B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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月は無慈悲な夜の女王

 アランが自分たちの元を発ってしばらくすると、集落の方で眩い光や爆発が巻き起こり始めた。それを見て、自分とエルはすぐに移動を始めようとしたものの、それはソフィアが制止した。

 

 曰く、「今から行っても間に合うか分からないから、アランさんを信じて待とう」とのこと。普段ならアランのことを心配して真っ先に飛び出していくソフィアがその調子だったことには違和感があったが、続く「ゲンブはアランさんとナナコだけを指定してたから、自分たちが居るのがバレたら下手な刺激をすることになるかも」と言われてひとまず加勢は見送ることになった。

 

「静かになりましたけど……アラン君、大丈夫でしょうか?」

「……信じるしかないわね」

 

 自分の呟きに対して、隣でエルも崖下を見つめながら応える。自分も目を凝らしながら集落の方を見てみるが、如何せん月明かりくらいしかない暗闇の中なので、建物の僅かな輪郭程度しか分からない。

 

 ここ数日、彼とは気まずかったのが正直な所で――世界樹を目指す際に、自分の疑念をぶつけてしまったのが原因だ。とはいえ、疑問に思うのは自分が彼のことを信じたいからであって、彼のことを嫌いになったとか言うわけではない――やはり無茶をすれば心配にもなる。

 

 何とか無事に帰ってきて欲しい。そう思いながらもう一度崖下に向かって目を凝らすが、やはり自分ではどうなっているかの確認は難しい。それこそ、彼の並の視力があれば状況も分かるのかもしれないが――。

 

「……そうだ! ナナコちゃん、様子は分かりませんか?」

 

 以前、世界樹に煙が上がっているのを視認したのは彼女だ。それなら、何か様子でも分かるかもしれない。とはいえ、ナナコの方を見た時にはすでに彼女も眼の上に手を当てながら下を注視しており、しばらくして首を横に振った。

 

「ごめんなさい、夜目はきかないみたいで……流石に、こう暗いと良く見えないです」

「そうですか……」

 

 どうするべきか、今すぐに彼の救援に向かうべきではないか。彼が一人で行くのを珍しく認め、同時にここから動くことを止めたソフィアも、唇を噛みながら心配そうに眼下を見つめている――自分に何かできることは――。

 

『……クラウディア・アリギエーリ』

「……え?」

 

 突然、誰かに名前を呼ばれたような気がした。周囲を見回しても、皆崖下を見ていてこちらを向いているわけではない――というより、脳内に響いた声だったように思う。

 

『ティア、呼んだ?』

『うん? いや、ボクは呼んでいないけれど……』

 

 魂の同居人に確認を取ってみるが、どうやら違うらしい。というより別人の声だったとも思うし、何よりティアならクラウと呼んでくるはずだ。

 

『クラウディア・アリギエーリ、聞こえますか? 私はルーナ……女神ルーナです』

『ルーナ様!?』

 

 思わず、声の主が名乗ったその御名を呼び返す。再度辺りを見回しても、他の者たちの視線先は相変わらず眼下の集落に向かっている――どうやら、この声が聞こえているのは自分だけのようだ。

 

『クラウ? どうしたんだい?』

『ティアには聞こえないの!? ルーナ様が……ルーナ様が私に語りかけてくれてる!』

『なんだって? ボクには聞こえないけれど……』

 

 肉体を共有しているというのに、ティアにはルーナの声が聞こえないのか。しかし、聞こえてきた声は慈愛に満ちたモノで、今まで自分が思い描いていた女神ルーナの声そのもの、いやそれ以上だ。一度は見捨てられたのかとも思ったが、再び恩寵を授けてくれただけでなく、このように声をかけてくれるとは――今までの信仰が報われたようで、少し気持ちがうわついてしまう。

 

 しかし、すぐにハッとなる。今は緊急事態で、真下には古の神々が居るのだ。そうなれば、もしかすると今の自分に何かをしてほしくて、女神ルーナは話しかけてきたのかもしれない。

 

『あ、あの、ルーナ様……私に何かご用でしょうか?』

『良いですかクラウディア。今、邪悪な神々を滅ぼすため、神の炎が眼下の集落に迫っています』

『そ、そんな!? あそこには、アラン君が……勇者様とアガタさんが居るんです!』

『アラン・スミスとアガタ・ペトラルカは、女神レムの指示で動いています。そしてあろうことか女神レムは邪神たちに寝返り、私たち七柱の神々と主神に牙を向こうとしているのです。つまり……』

『アラン君とアガタさんが、裏切ったっていうんですか……?』

『さよ……えぇ。ヴァルカンから聞いているのではないですか? 何せ彼は……』

 

