B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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老魔族グレンとの会話

 グレンに通されたのは洞窟の二階部分にあたる一室だった。六人が座り込んでも余裕のある広さで、深く切りぬかれた壁から外の光が差し込んできている。

 

「さて、何からお話しましょうか?」

 

 毛皮の絨毯の上で胡坐をかき、窓からの明かりを背後に受け、老魔族のグレンはこちらに手を差し伸べながらそう言った。

 

 自分からも聞きたいことは何個かある。魔族のこと、ブラッドベリのこと、勇者ナナセ・ユメノのことなど――とはいえ、色々と話が込み入る可能性もあるし、なんなら少女達に聞かれると危険なこともあるだろう。今日ここに泊まれるのなら、後でグレンと二人で話すのが良いかもしれない。

 

 それなら、まずは他のメンバーが知りたがっている話題から始めたほうが良いか――そう思って隣に座るクラウの肩を叩く。

 

「まずは、クラウから聞いてみたらどうだ?」

「そうですね……先ほど仰っていた、神聖魔法を使うときに生じる違和感について、もう少し詳細に聞いてもよろしいでしょうか?」

 

 クラウの質問に対し、低いテーブルの奥で胡坐をかく老魔族は小さく頷いた。

 

「はい……確かニか月ほど前でしょうか、採集時に怪我をした若者の傷を治すため、神聖魔法を使おうとした時に違和感に気付きました。

 とはいえ、先ほど申し上げた以上のことは私からは無いのですが……ともかく、祈りが届いたというより、決まった作法に決まった奇跡が起こっている、そんな風に感じるのです」

「えぇと、それで……他にも同じようなことを言っている人はいますか?」

「えぇ、集落の方には他にも何名か神聖魔法の使い手は居ますので。皆同じように違和感を感じていると言います」

「なるほど……」

「……クラウさんはティグリス神の加護を受けていたのですかな?」

「いえ、その……ただ、ちょっと思い当たるふしがあると言いますか……」

 

 グレンの言葉に、クラウは煮え切らない返事を返して後、考え込むように俯いた。恐らく、ティアと会話をしているのだろうが――こちらで認識している範囲でも、ニか月前というのはティアが違和感を感じたのと一致するはずだ。

 

 ともなれば、やはりティアに奇跡を与えていたのは邪神ティグリスだったのであろうか? 自分の予想では邪神ティグリスという神は存在しないのだが――とはいえ期間が一致するとなれば、少なくとも魔族やティアに魔法の力を授けていたのは同じ一柱だったという仮説はそれなりに信憑性を持ちそうではある。

 

 そう、考えられる可能性は色々とあるが――。

 

「……なぁ、一ついいか? もしかしたらグレンには失礼な意見なのかもしれないが……もし、魔族に力を貸していたのが邪神ティグリスでないとしたら?」

 

 そう、そうなれば自分の中では筋が通る。邪神ティグリスは存在しない神だと仮定すれば、力を貸しようがないはずなのだ。だとすると、ティアや魔族に力を貸していたのは他の神々とすれば――同時に、ティアや魔族たちに力を貸していた何者かに何かが起こったが故に違和感を持つようになった――そう考えることはできないだろうか?

 

 自分の意見に対し、グレンは髭を揉みながら思考を巡らせているようだ。

 

「可能性としてはゼロではないと思います。しかし、そうだとするならば、我々に力を貸してくれていたのは何者になるのでしょう?」

「……そうね。言うのは簡単だけど、魔族に味方する神となれば、邪神ティグリス以外には考えにくい……七柱の創造神たちは魔族と敵対しているのだし、彼らが魔族に力を貸す理由がないわ」

 

 エルの反論はもっともだ。ただし、魔族と七柱が敵対しているという前提が正しければ、という話である。ブラッドベリ曰く、魔族も七柱によって創造され、管理されているとなれば――そして自分の想像通りに邪神ティグリスなど存在しないのであるならば、七柱のいずれかが魔族やティアに力を貸していたのであり、そしてそれは同一人物と考えることは自然なように思う。

 

 自分が色々と考えている傍で、ソフィアが顎に手を当てながら――彼女が何かを考えている時の癖だ――そしてややあって口を開いた。 

 

「アランさんの言うことが正しいと仮定するなら、考えられる可能性は二つだね。一つは、邪神ティグリスと七柱の創造神たち以外に……それこそ、ゲンブたちのような古の神々が居て、その彼らが魔族に力を授けているという可能性。

 そして、もう一つは……目的は分からないけど、七柱の神々が魔族に力を貸している……」

「ちょ、ちょっと待ってくださいソフィアちゃん。エルさんも言ってましたけど、七柱の創造神が魔族に力を貸す理由はありませんよね?」

「うぅん、それはある前提が崩れれば筋が通るようになる……それは、実は七柱の創造神が、魔族と敵対行動を取る意思がない……ないし、七柱のうちのいずれかが、魔族に対して同情的であるとか。

 それこそ、アルファルド神は何をしている神様か分からないし、ティアさんと魔族に力を貸している可能性はあるのかも」

 

