B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ピークォド号に帰還して後、気絶したままのテレジア・エンデ・レムリアをホークウィンドが医務室に運んでいった。起きた時に再び暴走するとも限らないので、その監視役として彼はそのまま医務室に残っている――ついでに、頭が取れたままのアズラエルも一緒に医務室で監視されている形だ。
そのため、艦首部分に移動してきたのは自分とレア、それにアガタ・ペトラルカの三人だ。ブリッジの扉を開けた瞬間、中空に浮かぶ人形がゆっくりとこちらへと振り返った。
「ようこそ、ファラ・アシモフ……いいえ、その姿ではレアと呼んだ方が適切でしょうか? ともかく、お久しぶりですね」
「えぇ、チェン・ジュンダー……実に一万年ぶりだわ。まさか、こうしてアナタの船に招かれることになるとは思ってもみなかったけれど」
「それで……単刀直入に言えば、またどういった了見で我々に与しようとお考えになったのですか?」
「それは、むしろ私が聞きたいわ……もちろん、ここに来たからには覚悟も決めて来たけれど、今回の発案は……」
そう言いながら、レアは振り返って後ろに立つアガタ・ペトラルカの方を見た。アガタは頷きながら前へと歩み出て、首の後ろに腕を回しながらネックレスを外した。
「詳しい話はレム本人から……えぇと、私は機械には強くないのですが、こちらのネックレスを使えばレム本人と通信できるとか?」
「……なるほど、確かにある種のトークンのようですね、これは」
ゲンブは十字架のネックレスをじっと見つめて後、やおら指を上げた。すると、少女の手元からネックレスがゆっくりと浮き上がって、そのままそれがブリッジの中央へと運ばれて、機材の中に収まっていく。
そして、夜空を写していたブリッジの窓がそのままモニターとなり、中央に黒髪の女性が現れる――自分も見るのは初めてだが、その容姿は伝承の通り、彼女が女神レムに違いなかった。
「……我々を招き入れてくれて感謝しますよ、可愛らしいお人形さん」
「ははは、止めてください。この姿はセブンスの趣味です……そう言うアナタは一万年前と同じ姿を取っているのですね、レム」
「えぇ……とは言っても、海底に沈んでいる本体は、既に人の形をとっていませんがね」
「さて、アナタにはたくさん聞きたいことがあります……しかしやはり真っ先に確認しなければならないのは、この会話が実は傍受されているという可能性についてです……実際に、アルファルドに傍受されているのでは? アナタは惑星レムの超高性能電子演算器であり、その権利者が居るはず……それがアルファルドだと想定していたのですが」
「アナタのおっしゃる通り、彼が私の……AIであるレムの権利者です。ですが、傍受はされていません。ピークォド号の中ではDAPA側の電波は妨害していますし、アガタのトークンにより、この通信は高度に暗号化されています。何より……彼は今、人の話を聞ける状態にありませんから」
「よろしい、その辺りはおいおい聞くとしましょう。そして次に聞きたいことですが……なぜアナタが唐突に私たちに協力する気になったのか、ということです。アルファルドの妻であるアナタが、容易に七柱を裏切るとは考えにくいのですが」
「あら、アナタほどの御仁が、男女の愛は永遠と思い込むだなんて、少々ロマンチックが過ぎるんじゃないですか?」
「ははは、これは手厳しい……ですが、答えになっていませんよ?」
「こちらこそごめんなさい……ですが、半分は関連があるのです。私がDAPAに所属したのも、この星まで来たのも……そして、我々の目的に疑問を抱いたのも、同時に原初の虎を復活させたのも、全てアルファルドが関係しているのですから」
レムはそこで一度言葉を切って、モニター越しにレアの方を見た。
「……今から話すことは、レア……いいえ、アシモフ。アナタも知らなかった事実が多分に含まれていると思います。今こそ、原初の虎を蘇らせた真の理由をここに打ち明けましょう」
そこからレムは淡々と話しだした――何故こちらと手を組もうと判断したのか、その理由を。そもそも旧世界で何があったのか、また惑星レムに渡ってくるまでに何があり、この星の三千年間で何があったのか――そしてなにゆえに原初の虎を蘇らせたのか。