 邪神ティグリスに似ている――いや、ルーナ神の口ぶりから察するに、もしかすると彼は邪神そのものなのかもしれない。そう考えると、滅茶苦茶に頭が混乱してしまう――敬愛する女神の声が聞こえた高揚感などどこかに吹き飛んでしまいそうだ。

 

『ちょ、ちょっと待ってください!? もしそれが本当なのだとしたら、何故アラン君……いいえ、アラン・スミスを勇者に選定したのですか!?』

『時間がありません。今、神の御使いがそちらへ向かっています。詳しい指示はそちらで受けてください。今は北の空から来る神の炎に巻き込まれないようにするために結界を張り、ハインラインを……仲間を守るのです』

 

 北、北ってどっちだ――きょろきょろと辺りの空を見回すと、確かにある方角に眩い光が走った。慌ててそちらへ向かって走り、仲間たちが巻き込まれないようにするために崖側に立ち、両手を突き出して六枚の結界を張る。

 

『クラウ!? 一体何か起こって……』

 

 ティアの声が聞こえ切る前に、巨大な光の筋が集落に着弾し、眩い閃光と轟音により五感が一気に機能しなくなってしまう。ただ、手の先にある結界が、一枚、また一枚と割れる感覚――爆心地から離れていてもこの威力ならば、アガタの張る第六天結界ではひとたまりもないだろう。

 

 最後の結界が割れた反動で後ろへ吹き飛ばされてしまい、視覚も平衡感覚も失われているので尻もちをついてしまうが、同時に地面にあたった痛さは確かに存在するのが死んでいない証のように思われた。

 

 閃光に眩んでいた視界も徐々に戻ってきて、仲間たちもそれぞれ膝をついてるが、無事な様子は確認できる――しかし、中々聴覚が戻ってこない。しばらくは耳鳴りが酷く、安否を確認するために発した自分の声すら聞こえない。

 

『ルーナ様、ルーナ様!? 一体何が起こってるんですか!?』

『クラウ、落ち着くんだ……今は状況を整理するほうが先決だよ』

 

 女神の声も周囲の音も聞こえなくなってしまっており、ただティアの声だけが脳内に響く。状況を整理するも何も、先ほどルーナ神が言っていたことが本当かどうか確認しなければならない。その内容次第では――。

 

(もしも……アラン君とアガタさんと敵対することになったら……!?)

 

 自分は戦えるのか、一瞬そんな思考が頭をよぎる。しかし、そんなことは無理だ――ここまで頑張ってきたのは、ここまで着いてきたのは、そもそも何のためだった?

 

(私は、アラン君の役に立ちたくて……アガタさんを助けたくて……でも……!)

 

 もしルーナ神の言うことが本当だとするのならば、そのうえで二人と戦えないというのなら、自分は敬愛する神に背くことになる――いや、そもそも二人は無事なのか。ハッとなって改めて崖下の様子を見ると、先ほどまであった建物は見る影もなく崩落し、辺りは瓦礫の山と化していた。

 

「邪神たちは無事ですよ。残念なことながら……ですが」

 

 戻ってきた聴覚が最初に聞き取ったのは、鈴のように涼し気な――同時にどこか無感情な声色だった。声のしたほうを振り返ると、誰もいないが――ナナコがソフィアの前に立って、警戒するように空間の一点を見つめていた。

 

「そう警戒しないでください……私はアナタ達の味方です」

 

 ナナコの見つめる先の空間が少し歪み、水色の粒子を巻き上げたと思うと、その中から白いローブの少女が姿を現した。淡い水色の髪に、その色と同じでどこか空虚な瞳の少女――年の頃で言えばソフィアやナナコに近いか、それより少々上と言った印象で、浮世離れした雰囲気を纏っている。

 

「申し遅れました……私はイスラーフィール。女神ルーナに仕える天使です」

 

 イスラーフィールと名乗った少女は、ローブの裾をつまみながら挨拶をしてきた。再び起こった急展開に頭がまた混乱するが――伝承の通りに不可視であったこと、それに先ほど聞こえた女神の声が使いを出すと言っていたことを勘定すれば、彼女が天使であるというのは疑う余地が無いように思う。

 

 同時に、イスラーフィールと名乗る少女の出現は、先ほどの声がやはり空耳でなかったことの証左と言えるのではないか――だが、事態を呑み込もうと頭を働かせる余地もなく、ナナコとエルが警戒する様子でイスラーフィールの前へ出た。

 

「皆さん、下がって……イヤな感じがします」

「……そうね。自分から味方を名乗る者に碌な奴はいないって、相場が決まっているもの」

 

