B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
クラウが崖下に去って後、場には自分とエル、ソフィアとイスラーフィールが残っていることになる――エルは様子の急変したクラウに呆気に取られていたが、すぐに警戒を戻してイスラーフィールと対峙している。
「アナタ、クラウに何をしたの!?」
「別に……ルーナ様の信徒を、あるべき姿に返しただけ……迷いもなくなって、むしろ今頃すっきりしていると思います」
剣幕を見せるエルに対して、イスラーフィールは飄々とした様子だ。
「さて、次は、どちらに……」
「……いや!!」
イスラーフィールが物色するようにエルとソフィアを見比べていると、ソフィアの方から悲鳴が上がった。
「……ソフィア、下がって!」
そう言いながら、杖を握って怯えた様子でいるソフィアの前に自分が出る。もっと大きな魔獣を相手にしても一切怯まないソフィアが警戒しているのは、目の前にいるローブの少女を警戒しているというより、もっとおぞましい何かを察知しているように思われた。
また、崖下から何かが急接近してくる気配を感じる――速度的に尋常ではない何者かだ。少し動いてイスラーフィールと崖下からの襲撃者が同時に視界に入るように移動する。崖下から何者かが飛び出てきて着地する――現れた長い銀髪のエルフは、こちらを見て安堵の表情を見せた。
「セブンス……!」
「えぇっと、アナタは……」
自分のことをセブンスと呼ぶとエルフなると、彼が古の神々に味方をしているT3か。はっきりと覚えているわけではないが、確かに彼からは懐かしい感じがする――そう思っている傍らで、自分と同じくイスラーフィールが銀髪のエルフの方を凝視しながら頷いた。
「アルフレッド・セオメイル……それならば、優先すべきは戦狼の目覚めですね」
イスラーフィールはエルの方へと向けて手を伸ばした。クラウがおかしくなった時と同じような雰囲気、いけない――そう思って割り込もうと努めるが、如何せんソフィアを護るために距離を取ってしまっていたので、ここからでは間に合いそうにない。
「エルさん! アイツの手を見ちゃダメ!」
背後からソフィアが叫ぶが、エルは金縛りにあったように身動きが取れなくなっている――何とかソフィアの言葉に従おうと、視線だけでも逸らそうとしている。しかし、その努力もむなしく、イスラーフィールはエルの顔の正面近くにまで掌を伸ばしている。
その時、突然に聞こえる轟音――イスラーフィールはエルの方へと突き出していた右腕を身体の側面へと向けたと思った瞬間、その手の先から人一人を容易に呑み込む光線が突き進んできた。
しかしその光線も、イスラーフィールの突き出した手の先から展開されるバリアのようなもので止められていた。
「危ないですね……仲間ごと吹き飛ばすおつもりですか? でも、そうか、アナタにとってはハインラインも倒すべき宿敵でしたか」
イスラーフィールが横目で見るその先には、瞬間移動としか思えない速度で移動した銀髪のエルフが、弓を構えながら眼を見開いていた。
「何っ……!?」
「……私たちはアナタのようなイレギュラーの出現に備えて生み出された存在……特に私は僚機であり最強の矛であるジブリールを護るための最強の盾。携行型波動砲程度の威力では、私の盾は破られはしない」
「くっ……ならば!!」
再び轟音が響いた直後、今度はイスラーフィールの左手側に銀髪のエルフが現れ、斧を振り降ろしている――しかし、その刀身はいつの間にか差し出されていたイスラーフィールの左手から展開される光の膜によって阻まれていた。
「……ADAMsに対抗できるだけの演算機能と速度を備えているのは当たり前のこと。もちろん、こんなこともできる」
イスラーフィールは左手で握り拳を作り、すぐに開くと、バリアが弾けてエルフの身体が上空へと吹き飛ばされてしまった。先ほどまで瞬間移動をしていたのに、中空に押し出された男は空中では身動きを取れないようで、忌々し気に眼下を見下ろしている。
「さて、それではエリザベート・フォン・ハインライン……ハインラインの器よ」
「くっ、うぅ……!!」
「管理者ルーナのもとに、イスラーフィールが代行す……汝、解放の呪文を唱え、内なる力をせよ」