語り終わるのには数時間を要した。一万年を圧縮したのだから短いとも言えるのかもしれないが、それでも情報量が多く、全てを覚えておくには難しいほどだった。
ともかく、説明を終えた頃には、概ねレムの行動原理は理解できるようにはなった――彼女は半ば騙されるような形でDAPAに所属し、そもそもは自分たちと近い立ち位置にいた、ということらしい。
もちろん、彼女の言っていることが全て事実だとは限らない。そもそも、自分は旧世界の事情に詳しくはない――彼女の言うことが信頼に足るかは、我らが軍師の方が正確な判断を下せるだろう。そう思っていると、レムが話し終わるのと同時に人形が小さく頷いた。
「……なるほど、そんな事情があったのですね」
「えぇ……信じていただけますか?」
「聞いた内容的にはそれらしいですが……ともかく、半分は信じますよ」
「あら、全面的に信じてはいただけないのですね?」
「それはもちろん。なんだって自分の目で見たこと以外……時と場合によっては自分が見たものですら疑ってかからないのとなりませんから。ですから、私はなんだって全面的には信じません。そういう意味では、半分信じてるというのは概ね信用に足る、と思った証です」
「えぇ、それで十分……私だって、アナタ達を利用しようとしているだけなのですから。同時に、この星の代表としてアナタ達の来訪を歓迎いたします……よくぞ一万年の時の中からおいでなさいました。随分無理やりな来訪ではありましたが」
どうやら、ゲンブはレムの言ったことをある程度事実と認めたようだ。
「さて、アナタの言うことが事実だとすれば、アルファルドはアルジャーノンと並んで現在は身動きが取れない……合わせて、アルファルドが権限を持っているハインラインも眠ったままになるということですね?」
「えぇ、先に懸念を伝えれば、エリザベート・フォン・ハインラインのヴェアヴォルフエアヴァッフェンをルーナに利用されてしまう可能性がある点ですが……ルーナやその手先に接触される前にエリザベートを回収できれば問題ありません。
また、ヴァルカンは説得可能だと思っています。彼もこの星に居付いて、愛着があるようですし……元々は宇宙に憧れてここまでついてきたというのが正確ですから、高次元存在の降臨に対してはそう執着もないはずです。それに……」
レムが一度言葉を切ってアシモフを見ると、エルフの老婆はモニターの中の女性に頷き返した。
「彼とは長いですから。私が説得しましょう」
「はい、そうしてくれると助かります」
まさか、本当にヴァルカンも引き込めるかもしれないとは――そのことを推察していたゲンブは、人形の小さな手を顎に当ててかたかたと口を動かし始める。
「そうなれば……後はルーナだけ仕留めれば、この戦いに終止符を打つことができる……」
人形の呟きに、モニター内の黒髪が頷き返した。
「正確には、ルーナが依り代にしているセレナと、お抱えの第五世代型アンドロイドであるジブリールとイスラーフィールを討って後、月に眠るアルファルド、アルジャーノン、ルーナ、ハインラインのそれぞれの本体を完全停止する、ですが」
「ジブリールとイスラーフィールは強力なのですか?」
「はい。ジブリールとイスラーフィールは第五世代型アンドロイドの中でも最後に作られた二体で、惑星の重力変動で巨大化した原生生物を容易く葬れる火力を有し、虎に対抗できるだけのスピードと耐久を持つ……単独でブラッドベリを凌駕できるだけの戦闘力があると言えば、その恐ろしさは納得してもらえるでしょうか?」
「……同じ後継機でも、アズラエルとはえらい違いだな」
自分がこの場にいないアンドロイドの名を呟くと、アシモフが窘めるような調子で腕を動かしながらこちらを見る。
「後継機の中では、アズラエルは第五世代型アンドロイド、熾天使(セラフ)シリーズの中では最初に作られたというのもありますし、何よりジブリールとイスラフィールはルーナが自身の護衛にと、オーバースペックで作成された二体です。二体が規格外なだけで、アズラエルが劣っているわけではありませんよ」
「……とはいえ、今はデュラハンのようになっているが」
「そうですね。落ち着いたら直してあげないと……」
