B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
世界樹の内部は植物だった。つまりは外見の通りの内部構造ということなのだが、実際はもう少し海と月の塔やガングヘイムのようなテクノロジーが隠れていると思っていたのだが――しかし、世界樹の内部は文字通りの植物で、電気や機械で動いているような雰囲気は感じられないオーガニックな空間であり、木を伐りぬいて出来た空間は、確かなぬくもりを感じられる雰囲気になっている。廊下には採光のためにくりぬかれているらしい窓もあるが、大きな枝葉が日陰を作るためにあまり光が入ってこず、代わりに光を放つ照明が等間隔で並んで廊下を照らしていた。
屋内、というより木の中に入ってからまたしばらく歩き、何層分もの階段を上って、荘厳な扉の前へとたどり着く。案内してくれたエルフが扉を開くと、その中はまた薄暗い空間だった。とはいえ、人の気配が十人分程度あり――奥からこちらを睨む鋭い眼光が送られているのが見えた。
「お主が十人目の勇者、アラン・スミスか……良くぞ来てくれた。さぁ、中へ」
誘われるがままに歩みを進め、最後尾に居たクラウが室内に入ったタイミングで背後の扉が閉められた音がした。コの字型に並ぶテーブルの中央まで進むと、席についている者たちの視線が一気にこちらへと集まる。
自分を見ている二十四の瞳の持ち主達の姿はそれぞれ違うものの、みな一様に老人の姿をしている。側面に五人ずつ、正面に二人が座しており、正面の中央座席が空いている――本来なら、そこはエルフの長にして創造神が一柱、レア神が座るべき場所なのだろう。
老人たちは自分とナナコを交互に見比べ、隣に座っている者同士でひそひそと何かを話し合っていた。音自体は聞こえるものの、何か特殊な言語を使っているのか内容までは理解できない――とはいえ、こちらを見る視線の調子からは、あまり良い話をしているとは思い難かった。
「ハイエルフって奴は客に椅子も出さないのかい? 上等な奴らだって聞いてたんだがな」
「ちょ、アラン君!?」
自分の言葉に、クラウがぎょっとしたような声をあげた。自分としては眼には眼をというだけ、先に失礼を働いてきたのは向こうなのだから、ちょっと言い返してやっただけに過ぎないのだが――奴らが自分のことを歓迎していないのは火を見るより明らかなのだから。
「獣の臭いがするぞ」
「あぁ、血に餓えた獣の臭いだ」
「何故アルファルドは、かような者を勇者に選定したのだ?」
「そもそも、何故このような奴をレムは蘇らせたのか……」
代わる代わるに老人の声が入れ替わり、今度はあからさまにこちらに聞こえるよう声量をあげている。何を言いたいのかは分からないが、少なくとも歓迎されている、という雰囲気でないのは間違いないだろう。
「ほ、ほら、アラン君が変なことを言うから、怒らせちゃったじゃないですか……!?」
「いいや、こいつらは元から俺のことが嫌いなのさ」
そういう意味ではダン――ヴァルカン神も一緒なのだが、彼はまだ自分の想いをストレートにぶつけてきてくれただけマシといえるだろう。というより、比べるのもおこがましいか――彼は陰口のようにネチネチとした言い回しはしてこなかったのだから。
「まったく、礼がなっていない」
「レムの判断は間違いじゃった」
「アルファルドの判断もじゃ」
「……者ども、静まれい」
再度続く老人の嫌味は、正面に座る禿げた頭の老エルフが切った。白くぼうぼうの眉毛が瞳の上を覆っているので視線は見えにくいが、僅かにのぞく眼球は鋭くこちらを見据えている。
「こちらこそ失礼仕った。だが、生憎とここには貴殿たちが座る椅子は用意しておらぬ。立ち話で問題ないか?」
こちらは見ての通り老体で掛けさせてもらっているが――と議長らしい老エルフは続けた。
「キチンと話せる奴が居て助かったぜ。椅子は無くても問題ない。長旅とでちょいと疲れちゃいるがね……それで、アンタの名前は?」
