B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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クラウの疑念

 案の定、緑髪の少女は船の上で一人きり、濁った川をぼぅっと眺めているようだった。

 

「……クラウ、大丈夫か? アガタが連れていかれたって、心配だよな」

 

 そう声を掛けながら、クラウの隣へと並ぶ。クラウは一瞬だけこちらを見たものの、黙ったまままた川へと視線を戻してしまった。

 

「おいおい、口も利《き》けないほど心配か?」

「心配……そうですね、そうかも……」

 

 クラウはどこか焦点の合わない視線で水の流れを眺め続け――少しして意を決したように頷き、真剣な瞳でこちらを見つめてきた。

 

「アラン君、私に何か隠し事をしていますよね?」

「どうした、藪から棒に」

「藪から棒じゃありません。ずっと、ずっと思ってました……私に隠し事をしているって。アラン君も、アガタさんも……」

 

 クラウはそこまで言って、再び目線を逸らしてしまう。恐らく、面と向かって言うには勇気も必要だったはずだ。そうなれば、きちんと応えてあげたい気持ちもあるのだが、やはり同時に知っていることを単純に話すわけにはいかない――どうしたものかと思っていると、クラウは川の流れを見続けながら、ぽつり、と呟き始める。

 

「ホークウィンドが言っていたんです。アガタさん、レム神の声が聞こえるらしいですね?」

「それは……」

 

 初耳だ、というのは簡単だ。しかし、少女の思いつめている表情を見る限り、恐らく嘘は通用しない。クラウは核心をもって自分に聞いてきているのだ。お前は知っていたのだろうと――同時に、どうして自分にそれを教えてくれなかったのだろうと。

 

「……ごめんなさい。アラン君を責めたいわけじゃ、ないんですけど……本当は、王都襲撃の時から、ずっと相談したかったんです。でも、あの後はアラン君も大変そうでしたし、アガタさん本人に聞けばいいかなという判断もあったんですが……」

「それじゃあ、助けに行かなきゃな」

「そう、そうなんですけど……ただ、今回のことだって、どうして急に、アガタさんは世界樹に来ていたんですか? それこそ、失意の底にあったテレサ姫を連れて」

「いや、それは俺にも分からんが……」

「それに、ずっと引っかかってるんです。アラン君が、邪神ティグリスに似てるっていうの……グレンさんと居た時だって、妙にはぐらかしたじゃないですか? 本当は、記憶が戻っていたりするんじゃないですか? そのうえで、私たちを……」

 

 欺いているのではないか――彼女が言いたかったのはそれだろう。しかし、流石にそれを口にするのが憚《はばか》られたのか、彼女は言い切らずに押し黙り、再び視線を落としてしまった。

 

 実際の所、ダンが自分をティグリスと言っていたのは恐らくその通りであり、自分がそれを自覚してしまった以上は欺いていないとは言うのは嘘になる。もちろん、自分のオリジナルが死んだ後に勝手に邪神扱いされていたのだから、詳しいことは自分も知らないと言ってやりたいくらいなのだが――それでは彼女は納得しないだろう。

 

「……それじゃあ、逆に聞くぞクラウ。俺の正体が邪神ティグリスだとして、君はどうするつもりなんだ?」

「それは……! その……その質問は凄く意地が悪いです。私自身、どうするかなんか分からないし……そうじゃないって、言って欲しいだけなのに……」

「……そうか、すまなかったな」

 

 どちらかと言えば彼女は自身の不安を言語化できていないだけで、いっそ自分がティグリスだったと仮定すれば考えもまとまるかもと思っての質問だったのだが、どうやら逆効果だったらしい。クラウはしゅんとして、再び押し黙ってしまった。

 

 こうなれば、言える範囲のことを言って――滅茶苦茶に抽象的で納得してもらえるとは思わないが――この場をまとめるのがベターな行動か。

 

「とりあえず、俺が君に隠し事をしているのは否定しない。確かにクラウの言う通り、俺はアガタがレムの声を聞けるのは知っていたし、古の神々や七柱の創造神に関して、恐らく君以上に多くのことを知っている……神話としてではなく、本当にあったこととしてだ。

 ただ、記憶が戻っていないのも本当だし、知っていることに関しては別に意地悪で教えていない訳じゃない。俺が知っていることが本当に正しいことかも分からないし、下手なことを言ったら皆を混乱させる恐れがあると思って……」

「それでも! たとえ正確な話じゃなくたって、相談してくれたっていいじゃないですか!?」

 

