B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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ドラゴンズロア―

 渓谷が炎に包まれて後、一旦崖の上に戻り、休憩を取ることにした。崖の上に戻った理由は単純で、沢にいたオークはほぼ全滅したと思われるが、見回りなどで外に居た者と帰り道に鉢合うことを懸念してだった。

 

「エルさーん膝枕してくださーい」

 

 先ほどの聖女然とした様子はどこへやら、クラウがエルに抱きつくような素振りを見せると、エルはその顔に毛布を押し付けてカウンターを決めた。

 

「アナタがさっき頑張ってくれたのは認めるけど、休むならそれを使いなさい」

「ずーん……まぁ、ちょっとだけ寝ることにします。帰りに何があるとも分からないので、少しでも魔力を回復させておきたいです」

「えぇ、見張りは私とアランに任せて」

 

 クラウは毛布を受け取り、木の幹を背もたれにして、毛布を掛けて目を閉じた。先ほどの一件で相当な疲労があったのか、それとも生来の寝つきの良さなのか、すぐに寝息を立て始める。

 

「……なぁ、ドラゴンって一般的な存在なのか?」

 

 クラウが寝始めたのを見て、俺はエルに質問した。エルは枯れ木を折って焚火に投げ入れて後、首を横に振る。

 

「ドラゴンなんて、伝承上の生き物よ……アレは確かに、龍と形容するほか無かったけれど、恐らく魔獣よね」

 

 別段あのスケールの生物が一般的な世界でもなければ、エルもドラゴンと戦ったことがある訳でもないらしい。

 

「……アレがレヴァルの街を襲ったらどうなるんだ?」

「あまり考えたくもないけれど……まず、一介の冒険者風情がどうこうする話ではないわね。それこそ、軍が対応に当たるんじゃないかしら。それに、街には魔獣の襲撃も考慮して、強力な結界があの城壁に貼られてる。多少は持ち堪えるとは思う」

「しかしアイツ、空を飛んでいたぞ……? 城壁の遥か上空から近づいて、街を襲撃なんてことも可能なんじゃ……」

「……だから、マズイでしょうね。まぁ、魔獣にとって街を襲うこともメリットは無いだろうし、せめて興味も持たずにどこかに飛んでいってくれれば良いけれど」

 

 そういうのをフラグという、と言ったところでエルには理解出来ないだろうと思い、口に出さずにおいた。

 

 とはいえ、あの生物の在り方は圧倒的だった。ゲームの世界では、ドラゴンを安売りしすぎだ、あんなのどう倒せばいいのか全く検討もつかない。だからエルの言う通り、どこぞかにでも去ってくれるのが一番だとも思う。

 

 しかし、同時に考えてしまう。もしアレと戦うことになったら、自分に何が出来るのか。投擲用の投げナイフと片手斧程度では、あの巨体に傷一つ付けられる気もしない。武器屋でそそのかされた巨人殺しがあったとて、あのように空を舞われたら――そもそも、自分は戦う土俵にすら立てていないのだ。

 

 せめて、龍を前にしても臆さぬ自分でいられるか。それが気になったが――いっそ、臆したほうがいいのかもしれない。勇敢と無謀は違うとは、よく物語で目にしていた気がする。どうせ敵わぬ相手に命を無為に散らすくらいなら、逃げるほうが幾分かマシとも思える。

 

 しかし、自分が選ばれた者だったのなら――この世界を救うべき勇者であったのなら、この手に特別な力があったのならば、アレと戦うことが出来たのかもしれない。

 

(……よそう、無駄な考えだ)

 

 自分は、この世界の観察者として女神に送り出された。そしてその役目すらも、自分の空想であるのかもしれない。そもそも、街が襲われることもないかもしれない。それならば、自分の身の丈に合わない何かと勝手に葛藤するのは無駄なことだ。

 

「……アラン、アナタも少し眠る?」

 

 その声が聞こえて、焚火の音と木々の揺れる音のする世界へと戻ってきた。

 

「……あ?」

「アナタも結構疲れたでしょう……索敵、神経使うものね」

 

 エルは毛布をもう一枚取り出しているが、それをこちらも手で制止した。

 

「いや、まぁ疲れてないってわけでもないが、寝る必要があるほどじゃない……大丈夫だ、ありがとう」

「でも、相当ボーっとしてたみたいだけれど?」

「男の子にはな、色々あるんだよ……それより、エルのほうこそ少し休んだらどうだ?」

 

