B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
光の筋が着弾すると、激しい衝撃と光、音とが混ざりあい、恐ろしいほどの衝撃が辺りを包んだ。着弾前から光っていたことを見るに、爆弾ではなく光学兵器の一種なのだろうが、威力としては核爆発の中にいると言われても違和感のないほどの爆発を起こしている。
そんな中でも自分の身体が焼かれずに済んでいるのは、三人が強力な結界を張ってくれているから――爆発が終わり、しばらく土煙が晴れた向こう、アガタが辺りをきょろきょろと見回しながら口を開いた。
「皆さん、無事ですか!?」
「あぁ、なんとかな……」
周囲を確認するアガタに向けて返答をするが、彼女は眼をパチクリさせてこちらを見ている。アガタはすぐに耳に手を当て、神経を集中させるかのように目を閉じている。
「すいません、アランさん。耳がやられているようで……今回復しているので、少々お待ちを……」
なるほど、あの轟音の中だったのだから耳がいかれるのも普通のことだ。対する自分の体は頑丈に出来ているおかげか、すぐに鼓膜も修復されたということなのだろう。
「おかしいわ。こんなこと、計画にはなかったはず……」
声のしたほうを振り向くと、レアが口元に手を当てながら何かを考え込んでいるようだった。
「おい、まさかゲンブたちに協力するっていうのは嘘で、俺たちを集めて一網打尽にするって計画だったんじゃないだろうな!?」
レアの肩を持ってこちらに無理やり振り向かせるが、驚いたような表情を浮かべて唖然とするだけだ。恐らく、アガタと同じように鼓膜がいかれているのだろう――ふと、今度は自分の肩が叩かれた。振り向いてみると、ゲンブ人形がこちらを見つめていた。
「待って下さいアラン・スミス。それならば、レアがこの場に居るのがおかしいでしょう?」
「それは確かに……というかチェン、お前は七柱の計画とやらを聞いてるんじゃないか?」
「えぇ、彼女たちが嘘を言っていなければ、という前提ですが……しかし、彼女たちの話に嘘はなかったと思っています。そうなれば、この攻撃は恐らくルーナの独断でしょう」
「なるほど、ルーナの奴、味方もろとも全部ぶっ飛ばそうって算段か……」
アガタがさんざに言っていた記憶があるし、どうやら七柱の中でもルーナとは相容れることは出来なさそうだ――今にして思えば、ルーナはセレナという少女に人格を投影していたのだろうし、確かにあの高慢ちきとは仲良くできそうにもない。
そんなことを考えていると、光の筋が飛んできた方角から何かが高速で接近してきている気配を察知した。仰ぎ見ても何も見えないが、確かにそこに存在する――袖から短剣を抜き出し、飛来してくるそれの眉間を目掛けて投げつける。
そして、投擲したナイフが空中で制止するのに合わせ、今まで視認できなかったそれが薔薇色の粒子と共に姿を現す――淡い炎のように波打つ桃色の髪、白いマントに身を包んだ少女の姿だが、背から機械の羽が突き出しており――二本の指でこちらが投げたナイフをはさんでいる。
「しぶとぉい……まるで便所の虫のようなしぶとさだわぁ。ある意味では驚嘆に値するわねぇ」
瞳を細めてこちらを見下してくる少女は、そう言いながら口元を釣り上げた。初めて見る顔なはずだが、この気配はどこかで感じたことがある。アレは確か――。
「テメェは……海と月の塔に居た……!」
「シリアルの識別も出来ないのに個体を判別するなんて、本当に気配だけで分かるんだ……気持ち悪ぅい」
桃色の髪の少女はそう言いながら、顎に手を当ててにやりと笑った。しかし、かつてルーナの側近として控えていたこと、また飛来してくるときに姿が見えなかったこと、極めつけに背から生えている金属製の羽を見る限りでは新手の第五世代アンドロイドなのだろうが――随分と人間に近い姿形と情緒をしているようにも見える。
同時に、性格は飼い主に似て悪そうだ――そう思っていると、自分の背後で誰かが一歩前に出る音がした。
「ジブリール……」
声の主はレアだった。ジブリールと呼ばれた少女もこちらから視線を外し、背後の老婆の方をまた疎(うと)む様な眼で見た。
「お久しぶり、女神レア……いいえ、裏切り者のファラ・アシモフと呼んだ方が適切かしら?」
