B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
前後から自分の名前を呼ばれるが、どちらにもなんだか違和感があった。エルはダンからティグリスに似ているとは伝えられていても、自分が原初の虎と呼ばれていることは知らないはずだ。それに、テレサも俺のことはさん付けで呼んでいたはずである。
何より、エルの様子は間違いなくおかしい。T3とやり合っていること自体は納得できなくはない。今回の旅はゲンブ一派を倒すためのモノであり、そのうえ元々コイツは養父の仇なのだから、状況を知らないままであれば戦闘になってもおかしくはないのだ。
しかし――。
『エルの様子を見る限り、正気ではないようだが……クラウディアの時とは様子が違うな』
『あぁ……何かされたのは間違いなさそうだが……』
「……アラン!!」
べスターとやり取りをしている途中で背後から名を呼ばれ、そして振り返った瞬間、テレサが体当たり気味に自分の方へと突撃してきてそのまま抱きつかれてしまった。
「アランアランアラン! 会いたかった!!」
名前を呼びながら、テレサはこちらの胸に額を擦りつけてくる。あまりに唐突な奇襲に頭も働かないのだが――もちろんテレサとは会話はしたことはあるし、変身していて外見で判断できなくても、声を覚えられているか自分と認識されてもおかしくはないのだが、こんな風に抱きついてくるようなタイプではなかったはずだ。
「あぁ、えっと……?」
「どうしたのアラン、私が分からないの?」
「いや、どうもこうもテレサじゃないのか?」
「テレサ……そうね、今の私はテレジア・エンデ・レムリア……でも同時に、グロリア・アシモフでもある」
『……グロリア、まさか本当に!?』
グロリア、聞き覚えがある名前だ。確か、ハイエルフがテレサ姫に魔人の力を授けたとか言っていたか。
『べスター、知っているのか?』
『ハイエルフが言っていたのを覚えてないのか?』
『覚えてはいるが、お前の反応が尋常じゃなかったからな』
『そうだな……グロリアはオレやチェンたちと共に、原初の虎亡き後にDAPAと戦った仲間……もとい、お前がDAPAから連れ去って来た少女だ』
『はぁ!? 俺が人さらいしたって言うのか!?』
『元々は暗殺のために潜入していた先で偶然出会って、お前が拾ってきたんだよ……いや、グロリアが勝手についてきた、の方が正しいのかもしれないが……ともかく、お前にひどく懐いていた子だ』
誘拐して懐かれていたというは違和感もあるが、懐いかれていたともなれば抱きつかれたのもおかしくはないのか。いや、懐かれている程度で抱きつかれるのも変な話かもしれないが。ともかく、眼下でこちらを見つめていたテレサの顔を見ると、哀し気な表情でこちらを見上げていた。
「私のことが分からないの……そうね、アナタは死んだはずだもの。それなら、アナタは私の知るアラン・スミスじゃないのね……」
テレサは残念そうに視線を落とし、自分の背に回していた腕の力を弱める――同時に、横から剣が空を斬る音が聞こえる。見れば、エルが忌々し気な表情を浮かべてアウローラの切っ先をこちらへ向けていた。
「原初の虎から離れなさい、グロリア」
「イヤよ、と言いたいところだけれど……確かに、邪魔な誰かさんのせいでノンビリ話している場合じゃないわね。今は、ハインラインを倒すのが先決……!」
テレサは自分から離れて、また義姉同様に憎々し気に吐き捨て、右腕から炎を出して燃え上がらせた。
「先ほどまでの私とは思わないことね……アランが見ているんだもの! 覚悟なさい、ハインライン!!」
「許可は無いが、計画には不要な存在……テレジア・エンデ・レムリア、並びにグロリア・アシモフ。危険度をAに変更、グロリアハンドごと排除する!」
義姉妹が互いに怒気をぶつけ合うと、テレサは飛翔して天高く舞い上がり、エルは双剣を構えて上空を仰ぎ見る。そしてすぐに上から巨大な炎の渦が落下してくるのが見え、それに巻き込まれないように下がる――炎が消えた後にはエルの姿は無かったが、燃え尽きてしまった訳ではなく、凄まじい速度で岩壁を登っていっているのが視認できた。