 ちょうど自分が思っていた思っていたようなことをソフィアが言語化してくれた。聡明な彼女と同意見なら、自分の推測もあながちズレているわけではなさそうだ――そう安堵を覚えていると、ソフィアはこちらを向いて首を傾げた。

 

「……でも、アランさんはなんで魔族に力を貸しているのが邪神ティグリスじゃないって可能性を考えたの?」

「うん? いやまぁ、ただ可能性の一つを言ってみただけだけさ」

 

 君たちの信じる神様が、実は酷いマッチポンプをしている――とはなかなか言い難い。ソフィアは「ふぅん……」とだけ呟き、意味深な微笑を浮かべてグレンの方へと向き直った。魔族老の方はと言えば、何かを探す様に目線を配り、自分たちの方を見回している。

 

「ちなみに、先ほどから感じているのですが……どなたかの荷物の中に、魔族の結晶はありませんかな?」

「いや、そんなはずは……その、グレンさんが聞いて気分は良くないかもしれませんが、結晶は換金できるので、手元には……」

「……いえ、そういえば一つ、私が持っていたわ」

 

 エルは自身の荷物の中から、拳大の結晶を取り出してそれを机の上に置いた。見れば何か禍々しい雰囲気で、クラウなど訝しむ様子でそれを眺めている。

 

「エルさん、それは?」

「魔将軍タルタロスの結晶よ」

「うひぃ!? な、なんでそんなもの持ってるんです!?」

「いえ、敵ながらかなりの武人だったからね……敬意を表するとするなら、売却してしまうのも違うかと思って。ただ、どうしようかまでは考えていなかったけれど……」

 

 エルがクラウに事情を説明している間に、グレンが結晶を手に取って、膝の上に置いて眺めだした。

 

「ふむ、タルタロス。三百年前は青臭い子供だったのに、まさか魔将軍にまで昇り詰めていたとは……」

「え、えぇっと? まさかグレンさん、結晶から復活させたり出来ちゃったりします……?」

「いや、それは出来ませぬ。結晶と相応の触媒があれば、種族としての肉体を取り戻すことは出来ますが……その魂までは元に戻せませぬので」

「いやいや、肉体を戻せるだけでも怖いんですけど!?」

「ふぁっふぁっふぁ……肉が戻っても、魂が無ければもぬけの殻。仮に蘇生したとしても動き出すことはありませんが……まぁ、怖がられるのも本意ではありませんので」

 

 そう言いながら、グレンは結晶を机の上に戻した。エルがそれを手に取る傍らで、クラウが「レムリアに戻ったらギルドで報奨金にしましょう!」と提案している。まぁそんなに金銭にも困っていないのでどうするのも良いのだが、ついでに今更ながらに疑問に思ったことを魔族の老人に聞いてみることにしよう。

 

「魔族ってなんで死ぬ時に結晶化するんだ?」

「魔族が生命活動を停止する時、残るのが核である結晶……その魔族の結晶には、種族の因子が埋め込まれているのです。たとえば適当な死肉にこの結晶を埋め込み、神聖魔法により肉体を復元すれば、タルタロスの本来の種族、悪魔としての肉体は戻ってきます。一方で、肉体が活動を停止した時に、因子たる結晶だけが残るのですよ」

 

 埋め込んで肉体を復元すれば魔族の体を取るとするのなら――原理的に正しいかどうかは分からないが、魔族の核とは遺伝子を書き換える装置のようなものなのかもしれない。そうなると、同時に一つの疑問が思い浮かんだ。

 

「なぁ、仮にだが……その魔族の結晶を生きている人間……レムリアの民に埋め込んだらどうなるんだ?」

「……その者は魔族と化します。アンデッド種を想像すると分かりやすいのではないでしょうか? 本来レムリアの民は魔族の因子を持たないのに、ゾンビやスケルトンなどアンデッドと化す……そして、彼らを倒せば結晶化する。

 アンデッド化とは、朽ちた肉体をそのまま魔族化させる呪術であり……人の身に魔族の因子を埋め込む法でもあるのです」

 

 ゆっくりと語るグレンの言葉に、エルとクラウは驚きを隠せないようで――クラウなど、手で口をふさぎ、小さな声で「なんと罰当たりな……」と呟いた。一方で、ソフィアはその知的好奇心を刺激されたのか、真剣な表情で老魔族の方へと少し身を乗り出した。

 

「逆に、生きている魔族から結晶だけを抽出したらどうなるんですか? まさか、レムリアの民と同じ身になる……?」

「それは試したことはないので分かりませんが……というより、事実上不可能だと思います。結晶を抜き出せば、残りの肉は灰と化すだけですから。

 とはいえ、直感的には魔族の因子のみを抽出したとしても、元の形を取ることは無いと思います……つまり、魔族化は不可逆の変異と言えるのではないでしょうか?」

「なるほど……しかしもしかすると、レムリアの民と魔族は、実は先祖が同じなのかもしれないですね?」

 

 考え込むように顎に手を当てて呟くソフィアに対し、クラウは少女の思考を制止するように手を挙げた。

 