「どうして……ルーナは私の動向に気付いていたというの?」
「それをアナタに伝える義理は無いけれど……まぁ、耄碌した老婆のことだから、センチメンタルな感傷でおかしなことをしでかす程度には警戒されてたってことはお伝えしておくわ」
ジブリールはそれだけ言って、視線をレアから自分の方へと向けた。
「さて、お役目でしょ勇者様。この場にいるゴミムシども皆殺しにして頂戴」
「はぁ? テメェ正気か? あんな攻撃をしてきた連中の言うことなんか聞く理由もない……むしろ、この場でテメェをぶっ飛ばしてやる!」
「いいえ、アナタは言うことを聞くしかない……まぁ、それはアレかしら? 一緒に旅をしてきた子たちのことをどうとも思ってないのなら、好きにすればいいけれどぉ」
そこでいったん切って、ジブリールは崖の上を見つめる――その方角は寸分の狂いもなく、少女たちが控えている場所を示している。
「あそこには今、イスラーフィール向かってる……彼女たちのことを護りたいのなら、アナタは勇者の使命を果たさなきゃ」
「テメェ……イイ趣味してるな……」
「アタシの趣味じゃないわ……我らが敬愛する女神、ルーナ様の趣味よぉ、キャハハ!」
ジブリールは美しい目鼻立ちで無邪気に、そして残酷に笑った。自分の趣味ではないと言っておきながら、嗜虐的な性向があるのは間違いなさそうだ。
ともかく、事態は二重にも三重にもマズいと言える。まず、第五世代アンドロイドをエルたちは視認できない。次いで、ルーナの側近となれば恐ろしく高性能な個体であると推測できる――自分が変身を使っても、簡単には倒せない相手かもしれない。
しかし、こいつのサディステックな笑いはもっと別の、おぞましい所から来ているはずだ。ルーナの権限があれば、少女たちの記憶や感情を操作することが可能なはず――それをやられることは、自分がもっとも恐れていた事態だ。
「さぁ、どうするの? 言っておくけど、アタシは強いよ……時代遅れの加速装置なんか使ってアタシに歯向かうよりは、素直に言うことを聞いた方が合理的で建設的なはずだけれど……あの子たちのことを護りたいのなら、なおさらだわぁ」
「くっ……!」
どうする、エルたちを護るために、このガキに言われた通りにゲンブ達と戦うか――それは正解とは思えない。仮にゲンブたちと戦ったとしても、少女たちの無事が担保されるとは限らないからだ。
それなら一刻も早くこの場を離脱し、少女たちのもとに駆けつけるのが正解か――だが、単純に離脱すればすぐに上にいるイスラーフィールとやらと連携され、少女たちに危険が及ぶ恐れがある。
どうする――二回目の自問自答は、急激な殺気の発露でかき消えた。反射で奥歯を噛んで下がり、光の筋が駆け抜けていったのを見送ってから加速を切る――その射線の元には、銀髪のエルフが弓を向けてこちらを睨んでいた。
「てめ、T3!?」
「貴様が敵に回る可能性があるのなら、先手を打ったまでだ」
「あぁ、そうかよ……クソガキと合わせて二人まとめてぶっ飛ばしてやる!!」
「良かろう、やってみろ……!!」
相手が加速するのに合わせてこちらもADAMsを起動し、バックルを弾いて変身して、すぐに銀髪のエルフを追いかけ始める。しかし、移動を始めるとT3は先ほどと違って迎撃をしてこない――いや、正確にはしてきているのだが、弓の狙いがあからさまに甘い。それどころか、自分が向かいたかった崖の上を目指して移動をしているのだった。
互いに崖の僅かな足場を跳躍して跳び、中腹辺りで加速を切る。ジブリールからは距離も取ったし、第五世代型アンドロイドが高性能な集音機能を持っているとしても、辺りを吹き荒れる夜風がかき消してくれる――これなら普通に喋っても問題ないはずだ。
「お前、どういうつもりだ?」
「勘違いするな……貴様のことは気に食わん。殺してやろうと思っているくらいだ……いつかな」
いつかな、そこにT3の思考が現れていた。つまり、今ではない――より優先すべきことがあるということ。T3としては、あの場にいるナナコを――コイツからしたらセブンスを――救いたいのだろう。
要するに、T3は自分があの場から離脱するという大義名分を作ってくれたのだ。T3と戦うふりをしながらなら、ジブリールの言い分を表面上護りながらあの場を離れることが出来るのだから。