レアが独り言のようにそう呟いて後、改めてゲンブがモニターの方へと向き直る。
「それで? 他に強力な後継機は居ないのでしょうか?」
「あと二体……熾天使にはウリエルとミカエルが存在します。とはいえ、ミカエルは海と月の塔で私の本体の護衛をしてくれているので味方です……問題はウリエルですね。彼はアルジャーノンの配下で、私の方でも今どこで何をしているのか分からないのです。
ともかく、ルーナの待ち構える海と月の塔にはミカエルもいます。この場にいる方々とヴァルカン……それにセブンスと原初の虎が居れば、ルーナと熾天使の二体、それとルーナが制御する第五世代型アンドロイドを相手にしても勝利することは可能と思われます」
「成程……」
ゲンブは袖から扇子を取り出し、一人納得するように呟き――ややあってから、口元を隠すようにしてレムを見る。
「……最後に確認です、レム。アルファルドはアナタが私たちと組むことを想定していなかったと思いますか?」
「それは……可能性の一つとして考慮はしていると思います。その時のための策を事前に練って、ルーナに伝えている可能性もありうるかと」
「そうですか……いえ、そうでしょうね。彼はそういう男です」
ゲンブは扇子を畳んで袖に戻し、モニターに背を向けてこの場にいる者たちが見えるように振り返った。
「戦力的に見れば、ルーナの抱える第五世代型アンドロイドの数が多いのに対し、我々は寡兵……とはいえ、この場にいる者たちで対処可能なはずです。また、特に強力と想定されるルーナと熾天使だけなら、恐らく勝機は十二分にある。
しかし、相手はこちらの行動を予見しており、対抗策を練っている可能性があります。そうなると、権謀術数を覆す大きな力が必要……」
一旦言葉を切り、人形は半身を逸らしてモニターの方を覗き見る。
「レム、アラン・スミスの説得は可能でしょうか?」
「えぇ、出来ると思っていますよ。元々、私がアナタ達に協力すると決めたのは、彼の意志を尊重したためです。そして彼は今、ある意味では人質に取られている三人の少女たちを護るために、アナタ達と戦うポーズを取らないといけないだけですから。彼女たちの身柄の安全を提供できれば、こちらに加わってくれるはずです」
「……どうかな。奴は私を憎んでいる」
ゲンブとレムの会話に割り込むようにごちる。実際、聖剣の勇者を殺した後の原初の虎の殺意は、今までに感じたことが無いほどのモノだった。それほどこちらを恨んでいるのに、今更手を組むもなさそうだが――そう思っていると、レムは目を閉じながら長い黒髪を横に振った。
「真実を知れば、アナタの功罪も水には……まぁ流しはしないでしょうが、納得はしてくれるはずです。激情の人でもありますが、それで優先順位をはき違える人でもありませんから」
アイツをよく知るレムが言うのなら、あながち嘘でもないのだろうが――自分の気持ちはそう単純なものではない。そしてそれを知っている不埒な人形は、また自分にとって不愉快な笑い声を上げて笑った。
「ははは、違いますよレム。彼はアラン・スミスと手を組みたくないのです」
「あら、そうなのですか?」
「えぇ……まぁ、気持ちは分からなくもないですがね。しかしT3、優先順位をはき違えないでください。別に虎同士で殴り合うのは大いに結構ですが、それは全てが終わってからでも構わないでしょう?」
「……そうだな」
「全然納得いっていない感じですし、なんなら先日、原初の虎にも同じようなことを言ったばかりですが……案外似た者同士なのかもしれないですね、アナタ達は」
「止めろ、アイツと似ているなどと言われるのも不愉快だ」
「おぉっと、怖い怖い」
表情は動かないくせに、人形は目元が細まっていると見まがうほど楽し気な声をあげ、再びレムの方へと向き直った。
「さて、概ねの方針は決まりました。改めて、ご協力感謝しますよ、レム」
「こちらこそ。なお、レアとアガタ、テレジア・エンデ・レムリアの三名に関しては、ルーナたちにはアナタ達が捕獲したという映像データを見せていますので、そのつもりで」
「ははは、まるで私たちが悪者のようですねぇ……なんなら、世界樹を護るために戦ったと言うのに」
「世界樹を護るために戦ったのはアルフレッド・セオメイルとホークウィンド卿でしょう?
