B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
世界樹で一泊した翌朝、すぐに世界樹を降りてエルフの旧集落に向けて出発した。昼には樹から降りて船に乗り始め、エルが一人の所を見計らって声をかけることにする。
「……昨晩は何もなかったみたいだな?」
ナナコが元気いっぱいにソフィアに話かているのを見るに、昨晩は何もなかったということになると思っていたのだが――エルは小さく首を振った。
「夜中にソルダールが来たわ」
「お、おい、大丈夫だったのか?」
「私の客としてきたの……武神の力を解放できるようにするとか」
それを聞いた瞬間、イヤな予感が脳裏をよぎる。それこそ、ゲンブたちが警戒していたハインラインの器としての能力を指すのではないか。下手すれば、武神ハインラインとやらをエルに降ろしてしまうのかもしれない――ダンというエルフが、ヴァルカン神ことフレデリック・キーツを宿しているように。
そう、気付くのが遅かったかもしれない。ダンのことを見ていれば、その可能性に気付くべきだったのだ。エルは武神ハインラインの器――だからゲンブたちは、エルのことをハインラインの器と呼んでいたのだろう。
そうなれば、エルの魂は武神にのっとられる可能性がある。その可能性は絶対に避けなければならない。
「その武神の力とやら、出来れば使わないでほしいんだが……」
「まぁ、そう言ってくるのは予想済み……でも、自分はソフィアにさんざ反対されてたADAMsを問答無用で使ってるアナタが反対するの?」
「ぐっ……まぁ、確かに俺が言っても説得力はないかもしれないが……」
エルの呆れるような視線と正論に一瞬身じろぎするが、ここは強く言ってでも使わせないようにしなければ――と思った瞬間、エルは口元を抑えて噴き出し、柔らかい雰囲気をまとった。
「ふふっ……冗談よ。私も安易に使う気はないわ。なんだか、危険な力な気がするのもあるし……こう言っては何だけれども、ソルダールのことをあまり信用しているわけでもないしね。
ただ、ホントにどうしようもないときはダメで元々で使ってみようとは思っているけれど」
「うぅん、出来ればそれも……」
「それすら否定は、流石にアナタにする権利はないわね。さっきは冗談で言ったけれど、無茶で謎で消耗する力を使う筆頭なんだから」
確かに、彼女からすればダメで元々の力な訳で、ここはどんなに強く言いつけても無駄だろう。自分が逆の立場だとして――たとえ強く反対されても、九死に一生を得るためならば強力な力に手を伸ばしてしまうだろうから。
そうなれば、自分にできることはただ一つ。エルを含め、仲間たちがどうしようもないほどの窮地に陥ることが無ければ良い。少なくとも、彼女の見える範囲では危険な状況を彼女に認識させないようにすべきだろう。
「……分かった。エルがその力を解放せずに済むように努力しよう」
「そんなことを言われると、アナタが余計に無茶しそうでイヤなのだけれど……まぁ、絶対に使って欲しくない、というのは留意しておくわ」
そう言いながら、エルは他の少女たちの方へと向かっていった。本当なら事情を話せれば楽なのだが。いわゆる、継承の儀式に該当するモノがその力の解放なのかもしれないのだぞと――だが、それを言うことは出来ないのだ。
思えば、もう随分と自分だけが抱える情報が増えすぎてしまったようにも思う。記憶喪失としてこの世界に転生してきたはずなのに、気が付けばこの世界における多くの暗部を知り、少女たちよりも確信に近い場所に居るのだから皮肉なものだ。
同時に、今回のエルの件で、少女たちの気持ちも良く分かった。危険な力、得体の知れない力を仲間に使われるかもしれないというのはこんな気持ちになるものか。もちろん、ADAMsは危険な技ではあるモノの、レッドタイガーのおかげで負荷は軽減できているし、そもそもかつての自分が使っていたものだから、精神を消耗するような危険さは無いのだが。
ただ、少女たちはそんなことを知らないのだし、これもまた言うこともできない自分だけの秘密だ――ダメだな、また思考が迷路にはまってしまった感じがする――などと考えていると、ソフィアが心配そうな表情で自分の顔を覗き込んでいるのが見えた。