 制止のためにパーの形で開いていた右手の形を変え、そのままエルが持っている毛布を指さす。エルはこちらの指と毛布を一旦交互に見て、小さく笑った。

 

「そうね……私も寝るって程じゃないけれど、少し目を閉じて休もうかしら。普段は一人だから、なかなかこう甘えられないし」

「はは、そうだな、今のうちに甘えておけ」

「えぇ、よろしく。もし敵の気配を感じたら、すぐに声を掛けて頂戴」

 

 そう言いながら、エルは毛布を膝に掛け、体育座りのような形で目を瞑った。こうなったら二人の命を握ってるのも同然、先ほどのようにボーっとするわけにもいかない。

 

「……ねぇ、アラン、一個言っておかないといけないことがあったわ」

 

 声のほうを向くと、休むと言ったエルが、少し険しい目でこちらを見ていた。

 

「……私が休んでいる間に、その子に変なことをしたら許さないから」

 

 エルはクラウのほうに目配せしている。冷静に考えてみれば、確かに美少女二人、それが寝てるとなれば最高のお膳立てと言えなくもない。しかし、さらっと自分を候補から外しているのも彼女らしい。

 

「……そりゃ大丈夫だろう。変なことしたら起きてぶん殴られて月まで飛ばされそうだ」

「ふふ、確かに……ごめん、信用してないわけじゃないけど、一応ね」

 

 そう言って今度こそエルは目を閉じて、そのまま額を膝に乗せてうずくまった。

 

 一時間ほどの休憩後は、ただひたすらに下山していくことになった。ある程度下ってからは、正規の道に出れば、移動は速くなる。そのため、敵の気配が無くなったあたりからは舗装されている道を進み、すでに辺りは暗くなり始めているが、このまま進めば今日中に詰所には戻れる、といったラインまでは戻ってくることが出来た。

 

「ふぃー、なんとか当日中に戻ってこれましたね」

 

 少し眠ったおかげで多少は元気を取り戻したのか、今はクラウが先導している。致命的な方向音痴でも、流石に一本道では迷いようがないはずだ。

 

「アナタ、戻ってこれたとか分かるほど土地勘あるの?」

「じぇんじぇん分かりません」

「はぁ……ま、あと一時間も歩けば詰所に着くはずよ」

「うがっ、意外と遠い……!」

 

 一瞬ふざけた態度は取ったものの、クラウは真面目な顔になり、エルと並ぶ。

 

「……あの龍、どうしましょう?」

「どうもこうも、どうしようもないわ。一応、詰所に報告はしましょうか」

「そうですね、それ以外に出来ることもありませんよね……あんな空飛ぶ大きな生物、魔術師でもないとどうしようもないですし。もしくは勇者の聖剣とか」

 

 二人の言う通り、自分たちにできることは何もない。だから、詰所に報告して、それで終わり。

 

 だが、虫が知らせてきた便りが、そうは言っていられないかもしれないと告げてきた。

 

「……アラン君?」

「すまん、ちょっと静かに……」

 

 ほとんど日の落ちた静寂の世界に意識を集中させる。風で枝が揺れているその音、いやそれだけでないはず――わずかに耳に届く咆哮、それは昼間に聞いたものと同じ、あの空を舞う龍から発せられていたものに違いなかった。

 

「……アイツがいる」

「え、ど、どのくらいの距離にです?」

「アレだけのデカ物だ、気配もデカい。それが微かに感じ取れる程度だから……多分まだ、数キロメートルは離れているはず」

「方角は?」

 

 今の質問は後ろから来た。エルだ。

 

「進行方向じゃないな。西……正確には西南西だ」

「……そのうち、南下するかも。そうしたら、点在している農村や、最悪レヴァルの街も危ない」

「それじゃあ、少し急いで詰所に戻るか」

「えぇ、そうしましょう」

 

 エルが横に並ぶと、二人並んで走り始める。運動神経は勿論エルのほうが良いのだが、長距離を走るのでペースを落としてくれているのだろう、丁度良いスピードだ。後ろから「待ってくださーい! まほ、魔法の補助がないと……!」と言っているのが聞こえるが、距離は離れていないし本当に限界なら気配で分かるので、ひとまず今のペースのまま走り続けることにする。

 

 数分ほど走ったか、そのタイミングでエルが話しかけてくる。

 

「……気配、分かる?」

「あぁ、近づいてきたから、さっきより正確にわかる。あんまり動いてはいないみたいだが……しかし、ずぅっと猛ってるみたいなんだ」

「……何者かが、戦闘をしている?」

「あぁ、その可能性は……!」

 