 今まで大人しかったのに急に大きな声を出されたせいで、こちらとしても少々気後れしてしまう。クラウも自分の声の大きさに驚いたのだろう、ハッとした表情をしてすぐに視線を落とし、自身の体を抱くよう胸の下で腕を組んだ。

 

「……そんなに、私は頼りになりませんか?」

「大切に想ってるよ」

「は、はぐらかして……!」

「失礼な、本気だぞ」

「もっと性質が悪いです!!」

 

 クラウは再び顔を赤くするほど声を荒げているが、調子は少し戻ってきたように見える。これなら、もう一押しで落ち着いてもらえるかもしれない。

 

「隠し事ばかりで都合が良いのも分かってるが、これだけは信じてほしい……俺はみんなのことは大切に想ってるし、同時にこの世界に生きる人々のことは守りたいと思っている。それだけは嘘でもない、本当のことだ。

 それに、いつかキチンと全部話すよ。俺の知っていること全部さ」

「……いつかって、いつですか?」

「そうだなぁ……世界が平和になったら、かな?」

 

 自分のいう世界平和というやつは、神々の――旧人類の争いが収まり、この星に生きる人々を利用する連中が居なくなったらという意味ではあるが。そうなれば話したって問題なくなるのは事実なはずだ。

 

 しかし冷静に考えれば、その時は彼女は自分のことを許してはくれないかもしれない。場合によっては、彼女の信じる神を倒す気でいる訳だから――ただまぁ、その時はその時だ。

 

 彼女の信仰を否定する気もなければ、七柱の行いを絶対悪として断ずる気持ちがある訳でもない。ただ自分は、自分が正しいと思ったことのため、勝手にやろうとしているだけで――少女が神の傀儡として一生を終えるよりは良いことだと自分は思っている、それだけなのだから。

 

 もちろん、それは自分の傲慢だ。だからその結果として彼女から恨まれるのなら、それはそれで仕方がないというものだ――そう思って一人頷いていると、クラウはジトっとした眼でこちらを見ていた。

 

「なんかいい感じにまとめた気になってるかもしれないですけど、私は全然納得してませんよ?」

「おっと」

「ふぅ……ただ、アラン君がテコでも動いてくれないのは分かりました。でも、一つだけ教えてください……私に言えない理由って何ですか?」

「君が解脱症に罹る」

 

 頑なに自分が話さないのはこれが理由だ。彼女の人間性が失われるのが何よりも恐ろしいから――自分から出た言葉に対し、クラウも息を吞むように緊張した面持ちになった。恐らくだが、自分と同様に、サンシラウの村でうわ言を繰り返すジャンヌのことを思い出しているのだろう。

 

「適当なことを言ってるわけじゃないんですよね……」

「あぁ、流石にこういうことで冗談は言わないさ」

「でも、解脱症になるメカニズムなんか、分かってはいませんよね? 一応、学院や教会、貴族の人ほどなりやすく、それはアラン君のいうような事情を知ってしまったからかもしれませんが……それでも断言しますか?」

「あぁ、する。そのうえで、俺がクラウに話せないことはそれだけ重大なことだと認識してくれれば助かる……クラウも賢いから、それとなく色々知ろうとすれば分かることもあるかもしれないが、知るだけでも危険だ。だから、時が来るまでは下手に詮索もしないほうが良い」

「うぅ……そんなこと言われたらメッチャ気になりますし、色々と邪推しちゃいますけど……ただ、アラン君が話せないのは分かりました。むしろ、言いたくても言えなかったんですね」

「そういうことだ。理解してもらえて助かる」

 

 邪推されるだけでも本来は危険だが、クラウなら大丈夫だろう。精々、俺のことをティグリスの化身で、なぜレムが自分を蘇らせたかなどは考えるかもしれないが、ルーナやレムのことを否定的には考えないはずだ――彼女はそうやって生きてきたから。

 

 七柱が正しいことは太陽が東から昇るくらい当たり前のことである彼女は、七柱が悪いことをしているなどと想像だにしないだろう。そう考えれば、やはりソフィアの方が危険だ――彼女は非常に頭が切れるから。どうにか上手く欺いてくれているようだが、それを神々に悟らせないように自分もソフィアも上手く立ち回る必要があるだろう。

 

 今にして思えば、シンイチがソフィアを追放してくれたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。ガングヘイムやこれから行く世界樹など、この世界の機構の裏側を彼女が見ていたら、もっと早く真理に到達し――ジャンヌの解脱症を見ないまま、少女はその人間性を喪失していた可能性があるのだから。