「なるほど、同感だ……癪だがな」
コイツとはいつか決着を付ける必要はあるが、それは今日ではない。それより、少女たちを救いに行かなければならない。その点はまったくの同感だった。
再び少女たちが居る場所を目指すべく崖上を見つめた瞬間、視界の隅に何かが動いた。そちらを見ると、輝く魔法陣が点在しており、上の方が消えて何者かが下の方へと移動しているのが見えた。
「……クラウ?」
暗闇の中に眼をこらすと、確かに長い緑の髪が結界の陣を飛び移っているのが見えた。何かあって、彼女だけ下へ移動しているのかも――追われている気配はないが、彼女が一人で移動しているのは気になる。
「……おい、どこへ行く!?」
「仲間の一人が崖を降りてるんだ! お前はナナコを!」
ナナコという名前に聞き覚えのないせいか、T3は眉を潜めていたが、ともかく男は加速をして先に上へと向かっていった。自分も奥歯を噛んで横へと跳び、崖を下っているクラウの正面へと着地した。
「……クラウ、どうしたんだ!?」
自分が目の前に現れるとクラウは足を止めた。長い前髪と暗闇の中のせいか、彼女の表情が良く見えないが、こちらを見て何か警戒しているようだった。
「あぁ、なるほど、変身した姿って見せたことなかったもんな。俺だ、アラン……」
「……敵」
クラウは何かを呟いた瞬間、トンファーを取り出して一気に跳躍してきた。上から振り下ろされる一撃に対してカランビットナイフの腹でそれを受け止めるが、クラウは器用に空中で身体を捻って、こちらの首筋を目掛けて蹴りを放ってきた。
相手の蹴りを硬化した左腕で防ぐが、彼女の優れた体術に補助魔法が乗っているせいだろう、確かな衝撃が筋肉と骨に響く。そして彼女がそのまま足先で結界を出したことで斥力が働き、互いの体が引き離される。
「くっ……俺が分からないのか!?」
「……アラン・スミス。邪神ティグリス……ルーナ様の敵!!」
「なんだと……くっ!?」
こちらが状況を整理する間もなく、クラウが再びこちらへ襲い掛かってくる。慌ててカランビットナイフを取り出し、彼女の振り出す拳をいなす――このように手合わせをするのは初めてだが、やはりクラウは強い。加速装置を使えば押さえつけることは可能だろうが、逆にADAMsを使わなければ防戦一方どころか、変身していてもなお押され気味という方が正しい。
ともかく、状況を整理しなければ――いや、実際の所は分かってはいるのだ。ただ、それを脳が理解するのを拒否しているだけで――。
「……クラウ、止めてくれ! アレだろう、怒ってるだけだろう? 俺がキチンと話してなかったから……」
「あぁぁあああああ!!」
彼女の咆哮が、こちらの声をかき消す。飛び掛かってきた時、少女の前髪が揺れて、三日月を背後に彼女の瞳が見えた。青く美しかったその光彩は、今はただ憎悪と怒りの色に塗りつぶされていた。
『恐れていた事態が現実のものになってしまった……というところだな』
『止めてくれ……まだ、まだなんとかなるかもしれない……』
恐らくはべスターの言う通り、彼女の記憶が、感情が――七柱によって書き換えられてしまったのだろう。だが、だからと言って戻らないという確証がある訳ではない。自分の身体が前世の技を覚えているように、記憶を書き換えられたとしても、共に過ごした時間が無くなる訳ではないはずなのだ。
思い切って奥歯を噛み――音速でぶつかれば、彼女がただではすまない――クラウの背後へと回ってすぐに加速を切って、肩に腕を回して羽交い絞めにする。
「話を聞いてくれ、クラウ! 正気に戻るんだ……!?」
クラウは羽交い絞めにしているこちらの身体を使って足を上げ、振り子の原理でその両足をこちらの腹部へと突き出してきた。そこに結界も乗せられていたせいで強力な一撃になり、再び距離を離されてしまう。
なんとか体勢を崩さず着地するが、腹の痛みが強い――腹部の強化されている皮膚が崩れ落ちるのを感じたが、身体の再生能力のおかげかすぐにまた硬化した皮膚に覆われた。
顔をあげると、クラウは迎撃の手を止めて、肩で息をして俯いているのが見えた。
「……アナタは、ずっと私をだましてたんですね」
「違うんだクラウ、俺は……!!」