「私はソルダール。エルフたちの始祖であるハイエルフにして、この賢人十三人集の副長を務めており……今はレアが欠けているので、便宜上この場を取り仕切っている」
「それでソルダール、この世界樹に何が起こったんだ?」
ソルダールと名乗ったエルフは小さく頷き、眉毛と同じく生い茂る髭を動かしながら話し出した。
「今から一週間ほど前、古の神々であるゲンブたちの襲撃を受けた。果敢な防戦も敢え無く、レアと防衛に参加してくれていたアガタ・ペトラルカとテレジア・エンデ・レムリアの三名が捕らえられてしまったのだ」
「それは下でも聞いてるぜ……しかし、それは妙なんだ」
「……妙とな?」
老人の白い眉が釣り上がり、ぎょろっとした瞳がこちらを見据えてくる。
「あぁ。ゲンブ一派なら、間違いなくその場でレアを殺害しただろう……併せて、アンタたちもね。ここと同じようにガングヘイムも狙われたが、奴らはヴァルカン神の居場所に問答無用で攻撃を仕掛けていた。それこそ、七柱の創造神を生け捕りにするなんて考えはないみたいにね」
「だが、事実としては生け捕りにされたのだ」
「まぁ、俺はその場を見ていないから確実なことは言えないが……もしレアがさらわれたというのなら、それはゲンブ一派に相応の理由があったに違いない」
そう、ゲンブ達が――とくにT3がここに来たというのなら、七柱であるレアを間違いなく殺害しただろう。アイツはエルに対し、自分なら仇を見たら迷うことなく殺すといったのだ。
もちろん、ここはアルフレッド・セオメイルの故郷であるし、妙な情が沸いたという可能性はゼロではないが、ゲンブだって手を組めるか分からない相手は潰すしかないと断言していた。そうなるとレア神を生け捕りにするというのは違和感がある。
同時に、先ほどソフィアが言っていたこと――新たな第三勢力が居るかもしれないということが今更ながらに気にかかる。仮にソフィアが言ったことが正解でなくとも、何かそれに近いことが起きているのも確かなのかもしれない。
そう、キーになるのはアガタとテレサのように思う。アガタはレムの声が聞こえるし、何故に失意の底にいたテレサを連れてここまで来ていたのか。そこに今回の問題に関する解決の糸口があるような気もするのだが――明確な答えは出ないままだ。
「……奴らの狙いは、セブンスだ」
ソルダールはそう言いながら、自分の背後にいる銀髪の少女の方へ視線を向けた。
「今朝がた、ゲンブ一派より連絡が入った……レアとセブンスを交換にしようという打診がな」
「なるほどね」
一応、それはもっともらしい理由であるようには思う。要は人質交換を打診するために、ゲンブたちはレアを生け捕りにしたと。だが、それだけでは納得しきれないこともある――それを自分が口にする前に、ソフィアが自分の隣へと歩み出てきて、ハイエルフたちに一礼した。
「申し訳ございませんが、質問をさせてください。ここに来るまでに、世界樹の至る所が火災の被害にあっているのを見受けました……その炎の使い手は誰だったのでしょうか?」
「防衛のための精霊魔法だ。それにより被害が……」
横にいる一人が話しているのをソルダールが手で制止した。恐らく、適当なでまかせはこちらに――とくにソフィア・オーウェルには通用しないと判断したのだろう、ソルダールは准将殿をじっと見つめながら話を始める。
「テレジア・エンデ・レムリアだ。彼女が古の神々と戦うために放った炎が世界樹を焼いたのだ」
「テレサ様が? どういうことですか? 彼女は魔術を使える訳でもありません。それなのに炎を放ったとは……」
「グロリアハンドというものがある。神話代の魔神を封じ込めたそれを、ルーナがテレジア・エンデ・レムリアに授けたのだ」
「古代の魔神……それは何者ですか?」
「その者の名は、遺品に由来する通りグロリア……旧世界においてレア神の娘だった者だ。だが、その娘は七柱の創造神を裏切り、古の神々の側に立って戦ったのだ」
「そ、そんな……レア神も心苦しかったでしょうに……」