 ある、そういう前に、他の気配が近づいてくるのに気が付いた。その数は結構多く、優に十は超えている。エルとクラウを止め、その近づいてくる気配を伺う――十中八九、あの龍から逃げてきているのは間違いないが、それが人間なのか魔族なのかは判別を付けないといけない。

 

 武器をいつでも抜けるよう構えて、近づいてくる者たちを待つ。音が近くなり、人影が微かに見え、そして藪から飛び出てきたのは、白いコートの男が数人、チェインメイルを来た男が数人、それも後ろからもまだ来ているようで、負われてたり肩を借りてなんとか歩いてきた者たちを合計すれば、二十人ほどになりそうだった。その者たちは命からがら、といった雰囲気で、半数は路面にへたり込み、鎧を着ている者たちは兜を外し、膝に手を付け肩で息をしているような状態である。

 

 その中に、見覚えのある顔が一つあった。向こうもこちらに気付いたようで、息を切らしながら指を刺してくる。

 

「お前……記憶喪失とか言ってた不審者……!」

「不審者はご挨拶だな、えーっと、レオ曹長」

 

 お前がどうしてこんなところに。レオ曹長がいるということは、自然とソフィアの顔が思い浮かぶ。そういえば言っていたな、大型の魔獣が出た時は、正規軍で隊を組んで倒すことになるって――。

 

「……エルにクラウディア・アリギエーリ! お、お前らなら、もしかしたら……」

「……落ち着いてちょうだい、レオ曹長、一体何が……」

「そ、ソフィア准将が……!」

 

 その名前を聞いた瞬間、俺は軍人たちが抜けてきた藪のほうへと駆けだしていた。後ろから「アラン君!」と呼ぶ声も聞こえたが、止まる訳にはいかない。

 

 短い付き合いだが、あの子は無茶をする子だ――そうだ、あの子は自己犠牲の塊のような子だ。実力はあっても、いや恐らく正規軍の中で抜きんでているからこそ、他の隊員が逃げるまでの時間稼ぎをしていることは想像に難くない。

 

 一瞬、ある言葉が再び脳裏よぎる。行ってお前に何が出来ると。しかし、それでも足は止まらなかった。一刻でも早くあの子の元にたどり着かなければならない。

 

(何が出来るかなんて、着いてから考えればいい!!)

 

 龍の咆哮が近くなってくる。森が揺れている。視界は段々と、その燃える炎、そしてそれを反射する氷とで明るくなってくる。

 

「……アラン君!」

 

 左にクラウが並ぶ。その手がかざされると、視界に淡い光が現れ、体が少し軽くなる――補助魔法を掛けてくれたらしい。次いで、右手にエルが並んだ。

 

「アラン。龍には基本的な魔術は効かなかった、それで隊は一時撤退、ソフィア准将はしんがりで時間稼ぎをしているらしいわ」

「あの子はそういう子じゃない……周りを逃がして、自分一人で龍を倒すつもりだ!」

「えぇ、そうでしょうね。ひとまず、ソフィア准将を連れて離脱、目標はそれでいいかしら?」

 

 エルに向けて頷き返す。あとは、正面を見つめて、少女のもとに駆けていくだけだ。

 

 ◆

 

 空を舞う魔獣、その口元が開かれる。炎のブレスが来る――だけど、こちらもすでに準備は済んでいる。

 

「コキュートスエンド!」

 

 龍の放った紅蓮の吐息を、こちらは冷気で迎撃する。炎と氷とがぶつかり合う――コキュートスエンドは、今の自分が即席で打てる魔術の中では最も高威力のもので、龍の炎の熱エネルギーを奪い去るには十二分な威力。本来なら第五階層でも相打ちできたのだが、既にその階層の魔術弾は打ち尽くしてしまっている。

 

 そして、今のが第六階層でも最後の一撃。一度接近された時に衝撃波も――杖の下に一発だけ仕込んでいる、即席の魔力爆発――すでに打ってしまっている。けん制に第四階層も使い尽くしているが、どのみち無効化されるし、況や第三階層以下はあの魔獣に効かないのは隊員が実証済み。あの体表を覆う術式が、第五階層程度までの魔術を無効化しているようだった。

 

 それならば、第六階層以上ならば通るのか、それも実証済み。第六階層の雷呪文ならば、幾分か相手の術式を貫通することには成功しており、相手の体にも幾分かダメージを与えることには成功している。しかし、空から落とすには足らなかった。