「ちょっと、止めてくださいよソフィアちゃん。そんな訳……」

「うぅん、可能性はありうるんじゃないかな? だって、結晶さえあれば人の身は魔族と化すんだから」

「で、でも、そんなことをして誰が得をするっていうんです? そもそも、魔族は邪神ティグリスが人類の敵対者として作って……」

 

 クラウは必死に否定しているが、自分はソフィアと同意見だ。人という種族と魔族という種族を別口に作るより、特定の装置で人を亜人として魔族に変異させる方が楽で効率的と思われるからだ。

 

「……そうだね。ごめんねクラウさん。レムリアの民を魔族化して、得をする人なんていないはずだもんね」

 

 ソフィアは意外なほど、すぐにクラウの気持ちに寄り添うように謝罪をしたが、自分はそうは思えない。得をする連中は居るのだ。それは、七柱の創造神――奴らは人の敵対者として魔族を作り、定期的な衝突による文明の停滞を招き、人の進化を抑制しているのだから。

 

 この仮説が正しいのなら、七柱がやっていることは酷いマッチポンプ所の騒ぎではない。人の記憶だけでなく、身体を改竄するようなことを平然とやっているのだから――それこそクラウの言葉を借りれば、七柱こそ「なんと罰当たりな」である。

 

 もちろん、魔族は魔族で交配をして子孫を残せるようだし、直近ではわざわざ人の身を改造しているわけでもないだろうが――しかし、本能と文化のレベルで互いに嫌悪感を持たせて争わせているのに、実は二種の先祖は同一であったとなれば、七柱は相当に非道徳的な行いをしていたと言わざるを得ない――。

 

「そうだ、ティグリスで思い出したんだけど……アランさん! ダンさんが変なことを言ってたんだよ」

 

 ふと、自分が考え事に没頭している隣で、ソフィアがニコニコしながら自分の顔を覗き込んできた。

 

「……うん?」

「あのね、アランさんが邪神ティグリスに似てるんだって!」

「はぁ……? あぁ、なるほど、それでクラウとエルがちょっとよそよそしかった時があったんだな?」

 

 ダンの奴、何を吹き込んでくれてるんだ――邪神ティグリスなんて奴がいないのはアイツは良く知っているはずだ。しかし、邪神に似ているなんて言われたら、とくに信心深いクラウなどはぎょっとしたはずだ。

 

 自分がそんなことを考えていると、知識欲が強いソフィアが、テーブルから身を乗り出してグレンの方へと詰め寄っていた。

 

「グレンさん! 邪神ティグリスって、どんな神様だか知っていますか?」

「ふぉっふぉっふぉ……アナタ方と知っていることはそう変わりは無いと思います。我々魔族をお創りになられ、いつの日か七柱の神々とレムリアの民を滅ぼし、魔族に勝利をもたらす戦の神ということくらいで……。

 あとはそうですな、ティグリスというのは古の神々の言葉で虎を意味するのだとか、それくらいでしょうか」

 

 なるほど、言われてみれば、レヴァルの地下や魔王城に並んでいた石像は虎の形相をしていたっけ。しかし虎、虎ね――そう思った瞬間、ダンが自分をティグリスと言っていたのが呑み込めた。

 

 邪神ティグリスとはDAPAに敵対していた旧政府側の象徴として、ある一人を選出したのだろう。その中で選出されたのが虎――自分が死んだ後は、べスターがT2として戦っていたのだろうし、恐らくは七柱は原初の虎を意識して――ないし、自分とべスターを合わせて――虎から邪神の名を付けたのかもしれない。

 

 つまり、ダンが俺のことをティグリスに似ていると言ったのは、恐らく紛れもない事実なのだ。

 

「……アラン? どうしたの、何かハッとした表情をしてるけれど」

「い、いや!? 全然、何にもハッとしてないぞ!?」

 

 エルの突っ込みを、首と手を全力で振って否定する。まさか、魔王の討伐や邪神復活を阻止するために頑張っている少女達に対して、実は自分が邪神ティグリスでした、とは言い難いものがある。同時に、ルーナの言う邪神復活の兆しだなんてものは嘘八百といえる。

 

 やはり邪神など最初から存在していない――正確には寓話の元は居ても、神話に語られる魔族の長としての邪神など存在しないのだ。強いて言えば、邪神ティグリスはレムの手によって既に復活していると言うのが正しいのだが、自分もべスターも魔族やティアに魔法を授けたりしてはいないのだけは確かだ。

 

 ともかく、なんとなくだが旗色が悪い。ソフィアはなんだかニコニコしているが、エルとクラウが訝しむ様な眼でこちらを見ているのだ。こうなったら話を仕切りなおしたほうが良いだろう。

 

「……そうだ! そんなことより、勇者ナナセのことについて聞かせてくれよ! ナナコだって気になるだろ?」

 

 そう、先ほどから気配を感じない者の名を呼んでみて、何故に気配が無かったのか納得した。難しい話をしていたせいか、ナナコはぐわんぐわんと頭を振りながら気持ちよさそうに眠りこけていたのだった。

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