B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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第八代勇者ナナセ・ユメノについて

 自身の話が始まるというのに眠りこけているので、隣に座るソフィアが身を乗り出して、船をこいでいるナナコの肩をがくがくと揺らし始めた。

 

「ほらナナコ、起きて! アナタに関係ある話かもしれないんだから……」

「……はえ? あー……ソフィア、おはよぉ……むにゃ……」

「……もう! すいません、グレンさん……」

 

 少し話をして信用したのか、いつの間にかソフィアはグレンに対する警戒を大分解いているように見える。同時に、ナナコに対しても態度が柔らかくなって――いや、我らが准将殿はナナコの柔らかそうな頬をぺしぺしと叩いているから、態度は決して柔らかくはないのだが、ともかく随分と打ち解けてくれたようだ。

 

「ふぉっふぉっふぉ……ソフィア殿、いいんですよ。ナナコ殿も、ずっと気を張り詰めていたのですから、疲れていらっしゃったのでしょう」

「……えぇ、そうですね」

 

 グレンの言葉に、ソフィアはナナコの頬を叩くのを止めた。ナナコが気を張り詰めていたのはソフィアのためだろう。聞くところによると、滑落したソフィアを救うために川に飛び込んで、ソフィアの看病をしながら周囲を警戒していたのだから、確かに疲れていてもおかしくはない。

 

 少しの間、一同でナナコの方を見つめ――先ほど一瞬だけ目を覚ましたのが嘘かのようにナナコはぐっすりと眠っており、大きく開かれた口の端からよだれが少し垂れている。

 

「むにゃぁ……うへへぇ、もう食べられないよぉ……」

「……でも、なんだか癪なので、やっぱり起きてもらいます」

 

 幸せそうな夢を見ているナナコに対し、ソフィアは再び頬を叩き出した。最初の内は小気味のよい音が室内に響いていたが、全然起きださないナナコに対してソフィアも業を煮やしたのか、音が段々と強いものになっていった。

 

「むにゃ……いた、いたたたた!? そ、ソフィア!? ねぇ、起きたから! 起きたからぺちぺち止めてぇ!」

「ふぅ……ナナコ、もう居眠りしたら駄目だよ?」

「ふぁい……いやぁ、お話が難しくって」

 

 たはーっと笑うナナコを見ていると、いい意味で気が抜けてくる。ソフィアたちはなんやかんやで結構真面目だし、真剣な話になると少々深刻になるきらいがある――それは、自分も含めてそうかもしれないが。一方、ナナコはいつもマイペースで朗らかなので、一人くらいこういう子が居ると何かとバランスが取れていいのかもしれない。

 

「お話が難しくてすみません、ナナコ殿」

「いえいえ、私の頭が悪いだけなので、グレンさんは気にしないでください! えぇっと、それで何でしたっけ? 神聖魔法がうんぬん、みたいな?」

「……それは大分前に話し終わったよ」

 

 呆れたような目線をソフィアから注がれ、ナナコは再びたはーっと笑った。

 

「ふぉっふぉっふぉ……ナナコ殿のお話をしようと思っていたところです」

「あ、なるほど! それで起こされたんですね!」

「えぇ、それで……そうですな、記憶が無いとのことですが、まずは分かっている範囲で良いのでナナコ殿の状況を教えてくださいませぬか?」

「え、えぇっと……多分、私よりも周りの人の方が詳しいと思います」

 

 ナナコの言う通り、こちらは彼女が記憶を失う前のセブンスと呼ばれていた時からの情報がある――少女の困った顔に対して自分が頷き、古の神と呼ばれる連中が連れてきたこと、王都やガングヘイムが襲撃されたことなどをグレンに伝えた。

 

「ふむ、なるほど……ちなみにアランさんは、ナナコ殿のことをどのようにお考えで?」

 

 話しが終わった後、グレンが髭を撫でながらこちらへ質問をしてきた。ダンが言っていたことを論拠の一つにするのなら、自分と同じようにナナコも勇者ナナセ・ユメノのクローンと言ったところだろうか。

 

 ただ、遺伝子だとかクローンだとかを知らない少女たちやグレンに説明するのも大変だし、説明しだすと芋づる式に自分のことや他の知られるとマズイことまで話さざるを得なくなるかもしれない。そのため、グレンの疑問には首を振って応えることにした。