しかし、エルのあの動き方は普通じゃない。状況を確認するため、一部始終を見ていたはずのT3に確認を取ることにする。
「おい、T3! 一体全体どういう状況だ!?」
「エリザベート・フォン・ハインラインがヴェアヴォルフエアヴァッフェンを起動させた」
「ヴェあ……? おい、もっと端的に頼む!」
「ハインラインの器としての力を解放したのだ……今の奴は戦うための機械だ。リーゼロッテ・ハインラインこそまだ宿っていないようだが……それでも戦闘能力は折り紙付き、認めたくはないが私では歯が立たなかった……」
そう答えたT3は、最後には悔し気に口を結んだ。先ほど手合わせをした感じで見れば、T3は王都で対峙した時よりも強くなっている――それで歯が立たないとなれば今のエルの力が尋常でないのは間違いないと判断できる。それと同時に、七柱の創造神に対して歯が立たなかったのが悔しい、というT3の気持ちも分からないでもない。
「それで……そのヴェアなんちゃらってやつは、解除出来るのか?」
「ナナセ・ユメノに同行していたルドルフ・フォン・ハインラインも同様の力を持っていた。奴の場合、敵を殲滅しきった時には元に戻っていたから……この場にいる全員がやられれば、恐らくヴェアヴォルフエアヴァッフェンも解除されるだろう」
「なるほど……ちなみに、ルドルフとやらが器の力を使った後はきちんと元の人格を取り戻していたのか?」
「あぁ、戦闘後はいつも通りに戻っていた」
「それだけ聞ければ十分だ」
要するに、クラウと違ってエルは記憶や意識を改竄されたわけではないということだ。それなら、先ほどよりはもう少しシンプルに立ちまわることが出来る――そう思いながら既に遠くへ移動して戦っている二人の剣士の方を見つめる。
「おい、まさか自分ならばハインラインを止められると思っているんじゃないだろうな? ヤツはADAMsを狩ることに特化した存在だ。それを止めようなどと……」
「さぁ、それは試してみなきゃわからん。だが少なくとも、お前とグロリアとやらに任せておくわけにはいかない……殺意が高すぎるからな」
二人に任せておけば、エルの安全が保障できない――しかし、それだけではない。今はグロリアとやらの意識が勝っているようだが、その身はテレサのモノだ。本当は姉妹でなかった二人ではあるものの、元々エルとテレサは憎からぬ仲であったのは間違いない。
その二人の身体を使って、旧時代の亡霊達が殺し合いをしているだなんて、間違えているに決まってる――それなら、奴らと同じ亡霊が、責任をもって清算しなければならないというものだ。
「グロリアとやらは何とか退かせるから、お前はナナコたちの所に行ってくれ……さっき遠目に見た時は危険はなさそうだったが、向こうにもいつ第五世代達が現れるとも限らないからな」
「おい、待……」
自分が音速の世界へ足を踏み入れたため、制止の声は途中から聞こえなくなった。
制止するT3を置いて、エルが登った断崖絶壁を自分も登り始める――変身により身体能力も向上しているし、壁に僅かでも取っ掛かりさえあれば、それを蹴り上げて登っていくことは可能だ。
同時に、岩壁の横側で戦闘を開始している二人の方も上昇中に盗み見る。加速した世界の中でこそ眼に追えるが、両者とも若干スローモーション、といった程度の速さで――とくにエルの方の動きが速い。結界を使っているわけでもなければ、空を飛ぶ能力がある訳でもないはずなのに、空中で何かを蹴ってジグザグに飛び回りながらテレサを追い詰めている。
エルが何かを空中で蹴る瞬間、宝剣の周りに何かが集まっているように見える――完全に勘だが、恐らく巨大な力場で周りの空気を圧縮し、大気の壁を生成してそれを足場にしているのだろう。
『……あの動き、リーゼロッテ・ハインラインのモノに近いな』