クラウが悲痛気に呟くと、室内に一瞬だけ静寂が訪れる。そしてその静寂はソフィアによって破られた。
「しかし、レア神の娘は、何故七柱の創造神を裏切ったのでしょう?」
「かどわかされたのだ、邪神ティグリスにな」
そう言いながら、ソルダールは自分の方を盗み見た。悪いことはなんでも邪神のせいか、と突っ込もうとも思ったが、その視線はそれ以上の意味を含んでいるように感じる――最初は皆が知っている名前で誤魔化そうとしたのだと思ったが、もしかすると本当に自分のオリジナルが何かをしでかしたのかもしれない。
ソルダールはこちらから視線を外し、改めて質問をしている少女たちの方へと向き直った。
「古の神々との戦いの末、魔神グロリアはアルジャーノンによって倒された。そして、我が娘の裏切りを心苦しく思ったレア神は、その魂を滅することをせず、代わりに封印したのだ。
そして、グロリアハンドは持つものに魔神の力……炎と飛翔の力を授ける。先代勇者シンイチの仇を取るため、テレジア姫は魔人の力に手を伸ばしたのだ」
「なるほど……世界樹が燃えていたのは、あの子が飛翔しながら炎を放ったからということね。しかし、温厚なテレサが、エルフたちの住む世界樹に向かって攻撃を放つとは考えにくいのだけれど……」
そう呟くエルの声は低い。優しく温厚な義妹が凄惨な光景を作り出したと言われれば、違和感と同時に信じがたい想いがあったのだろう。先ほど自分がなんでも邪神のせいかと思ったのと同様、エルも他人事のようにテレサのせいにされたのに苛立ちを感じているようだった。
「グロリアハンドには魔神の魂が封印されている。そのため、魔神による精神干渉があり、破壊衝動をコントロールできなくなるのだ」
「随分と危険なものを授けるんだな、ルーナ神は」
そう思わず呟くと、再び老人一同に忌々しげに睨まれる。しかし、今のは確かによくなかった。クラウの信じる神に対して悪態をついてしまったのだから。少し様子が気になって振り向いてみると、クラウは怒っているというより困惑したように手で口元を抑えている――流石に慈愛の女神と呼ばれるルーナの真意を計りかねて困っているようだ。
そんなクラウをよそに、再び聡明なソフィアが毅然とした表情で口を開いた。
「それだけではありません。魔神が封印されていたということは……いくらレア神の娘と言えど、古の神々の側に立って戦った魂であるのなら、ゲンブたちと合流させるのは危険なのでは?
むしろ、それ故にグロリアハンドを持つテレサ姫もゲンブたちは連れ去ったのではないでしょうか」
「……魔神の魂の封印を解くことは、レア神も懸念していたことだ。その封を解くのを決めたのはルーナとアルファルドであり、その真意は不明だ」
片方は聞き馴染みのある名前だが、もう片方のアルファルドには自分はあまり馴染みがない。もしかすると魔族たちやティアに魔法を授けているかもしれない神かもしれない以外、あまり情報のない神だったか――暗躍が得意そうな分、厄介そうな相手だ。
自分の背後で、「ルーナ様のことですから、きっと何か深い意図があるに違いありません……」とクラウが呟くのが聞こえた。慈愛の女神が魔人の力を知り合いに授けたのが納得いかないのだろうが――ともかく、ここで下手な詮索をしても仕方がない。本人たちに会いに行けば事実も分かるはずだ。
「それで? ゲンブたちは何処に居るんだ? まさか、ここに迎えに来てくれるわけじゃあないだろう?」
「うむ……ジャングルを更に抜けた海沿いに、世界樹に移り住む前にエルフたちが使っていた古の集落がある。そこに、アラン・スミスとセブンスの二名だけで来いとの指示だ」
「なるほど、それじゃあ、とっと向かうか」
「待て、セブンスはこの場に留まってもらう」
居心地の悪い部屋からさっさと退散しようと振り返ると、背後からソルダールに引き止められた。
「どうしてだ? セブンスとレアの引き換えなんだろう?」
