B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「さて、ここからどうするんだ?」
崖の上、木々にその身を隠しながら、俺はエルに問うた。
「このまま、崖の縁に沿ってもう少し北に向かうわ。ハイデル洞穴は、渓谷の最上部、滝の側にあるの」
「成程、下に降りてオークを相手にしながら行くよりは、楽で安全そうだ」
「足場は良くないけれどね。特に崖の近くは崩れてもおかしくないから、慎重に行きましょう……アラン、悪いんだけど先行してもらえる? 荷物は持つから」
「あぁ、構わないが……」
荷物を差し出すと同時に、「多分、足場の感じを見るのも、私よりアナタのほうが優れていると思う」と言われ、促されるままに先行する。まだ昼と言えど、茂みの中は確か足元も見えにくい。なんで直感が効くのかもわからないが、後続の二人が足を取られないように手で合図をしながら先行する。
藪の外から聞こえてくるオークの声を聞きながら、さらに北上していく。恐らく、そこかしこから煙が上がっているのを見るに、森の動物などを捕って食事にしているのだろう。この辺りは元々人はほとんど住んでおらず、また近場の人達も退避しているとのことで、下から聞こえてくる何語とも分からない言語は、決して人を食おうとかそんなことを言っている訳ではないと信じたい。
またしばらく進むと、段々と悪鬼の声の代わりに水流の音が聞こえ始め、それは段々と大きくなっていく。渓谷の果てが近い証拠だ。後ろの二人を手の合図で制止し、自分は少し奥へと進む。谷に落ち行く滝の周辺は少し拓けており、その周囲に敵がいないか確認するためだ。雑音で気配は分かりにくいので、ある程度は視認する必要がある。
藪から見ると、滝が下り始める場所より向こう側、川の岸に四体ほどオークがいるのが見える。二人の元に戻って指で敵の数を報告すると、エルがこちらに近づき、クラウの方にも手招きした。
「多分、上からの見張りね。倒そうと思えば倒すのは簡単だと思うけれど、交代が来た時に異変に気づかれるリスクもあるわ」
「そうですね……どうせ滝の音でこちらの動きはバレないでしょうし、そのまま下に降りてしまいましょうか」
そう言いながら、二人は谷のほうへと進む。こちらも追いかけて見下ろすと、高さ十メートル下の位置には、また四体ほどのオークがいる。併せて、滝つぼを挟んで対岸側に洞窟の入口が見えた。あれがハイデル洞穴だろう。
「おい、どうやって降りるんだ?」
二人に目配せすると、クラウのほうが小さく挙手した。
「下のオークは、私がどうにかします。エルさんとアラン君は、ロープを使って降りてきてください」
すぐにエルが荷物からロープを取り出し、後ろの頑丈そうな木の幹に巻きつけ始めている。それを横で見ていると、クラウが肩を叩いてきた。
「アラン君、オークに投擲でけん制してもらっていいですか?」
「あの距離だと当てるのは難しいな……」
「だから、けん制で大丈夫です。当てなくてもいいですよ、ちょっと注意を引いてくれれば、私が少し楽ってだけなので」
「あぁ……分かった」
てっきり神聖魔法に睡眠の魔法でもあるとか、そんな感じかと思ったが。ひとまず、言われた通りけん制のため、コートの裏地に仕込んでいる投擲用ナイフを四本取り出す。
「じゃあ、せーので投げるからな」
「了解です、いつでもいいですよ」
「よし……せーの」
掛け声と同時に立ち上がり、下に向けてナイフを投げ始める。一体につき一本――最も近場のオークに対しては、頭上に突き刺すことに成功。直後、はっ、と少女が声を上げ、飛び降りていく気配を感じる――続く二体目に対しては肩に当たった。ここで残りの二体も異変に気づき――滝つぼ付近にいる三体目の足元に三本目は刺さり、対岸にいる最後の四体目には横をかすめるだけで終わった。
クラウはどうしている――見ると、着地寸前で足元に陣を出し、着地の負担を減らしたようだった。ベルトに仕込んでいたのだろう、トンファーを手に持っており――ナイフの刺さった肩をおさえているオークに対し、トンファーを鳩尾に沈めた。打たれたオークはすぐに結晶化し、残りが武器を取り出すより先に、クラウは疾風の如き速度で一足飛びで間合いを詰め、そのまま一撃にて次の一体を屠った。