『知っているのか、なんて言うのも何回目か分からんが……まさかそのリーゼロッテとやらが?』
『あぁ、オレを……パワードスーツT2を倒した張本人だ』
ハインラインにべスターが倒されたというのは、以前に聞かされていたことだ。しかし、初めて聞いたフルネームには違和感を覚える。
『武神ハインライン何て言うから、てっきり厳つい野郎かと思ってたぜ』
『そうだな……しかしアラン、お前は特に注意しろよ。リーゼロッテ・ハインラインは自力だけでホークウィンドに並ぶ体術を操る。そのうえ、ADAMsと対抗するために重力発生装置と、認識する味方個体のみフィールドを発生させる反重力装置……この世界で言うところの二対の神剣、へカトグラムとアウローラを使いこなしていたのだから』
『なるほど、ヘカトグラムを虎の檻って言ってたのはそういうことか』
『それだけではない……言っただろう、お前は特に注意が必要だと。リーゼロッテ・ハインラインはお前に恐ろしく執着していた……原初の虎の死後も、その幻影を追い続けていたようだ。その殺意、今のエリザベート・フォン・ハインラインにも受け継がれているように見えるぞ』
『……それは恐ろしいことで』
レッドタイガーの力を得た今ですら、ホークウィンドとは正面からやり合いたくないくらいだ――こちらはADAMsというトンデモ技で誤魔化しているだけで、自力そのものは向こうの方が上なのだから。
そして、そのホークウィンドに並ぶほどの力に、今まで味方と思っていた二対の神剣が自分の前に立ちはだかり、向こうは明確にこちらに殺意を持っている――ともなれば気の重い話であり、T3ですら太刀打ちできなかったのも無理もない。むしろ、自分も正面衝突で勝つのは難しいと言わざるを得ないだろう。
とはいえ、やると決めたからにはやるしかないのだ――そして崖の上まで辿り着き、空中戦を続ける二人を見つめた。
『しかし、空を飛んで戦っている二人の間にどうやって入るつもりだ? 仮に二人の間に挟まったとしても、蹴れるものが無ければ大分不利だが……』
『加速して跳躍すれば、一度はチャンスがあるかもしれないが……うん?』
追いかけられているテレサの――グロリアと言った方が正確なのかもしれないが――動きに切れが無くなってきている。なんとなくだが、戦うのに躊躇が見える雰囲気であり――彼女の体はテレサとグロリア、どちらのモノにもなっておらず、ハインラインを倒そうとするグロリアと義姉と戦いたくないテレサとが葛藤しているのではないか。
一方で、肝心の義姉の方は完全に身体を支配されてしまっているらしく、その動きに躊躇が無い。むしろテレサ側が躊躇してしまったが故、エルが力場を蹴って一気に義妹との距離を詰めだし――手遅れになる前に自分はバックルのボタンを押し、目の前にエネルギー放出用の扉を出した。
『おいアラン、使う気か!?』
『バーニングブライト!!』
べスターに答えている間すら惜しい。今は最速で二人の間に割り込まなければ、悲劇が起こる――扉を潜って大地を蹴り、普段のマッハ5を更に超える速度で二人の間を目掛けて跳躍する。
そして二人の間に入る直前で空中でバク転し、自分の体を覆うエネルギーを放出する――何かにぶつける訳でなく、姉妹の間に漂う巨大な三日月、女神ルーナとやらが作った偽りの衛星に向けて放った。
エルの方はこちらの気配を察したのか、すぐに短剣から重力を発生させて減速し、テレサの方は頭を抱えて中空でうずくまっているおかげで、放出したエネルギーは何者をも巻き込むことなく虚空へと消えていき、自分は二人の間に割り込むことが出来た。
とはいえ、空を飛ぶ力も、中空で力場を発生させて足場も作れない自分は、後は重力に任せて落下するのみ――。
「……アラン!」
音が戻ってきた世界、落下が始まる直前に、名前を呼ばれて腕をつかまれる。その瞬間、本来かかるはずだった下へと引っ張られる力が無くなり、身体を不思議な浮遊感が包む――どうやらグロリアの空を飛ぶ能力が自分にも影響したおかげで、落下は免れたようだった。