 

「……もしかすると、勇者ユメノ・ナナセの何か核のようなものがあって、それを成長させたのがセブンス……ナナコなのかな?」

 

 ソフィアがふいにそう呟く――我らが准将殿は鋭すぎると言ってもいいだろう。先ほどの魔族の核という情報が足がかりになったのだろうが、遺伝子情報など知らないのにそれに近い所まで推測を建てられるのだから。

 

 とはいえ、まだ彼女がユメノ・ナナセのクローンと確定したわけではない。自分も常々色々と仮説を立てて推論をしているが、この話を続けると少女たちが知るべきでない危険な領域に話が言ってしまう恐れもある――そうなれば、この辺りで止めたほうが良いだろう。

 

「……可能性としてはそういうのもあるかもしれないが、ちょっと飛躍しすぎじゃないか? ソフィア」

「えへへ、うん、そうかも……グレンさんごめんなさい、話の腰を折ってしまって」

「いやいや、お気になさらず……それでは、ユメノ殿の話をしましょうか。先ほども言いましたが、私のユメノ殿が出会ったのは三百年前……私はレムリア大陸で人間の農地や家畜を略奪していました。

 もちろん、それが私の任務だったのもありますが……日々我々が生きていくためだけの食糧を得るためでもありました」

「えぇっと……魔族さんは食べる物が少なかったってことですかね?」

 

 グレンの話を中断するように、ナナコが小さく手を挙げて質問をした。

 

「はい、その通り。農作物が育つような肥沃な土地は、全て人間が抑えています。また、魔族の多くは知能も低く、家畜を育てられるような工夫も出来ません。我々魔族が人を襲うのは種としての闘争本能でもありますが、同時に人の持つ食糧を強奪しなければ生きていけないほど困窮している、というのもあるのです」

「うぅん……理由は分かりますけど、納得は出来ませんね。魔族さんは力持ちそうですし、人と協力して土地を耕して、食糧をたくさん作って、お互いに分け合うのが良い気はしちゃいますけど……お互いにいがみ合って奪い合うより、そっちの方が良いんじゃないかなぁ」

 

 ナナコの素朴な意見に対して、グレンは静かに首を振った。

 

「口で言うのは容易いですが、やはり現実はそう甘いものではありません。何せ、人と魔族とは、本能レベルでいがみ合っており、簡単に手を取り合うことはできない。

 我々はティグリス神の、人は七柱の創造神の被造物として、雌雄を決するために生まれてきたのですから。手を取り合うというのはある意味では種としての存在意義を揺るがしかねないことなのですよ」

「う、うぅん……難しいです」

 

 存在意義などと抽象的な言葉に弱いのだろう、ナナコは額に指を当てながら眉をひそめた。対するグレン老は、また髭を撫でながら笑った。

 

「ふぉっふぉっふぉ、申し訳ない……ですが、ナナコ殿の意見もまた一理あります。我々が土地を荒らすことなく、人と共に生産を行えば、両種族が繫栄できるだけの食糧生産も可能でしょう。そしてそれは、ユメノ殿も同じ意見でした」

 

 そこでグレンは言葉を切って立ち上がり、後ろを振り向いて切りぬかれた窓の奥を見つめだす――まるで空の向こうに遠い過去を見出しているようだった。

 

「一個小隊を任され農地を荒らしまわっていた私は、若く荒くれてはいましたが、幸いにも人の言葉を解し、魔法を使うだけの知能がありました。同時に、人を大きく上回れるほど強くもなかった……そのおかげか、人と魔族の戦争については冷ややかな眼で見ていたのを覚えています。

 もし私がもう少し賢《さか》しくなければ力のままに暴れていたでしょうし、もう少し力があれば人を見下していたでしょう。私はその中間に位置していたせいか、人と魔族の状況に対して斜に構えていたのです。ただ、自分と仲間が生きられるだけの貯えがあればいいと……そんなある日のこと、ついに私は勇者によって討伐されてしまいました」

 

 そこでグレンは言葉を切り、窓から視線を話してポケッとした顔をしているナナコの方を暖かな眼差しで見た。

 