最後の一体は対岸にいる。クラウは茂みの中で倒したのと同様、足元の陣の反動で一気に跳ぶ。最後の一体は武器を出していたが、何もできずに首を捻られて沈んだ。
そうこうしているうちにエルがロープの準備を済ませて荷物を渡してきたので、俺はそのロープを利用して下まで降りた。ちなみに、その後エルはロープで降りてくることはなく、縄を切り落とし、そのまま崖のちょっとした出っ張りに上手く飛び乗って降りてきた。
「ロープが降りてたら、人間が来ているのがバレるかもしれないからね」
「あ、はい、そうですね……ちなみに帰りは?」
「あの子が崖を駆け上がってロープを垂らしてくれるわよ」
「あ、はい……」
なんだか自分だけ道具を使わないと降りられなかったのが悲しいような気がしながらも、ひとまずオークにバレずに下まで降りることは出来た。落ちている結晶とナイフを拾い、洞窟は対岸、クラウほど一気に跳躍は出来ないものの、少し下った場所に良い感じの距離で石が点在している場所があったので、俺とエルはそこから向こう岸へと跳んで移動し、クラウと合流した。
「ほれ、二つだ」
彼女が仕留めた三体分うち、最初に降りたほうの岸に落ちていた二つを差し出すと、クラウは一つだけ受け取った。
「ナイスなけん制だったので、一個分はアラン君におすそ分けです」
そのままクラウは踵を返し、洞窟のほうへと向かって歩き出した。
洞窟の中は、予想していたほど暗くはない。元々、川の支流が流れて削って出来たのか何なのかは分からないが、所々高い天井に小さな穴が空いており、そこから僅かに光が差し込んでいる。とはいえ、ボンヤリと洞窟内の輪郭が見えるだけで、本来は松明でも付けないと厳しい暗さではあるのだが、中にオークが居た時に居場所を知らせることになってしまうので、灯りはつけずに進むことになった。
「……この辺りはダメですね、全然ないです」
クラウが身を屈めながら洞窟の岩場を手探りしているが、お目当ての苔は全くないらしい。
「そこら中に苔、生えているように見えるがな」
「トラヴァ苔はこの辺りに生えているものよりもうちょっと細長いんです。戦時中なのでオークに占領される前も採取してましたからね、さすがに入口付近は取りつくしてたのかもしれません」
「それなら、もっと奥に進むか?」
「はい、そうですね」
クラウに声を掛けている横で、剣戟の鋭い音が洞窟内に反響する。洞窟の奥のほうに目を移すと、二体分の結晶をエルが拾い上げてこちらに戻ってきた。
「……ここを住居にしている個体がいるようね。この先も多少戦闘があると思う」
「ドンパチは任せたぜ、先生」
「誰が先生よ……まぁ、折角来たのだから、少しは役に立たないとね」
その後は、自分が索敵をしつつ、必要ならエルが戦闘、クラウは生えている苔を鑑定する、というような役割分担で奥に進んでいった。時々、隠れてやり過ごしたのを、後ろから投擲で倒したりもした。卑怯な気もするが、他の個体がやられた違和感を外の大群に知られるとマズイので、口封じの意味合いもある。
「……なかなか、様になってるんじゃない?」
岩陰にしゃがみ込んだまま、後ろからエルが話しかけてきた。ちなみに、クラウは更に奥で地面に張り付いて苔を探している。
「うん? 何がだ?」
「スカウトとしての働きっぷり」
「あぁ、そうだな……割と性にあっているかもしれない」
辺りにほかの気配が無いのを確認してから立ち上がり、ナイフと結晶を拾ってエルの所に戻る。
「正直、ちょっと心配してたのよ……アナタのスキルを疑ってたわけじゃないけれど、やっぱり誰も組んでくれてなかったから。私のせいかなって」
「そう思うなら、今後も組んでくれていいんだぞ?」
冗談半分、本気半分、むしろ本気百パーセントなのだが多分断られるだろうという覚悟の元に言ってみたが、やはりエルは申し訳なさそうにはにかんだ。
