B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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世界樹の夜

 辺りを覆うのは漆黒、風の強い宵闇の中、葉擦れの音のみが響き渡る夜は隠密するのに適した晩と言えるだろう。

 

 世界樹のたたずむ南大陸の南西部分は、深く広いジャングルに覆われている。自分は現在、世界樹の枝葉を昇っており――眼下の風に揺れる木々たちが、まるで荒ぶる黒い波間のように蠢いているのが見える。

 

「……ナナセ」

 

 思わず、彼女の名が口からこぼれる。ここに来るとイヤでも思い出してしまう。初めて彼女に会ったこの場所――ここは自分の故郷でもあるのだが、そのことは今の自分にとってはどうでも良い。ただ胸に去来するのは、彼女との思い出のみだ。

 

 恐らく彼女のことをより強く感じてしまうのは、セブンスが居なくなったせいだろう。セブンスの存在は自分の心をかき乱す――ナナセと同じ瞳の色の少女。しかし、ナナセとはまた別の存在でもある彼女との距離感は測りかねていたのが正直なところだ。

 

 セブンスに心を許すことはできなかった。それは、亡きナナセに誓った想いを否定する様で――セブンスと接することで、この三百年間の身を焦がす様な復讐の焔が燻ってしまうことが怖かった。同時に、あの子の存在が、幾分か自分の心のよりどころになっていたのもまた事実なのだ。

 

 居たら居たらで厄介なのに、居なくなればそれはそれで心をかき乱す――あぁ、ナナセ、どうか偽りの神々を倒すだけの強さを自分に与えてくれ――。

 

『……T3、おセンチしている暇はありませんよ?』

 

 人を小ばかにした声が脳内に響き渡り、一気に思考が現実に戻ってくる。袖に仕込んでいるワイヤーを上部の枝に巻きつけ、音をたてないように巻いて行く――目指すは、世界樹の頂上だ。

 

『私はセンチになどなってはいないぞ、ゲンブ』

『ふぅ……まぁ、そう言うことにしておきましょう。さて、作戦のおさらいです。今回のミッションは世界樹の頂上におわすレア神……すなわち、ファラ・アシモフの殺害です。

 道中の妨害に関しては、アナタの知り合いなどもいるかもしれませんし、相手も王都とガングヘイムの襲撃を経験していることから、天使どもの起動もされていると思われます……かなり危険な任務になりますね』

『どうということはない。奴を超えると決めたのなら、これくらいはこなさねばな……それに、世界樹の構造は十二分に理解している。エルフも天使も潜り抜けて、レアの元へとたどり着いて見せよう』

 

 原初の虎は数多の第五世代アンドロイドが跋扈する場所に忍び込み、要人の暗殺をこなしたという。アラン・スミスに対抗するのなら、言葉にした通りにレアの下までたどり着かねばなるまい。

 

『……アラン・スミスに対抗意識を燃やすのは勝手ですが、変にこだわってしくじらないでくださいよ?』

『無論だ』

『ふぅ……どうにも、アナタには邪念が多いように見えますからね』

『貴様が無駄な心配事を増やしているのだ、ゲンブ。ヴァルカン神を仕留め損ねた挙句、魔剣ミストルティンを奪われてしまったのだからな』

『おぉっと、藪蛇でした……しかし、アナタが本当に心配なのはセブンスなのでは?』

『……そろそろ通信を切るぞ』

 

 脳に響く不愉快な通信を一方的に切り、次の枝に移動する。図星を突かれる前に逃げたというのが正しいのだろうが――ともかく、ゲンブと会話したことで集中力も戻ってきた。この先は襲撃者に備えて更なる警戒がなされているだろうから、こちらも改めて気を引き締めて木登りを続けることにする。

 

 ある一定の高さ――世界樹の全長における三分の二程度まで着き、更に気を張って登ることにする。奴らが出てくるとするなら、そろそろのはずだ――周囲を見渡し、風の流れが不自然な箇所を探す。