「解放の、呪文…………コード、戦狼の目覚め【ヴェアヴォルフエアヴァッフェン】……!」
エルはイスラーフィールから逃れるように身をよじらせていたが、最終的には彼女の命令の通りに何か呪文のようなようなモノを呟き――糸の切れた人形のようにがっくりとうなだれてしまった。それと同時に、吹き飛ばされていたエルフが着地すると、また爆発音が辺りに響き渡り――直後、刃と刃の打ち合う音がした。
音の方を見ると、燃え上がるように橙色に輝く刃と、翡翠色の刀身が闇夜に浮かび上がっている――片やエルフが振り下ろした手斧であり、もう片方はイスラーフィールを護るように立つ、エルの神剣アウローラだった。
「……ADAMs、原初の虎……? いいえ、違う……対象個体の識別を開始」
「目覚めてしまったか、ハインライン……!!」
どうして、エルがイスラーフィールを守っているのか――長い前髪の奥に見えるその瞳は、片方はいつものように美しい琥珀色だった。だが、もう片方は銀色に変わっており――その瞳はどこか機械的で、同時に双眸とも感情が抜け落ちてしまっているように見える。
「正確には、武神ハインラインの器としての身体能力を解放したにすぎませんが……アナタは見たことがあるでしょう? 夢野七瀬に同行した、ルドルフ・フォン・ハインラインが使っていたヴェアヴォルフエアヴァッフェンを」
「くっ……!」
黒衣の剣士の背後で、イスラーフィールがT3に向かって静かに語る。そして、拮抗していた様に見えた二つの刃のうち、翡翠色の方が押し始め――男はマズいと悟ったのか、また瞬間移動をするようにその場から消え、気が付けば自分の目の前に姿を現す。
対してエルは、距離を取ったT3を左右非対称の瞳でじっと見つめた。
「対象個体のシリアルナンバー検出……生体チップを摘出しているため不明。外見的特徴から算出、シリアルナンバー79BDC02との類似点を三百八十二か所確認……対象をアルフレッド・セオメイルと暫定する」
「……邪魔をするな!!」
再び爆発音がすると、視界がまた目まぐるしく変わる。目を凝らしてみれば、銀の流線が円を描き、その軌道から中心に向けて光の矢が発射されているのは確認できた。同時に、円の中心には禍々しい黒点が現れており――アレは重力波か、光の矢はその中心を目掛け、曲がり、重力波の中で乱反射し、中心にいるエルとイスラーフィールから逸れてどこかへと跳んで行ってしまった。
重力波が晴れて、エルは金銀の瞳で銀髪のエルフを見つめ――二対の剣を正面に構え、無表情のまま口を開いた。
「ADAMsの使用に携行型波動弓エルヴンボウを所持……対象の危険度をBランクと認定し、排除を開始する」
短剣に埋められた真紅の宝石が月明かりで鈍く光った瞬間、エルの身体をすっぽりと覆う重力波が現れる――夜の闇よりもなお深い暗黒が、銀髪のエルフの方へと向けて一気に飛びだした。
「ちっ……よかろう。貴様との因縁、今ここで断ち切ってくれる!!」
声が聞こえたと同時にエルフの男の姿が見えなくなり――今の一瞬で移動したのだろう、遥かの距離から光の矢が黒い球体目掛けて無数に照射されている。対して重力波を纏ったエルの方も、凄まじい速度で光が放たれる銀の流線を追いかけ始めた。
「これで二匹の虎の足止めは出来るでしょう。私は、ジブリールの援護に向かいますか……」
「ちょ、ちょっと待ってください! クラウさんとエルさんに何をしたんですか!?」
「そう言えば、まだ居ましたね。とはいえ、機構剣を持たない夢野七瀬のクローンなら、捨ておいても問題なさそうですが……」
イスラーフィールが右手の指を鳴らすと、自分たちが立っている場所より更に上のに何者かが現れる気配がする――それも何体も、こちらを取り囲むように複数体、確かな殺意をこちらへ向けているようだった。
「……ソフィア、危ない!」
「えっ……!?」
慌てて後ろを振り向き、ソフィアを抱えて跳躍する。すぐに頭上から熱線が注がれ、自分たちが居た場所の地面が煙を上げながら蒸発していた。
「な、何!? どこから攻撃されたの!?」
「崖の上に、何体か……敵がいる」
腕の中でソフィアは上をきょろきょろと見回すが、気配を捉えられないのだろう、不安げに上を見渡すだけだ。