「……やっぱり、一人が性にあってるから」
「ふぅん……ま、無理にとは言わないけどよ。でも、たまにこうやって組むのはいいんじゃないか?」
「そうね……難しい仕事じゃないなら」
その返しには違和感があった。本来は、一人では出来なさそうな難しい仕事ほど協力するものではないか? しかしそれを聞く前に、クラウが「ダメですー先に行きましょー」と割って入ってきたので、質問するタイミングは逃してしまった。
幸いなことに、この洞窟は入り組んでいない。まっすぐ進み続けると、目当てのものは見つからないまま最奥まで来ることになった。一番奥にボスでも居るかと緊張したが、三体ほどのオークと接敵したのみにとどまった。
エルが三体とも仕留めて落ち着いて見ると、最奥はそこそこ広い空間になっている。だが、目当てのものは割とすぐに見つかったらしい、最奥入り口付近でクラウが「ありましたー」と少し間の抜けた声を響かせた。
「これです、これがトラヴァ苔です!」
クラウが件の苔を手のひらに乗せて見せてくる。確かに、少し細長い、小さな葉のような形状をしている。
「アラン君、探せます?」
「いやぁ、少し特徴的なのは分かったが、完全に見分けるのはちょっと厳しそうかな……」
「えー、見た目は分からなくても、臭いで何とかなりません?」
「お前、俺を犬か何かと勘違いしてるんじゃないだろうな?」
「ぶー……じゃあ、少し時間はかかりますけど、私が採集してきます。エルさんとアラン君は、敵が来ないか警戒しててもらっていいですか?」
「あぁ、了解だ」
エルも頷き、二人で最奥部の入り口に陣取る。とはいえ、一本道の敵をすべて倒してきたので、恐らく時間的に余裕はあると思われるので、一応警戒はしながらも、先ほどエルに聞きそびれた話の続きをすることにする。
「なぁ、さっき難しい仕事じゃないなら組んでもいいって言ったけど、ふつう逆じゃないか?」
「……言われてみればそうね、失敗したわ」
エルは右手で顔を覆った。失言だった、つまり逆を言えば、本音であったともとれる。
「……アナタ、バカだけど頭が悪いわけじゃないからね……いいわ、少しだけ話すことにする。ちょっと、口封じもしておきたかったしね」
口封じとは穏やかじゃない――エルはそこで切って、奥のほうに目配せした。恐らく、クラウに聞かれたくないのだろう、ちょうど奥のほうで集中しているようで、大きな声で話さなければ問題なさそうだ。
「アナタ、私と初めてあった時に、私がこれに手をかけてたの、見たでしょう?」
そう言いながら、エルは腰の短剣に手を当てた。二本差しているうちの、装飾がしてある方のことを言っているようだった。
「あぁ、そういえば、一度も使っているのを見たことないな」
「これがちょっと秘密の道具なの。あんまり、他人に知られたくないものでね……でも、これを使う時、私は全力を出せる。だから、難しい仕事じゃないなら、って言ってしまったのよ」
「おい、秘密の道具とか言われると余計に気になるぞ」
「そうよね……うーん……ともかく、恩を売るようで悪いんだけど、街への案内と武器の解説した駄賃に、この短剣のことは聞かない、そして黙っててくれないかしら?」
「それを言われるとこっちも弱いが……」
つまりを言えば、その短剣が彼女を孤独にしているとも取れる。何の短剣だかも分からないが、そもそも他人に持っていることを知られたくないようなものを、何故エルが持っているのか、そこからして疑問だ。とは言っても、恐らくは聞いても教えてくれはしないだろう。
しかし、一つどうしても気になる。それだけは聞いてみることにする。
「じゃあ、一個だけ聞かせてくれ。言えないなら言えないでいい」
「……言ってみて」
こちらの真剣な想いが伝わったのか、エルもどことなく緊張した面持ちになった。彼女が固唾を飲むのを聞き、クラウに聞こえないような小さな声で問う。
「……それ、魔剣か?」
「……そうね、魔剣と言えば魔剣。ともかく、一般の刀工が仕上げられる代物ではないわ」
「そうかぁ……!」
「え、なんでそんな嬉しそうなの……? え、えっ……?」