アナタは別にどちらでも良かったとお考えなのでは?」
「そんなことはございません。見ての通り可憐にしてか弱いお人形、平和主義者なので」
「はぁ……王都とガングヘイムを強襲し、世界樹に来たのだってレアを暗殺するつもりだったくせに、どの口が言うんですか……」
「そうだ、もう一点だけ追加で確認したいことがあります」
「……グロリア・アシモフのことですね?」
レムがテレジア・エンデ・レムリアの中に宿ったもう一つの人格の名を告げると、エルフの老婆の肩が僅かに揺れたのが見えた。黒髪の女神はそれを見ていなかったのか、頷き返したゲンブの方を見ながら続ける。
「グロリア・アシモフは最後の世代ですから、人格と能力をレムリアの民に移植することが出来る……ですが、その類まれなる能力を残すためにゲノムを保管、つまり、彼女の腕だけ残されていただけにすぎません。
彼女の人格がゲノムに残っていたのは我々も想定外でした。しかし同時に、脳の残っていない彼女の人格は不安定で、レムリアの民に人格を転写しても大本の人格と競合し合い、精神が安定しないのです。
グロリアがレムリアの民に馴染むには、他の七柱同様になるべく彼女に近い存在であることが条件となり……ヴァルカンやハインラインは遺伝子情報が近い者でないと身体を上手く動かせませんが、グロリアはどちらかと言えば遺伝子情報よりも、移植される者の精神的な状況が自身に近い方を好むようです」
「テレジア・エンデ・レムリアはその条件に合致したのですか?」
「一部分は、と言うべきでしょうか。愛する者を奪われ、復讐に燃える乙女……そういった点ではテレジア・エンデ・レムリアの精神状態に合致したと言えます」
「それだけでしたら、他にもっと合致する素体もあったんじゃないですかねぇ」
「それもそうなのですが……テレジアにグロリアを適合させようというのはルーナの意見で、その詳細は不明です。恐らく、悪趣味な嗜虐精神の表れだと思います。
ともかく、私としてはグロリアの軌道を逆手にとって、アナタ方の元へ届けようと思ったのですが……暴走して迷惑をかけてしまう結果になりました」
「成程……しかし、なかなか厄介な状況になりましたね。グロリアとテレジア、両者の仇がこの船には乗っているのですから」
確かに、そう言った意味ではテレジア・エンデ・レムリアとグロリア・アシモフ両者と敵対していない者は船の中にほとんどいない――自分やゲンブ、ホークウィンドはテレジアと敵対しているし、グロリアはレアや第五世代型アンドロイドであるアズラエルを敵視するだろう。
そういう意味では、グロリアをテレジア・エンデ・レムリアに適合させたのは、我々に合流させまいというルーナの意図があったのかもしれない。ひとまず回収できたのは良いモノの、御せる存在ではなくなっているのだから。
そんな風に考察している傍らで、モニターの中のレムが口を開いた。
「ひとまず、彼女の世話はアガタに任せると良いでしょう。テレジアとは友好的な関係を築けていますし、グロリアとも敵対はしていないので……」
「そうですね、そうさせてもらいます。ですが、このままでは戦力として扱いづらいのが正直なところですが……このまま行くと、彼女の……グロリアとテレジアの人格はどうなるのですか?」
「この星に渡ってくる時に行った実験結果から言えば、次第に人格が融合し始め……すでにそれは始まっていますが……互いにアイデンティティを消失し、廃人になってしまいます。もっと精神状態が近い素体が居れば、互いの意識を持ったまま融合できるのではという仮説はあるのですが、星間移動中にグロリアを宿した素体には社会性がほとんどなく、人格形成も甘かったので、彼女に合う素体が無かったので、正確な所は不明です」
「成程。それでしたら、彼女に合う素体を探す必要があるかもしれませんね……それまでは一旦、王女様の中に居てもらい、アガタ様に面倒を見てもらいますか」
ゲンブがそう言うと、アガタ・ペトラルカに一同の視線が集まる。それに対して薄紫色の髪の少女は両腕を組みながら大きくため息をついた。
「身分の差はあれど、共に旅した仲間でもありますから……自壊していく王女を見届けるのは、心苦しいものがありますけれど」
「……ごめんなさい、アガタ」
モニターの中でレムが伏し目がちにそう呟くと、アガタは眼を瞑りながら首を横に振る。
「大丈夫です、レム。私は全ての覚悟を決めてきています……アナタの御心のままに、この身も魂も捧げる覚悟が。ただ、私はアナタに忠誠を誓っているのであって、彼らのことを信用しているわけではないので、そういった意味で気が進まないだけです」
アガタ言い終えると、その釣り目で自分たちの方を睨んできた。怒りというよりは、単に気が進まないという調子ではあるが――何にしても、ある種の天外魔境であるこの場で悪態がつけるのだから、この少女は相当肝も座っているし、何よりレムに対する忠誠は本物なのだろう。
「ははは、また怖い人が船に乗ってきましたねぇ……結構、私はアナタのような人が好きですから、歓迎しますよ」
「ですから、私はアナタのことは信用していないと……まぁ、歓迎されないよりはマシでしょうから、素直に歓迎されておくことにしますか」
アガタはそう言いながら、有難くなさそうに手を振った。口調はお嬢様のそれだが、態度は輩《やから》のそれである――などと考えているうちに、モニターの中のレムがブリッジの中にいる一同を見回し、改めて口を開いた。
「それでは、また何かありましたら通信を繋ぎます。ちょっとしたことでしたら、私は常にアガタと繋がっていますので、アガタに質問してくれれば答えますので」
「えぇ、これからよろしくお願いします、レム」
ゲンブが返事をするのにあわせてレムは微笑み、アガタが機材からペンダントを取り出すと同時にモニターの中の女神が消え、ブリッジの窓には星空が戻ってきたのだった。