 

 幸か不幸か、かつて狩りで培った観察眼や直感が役に立っているらしい。第五世代型アンドロイド――通称天使は、完全迷彩により視覚効果とありとあらゆる探知機は掻い潜るが、確かにそこに存在はする。だから、空気の流れや音の反響などによる微細な違和感を拾えれば、その存在は確認できる――数としては五体ほど、それが木の枝の上と世界樹の居住空間の窓から周囲を警戒しているのが確認できた。

 

 ゲンブが言うには、旧世界の天使と言えば背中に羽を持つ、まさしく天の御使いの姿として想像されていたらしい。自分にとっては、そちらの方が厄介だ――空を自由に飛び回られれば、そちらの方が手に負えない。地を這いつくばってくれてさえいれば、まだ対処法はある。

 

 しかし、派手な戦闘をしてしまえば自分の潜入がバレてしまう。また、ADAMsを使えばソニックブームで居所を知られてしまう――そのため、レアの元に着くまでは可能な限り戦闘を避け、進行上でどうしても必要な時だけ静かに撃破をしていく必要がある。

 

 マントについているフードを被り、ベルトを操作してこちらも迷彩を発動させる――熱と音波を遮断するだけの機構であり、天使や王都襲撃時に魔獣に積んだ完全迷彩ほど完璧に姿をくらませられるわけではないが――光の色彩ではなく、レーダーで世界を認識している天使相手にはこれで十分だ。

 

 もちろん、十分とは言ってもそれは距離をとれている間だけだ。奴らが確かに存在するように、自分も確かにこの場にいる――至近距離では音でバレてしまうだろう。そのため、巡回する天使どもに気付かれないだけの隙間を縫い、屋内にいるエルフたちに気付かれぬように昇っていかなければならない。

 

 天使どもが徘徊するルートを見定め、奴らの死角に入る様に枝葉の間を少しずつ昇っていく――ふと、世界樹中を張り巡らされているワイヤー杖のツタが眼に入った。

 

(……アレを使えれば楽なのだが)

 

 上下はもちろん、幅広く枝葉の広がる世界樹の移動には、通常ではあのワイヤーを使う――蜘蛛の巣ように張り巡らされているツタは、植物状の生物で移動するゴンドラであるツタワタリを利用する。

 

 世界樹で生活をしていた時には、アレで移動していたものだが――夜間で移動している本数は減っているが、今も魔晶石の明かりを室内で輝かせながらいくつのかのツタワタリが移動しているのが見えた。

 

『いっそ、アレに乗って移動したらどうですか?』

 

 まさしく蜘蛛のように移動する植物性のゴンドラを眺めていると、再びゲンブの声が頭に響きだした。  

 

『馬鹿なことを言うな。ツタワタリに乗っているのがバレたら、逃げ場がないだろう』

『しかし、このままのペースで昇っていては日が暮れる……もとい、夜が明けますよ。少し大胆な移動も必要なのでは?』

 

 確かに、ゲンブの言うことも一理ある。むしろツタワタリの中にさえ入れれば、周囲から見えなくなり安全であるかもしれない。

 

『……以前、私がアレに乗っている時には気にしていなかったのだが。あの中は監視カメラなどは無いのか?』 

『監視カメラは存在するかもしれませんが、それならマントに搭載されている迷彩があれば、物陰にさえ隠れて姿を現さなければごまかしが効くでしょう。しかし、私としては植物性の機械だなんて、あまりピンとこないのですが……』

 

 それこそ、ゴンドラの中にいる他のエルフを逐一レムが監視していればバレるでしょうが、そう付け足された。とはいえ、いくらレムがスーパーコンピューターと言えども末端まで常時観察していることもないだろう。そう割り切って、天使から距離を置いて忍び込めるツタワタリの通り道の近くへと移動する。

 