 

 ともかく、今はクラウだ。流石に解脱症になると言われれば納得をせざるを得なかったのか、先ほどの興奮した調子はなりを潜めたが、それでもまだ煮え切らない表情をしている。

 

「でもやっぱり、納得しきらないです。どうしてアラン君だけ、そんな重いモノを背負ってるんですか? それに、アガタさんも……」

 

 クラウは独り言のようにそうごちて、再び濁った川へ視線を落とし、しばらく押し黙ってしまう。なんとか元気づけてやりたい気持ちはあるが、もうこれ以上のフォローは自分の方から入れようもないぞ――そう悩んでいると、クラウは低い声で話始める。

 

「ごめんなさい、心配で声を掛けに来てくれたのは分かってます。でも、今は少し……一人で考えたいです」

「……あぁ、分かった」

 

 一人にさせてしまえば余計に変な邪推をしてしまうかもしれないが、きっと自分が側に居てもそれは変わらない――むしろ、話せない理由は分かっても、余計にことの重大さを際立たせるだけで、それを共有してもらえないことのもどかしさを自分が近くにいると余計に感じてしまうだろう。

 

 常に周囲に気を配り、メンバーの心の機微に敏感なクラウだが、今としてはその気を使う彼女の性質が裏目に出ているといったところか――ともかく、こういったことはある程度は時間が流れるままに任せるしかないだろう。

 

 その後は川を降って一日経つと、世界樹の麓(ふもと)までたどり着いた。見た印象としては、鬱蒼と茂る森の中に現れた巨大な幹という感じで、圧倒されるものの感動は少々薄かった――言ってしまえば、突然視界一杯が断崖絶壁のような茶色に覆われただけなのだから。

 

 きっと上に昇れば気分もいいに違いない――などと思うのは、緊急時としては暢気すぎるか。とはいえ、消火もすでに終わっているらしく、やれることと言えば天上におわすらしいハイエルフ達に事情を聞くということくらいなので、登ってから景観を見るくらいは罰も当たらないはずだ。

 

 上に昇るのには、てっきりエレベーターでも使うのかと思っていたが、そうではなかった。世界樹を取り囲む様に存在する蜘蛛の巣のような糸、あれを伝って移動すると聞かされたが、実際にそれを渡るとされる物に乗り込むのには抵抗があった。何せ、全身緑色の巨大な蜘蛛のような生き物の腹部に乗り込めと言われたのだから。

 

「……これ、そのまま食われたりしないだろうな?」

「あはは、きっと大丈夫ですよアランさん! 見てください、この子は大人しそうですよ?」

 

 ナナコは巨大生物の頭部の付近に立って、直に巨大蜘蛛に触れている。

 

「ナナコの奴、胆力があるな……」

「というより、好奇心旺盛で怖いものが無いんでしょう……私もこれに乗るには抵抗があるけれど、まぁエルフたちが日常に使っているものだから、危険はないと思うわ」

 

 エルの意見をもっともだと受け入れ、意を決して巨大蜘蛛の腹部に乗り込む。中はバスとか電車とかといった調子で――正確にはゴンドラと言うべきなのかもしれないが――椅子が並んでおり、壁は幾重にも折り重なったツタのようになっている。一応、これは植物の一種だとエルフから聞いてはいたが、中に入ってそれをようやっと納得できた形だ。

 

 蜘蛛状のゴンドラが動き出すと、自分のこの乗り物に関する感想はすぐに変わった。動きは早くは無いものの、遅くもないといった塩梅で、もっと揺れるかと懸念していた乗り心地も悪くない。

 

 乗り心地以上に自分の心を打ったのは、やはり窓から覗く景色だ。ある一定の高さまで上ると熱帯雨林の木の高さを超え、下面には緑の絨毯が並び、巨大な木の幹から生えるまた巨大な枝葉や、それらを取り囲む様な蜘蛛の糸が木から垂れる絹のようで、その景観は美しい。

 

 またしばらく上ると、今度は雲と同じ高さにまで来た。遠くなった緑の木々と雲とが並ぶ、なんとも幻想的な光景だった。

 

「蜘蛛が雲の高さに……」

「ぶふぉお!! アランさん、ダジャレですか!? あはははは!!」

 