「ソフィア・オーウェル……敵ではありません。天使がアナタ達を迎えに来たのです……全ては神の御心のままに。アナタの旅はここで終わりなのですよ」
イスラーフィールはそれだけ言い残し、崖下を目掛けて飛び去って行った。ソフィアはそれを見送って自分の腕から降り、背中から杖を取り出して一回転させた。
「こうなったら、覚悟を決めるしかないね……ナナコ、まだ見えない敵は崖上にいる!?」
「う、うん! まだこちらに向かってきてる気配はないよ!」
「それだけ分かれば十分、第三魔術弾装填、フロストエア!!」
杖の先端に浮かび上がった陣から冷気が吹き出し、崖下から上へと向かう吹雪となる――すると、霜に覆われたおかげか、崖上の所々に人型のシルエットが浮かび上がる。頭上にいる者たちは姿を透明にすることができるようだが、確かにそこに存在するが故、自身の体でない霜までは不可視化できないということか。
「やった、見えるようになった! でも、数が……!」
「ファランクスボルト!」
多い、と言う前に、すでにソフィアの杖から拡散する稲妻が飛びだしていた。しかし、一本一本の威力がそこまででないせいか、イスラーフィールに天使と呼ばれた者たちを倒すには至らないようだ。
「威力が足らない……それなら……!」
「ソフィア!!」
ソフィアが杖を振り回すよりも前に、再び彼女の身体を抱き上げて移動する。今度は一点ではなく複数個所を狙い打たれるが、銃口が浮き彫りになっていたおかげで、ある程度の射線は読める――熱線の隙間を縫うように移動し、光線の雨が止んだタイミングで再びソフィアを降ろすことにした。
「ありがとう、ナナコ! 第三、並びに五魔術弾装填!」
ソフィアはすぐに頭上で杖を振り回し、すぐにシルエットの一体に向かって強力な稲妻の一閃を浴びせた。今度の魔術は相手の装甲を上回るだけの威力があったのか、稲妻の軌道にあった霜の肖像は跡形もなく消え去っていた。
「ソフィア、やった!」
「でも、数が多いし、敵も分散している……このままじゃ……!」
確かに、ソフィアの魔術は威力に優れていても、超高範囲を一網打尽にするようなものは無いと聞いている。それならどうするか、一旦引くか――とは言っても、光線を撃ってくる相手に対して、ソフィアを護りながらどこまで逃げられるか。攻撃そのものが早いのもそうだが、恐らく天使とやらは足だって速いだろう。
しかし、今更ながらに上に居る者たちが天使と呼ばれていることの違和感に気づく。自分がなんとなく思い浮かべる天使というものは、背に鳥の羽を携えた天の使いのはずだ。だが、ソフィアが浮き彫りにしたシルエットは単純な人型であり、羽など背に追っていないように見えた。
その時ふと、闇夜に羽が舞い落ちてくる――天使と呼ばれる者たちがいる場所でなく、自分の立っている場所の上空からだ。舞い落ちてきたそれを凝視すると、それは正確には羽ではなく、赤々と燃える炎の残滓のようで――。
「第五世代アンドロイド……燃やし尽くしてやる!」
上から声が聞こえてきた瞬間、崖上に巨大な炎の渦が襲い掛かった。その熱があまりに高温なせいか、炎に巻き込まれた透明人間たちは溶けてしまっているようだった。
改めて声のしたほうを見上げると、そこには亜麻色の髪を夜風になびかせ、右手に炎を上げる刀剣を持ち――そして背に炎の片翼を浮かべて浮いている一人の女性の姿が見えた。
「……本物の天使?」
「うぅん……アレはテレサ姫だよ!」
「それじゃああれが、魔人の力……」
テレサ姫と言えば、世界樹で魔人の力を授けられたと言われていた人に違いない。しかし、どうやらこちらの味方のようで――いや、正確には敵の敵は味方と言うべきか、彼女の眼には自分たちなど入っておらず、どうやら透明人間たちを眼の敵にしているようだった。
「消えろ……消えろ消えろ消えろ!!」
天使に似つかわしくない怨嗟の声が響き渡り、それに合わせて崖上が炎の海に包まれていく。
「ともかく、援護しよう!」
「うん!! ……あれ? 私、武器が無いけど……」
「私がテレサ様を援護するから、ナナコは私の援護をして!」
ソフィアは魔術杖を振り回し、テレサ姫が敵を見失わないように氷の魔術で敵を浮き彫りにし続けている。攻撃魔術を撃たないのは、機械人間どものこちらへ対する優先順位を下げるため、あえてソフィアがそうしているのかもしれないと思った。崖上のシルエットたちは、脅威度の高い天空の鳥を迎撃するのに気を取られているようだったからだ。