 枝葉の間に身を潜め、ツタワタリが横を通り過ぎるのを待つ。上りの一匹が真横を通り過ぎるのに合わせ、まずは植物の隙間から中を観察する。乗客員は僅か一名、それも幸いなことに居眠りしてくれているようだ。ツタワタリに飛び乗り、隙間から中に侵入し、すぐに乗客員からなるべく距離を取り、これまた植物で作られたボックスシートの陰にしゃがみ込んで息を潜めた。

 

 さて、レア神が居る最上部にたどり着くには主に三つのルートがある。一つは世界樹の内部の正規ルート、これは見張りも多く使えないだろう。次点に、レアの居室にあるテラスからの侵入だが――前回王都襲撃の際にテラスからの侵入をしてしまったので、警戒はされていると考えたほうが良いだろう。

 

 そうなれば、残る道は一つだ。ツタワタリが世界樹の幹に到着し、眠りこけていた乗客が起きて外に出るまで静かに待ち、周囲に音がしなくなったのに合わせて自分も外へと出る。

 

 木の幹にさえたどり着ければ、恐らく外の警護に回されているであろう天使の相手はしないですむと予想される。それに、エルフは個体数も多くない――そもそも長寿で自己完結しているが故、生殖はあまり関心が無いのだが――夜半という時刻も助かってか、活動しているエルフは最小限だ。これなら、なんとかレアの居室までたどり着けるだろう。

 

 内部を見回るエルフに見つからぬように静かにツタワタリの発着場を後にし、身を潜めながら奥へと進む。

 

 世界樹の内部は、木の内面を削ってできた自然な作りになっており――実際、世界樹はガングヘイムのような鉄と螺子の機械は存在していない。その代わりに、世界樹はツタワタリを代表とした植物性の有機機械で構成されている。

 

 遺伝子工学で改良し、ある種の反射を利用して機械の代替として動く植物たち――知的生物の進化を抑制している惑星レムにおいて、本来は旧世界ですら実現しなかったオーバーテクノロジーらしいのだが、生まれた時から「世界樹とはそういうもの」として触れてきた自分には違和感もなかったし、世界樹をこれ以上改良しようなどという発想も出てこなかった。

 

 とにもかくにも、足音を殺し、気配を殺して移動し、幹の中央部分に当たる壁までたどり着く。そこの足元に隠された取っ手を掴むと、木の組織が動き出し、人一人入れるだけの扉上の穴が開かれる――これは非常用の通路で、一部の有力なエルフだけが知っている脱出用の螺旋階段が中に埋まっているのだ。

 

『……ゲンブ、確認だ。天使を撃退するには頭部と背中側の腰の付け根にあるコンピューターを破壊すればいいんだな?』

『えぇ……旧世界のままであるのならば、ですがね。とはいえ、この星の防衛装置は旧世界からの来訪者でなく、他の知的生命体の来襲に備えた物のようですから……恐らく、私のような旧時代の亡霊を意識してはおらず、よって演算装置の位置変更などはされていないと思いますよ』

 

 階段を昇るがてらに、通信にてゲンブに確認を取る。レアの居室の中には、テラス側と正規の入口付近に第五世代型アンドロイドが配置されていることが推察される。派手な音は立つが、先手必勝――レアさえ倒せば、後はADAMsを利用して一気に脱出するだけ、遠慮はいらない。

 

 最上部にたどり着き、外套からヒートホークを取り出して、植物性のレバーを操作する。直後、植物の扉が開き――それと同時に奥歯を噛み、正面のテラスに向けて一気に駆け出す。非情に微細な空間の歪みだが、見えないことはない――テラスの側に立つ長い髪の老婆をすり抜け、天使の硬い装甲を切り裂く高熱の刃を一薙ぎし、二体を頭を横から両断する。

 

 すれ違いざま、もう一本を取り出して二体を背後から切り付け、そしてまたすぐに振り返り、残りの一体の頭部と背中をそれぞれ切り付け、そのまま通り抜けた耳長の老婆へと肉薄した。

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