「いやぁ、だって魔剣だもんな、仕方ない、うん」
この世界にも魔剣とか、伝説の武器的なものはあるということ、それが分かったのだ。やはり男の子としては、魔剣とか使ってみたい。自分の魔剣が欲しい。いやとりあえず触ってみたい。
「……なぁ、ちょっとだけ触ったらダメかな?」
「ダメ」
即答だった。まぁ、ひとまず彼女が誰とも組みたがらない理由は分かったし、詮索するなというのならこれ以上は突っ込まないことにし、両手を大げさに左右に振っておどけて見せる。
「ケチなやつだなぁ……ま、秘密の道具だもんな、レイヴンソード」
「だから……! はぁ……なんでこんなやつに見られてしまったのかしら……」
エルは再び顔を右手で覆った。そして丁度話の区切りが良いところで、後ろから「あー!」という声が響いた。振り返ると、クラウが頬を膨らませているのが見える。
「二人とも! 何イチャイチャしてるんですか! 私にばっかり仕事させて!」
「イチャイチャしてない」
エルが高速で否定に入った。しかも恥ずかしがるそぶりもなく凄く冷静な言い方だったので、なんだかこっちが悲しくなってきた。
「……そうですよね、ごめんなさいエルさん。こんなのとイチャイチャとか言ったら不名誉ですよね?」
更にクラウから追撃が入る。そしてトドメの一撃に、横でエルが深く頷いていた。なんと可愛げのない連中か、しかしここは悲しさの高まりに比例して落ち込むのをぐっとこらえることにする。
「あのな……ちゃんと警戒はしてたんだぞ……それで?」
「はい、こっちも採集は済みました。本当はもっと持って帰りたいですけど、草の見極めにも時間かかりますし、あまり大荷物になると移動が大変なので……」
そう言いながら、クラウは腰の革袋をぽん、と叩いて見せる。ひとまず、それにいっぱいになる程度は採集できたようだ。
「それなら、さっさと退散するか」
「はい、そうですね……外のオークたちに勘づかれたら厄介ですから」
クラウの言葉にエルも頷き、再び自分が先導して洞窟の出口を目指すことにした。帰りはスムーズで、行きのような戦闘はない。しかし、しばらく進み、あと一息で出口、という辺りで強烈な気配を感じた。すぐに手で二人を制止するが、その気配は鎮まることなく、こちらにどんどん向かってきている。
「あ、アラン君、これは索敵できなくても分かります……」
「……大群が、こっちに来ているわね」
後ろでエルが鞘に手をかける気配を感じる。ともかく、ここからでは様子が分からない。もう少し進んで入口が見える位置まで移動すると、確かにオークの大群がこちらに向かって走ってきている。まだ距離はあるが、数十秒後には洞窟になだれ込んでくるだろう。
「わ、私たちが居るの、バレちゃったんですかね!? さすがに、あの数相手は高位の魔術師でもいないと……!」
クラウが慌てているのを尻目に、目を細めて様子を伺う。こちらは三人、それにしても一挙に押し寄せすぎだ――よく見ると、オークたちは武器を腰に携えたままで、両腕を振って全力疾走しているようだった。これはおかしい、そう思って更に遠景に目を凝らすと、オークたちの背後、その上空、何か大きなものが空に浮かんでいるのが見えた。
「……ドラゴン!?」
思わず声を荒げてしまう。とはいえ、ファンタジーでよく見るような、トカゲに羽が生えているのとは少し違う。アレは、先日廃墟で見たものに性質が近い。羽が生えていて、尻尾があり、しかし全身の筋肉がむき出しのような感じ。その上、黒い線状の物がそこかしこ、躰の表面を覆っているのが見えた。
そしてそれを視認したと同時に、その生き物の口から炎が吐き出される。炎は一気にオークの居住区を覆い、向かってくる大群の前列を除き、多くのオークたちもその炎に飲み込まれてしまったようだった。
「オークたちは、アレから逃げてたのね……!」
横に並んだエルに対し、どうするか問おうとしようとした瞬間、巨大な生物の口が今度はこちらを向いたのに気付く。恐らく、残りのオークたちも殲滅しようとしているのだろうが――!