「いいや、そもそもレアの生死が不明だ……彼奴等、人質にすると見せかけて既にレアを亡き者とし、セブンスを回収するつもりやも知れぬ。同時に、セブンスは危険な存在だ……それをゲンブたちの元に返すわけにはいかぬ」
ソルダールの言うことも一理ある。先ほどその場でレアを殺害しなかったことに違和感はあったが、セブンスを回収するために人質にすると見せかけて、実際は葬っている可能性もゼロではないだろう。
「それで? ナナコをここに置いていくとして、どうするつもりなんだ?」
「どうもしない。ただ、安全な場所で待機してもらうというだけだ……そもそも、貴殿らがここを目指した理由は、セブンスの生体検査を行うためだろう。我々としても、彼女の正体を知らなければならない……確かに、夢野七瀬にそっくりな外見をしているからな」
そう言うソルダールの表情も声も冷静そのものだが、その腹の内には何かどす黒いものがあるのを感じる――そもそも、彼がレアのことを信用して大切に想っているのなら、仮に死んでいる可能性を考慮したとしても、生きていることを信じてナナコを連れて行くように指示するだろう。
ということは、コイツはレアが死んでいたとしても何とも思っていないのだろう。それ故に、ここにナナコを残すのは危険だ――自分の直感がそう告げている。元々は敵対関係にあった少女ではあるが、サークレットを失ってからのナナコは善良そのものであり、危険な目には会わせたくない。
「いいや、ナナコは連れていく。レアが生きている可能性に賭けるべきだし……エルフであるアンタたちには関係ないのかもしれないが、こちらとしてはアガタとテレサの命もかかってるんだ」
「では、セブンスを奪われてもいいというのか?」
「何言ってんだ。ナナコを渡すつもりもないぜ……ここで決着をつけてやればいいだけだ」
そう言いながら右の拳を左の掌に当てて、室内に乾いた音を響かせる。自分の言ったことの意味を誰一人として理解してくれていないのか、一同訝しむ様な表情でこちらを見ている。
「なんだ、俺は古の神々を倒すためにレムに蘇らせられた勇者なんだろ? そんな意外そうな顔をされるなんて心外だぜ。だが、最後の交渉札としてナナコを連れていきたい……人質のようで悪いが、ナナコ、問題ないか?」
ハイエルフたちを説得する時間は無駄なので、本人に確認を取るために振り返ると、ナナコは良い笑顔で頷き返してくれた。
「はい! むしろ、私も着いて行きたいです! ゲンブさんたちが何を考えているのか、私も知りたいから……!」
人質扱いしたというのに、ナナコは一切の嫌悪感も躊躇も見せない――同時に、少女の真実を知りたいという覚悟も本物なのだ。
「ナナコの厚意と決意を裏切る訳にはいかないな……俺の命に代えても、君を危険な目には会わせないようにするよ」
「アランさんカッコいい!! 頼りにしてます!!」
ナナコは手を両手を合わせながら再び満面の笑みを見せてくれた。ソフィアが一瞬むっとした表情をしたのが気になるが、ともかくハイエルフたちにグタグタと言われる前に、少女をここに置いて行かない旨を伝えなければならない。
「ということだ。本人も行く気なんだし、ナナコは連れて行くぞ。検査は、俺が立ち会える時にしてもらうよ」
「……良かろう。貴殿の強さが本物なのか、それともハッタリなのか、見せてみるがいい」
「自分で言うのもなんだが、ダンのおかげでそこそこ頼りになるようになったと自負してるよ。それで、古のエルフの集落とやらの場所はどこだ?」
「先ほど言ったように、川を下って海の近くまで出ればすぐだ。下流までは若い者に船頭をさせよう。だが、今日はもうじきに日が暮れる……世界樹に泊まっていき、明日の朝に発つがいい」
「あぁ、そうさせてもらうよ。ちなみに、ベッドは用意してもらえるんだよな?」
椅子を用意してもらえなかったことを皮肉に返したつもりだが、ソルダールは眉一つ動かさずに「無論」と返してきただけだった。嫌味の通じないやつだ――そう思いながら自分たちは室内を後にした。