「しかしユメノ殿は、私や仲間たちの命まではとらなかった……本来は生きるか死ぬかの関係性の中で、私のことを見逃してくれました。そして、こう仰っていました……自分は聖剣の勇者として召還されてきて、まず第一にレムリアの民を助けなければならない……」

『……だけど、魔族さんだって、生きるのに必死なんです。ですから、私は魔王ブラッドベリと話をしてみるつもりです。レムリアの民と魔族が手を取り合うことは出来ないかって……ブラッドベリが協力してくれるなら、私はそのまま七柱の創造神たちも掛け合ってみるつもりです』

 

 先々代勇者によく似ていると評される少女の容姿と声が分かっている分、グレンが思い浮かべている勇者ユメノの言葉が自分にも聞こえてきたかのようだった。その幻影を見たのは自分だけではなかったのだろう、クラウが口元を抑えて小さく俯いているのが見える。

 

「勇者ユメノがそんなことを……」

「意外なのか?」

 

 クラウは手を口元から外し、自分の方を見ながら頷いた。

 

「勇者ユメノは、細い腕に小柄な姿でありながら、その剣の捌きは歴代勇者の中でも最強だったと伝えられています。誰よりも早く、強く戦場を駆け抜ける様は戦乙女のようで、誰よりも多くの魔族を討伐した勇猛果敢な勇者であったと……」

「なるほどな。まぁ、俺たちはその場を見た訳じゃないからな……本人を前にこう言っちゃ失礼だが、グレンの言っていることが本当だって分からないし、同時に嘘だって確証はない。

 それに勇者の話なんて尾びれに背びれがつくもんだろうしな……どっちが本当は分からないんだから、俺たちが信じたい方を信じるしかないだろう」

 

 クラウに対して中庸な意見を言ってみるが、実際の所はグレンの言うことが真実であろうと思う。自分が魔王と一対一で対峙している時、他ならぬブラッドベリ自身が、勇者ユメノは共存の道を提案してきたと言っていたのだ。あの場で嘘をつく理由もないだろうし、パワードスーツT2の影響でブラッドベリは七柱のコントロールも逃れていたはずだ。

 

 グレンとブラッドベリの先々代の勇者像は一致する――そうなると、ナナセ・ユメノはレムリアの民と魔族の共存を本気で考えていた人物と言えそうだ。

 

 しかし、同時に一つの疑問が浮かぶ。仮に異世界の勇者が七柱の創造神の被造物であるとする場合、魔族と共存するというような意見を思い浮かばないようにコントロールするようにするのではないかということだ。

 

 思い返せば、シンイチも旧世界の倫理観をもって行動していたし、神々の言いなりという雰囲気ではなかった。そうなると、異世界の勇者の思考は七柱が統制できないのかもしれない。だから、勇者ユメノは、人と魔族との共存の道を何の疑問もなく思いつけたのかもしれないのだ。

 

 気が付くと、グレンはいつの間にか窓からこちらへと向き直り、改めてナナコのことをじっと眺めていた。

 

「……ともかく、姿形が似ているだけでなく、我々に対して抵抗や嫌悪感を示さないナナコ殿は、どうしてもユメノ殿と同一人物のように感ぜられるのです」

「うーん、なるほどです……」

「……あまりピンときませんか?」

「そうですね、何か記憶の手掛かりになるかなと思って色々思い出そうとは頑張っているのですが……」

 

 ナナコは額に両手の人差し指を押し当てながらウンウンと唸り――唸った甲斐もなかったのだろう、少しして指を離し、あっけらかんとした表情で笑って見せた。

 

「まったく他人事のようでピンとこないのが正直なところですね。ただ、なんとなくですが……私がこの世界に召還された勇者なら、きっとそのユメノさんと同じことをすると思います」

「そうだな……俺はナナコの考え、悪くないと思うぞ」

 

 何の気なしに同意してしまったが、今の立場としては好ましくない意見だったかもしれない――隣に座るクラウがまた口元を抑えてこちらを見ている。

 