 何の気なしに言ったジョークもナナコには大うけで気分もいい――エルは冷めた目でこちらを見ている気がするが、今はそのことはひとまず置いておくことにする。気になるのはクラウの様子だ――やはりまだ色々と悩んでいるのだろう、いつもならエルと並んで冷たい目で見てくる彼女は、どこか上の空で窓の外を眺めているようだった。

 

 自分がクラウの方を見つめていると、それを遮るように金の髪が視界に映る――隣に座っていたソフィアが、下から覗き込むようにこちらを見てきているのだ。

 

「でもアランさん、最初は結構怖がってたよね?」

「まぁ、巨大な蜘蛛の腹の中に入るなんて抵抗もあるだろう?」

「そう言えば、私と初めて会った時も、蜘蛛型の魔獣に対しては結構ビックリしてたもんね。魔族に対しては全然怯える風もなかったから不思議だったんだけど……」

 

 言われてみればその通りで、意外と人型の敵を相手にする際には最初から恐怖も無かった。今にしてみれば、それは前世の記憶というもののおかげだろう。何せ、見えない鋼鉄の機械を相手にしていたから、人型の相手をするのには自分自身が慣れていたと推察できる。

 

 対して、どれだけ戦場を駆け巡ろうと、巨大生物や怪獣と戦った経験は無かったわけだ。生き物として巨大であれば、気配や威圧感も比例して大きくなる――最初はそれに蹴落とされてしまっていたように思うのだ。

 

 また、人間的な知性や機械的な判断と比較して、動物的な本能は何をしでかしてくるか分からない怖さがある。そういう意味では、未だに魔獣の相手には慣れ切っていない。

 

 ソフィアたちが和やかに話している傍ら、徐々にこの乗り物を日常遣いしているのであろうエルフたちが乗ってくる数も増えてきた。事前に聞いていたように、熱帯地方に暮らしている割に色白の者が多い。格好も民族的な衣裳ながら厚着だ。

 

 というのも冷静に考えれば当たり前で、世界樹という高高度に暮らしている彼らは気温の低い所で生活しているのに等しく、また同時に世界樹の枝葉が巨大な日陰を作っており、季節的に考えても今の気温はかなり低い。ここに来るまでは外套を脱いでいた少女たちもいつの間にか上着を着こんでいるほどだ。

 

 ともかくエルフたちに視線を戻すと、彼らはこちらをチラチラと見てくるものの、どちらかと言えば警戒しているように感ぜられた。普段から世界樹という閉じたコミュニティに居る彼らは、他の種族に対してはあまり心を許していないのかもしれない――もっとも、あまり変に向こうから声を掛けられても困るのも確かではあるのだが。

 

 更に高い場所まで昇っていくと――恐らく、フェニックスと戦ったスネフェル火山並みの高度になってきている――枝葉も更に増えてくるのに比例して、辺りの様子も賑やかになってきた。枝葉の上にまた木でできた家々や店などが立ち並んでいるのが見え、枝の上を行きかうエルフたちも増えてきている。

 

「……この辺りで、戦闘があったのでしょうか」

 

 クラウのいう通り、この辺りの枝は所々焼け焦げてしまっているようだ。クラウはそのまま視線を車内に――車内と言うのが適切かも分からないし、気まずいのかこちらに目線を合わせてくれないが――戻し、頬に指先を当てて指を傾げた。

 

「でも、ゲンブもホークウィンドもT3も、炎の魔術は使わないですよね? そうなると、防衛していた側が炎を出してたってことになると思うんですが……」

「それは違和感があるね。世界樹という木々に暮らすエルフたちが、自分の拠点を護るのに炎を使うとは考えにくい。もしかすると、また第三の勢力が出てきたのかも……?」

 

 ソフィアが言うことは半分はそれらしく感じる。肯定できるのはエルフが炎を使うとは考えにくい点だ。確か彼らは精霊魔法とやらが使えると聞いているし、炎の魔法を使うことは可能かもしれないが、それをわざわざ自分たちが住む世界樹で使うとは、ソフィアの言うように考えにくい。

 

 同時に、ソフィアの言う第三勢力が出てきたというのは頷きがたい――というより、ただでさえゲンブ一派と七柱という二勢力がいることで事態が複雑なのに、もう一派が出てきているなどとは考えたくもないというのが正解だが。

 

 その辺りは、知っている者に事情を聞いた方が早いだろう。植物蜘蛛に乗り込んで三時間ほどで終点までたどり着き、天空の散歩は終わった。駅には使いらしい一人のエルフが自分たちに声を掛けてきて、そのままハイエルフたちがおわす場所へと連れていかれることになった。

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