「アランさん、大丈夫? 難しい顔をしてるけど……」
「あぁ、大丈夫。ソフィア、すまなかったな」
「えっ? 何かアランさん謝るようなことしたっけ……いや、してたかも……何せアランさんだし……」
自分の急な謝罪に対して、ソフィアも自分と同じように難しい表情をし始めてしまったのだった。
川を下って二日ほどで熱帯雨林を超え、エルフの連絡船を降りることになった。エルフの船頭に地図をもらい、旧集落の場所に印をつけてもらって、そこを目指して移動を始める。移動は平坦で、魔獣などに襲われることもなく、かといって南大陸の大半の道中のように暑すぎることもない――考え事をしながら歩くのには丁度いい陽気だった。
「……エルフの集落へは、俺一人で行こうと思う」
道中で考えた結論を昼の休憩がてら皆に伝えると、まずエルが腕を組みながら大きくため息をついた。
「ふぅ……アナタの単独行動は今に始まったことじゃないけれど、理由を話してもらえるかしら?」
「あぁ、今回はキチンとした理由があるぞ……いや、いつもキチンとした理由はあるんだが。ともかく、今回の目的は偵察だ」
自分がそう言うと、クラウがこちらを向きながら小さく手をあげた。
「敵の配置を確認してくるってことですか? でも、そんなの時間によって変わるかもしれないし……」
「敵の配置確認もあるが、レアとアガタ、テレサが本当に居るかどうか確認する意味合いもある。もし仮にアガタたちがいないのにナナコを連れて行って連れ去られるのが一番こちらにとって損失だからな。
それで、もしいけるならそのまま三人の救出をしてくるつもりだが……まぁ、それはT3とホークウィンドがいる以上は無理だろう」
自分と同じ世界の速さで動くT3と、それに近い速度で動き回れるホークウィンドが居るのでは、自分一人で行けば不利なことは確実だ。同時に、両者とも気配に敏感であろうから、気配を消せないアガタ達をバレずに連れ出すのも難しいことだと思われる。
だが、一人で行きたい本当の理由はもっと別の所にあった。それは、エル達をこれ以上の危険に巻き込まないため――などと言うと、自分たちのことを信用していないのかと怒られてしまいそうだが、ゲンブが何を話すか分からない以上、彼女たちが知ってはいけないことを言われてしまう可能性も高く、もうゲンブ一派に少女たちを会わせたくない。
それに、先日の件――エルの武神の力やらも引っかかる。彼女がそれを使ってしまうリスクを想定すると、なるべく危険な所にエルを連れて行きたくないというのが本音だ。
自分の意見を伝え終えて後、少女たちの方を見回すと、ソフィアが口元に手を当てながら小さく口を開くのが見えた。
「……そうだね、合理的な判断だと思う」
「ソフィア? 今回は反対しないんだな……」
いつも真っ先に否定するソフィアが真っ先に肯定してくれたのが意外で、つい思ったことが口に出てしまった。そのせいで折角味方をしてくれたのに機嫌を損ねてしまったらしい、我らが准将殿はいつものように頬をぷくーっと膨らませた。
「もう、アランさんは私のことを何だと思ってるのかな? でも、今回のことはアランさんの言う通り……ゲンブがアガタさんたちを連れてきていない可能性を考慮したら、救出対象がいるのか確認するのは必要だと思う。そのためには、隠密行動が得意なアランさんが一人で行くのが、逆に一番安全だからね」
「ソフィア……」
「でも、勘違いしないでね? もちろん本当は、アランさん一人に危険な思いをして欲しい訳じゃないんだから」
途中までは真面目な面持ちで話していたのに、最後にはソフィアはまた不機嫌そうに頬を膨らませた。とはいえ、頭のキレるソフィアが賛成してくれるのはありがたいし――先日のことを思い出すと、ソフィアはこの世界の歪みに気付きつつあるのを想定すると、ゲンブたちに接触するのが危険ということを理解してくれているのかもしれない。
エルやクラウも「ソフィアがそう言うなら」と納得してくれた。
「……ただし、何かあったらすぐに救援に行ける場所には控えておくわよ?」
「あぁ、それで頼む」
エルの言葉に頷き返すと、ナナコが控えめな調子で手をあげた。
「あの、ソフィアたちが待つのは納得ですけど、私はアランさんに着いて行った方が良いんじゃないでしょうか?