「言い訳なんか聞きたくありません!!」
呼吸を整え、声が聞こえたのも束の間、少女の足元で陣が弾け、再びこちらへと飛び掛かってくる。
「もう勇者のお供になんかなる必要だって無かったのに……私はアナタの役に立ちたくて! 自分の居場所を護りたくて……だから着いてきたのに……それなのに!!」
突き出した拳が、振り下ろされる足が、彼女の怒声と共に襲い掛かってくる――しかし、激しい乱戦の中で、彼女の表情が見えにくい。だが、どうやら記憶は残っているようだ。それならば、まだ引き戻すことも出来るかも――何より、今しがた吐露された彼女の健気さを、絶対に無為にしたくない。
「クラウ……君の言う通りだ。俺は自分が邪神ティグリスの生まれ変わりだということは気付いていたし、それを黙っていたのは認める……だが、この世界を……君を護りたいという気持ちは本物なんだ」
「……そんな風に、誰にだって気やすく優しくて!」
攻撃を硬化した手足でいなしていると、ふと少女の頬に光るものが見えた。
「クラウ……? 泣いているのか……?」
「……うるさい!」
叫びと共に陣が弾け、再び距離を離される。今度は上手く着地でき、こちらは余力もあるが――対するクラウはがむしゃらな攻撃の後で呼吸を乱し、目尻に一杯の涙を溜めて天を見上げていた。
「どうして……どうしてこんな風になっちゃったんですか? どうして……うぅ……!」
「クラウ!?」
絞り出すような小さな声が聞こえて後、クラウは頭を抑えてその場に跪いてしまう。クラウを支えるためにすぐさま駆け寄り、こちらも膝をついて少女の振るえる肩を握りしめる。
「クラウ、大丈夫だ、俺が側にいる」
「アラン、君……わた、私、は……! あぁぁあああああ!!」
目の前一杯に結界が広がり――肩を抑えていたせいで腕を動かせなかったのだろうが、密着状態で強力な一撃をもらってしまった。再び吹き飛ばされてしまい、背中に鈍い衝撃が走る――背後にあった崖に自分の体が叩きつけられてしまったのだろう。
そして、クラウはまたこちらへ向かって走ってくる。トドメを刺そうとしているのだ――やむを得ない、加速をして一度体制を立て直すか――そう思っている間に、また何かが飛来してくる気配を察知した。その何かが自分とクラウの間に落ちると、地響きが鳴るほどの衝撃が辺りに走り――。
「……クラウ!!」
巨大な戦槌の飛来に緑髪の少女が一旦背後へと跳ぶのと同時に、彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。すぐに声の主が鉄棒の元へ駆けつけ、紫髪の少女がその柄に手を伸ばしていた。
「アランさん! クラウのことは私に任せて先に行ってください!」
「だが、しかし……」
「アナタの気持ちはお察しします……ですが、アナタが語り掛ければクラウは混乱する一方です! それに、エルさんやソフィアさんも、今窮地に立っています! 何より……!」
アガタはそこで言葉を切ってこちらへと振り返る。眉を顰め、唇を振るわせている――そこにあったのは、アガタ・ペトラルカが今までにしたことのない様な悲し気な表情だった。
「あの子を救いたい気持ちは、私だって同じです。そして、クラウを欺いていたのは、私だって一緒なんです……その罪、私にも償わせてください」
「……何か、策はあるんだよな?」
アガタにはレムの声が聞こえるのだから、記憶や意識が書き換えられたときの対応策もあるはず――それを信じて問いかけてみたが、アガタは一瞬目を臥せて再び前へと向き直った。
「成果は確約できませんが……無いことはありません」
彼女は安易に嘘を吐くタイプではない。だから、全く望みがないというわけではないはず――そして、恐らくかなり分の悪い賭けではあるのだろう。だから、いつもの様に不敵に笑っていられないのだ。
「そうか……それじゃあ、ここは任せた、アガタ」
アガタ・ペトラルカは覚悟をしてきたのだ。友を失うかもしれないという危険な賭け――仲間を失うかもしれない自分と同じだ。それなら、アガタのことは信じられる。心残りがないと言えば嘘になるが、彼女の言う通りでピンチなのはここだけではないのだ。
そう思いながら加速装置を起動させ、自分は黒い歪みが生じている崖上を目指し始めた。