 

 隊員を逃してからは、第六階層も防御に回してしまい――コキュートスエンドは威力はあるが、弾速は遅い。立体的な動きの出来る相手には当てることが難しいまま、攻撃を相殺するのに打ち尽くしてしまった。

 

 同時に、何故こんな魔獣が存在するのか――その疑問に対しては、何度考えを巡らせても答えは出ない。しかし一個だけ確実に言えること、それはあの魔獣は魔族か、はたまた人間か、どちらかに手を施されたモノだということ。

 

 まさか進化の仮定で、天敵となりうる魔術を無効化する術式を体に刻ませたは、いささか飛躍しすぎた発想だろう。そう考えれば、あの術式は魔術を知るものによって施されているのだ。そして今、人間を襲っているからには、恐らくは魔族からの指金と考えて相違はないように思う。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 自分の吐く息が妙に大きく聞こえる。龍の咆哮のほうが音も大きいはずなのだが、先ほどから轟音の中にずっといたせいで、耳がおかしくなっているのかもしれない。魔術が効かないことで士気は下がってしまったが、隊員の練度が高いおかげで、死者は――自分の見えていた範囲ではだが――出ていなかったことだけは幸いか。

 

 しかしアレを放置していては、きっとこの先多くの犠牲者が出る。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 自然と、杖を握る手に力が入る。手は、一つだけある。それが薄氷の上を駆け抜けるような僅かな道でも、ここで退くわけにはいかない。

 

(……分かっている、自分がこう無茶だから、シンイチさんから見放されたんだって)

 

 退くことを知らない自分、頑固な自分、融通の効かない自分、一人で無茶をして周りに心配をさせてしまう自分――それでも、自分の肩に人々の安寧の日々が掛かっているのだと思うえば――。

 

(……下を向くわけには、いかない!)

 

 中空を再び睨め付ける。獣の背後には満月、嘲笑うように自分を見下ろしている。再び、魔獣が口を開く。こちらには相殺する手段は無い。しかし、先ほどから相手のブレスの威力も落ちてきているように思う――それならば。

 

「第三階層魔術弾装填、冷気、加速、強風、白銀の風【シルヴェルウィンド】!」

 

 第三階層なら、詠唱が早い、氷獄の棺よりかなり威力は落ちるものの、相手のブレスも威力が落ちているのなら――打ち出された炎は、予想通り最初ほどの威力はない。しかし、それでも今度はこちらの威力が足りない。幾分か相手の炎は軽減できたものの、このままでは直撃が免れない、横に飛んで回避を試みるが、余熱で皮膚が幾分か焼かれてしまった。

 

「くっ……まだ!」

 

 体制を立て直し、再び上を見る。しかし、相手もこちらに打つ手がないと悟ったのか、また同時に炎で倒せないことに苛立ちを覚えたのか、滑空する姿勢を取ってきている。そのまま勢いよく地表に降り立ち、大地が揺れ、砂埃が舞う。

 

 遠距離に居てくれたほうが、まだマシだったかもしれない。かなり無茶でも、最後の一手を打つ好機が生まれたかもしれないから。埃が龍の咆哮で晴れると同時に、すぐさま魔獣の牙が私の身を抉らんと近づいてきた。

 

(アクセルハンマー……間に合わない……!)

 

 物理攻撃で迎撃しようにも、やはり魔術は戦士のそれと違いディレイはある。ここまでか――そう思い、思わず目を瞑ってしまう。

 

 その時、瞳の裏に現れたのは、幼少の記憶でも、学院での生活でも、勇者との旅路でも、軍隊での思い出でもなかった。ただ、この前食べた、デザートのこと、あの食卓が、なんとなく思い出された。

 

(あぁ……もう一回、食べたかったなぁ……)

 

 風を切る音、龍の雄たけび――すでにこの身は切り裂かれていてもおかしくない。だが、痛みはない。極限状態だと、脳内物質の分泌により痛みはないと論文を読んだことはあったが――それにしては、まだ手足も動くような――。

 

「……ソフィア!」

 

 男性の声が背後から聞こえて、はっと目をひらく。龍の声は、威嚇するものではなかった。魔獣は痛みに声をあげていたのだと気付いた。魔獣の目から血が吹き出ている。それは、あの眼球に刺さっている手斧が引き起こしているのだ。

 

「ソフィア、無事か!?」

 

 振り向くとそこには、あの食卓の対面にいた青年が、汗だくで息を切らして立っていた。

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