あ、もちろん理由はあります……ゲンブさんたちは私とアランさんだけで来るように指定していましたから、もしレアさんやアガタさん達が居た時に、最悪の場合は私と交換する選択肢が増えると思うので」
「ナナコの言うことも一理あるが、そもそも君を連れ去られないようにするつもりだからな。大丈夫、深入りはしない……偵察が厳しいと判断したら、すぐに戻ってくるさ」
「ふむぅ、そういうことでしたら了解です!」
エルフの集落での対応も決まり、昼の休憩を終えて再び旧集落を目指して移動を始める。到着するころにはちょうど夕刻になっており、鮮やかな西日が石切りの集落を照らし出していた。
日が落ち切る前に到着できたのは幸いだった。日の光のおかげで、切り立った岩肌の上から集落の全体感が見渡せる――規模感としては一キロメートル四方に満たない程度で、ガングヘイムと比較すれば小規模な集落である。世界樹の規模、要するに現在のエルフの人口規模からしても大分狭いように思うが、移住前提の仮集落だったのでこの程度の広さなのかもしれない。
ともかく、改めて忘れられた集落の方へ視線を落とす。集落の家々は悠久の時の流れの中で朽ち、多くは屋根に穴が開いて中まで見えるようになっている。少なくとも、ここから確認できる範囲にはアガタたちの姿は見えなかった。
同時に、ゲンブたちが徘徊しているような雰囲気もないが――恐らく、どこかの物陰に潜伏しているのだろう。実はこの場所への誘導自体が罠であり、ゲンブたちはここに控えていない可能性も無くはないが――。
(いや、居る。アイツが……)
完全な直感にはなるが、この集落を包む緊張感は本物だ。自分の嗅覚が言っている、あそこにはもう一匹の虎が居ると。あの朽ちた廃屋の中で、自分のことを待っている――その爪を磨き、牙を隠して獲物が来るのを待ち構えている、そんな気がするのだ。
完全に西日が落ち、辺りがすっかり暗くなったのを見計らって移動を始め、夜の集落へと潜入する。空に浮かぶ二つの月は三日月、新月ほどの暗さではないものの、闇に潜んで行動するにはこちらの視界も確保されるというメリットもある。
アガタたちが拘束されているらしい場所と、T3が潜んでいるらしい場所にはある程度の目星はつけている――こちらが上部から偵察してくるのは織り込み済みだろうから、身を隠すために屋根が残っている建物の内のどれかにアガタ達を拘束、同時にT3達は潜伏していると思われた。
おそらくT3、ないしホークウィンドは視界の確保できる高めの建物に居るはず――とくに集落の中央にある見張り台のような建物、あそこに潜んでいる可能性が高い。厄介なのは、その建物の三階部分は四方に窓があり、また周囲の道が放射状に伸びているため、集落の道の多くがあそこからなら見張られてしまう点だろう。
つまり、集落の中を進む時は基本的には建物の隙間を縫うように移動し、道を横切るときには必ずあの窓から死角になるように横断しなければならない――どの道、大路を堂々と行くのは隠密としては下の下だ。仮にT3に見張られていなかったとしても通らなかった道だろう。
丘を降りきり、集落の敷地内には気付かれることなく侵入することが出来た。しかし、想定される条件をクリアしながらの捜索はかなり厳しいだろう。少しでもヒントになることは無いか、そう思った時にある一つのアイディアが思い浮かぶ。
(アガタが居るなら、レムを通して合図を送れるんじゃないか?)
