B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「あはは、逃げろに逃げろ! 埃を被った旧時代のウスノロがぁ!」
甲高い声が、ほとんど更地になってしまった旧エルフの集落に響き渡る――T3とアラン・スミスが崖上に移動してから、すぐさまホークウィンドとジブリールの戦闘が始まった。戦況としては、ジブリールの方が押している――少女の容姿を取ったアンドロイドは、両手に持った二丁の光線銃をメインの武装にしているのだが、それだけならばホークウィンドが遅れを取る理由はない。
厄介なのは、背中より射出された六枚の翼が撃ちだした光線を反射させるせいで、攻撃が直線的でなく立体的になっていることだ。ホークウィンドは気配で翼の位置を察知し、見えない角度から跳んでくる光線を避けてはおり、ある意味では流石とも言えるのだが、如何せん避けるのに手一杯で攻めあぐねているようだった。
「肉の器にある者どもは、感覚の多くを視覚に頼っているはずだけれど……見えない角度からの攻撃を避けるなんて、気持ち悪ぅい」
ジブリールは一旦距離を取り、六枚の翼をその背に戻して、空中からホークウィンドを見下ろして笑った。
「知ってるわぁ。コードネーム、ホークウィンド……旧大国の特殊部隊の出身で、諜報員の一人。経歴は優秀だけれど、自分を忍者だと思い込んでいる、ただの頭のおかしいイカレ野郎だってねぇ」
「……貴様は何もわかっていない」
対するホークウィンドも迎撃はせず、残っている建物の支柱に飛び乗り、ジブリールに視線を合わせて応える。
「自分が正当な忍者でないことなど、百も承知……だがそれでも私が忍としてあろうとするのは、忍者こそ理想の諜報員であるからこそだ。耐え難きを耐え、忍び難きをを忍び、任務遂行のために影となり、大義のための刃となる……その生き様こそが我が理想であるが故、永遠の修験者として業を追い求め続けているだけだ」
「あっはっは! 古くさぁい……そう言うの、流行らないわよぉ?」
ジブリールは無邪気に笑い、長いスカートの裾を翻しながら月下でくるりと回って見せた。
「それと比べて、アタシはスペシャルなの! 戦闘力なら、アルジャーノンやハインラインにも劣らない……それだけじゃない、肉の器に囚われたアナタ達と違って、常に最善にして最高の状態を維持できるの! 時代遅れで生きしぶといだけのゴキブリ風情が、私に勝てる道理など無いわ!!」
「いいや、貴様は最高などではない」
「……何ですって?」
「成程、貴様の力は認めよう……私の技や力を凌駕し、超然たる存在としてそこに在るのは疑うまでもない。だが……貴様の言う最高とやらは、所詮は貴様を設計した七柱の想定の域を出ることはない」
先ほどまでの超然とした様子はどこへやら、ジブリールは苛立ちを隠せないように口元を痙攣させている――第五世代は感情を持っていないのが原則だが、それでもアズラエルも旧時代の者たちと比べると情緒豊かのように見えたし、熾天使は人の感情に近いものを持っているのかも知れない。
「これはこれは……御高説どうも。でもねぇ、残念ながら……アタシは過去のデータを元に自動学習し、より洗練されていくのよぉ。つまり、人と同じように進化をすることだって出来るのよ!」
「あぁ、そうだろう……だが、それまでだ。貴様は過去のデータから失敗や非効率を改善することしかできん……肉の器という限界のない貴様は、無から有を作ることは出来ないのだ」
「矛盾しているわよぉ、ホークウィンド。アナタ達には肉体の能力や寿命的な限界があるのに対し、私にはそれが無い……つまり、種として不完全なのはアナタ達の方であって、私の方がより洗練されていると言えるんじゃないかしらぁ?」
「ふっ……矛盾か。それを理解しえないことこそが、貴様が最高になりえない証明だ。だから、七柱は第六世代を生み出さざるを得なかったのであろうな」
忌々し気に見下してくるジブリールに対し、ホークウィンドは目元を吊り上げ――そしてゆっくりと背の大八方に手を伸ばし、中空にたたずむ熾天使を見つめた。
「さて、お喋りもここまでだ……私は不要な殺しは好まぬが、貴様のような人形にくれてやる慈悲もない。第五世代アンドロイド、滅ぶべし」
「ちっ……小賢しいハエめが!」
ホークウィンドが巨大手裏剣を投げるのに合わせて、再び両者の間に火花が散った。ジブリールは大八方を躱してから、再び翼と光線による波状攻撃を仕掛けるが、ホークウィンドは既にその動きには対応を始めており、防戦一方だったのが徐々に進撃を始めていた。
「ぬん!」
「甘いちゃんがぁ!!」
ホークウィンドの手刀を、ジブリールは銃を交差させて受け止める。そのまま引き金が引かれると、忍の左右と背後に接近していた翼が熱線を反射させ――事態を察して何とか身をよじったものの、光線はホークウィンドの脇腹を抉った。
「ぬぐっ……!?」
「はは、言ったでしょう!? アタシは成長するんだって……アンタの奇怪な動きにだって、瞬時に対応できるようになるんだか……ら!」