とはいえ、何体かは遠距離からこちらに向けて攻撃を仕掛けてきているので、自分は敵の攻撃の気配を察知してソフィアに避ける方向の指示を送る。恐らく時間としては一分もしないうちに崖上の透明人間たちは大分数を減らしており、こちらの安全はある程度は確保できるようになってきた。
「形勢逆転してきたね! これなら……」
「……アレは……ハインライン!!」
なんとかなりそう、そう言う前にテレサ姫は炎の翼を翻し、T3とエルが去っていった方へと飛んで行ってしまった。
「え、えぇっと? ハインラインって、エルさんの家名だよね? 二人は知り合いなのかな?」
「うん、そうではあるんだけど……あの感じはテレサ姫じゃなかった。テレサ姫なら、エルさんのことをお義姉さまって呼ぶはずだから……多分、魔人グロリアの人格が……そうなったら、どちらに加担するべき……?」
ソフィアが顎に手を当てて考え事をしている間に、また崖の上に何者かの気配が集まってくる――顔を上げてみても、やはりそこには何も居ないように見えるが、確かに居る。
「……ソフィア、敵の増援が来てる!」
「どれくらいの数!?」
「凄くたくさん!」
「くっ……強化弾さえあれば……高威力で少しでも広範囲のケラウノスで……!」
ソフィアがレバーを手に杖を振り回した瞬間、自分たちの目の前に紅く細長い何かが飛来してくる――それが地面に突き刺さると、ソフィアが驚いたように目を見開いた。
「魔剣ファイアブランド!? さっきテレサ姫が持ってたはず……」
「……危ないソフィア!」
姿の見えない何者かに銃口を向けられた気配を感じたのと同時に、身体が勝手に動いていた――気が付けば剣の元まで走って、紅い刀身を大地から抜き出し、ソフィアに向けられている銃口の射線を読み――そして、掃射される弾丸が一並びになる線を見出し、それをなぞる様に剣を一閃した。
剣を振り抜いた直後、地面に何かが落下して乾いた音を立てる。見れば、地面に真っ二つになった弾丸が転がっており、その切断面は高温で溶けているようであった。
そして、右手に確かなぬくもりを感じ、持っていた剣を正面に掲げる――真紅の炎が燃え上がる刀身は何故だか懐かしかった。
「……アナタ、力を貸してくれるの?」
剣に語り掛けると、剣はなお一層に炎を燃え上がらせることで応えてくれた。それに心強さを感じて、力強く柄を握り、目の前で上段から振りかぶってそのまま炎の剣を正段に構える。
「ソフィア! さっきのように吹雪で奴らの姿を現して! 私がこの子と打って出るから!」
「ナナコ!? あんな急な崖を登るつもり!?」
「うん、行ける気がする……うぅん、行くんだ!」
決意を胸に前へと駆け出し、僅かな突起を足場を飛び移りながらほぼ垂直の崖を駆けあがっていく。先ほどの挙動でソフィアより自分に対してより警戒を強めたのか、銃口は全てこちらに向いている――進行方向においてノイズになる弾丸だけ読んで炎の剣で切り落とし、岩肌から覗く星空を目掛けて一気に跳んだ。
崖上に落下する瞬間、辺りの温度が急激に下がっているのを感じる――ソフィアが魔術で吹雪を起こして、敵の位置を割り出してくれたのだ。中空で身を捻り、敵が一番密集している場所の中心に着地し――。
「捉えた……行くよ、ファイアブランド! 御舟流奥義、円陣輪舞活殺破!!」
右足を軸に剣を突き出し、大きく一回転をすると、剣が唸りを上げながら炎を巻き上げ――ちょうど一周したところで止まると、何者かがその姿を現し――計八個分の上半身が地面へと落ちる音が辺りに響く。そして切断面を中心に炎が巻き上がり、金属の体すら溶かしつくすほどの高熱が辺りを覆った。
すぐに踵を返して走り出し、崖下へと向けられている銃口を切り落とし、下にいるソフィアを見る。
「ソフィア! 私がこいつらの気を引くから! 魔術でドーンってやっちゃって!」
「……分かった!!」
ソフィアの返事を聞いてすぐ、吹雪で僅かに視認できる機械人間達に向かって走り出し、炎の剣を振りかざす。下からも轟音を響かせて巨大な雷撃が走り、辺りにいる敵たちを蒸発させているようだった。