こちらからレムの声は受信できなくなっているものの、レムは自分の場所を把握しているはずだし、思考も読んでいるはず――そうなれば、捕らえられている建物の窓か何かから合図を取ってもらえば探す手間や危険な大路を横切るリスクを下げることが出来るはずだ。
『レム、聞こえているか? 聞こえているんだろう……アガタがここに居るのなら、合図を送らせてくれ』
そう念じて辺りを見回してみるが、残念ながら何の合図も見受けられない。いや、それも仕方がないだろう、今は狭い路地に潜伏しているのだから。合図を確認するとなれば、自分もどこか視界が拓けている所に一度移動する必要がある。
もちろん、それは自分の姿を晒すリスクを負うことにはなるのだが――時間と移動距離に比例して見つかる危険性が上がるのも事実。それならば、一度は視界の拓けている場所で合図を確認してみるのも良いだろう。
合図を確認するとなればどこからが良いか、少し考えてから、見晴台に設置されている窓から死角になる三階建ての建物から確認することにした。合図を確認できるだけの高さを確保しながら、一つの建物内を捜索できるからだ。
気配を殺し、息を潜め、これから潜入する建物の側へと移動する。一度外から中に何者かの気配が無いかを探るが、ここの中には何者の気配もない。アガタたちが居ればラッキーだったが、同時に敵が居ないのも不幸中の幸いなので、そのまま中へと侵入する。
路地の奥まった場所にあるこの廃屋の一階は、月の光さえ差し込まない暗闇に包まれている。流石に、屋内の足音まで感知するほどT3やホークウィンドが気配にに敏感とは思いたくないが――油断できる相手ではない。細心の注意を払いながら、屋内の瓦礫を蹴る音すら立てぬように慎重に階段へと移動する。
そのまま二階を通り抜けて三階にたどり着き、窓の側まで移動して、身を隠しながら外の光景を眺める。他の建物よりも高いここからなら、集落を幅広く見渡せるはずだ。
『……レム、アガタがいるなら合図を』
脳内で女神に語りかけ、改めて周囲を見回す。すると、見張り台のさらに奥にある建物の二階の窓で何かが煌めくのが見えた。もちろん、朽ちたガラス片か何かが月明かりに反射しただけ、という可能性も無くはないが、タイミング的にアガタが合図をしてくれたと考えても良いだろう。
さて、アガタが無事にここにいるらしいことは確認が取れた。ここからアガタが捕らえられている場所へ行くには、見張り台の側に一度接近する必要がある。併せて、集落のほぼ中央に位置するあの建物から、T3達を欺いてアガタたちを連れ出すのは大分厳しいだろう。
さて、一度この場を離れるのが正解か、はたまた自分だけでゲンブたちに殴り込みにいくのが正解か――少し考えることにする。
殴り込みに行くと言っても、物理的に決着をつけるつもりがある訳ではない。一応、ゲンブは自分を仲間に引き込みたいと考えているはずなので、戦う意思を見せなければ会話自体は可能だろう。逆にエルたちが居ない今が、踏み込んだ話をするチャンスとも言える。
しかし、このような考えも浅はかかもしれない――指定されたようにナナコを連れてきてはいないから、この潜入がバレればゲンブたちを刺激することになる可能性もある。
そうなれば、一度戻ってソフィアに相談したほうが良いかもしれない。あの子なら諸々加味したうえで、良い案を出してくれそうだ――そう考えれば退くのが正解か。アガタたちの安否を確認するという最低限の目標は達したのだから、無理をしないのも必要だろう。
そう思って踵を返そうと思った瞬間、窓の外から鋭い殺気を感知する――距離にして百メートル以上、見張り台ではなく、こちらから十時の方角、そこから自分を狙えるとなれば、恐らく飛び道具――バックルに指を掛けながら奥歯を噛み、別の窓を目掛けて一気に走り始める。
窓から飛び出て別の建物の屋根に着地するのと同時に変身が完了し、同時に自分が居た建物を目掛けて光の筋が伸びてきた。振り返ると、光の筋が自分が居た建物の三階を呑み込んで跡形も無く消え去っていた。