ジブリールは足を上げ、そのまま前面へと突き出す――その瘦身からは考えられないほどの力が働いたのだろう、ホークウィンドの巨体は凄まじい勢いで吹き飛ばされ、後方の崖に叩きつけられた。
「さあ、トドメをくれてやるわよ! 月の光よ、アタシの力になれ!!」
少女の背に六枚の翼が戻るのと、ジブリールの腕が変形していく――どこからその質量が来たのか不明だが、腕がそのまま巨大な銃身になるのと同時に、月から一筋の光が流れ落ちてくる――アレは恐らく、マルドゥークゲイザーに近い機構だ。恐らくだが、この場を焦土にした先ほどの一撃は、あの銃身から発射されたに違いない。
「ホークウィンド!!」
事態を察するのと同時に、人形の手を伸ばして抉れた岩壁で血を吐いている黒装束に回復魔法をかける――対して、月からの光を浴びて輝く六枚の翼を背に、ジブリールは岩肌の方へと腕を伸ばした。
「エネルギー充電完了……消し炭になれ、最後の世代! 超ド級荷電粒子砲【セレスティアルバスター】、発射!!」
咆哮と共に、銃身から鮮烈な細い光の筋が走り出す。その筋を中心に熱線は巨大化し、轟音を響かせながら辺りに強烈な閃光をふりまく――幸い射線がこちらに無かったのでこちらは無事だが、やはりその威力はすさまじく、銃口の先にあった丘が一つ、この世から丸々消滅してしまったようだった。
銃口から立ち昇る煙を、ジブリールは銃身を払って消すと、再び腕が変形して元の細腕へと戻った。
「あはは! アタシに逆らうからこうなるの……ちっ!?」
高笑いしていたジブリールの顔から余裕が消え、翼の一枚を自身の身体を護るように射出した。直後、翼の前に無数の火花が散る――どうやら、回復して離脱してたホークウィンドが上から手裏剣を投擲していたようだった。
「貴様がトドメを指したと勘違いしていたのは分身だ」
「はぁ!? 嘘でしょう!? ウザイしぶといウザイ! 虫けらのくせに!! でも、無駄な抵抗よぉ!!」
ジブリールが癇癪を起こしたような怒声を上げると、再び両者の間で火花が散りだした。しかし、あまり状況は良くない――ホークウィンド自身の洞察力や適応力が高いのは勿論なのだが、やはり基礎力の差を埋めがたいのか、はたまた成長するアンドロイドと言うのは伊達ではないのか、変わらずジブリールの方が優勢に見える。
何より、やはりホークウィンドの身体の方にガタが来ている――人格の投射先が魔将軍というのはこの世界の中では優良な素体だが、それでもホークウィンド自身の遺伝子情報を持っているわけではない。人格と肉体の適合率はそこまで高くないし、無理に酷使している身体ゆえに、激しい戦闘を繰り返してきたことでほころびが生じ始めているのだ。
このままでは、彼の敗北は免れない。とはいえ、T3とアラン・スミスは離脱してしまった現状では――もちろん、向こうにもジブリール並みの第五世代がいることを想定すればあちら側が過剰戦力という訳ではないのだが――こちら側で高い戦闘力を有しているのはホークウィンドしかいない。
ともなれば、なんとか彼に持ちこたえてもらうしかないか――そう思っていると、浮遊している自分の隣にファラ・アシモフが並んだ。
「チェン、アズラエルを出しましょう」
「ピークォド号の位置が知られてはしまいますが……止むをえませんか」
前回の戦闘を見るに、アズラエルの能力はジブリールには及ばないだろう。しかし同じ熾天使級が参加すれば、ホークウィンドと同時に攻めれば勝ち筋も見えるかもしれないし、最悪の場合でも相打ちか撤退にまで持ち込めるかもしれない。
そうと決まれば、善は急げだ。人形の指先からホロスクリーンを出し、離れた場所で待機しているピークォド号の管制室に連絡を入れることにする。
「シモン、ハッチを開けてください。アズラエルに出てもらいます」
「あ、あぁ、了解だ……クソ、まさかこんなことに巻き込まれるなんてな……」
シモンは悪態をつきながらも素早い手つきでコンソールの操作している。だが、ふとこちらか視線を逸らして――彼の視線の先にはハッチのビデオモニターがあるはずだ――驚いたように眼を見開いた。
「お、おいテレサさん!? あんた何をしてるんだ!?」
どうやら、アズラエルよりも先にグロリアを内に秘めるテレジア・エンデ・レムリアが外に出てしまったようだ。一瞬だけ戻らせた方が良いかとも思ったが、こちらの指示を待っているシモンに対して首を振って応えることにする。
「シモン、止めずにおきましょう」
「い、いいのか?」
「えぇ……凶鳥が居たほうが、我々に有利に働くかもしれません」
「本当かよ……アンタ結構頭を使ってるようで、いい加減な所があるからな……」
「失礼な。不確定分子の存在を適度に認めている、と言って欲しいですね」
実際の所は計算や計略が狂うのは好まないが、今この場に必要なのは緻密な計算よりも持てる駒を総動員させて活路を見出すところだろう――そう思いながら星空を見上げると、我らが船から燃え盛る一条の焔が闇夜を割いて飛んでいくのが見えたのだった。