 そう言いながら、エルは神剣の鞘に手をかけた。対するイスラーフィールは変わらず落ち着いた様子だが、斬りかかってくるのを警戒しているのかローブの裾へと手を伸ばし、何かをすぐに取り出せるようにしているようだ。

 

 一触即発という雰囲気だが、イスラーフィールは間違いなく神の御使いだ。争うわけにはいかない。自分がエルとイスラーフィールの間に入って止めに入ることにする。

 

「そ、そんなことないです! 彼女は間違いなく、女神ルーナの使いなんですから……! イスラーフィール様、一体何が起こってるんですか? 先ほど、ルーナ神の声が聞こえて、それで……先ほどルーナ様が仰っていたことは、本当なのですか!?」

「先ほどアナタに聞こえた声は本物です。また、その内容も……」

「そ、そんな……」

 

 天使から告げられた事実に、眩暈がするような心地になる。実際に額に手を当てて俯いていると、視界の中にソフィアのスカートが近づいてきた。

 

「クラウさん、女神ルーナは何を言っていたの?」

「それは……」

 

 言えない。言えるわけがない。本当に、アラン・スミスが邪神であっただなんて――今だって信じがたい気持ちでいっぱいだ。ともかく、イスラーフィールは何を伝えるためにここに来たのか、確認しなければ――なんとか顔をあげて、感情の読めない水色の瞳を見つめた。

 

「……クラウディア・アリギエーリ。古の神々はまだ生きています。アナタはこの丘を降り、天使ジブリールと共に邪神とその使徒たちと戦うのです」

「わ、私は……私は……」

『……クラウ、頼む。少しボクの言うことを聞いてくれ』

 

 ぐしゃぐしゃの思考の中、ティアが声を掛けてくる。その口調は穏やかで――何度も自分を救ってくれた魂の同居人の声を聞くと、少しだけ落ち着くことができた。

 

『あの天使と名乗る女の子、なるほど確かに尋常じゃない……もしかすると、本当に女神ルーナの使いなのかもしれない。でも、先ほどからの君の狼狽を見るに、きっと恐ろしいことを唆《そそのか》されている……一旦、冷静になるべきだ』

『そうは言っても……私は……』

『もうルーナに見捨てられたくない、その気持ちは汲むよ。でも、君の真っすぐな信仰を先に裏切ったのはルーナなんだ。それより、いつも、何度も君のことを救ってくれたアラン君達のことを考えるべきだと、ボクは思う』

 

 確かに、ティアの言うことだって間違いないはずだ。仮に彼が邪神の生まれ変わりであっても、ここまで見てきた――ずっと見てきた彼は、打算抜きに善人であったように思う。

 

 そもそも、自分には分からないことだらけなのだ。彼と出会って約半年、世界の危機の渦中に居てすら、結局彼のことも、アガタのことも、この世界の真実も、結局はなに一つ分かっていなかったのだ。話してくれなかったのは彼らかもしれないけれど、同時に自分から理解しようと努力もしていなかったかもしれない。

 

 それならば――。

 

「イスラーフィール様。私は、アナタやルーナ様の仰ることを疑うわけではありません。でも、でも……同時に、アラン君やアガタさんのことも、同じくらい疑えないんです」

「アラン・スミスに関してはヴァルカン神が言った通り……要するに、彼は自分のことを分かっていて、そのうえでアナタを欺いていたのです。それにアナタは、アガタ・ペトラルカに糾弾されて、一度教会を追放されました……先にアナタを裏切ったのはあの二人です。

 それでも、アナタは彼らと戦うことは出来ないというのですか?」

「それは……そうです、二人とも、全然私に事情を話してくれないんです」

『……クラウ!』

「でも……」

 

 ティアの叫びに応えるため、すぐに否定の言葉を続ける――大丈夫、ティアの言いたいことは分かってる。そして、自分だって同じ気持ちなのだから。

 

「アガタさんのことは恨んだりもしてましたけど……彼女は聖レオーネ修道院の修復に掛け合ってくれました。もし私のことを何とも思っていないのなら、無視すればいいだけだったのに……。

 それにアラン君が黙ってるのも、言ったら私に危害が及ぶと思ってたからで……二人とも、私のことを思って事情を話していなかったんだと思うんです」

「そんな確証は無いでしょう? 彼らは、アナタを都合よく使っていたのかもしれませんよ?」

「都合よく使ってなんかないです……二人とも自分一人で背負って、どんどん先に行っちゃうんですから。それは、すごく悔しいことです。頼りにされていない証拠です。でも同時に……二人とも、私のことを大切に想ってくれてるんだと思うんです」

「大切に……ですか」

 