「アラン君は勇者なんですから、魔族と共存するというのは……」

「そうは言うがな、クラウ……グレンみたいに戦う気のない相手を一方的に倒すのも違うんじゃないか?」

「う、ん……まぁ、それはそうかもしれないですけど……」

「ただまぁ、本能レベルでいがみ合ってる相手と、今日明日で仲良くしましょうが難しいのも間違いない。だからせめて……静かに暮らしている彼らのことを、そっとしておくくらいの度量はあってもいいとんじゃないかなと思うぜ」

 

 そう言うと、クラウも、奥に座るエルも納得はしてくれているようだった。彼女たちは物心ついた時には魔族との戦争をしていたのだから、手を取るというのは感情の上で処理するのは難しいだろうが――無害な相手を追い立てるほど苛烈な性格をしているわけでもない。一番魔族に対して敏感だったソフィアも「うん、それだけなら」と納得してくれているようだった。

 

「ふぉっふぉっふぉ……不思議なことですな。やはり、異世界から来られた方は特殊な倫理観を持っていらっしゃるのか……ただ、そう言ってもらえると幸いです。また、アナタのように分別のある人が勇者になってくれて有難く思いますぞ」

「まぁ、アンタにはソフィアを救ってもらった恩もあるし、何よりここまで来るのにずっと刃物を突きつけてた憂き目もあるしな……むしろ、それで手を出さないでやるってだけなのも、こっちの傲慢な気もするが」

「いえいえ、やはり共存は難しいというのが私の意見でもあります。なので、せめてこの大地でひっそりと、ただ時の流れに身を任せて生きていく……それだけが我々、南大陸に住む魔族たちの望みですから。それ以上は望みませんとも」

 

 グレンはそう言いながら、何度かうんうんと頷いていた。まだゲンブたちや七柱の問題は残っているから、人と魔族の関係がどうなるかなど未来の話は知る由もないのだが――可能ならば今言ったように距離を取るところから始めて、次第に歩み寄れるようになるのが望ましいようにも思う。

 

 もちろん、それは勇者ユメノが夢見た理想郷には遠いのだろうが――そうだ、グレンは先々代の勇者に会ったことがあるのならば、アイツのことについて知っているかもしれない。

 

「そうだグレン。アンタはアルフレッド・セオメイルって奴のことは知らないか?」

「残念ながら、存じ上げませんな……私が知っていると思ったのは?」

「あぁ、勇者ユメノのお供だったエルフらしいんだ」

「なるほど。しかし、私がユメノ殿に討伐されたときには、彼女のお供は人間が三人でした。なので、私はエルフの方を見たこともなければ、聞いたこともありません」

「そうか……」

 

 確か、アルフレッド・セオメイルは途中でお供を入れ替わったと聞いた記憶がある。グレンと会った時には、まだユメノとアルフレッドは合流していなかったということなのだろう。

 

 少し奴のことも知りたかったのだが、分からないのなら仕方がない――グレンに対する質問を終えると、先ほどとは打って変わって真剣な表情でナナコがこちらを見ていることに気付いた。

 

「……アランさん、そのアルフレッド・セオメイルって誰なんです?」

「あぁ、さっき言った通り、勇者ユメノのお供だったらしいんだが……ゲンブ、元々ナナコを操っていた連中の仲間でもあって、今はT3と名乗っているんだ」

「アルフレッド・セオメイル……T3……」

「覚えがあるのか?」

 

 こちらの質問に対し、ナナコはまた額に指を当てて記憶を取り戻そうと懸命に努力をしているようだった。

 

「直接的には思い出せないけれど……懐かしい様な、身近な様な、大切な様な……うぅん、ともかく不思議な感じがします」

「……なるほどね」

 

 ナナコの記憶が無くなってると言っても、それは記憶が忘却されているだけで、過去に起こった事実が無くなる訳ではない――培ってきた経験は、身体に刻まれているものだ。それは誰よりも自分が理解できる。

 

 同時に、T3という名に馴染みがあるということは、ナナコにとってもT3という存在は特別だったのかもしれない。

 

 それにしても、アイツは今頃何をしているのか。ガングヘイムへの襲撃には参加していないようだったから、何か別の暗躍をしているのか――そう思いながら窓の外を見ると、いつの間にか日も陰りだし、夜の帳が降りそうになっているのが見えた。

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