「エル、クラウ、後ろに向かって走れ!」
そう叫んで後、二人はすぐに再び洞窟の奥に向かって走り出す。こちらもその背をすぐに追い始める。流石にあの巨大生物は、この洞窟の中までは来れない。しかし同時に、この一本道に炎が入り込んできたら、ひとたまりもない。
走り始めるとすぐに、熱気が後ろから一気に襲い掛かってくる。だが、可能な限り走り続け、やや天井の低い場所を通り過ぎる瞬間、緑髪の少女が足を止めた。
「クラウ!?」
「いいからアラン君は私の後ろに!!」
言われるがままに後ろに周り振り返ると、クラウは両手を体の前にかざした。直後、結界が形成され、丁度低い天井から足元までをカバーする形で陣が張られる。そしてすぐに高温であろう炎が洞窟内を赤く染め上げ、そしてクラウの張った陣に直撃した。
「う、ぐぅぅ……!」
結界のおかげか、なんとか燃え盛る火炎に包まれずに済んだものの、熱気自体はこちらまで来ている。それを目の前で受けているクラウディアは、自分より余程の高温にさらされており、そしてひるまずに掲げているその両腕にはどれ程の負荷が掛かっているのか想像も出来ない。
どれほどの時間が流れただろうか、恐らく時間にすれば数秒程度だったのだろうが、陣を圧迫してきていた炎の勢いは無くなった。ここが岩場で良かったのか、道中にクラウが物色していた苔が僅かにチリチリと燃えるだけで、中は異様な熱気が残るもののなんとか人間が生息できるレベルまで落ち着いた。
同時に、クラウディアがその場にへたり込んでしまう。
「クラウ、大丈夫か!?」
「へ、えへへ……なんとか」
そう言いながら笑って見せるクラウだが、地面についている手は、真っ黒に焦げてしまっている。顔には汗がびっしりと浮かんでおり、痛みもそうだが、結界に神経を使ったのだろう、かなりの疲労が見て取れる。
「大丈夫じゃないだろう! その手……!」
「アラン君、忘れましたか? まぁ、見ててください……」
クラウは震える手を何とか、という調子で組み、詠唱を始める。
「……女神レムよ、癒しの力を分け与えたまえ」
少女の体が淡く光、その光が徐々にその手に集中していく。すると、手の焦げが徐々に剥がれ落ち、下から新しい皮膚がどんどん形成されていくのが見えた。
「……回復魔法は、打撲と火傷には効果があるんです。とは言っても、皮膚を一部だけ総とっかえですから、手の違和感はすごいですけどね」
そう言いながら、クラウは右手をひらひらと振って見せた。顔色も少し良くなったようだ。
「ふぅ……いや、助かったよクラウ」
「いえいえ……みんな無事でよかったです。でも、今日はこれ以上の魔法は厳しいですかね」
クラウが振り返り、こちらも走り抜けてきた洞窟内を改めて見渡す。奥のほうに、地面に黒い焦げが数か所見える。これなら、少なくとも帰りにオークとの戦闘はないだろう、そう思っていた矢先、天井の切れ間から生物の咆哮、そして羽音が聞こえ、それは段々と遠ざかって行っているように聞こえた。
「……アイツは、去ったみたいだな」
「はい……とりあえず、出ましょうか」
高温の炎で焼かれたオークの亡骸には、結晶も残らないらしい。洞窟の外に出るまでに何個か生物の痕跡を見たが、どれも煤となっているのみだった。
外に出ても、それは変わらない。炎が渓谷内を走ったおかげか、山火事にはなっていないようだったが、それでも――先ほどまで喧騒にまみれていた谷間には、今は静寂と燃え残った僅かな炎があちこちに点在しているだけだった。
「……普段は、お金のためって、命を狙ってるのに虫のいい話かもしれませんが……」
クラウディアは河原にひざまずき、両手を組んで目を閉じた。
「……せめて、アナタ方の逝く道が、安からんことを……」
人類の天敵に対して祈る、その気持ちも分かる。それほど、目の前の光景は凄惨だったのだ。時刻は丁度正午というところ、いつの間にか空には晴れ間が見え、丁度渓谷の下流に太陽が見える。その陽に向かって祈る少女は、どことなく清廉で、神聖な雰囲気を纏っていた。