか?」
その質問に対し、クラウの表情が少し曇った。まずい質問をしたか――ソフィアが高位の魔術を使えたので、そのノリで話してしまったのは確かだ。
だが、すぐにクラウは笑顔に戻った。とはいえ、少し自嘲気味な笑顔だったが。
「……はい、使えません。私、教会では落ちこぼれの方だったので。神聖魔法は7つの階層があり、それぞれ侍者級、修道士級、助祭級、司祭級、司教級、大司教級、枢機卿級に分かれます。私が使えるのは助祭級まで、一枚の結界と補助魔法、簡易な回復魔法までしか使えません。なので、大きなケガはしないでくださいね、アラン君?」
最後は、いつもの調子に戻ってくれていた。彼女なりに変な空気にならないように気を使ってくれたのだろう、ここは折角なのでその助け船に乗らせていただくことにする。
「はいはい、気をつけるよ……んで、最後のはなんだ? カンナギ流とかなんとか」
「格好良かったでしょう?」
「……それは否定しないが、答えにはなってないな」
「アレはですね、ニンジャの技です」
忍者っぽい技とは認識していたが、そのものズバリが口から出てくるとは思わなかった。ファンタジーの世界観が壊れる。いや、この世界だともしかしたら忍者は一般的な知識なのかもしれない。
「ニンジャ?」
エルが振り向いて、「初めて聞いたわ」という顔をしている。これは一般的ではなさそうだ。
「エルさんも知らないのも無理はないです……なにせ、幻の技ですから」
「どこでそんなもの習ったのよ」
「知人に詳しい人がいるんです」
そんな知人居るものか、そう心の中で突っ込んでいると、エルも「お得意の設定ってヤツじゃない?」と突っ込んでいた。クラウはまた、他人事のようにははは、と笑い、改めてこちらに向き直った。
「ともかく、神聖呪文と私の出来ること、これで分かってくれましたかね?」
「あぁ。ちなみに、神聖魔法は魔力を消費するって話だが、一日でどれくらい使えるんだ?」
「さっきのを約三十セット、は限界ですかね。一日寝れば魔力自体は回復するんですけど、肉体のほうが限界かと。できれば二十セット程度で済ませたいところです」
「まぁ、それだけ使えれば十分だろ……あとは、そこまで使わないように依頼を達成できるよう、俺の腕の見せどころだな」
「ふふ、頼りにしてますよ、アラン君」
「おう、ほどほどに期待しといてくれ」
その後、獣道上では敵との遭遇は無く――厳密に言えば、接敵しそうになったら避けていたのだが――進むことができた。
林の隙間から、細い煙が上がるのが見える。火事とかそういうのでなく、恐らく生活の火だ。林を抜けると、そこは崖の上だった。眼下には渓谷が広がり、そこには魔族の簡易な藁の住居や、白い肌の魔族たちが無数に点在していた。