 イスラーフィールはこちらの言葉をおうむ返しにし、そのまま視線を落とした。向こうの表情は見えないが――落ち着ている様子だし、こちらの意図を汲んでくれそうな雰囲気だ。これなら、キチンと話せば伝わるかもしれない。

 

「それで、その……もう一度、あの二人と話をさせてください。もしルーナ様の言う通り、二人がこの世界に仇なすというのなら、私はルーナ様のために戦います。でも……」

「……もういい」

「えっ……?」

 

 乾いた声色が聞こえたかと思うと、イスラーフィールはこちらへ向けて手を差し出していた。なんだか、イヤな予感がする――しかし、抗おうにも不思議な吸引力が働いているというべきか、その掌から目を逸らせない。

 

「管理者ルーナのもとに、イスラーフィールが代行す。シリアルナンバー5C2BE11C、個体名クラウディア・アリギエーリ……対象である第六世代アンドロイドの思考領域の矯正を開始」

 

 その掌を見続けていると、段々と意識がぼぅっとしてきた。そして元々混乱しきっていた頭の中が、更に混濁としてくる。頭痛が酷い、何が起こってるんだろう――酷い、痛い、苦しい、助けて、誰か助けて――!

 

(アラン君……アラン君……?)

 

 アラン・スミスは敬愛する我が女神、ルーナの敵。邪神の生まれ変わりだ。それならば自分の敵だ。アガタ・ペトラルカも同様――偉大なる七柱の創造神を裏切ったレムの手先、それならば倒すべき敵だ。

 

 違う、二人はそんなじゃない――あの掌を見ていると、自分の大切なものが抜け落ちていく感覚がある。ルーナ様、天使様――あぁ、なんて冷たい瞳――いいえ、私が悪いんだ、だって自分がとんでもない勘違いをしていて、女神様や天使様のお手を煩わせてしまっているのだから。

 

『クラウ! しっかりして!!』

『て、ティア……』

『今、アイツは間違いなく君を苦しめている……そんな奴の言うことを聞いたら駄目だ! 頑張って、気をしっかりと持って……大丈夫だ、ボクがいるから!』

 

 そうだ、ティア。ずっと自分と一緒にいてくれた、もう一つの魂。辛いことを一緒に――いいや、辛いことを押し付けてすら、私に対していつだって優しかった、大切な友だち――彼女の言うことはしっかり聞かなければ――。

 

「……なるほど、一番厄介なのは、生体チップで制御できないもう一つの人格ですか……それならば最優先は、その人格との絆を断つこと……」

 

 イスラーフィールが腕を突き出してくると、その掌の光がさらに強くなる。ティア、ティア――ティアって誰だっけ――?

 

「……いやぁぁあああああああああああ!!」

『クラウ!?』

 

 頭がぐちゃぐちゃになる苦しみに思わず叫び声が出てしまい――自分の名を呼ぶ謎の声が聞こえた直後、ナナコが水色の髪の少女に掴みかかっていた。

 

 ◆

 

『クラウ!! くっ……ボクが出て……!』

 

 体の主導権を入れ替えようとするが、イスラーフィールの手を見ている限りでは何故だか上手く入れ替えることが出来ない。クラウの方が上位人格ではあるものの、普段なら無理やりに変わることは可能なのだが――。

 

「……はぁあああああああ!!」

 

 咆哮が聞こえた直後、宿主により固定された視界の先に銀髪が現れ――ナナコがイスラーフィールに掴みかかった。小さな少女と思えないほど鋭い動きに対応するためか、イスラーフィールは手を引っ込めて後ずさった。

 

「夢野七瀬のクローン……邪魔をするのですか」

「クローンとやらは良く分かりませんが、邪魔はします!! クラウさんが苦しんでるんですから!!」

 

 それだけ言って、ナナコはイスラーフィールの方へと再度突撃した。対するイスラーフィールはバク転する形で後方へ――まるで結界を蹴ったのと同様の異様な高さで跳んだ。それと同時に、クラウの身体は緊張の糸が切れたように倒れ込んでしまい、なんとか手をついてはくれたものの視界は土一色に染まる。

 

「書き換えは未完了でしたが、どうせ使い捨て……これで十分でしょう。さぁ、クラウディア・アリギエーリ。アナタの使命はなんですか?」

「はい……私は……」

 

 頭上から聞こえる声に応えるようにクラウの体が立ち上がり、崖の上にいる青白い月を見つめだした。

 

「女神ルーナに仇なす者たちを倒すために戦います!」

 

 宿主の口がそう動いて後、わが友たるクラウは自分の制止も聞かず、体の向きを変えて崖下の方へと駆けだして行った。

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