B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「まったく……いつも無茶するんだから。初めて会った時も……」
自分の手を握るテレサの顔には、こちらを慈しむ様な微笑が浮かんでいる。恐らく今の言葉はグロリアのモノだろう――自分のオリジナルと初めて会った時とやらのことを思い出しているのかもしれない。
しかし、まさか初対面でこんな風にお互いに空を飛んでいたもあるまい。そう思っているとテレサの顔からふと微笑みが消えて苦しげな表情になり、彼女は空いた手で額を拭った。
「あ、アラン、さん……私は、お義姉さまと戦うために、この腕を授かった訳ではありません……」
「あぁ、分かってる……テレサもグロリアも聞いてくれ、エルは俺がどうにかする……だから、T3と一緒にソフィアとナナコの所まで退いてくれ」
「T3……私は、あの人を……」
「許せないのは承知の上だ。だけど頼む、今だけは……自衛のためにアイツとも力を合わせて欲しい。それに、エルのこともなんというか、それっぽくするからさ」
そう言って笑って見せると、「何がそれっぽくなのか分かりませんが……」とテレサの顔も穏やかになったが――すぐその表情に鬼気を募らせる。もちろん、原因は分かっている、自分の背後でエルが何かをするつもりなのを見たのだろう。
「ほら、俺をエルの方へ投げてくれ! テレサの腕力があれば余裕だろう!?」
「分かりました……アランさん、お義姉さまをお任せします!」
テレサがこちらの腕を引っ張り、そのまま凄まじい勢いで一回転する。その反動で良い塩梅で勢いがつき、自分は短剣の周りに力場を発生させているエルの方へと放り出された。
自分が放り出されるのと同時に、エルは重力波を自分の方へ向かって放出してきた。自分を放り投げてすぐに移動を始めたので、テレサは脱出できたようだ――対して自分の体は渦に呑み込まれ、重力によって圧縮される体中が悲鳴を上げだした。
本当は重力波の中で加速などしたくないのだが――空中に居れば加速の恩恵を受けられない上、この檻の中で神経伝達を加速をすれば痛みを感じる時間は何倍にもなる。とはいえ、ADAMsを起動しておかなければ相手の速度に対応できないし、何より――。
『アイツが耐えてたんだ! 俺に無理な道理はねぇ!!』
そう、T3はハインラインに及ばなかったかもしれないが、少なくともこの重力波の中でも戦い抜いていたのだ――やはり重力波の中では鈍い痛みがゆっくりと来て身体を蝕むが、しかしアイツが耐えていた苦痛に音をあげるわけにはいかない。
何より、レッドタイガーのおかげでこちらの身体も頑丈になっているし、今は地面にたたきつけられているわけでないので身動きだって取れないほどじゃない――それは向こうも把握しているのだろう、トドメを刺すべく接近してくるはずだ。
そして予想通り、渦巻く重力波を掻き分けて、接近してくる翡翠色の剣閃――その筋を読んで頭が地面側へ向くように身体を上下に一回転させる。
『お前は真面目が過ぎるんだよ……オラァ!!』
足場が無いなら作ればいい。振り下ろされる剣の側面部分をブーツの底で蹴り、それを足場に一気に勢いをつけて跳んだことで、重力の檻から抜け出すことに成功する。刃の側面を切ったので真下には逃げられなかったが、それでも岩壁への着地をすることはでき、加速をしたまま崖を降りていくことにする。
『おいべスター、あと変身はどれくらい持つ!?』
『正確なことは分からんが、ジブリールとやらが居たの場所から抜け出してから変身しっぱなしで、そのうえバーニングブライトまで使ってしまったのだ……もう長くは持つまいな』
『はっ、そりゃいい。変身ってのは、ピンチになってからが本番だからな』
『何を呑気な……そんな余裕の通じる相手ではないぞ?』
べスターの言葉に違わず、正面に着地してきたエルは凄まじい気迫をこちらに向け、神剣の先端をこちらへと突きつけてきた。
「今にして思えば、お前にはこんな風に何度も剣を突きつけられてきたな……今度ばかりは威嚇じゃないみたいだが」
「滅茶苦茶な動き、やはり原初の虎……!」
「おいおい、俺の言うことは無視か?」
いつもは悪態をつかれる立場なのに、こちらが言う時に限っては無反応。それどころか、エルは口角を上げて――何となく、恍惚したような表情を浮かべ、こちらをじっと見つめている。
べスターが言ったように、リーゼロッテとやらの殺意が引き継がれているというのは本当なのだろう。先ほどから殺気をビンビンに感じているところだ。恐らくエルの背後にいるリーゼロッテ・ハインラインとやらの執念が、悠久の時を経てもなお、虎との決着を望んでいたということか。
俺の肉を裂き、この心臓に刃を突き入れることを――もう敵わない願いと知りながらも、原初の虎を自分の手で倒すことを夢見て――そして今がその時だと、その歓びに身体が打ち震えているのかもしれない。
「そんな色っぽい表情で見られると、なんだか緊張するが……まぁいい、かかってきな、エル……いや、エリザベート・フォン・ハインライン!! 俺がテメェのお尻をぺんぺんしてやる!!」
そう言いながらエルの方を指さすと、どこか惚けた表情はなりを潜めて無表情になり――だが、本当に微細だが、本来の黄金色の右目の眉を潜めたように見える。お尻ぺんぺんという言葉に呆れた様子を見せたのだ――そう思うと、アレはエルじゃない何かだが、同時に間違いなくエルも宿している、そんな風に感じられた。
べスターの言う通りに余裕のある相手でないのは間違いないが、先ほどのクラウの時ほどの絶望を感じないのはそのおかげだろう。エルの心は操作されたり、壊されたりしているわけではない。ただ、その闘争本能が表に出てきているだけ――ハインラインの器として、虎の喉を噛みちぎってやるという本能が、彼女が本来持つ理性を覆い隠しているだけ。何なら、クラウの迷いのある哀しい怒気よりも、エルから発せられる純粋な獣のような殺気は心地が良いくらいだ。
一瞬の静寂、互いの間に風が吹き抜け――刹那、真紅の宝石が月明かりの下で煌めき、黒衣の剣士の周りをなお黒い重力の渦が覆い始める。そしてこちらもADAMsを起動し、剣士の待つ力場を目指して駆けだした。
『な、近づく馬鹿があるか!?』
『馬鹿野郎、だからいいんだろ!?』
実際、重力波の中ではADAMsのスピードは下げられてしまうが、それを嫌って距離を取ったところで向こうの光波を避け続けるという単純な構図になるだけだ。それに、あの重力波の中に投擲をしたところで無駄だし、威力のある攻撃を繰り出すには結局のところ接近せざるを得ない。
何より、変身の限界が近づいているというのなら、逃げ回って様子を見るなどしてられないのが現実だ。そうなれば、勝負は一瞬。この加速で決めるくらいの覚悟がなければ活路を見出すことも不可能だろう。
重力の渦の中に足を踏み入れると、やはり身体にかなりの負荷が掛かる――力場の範囲を狭める代わりに重力が増しているせいもあるのか、これはレッドタイガー無しではすぐに身体がひしゃげて潰れていただろう。
だが、同時にチャンスでもある。やはり、こちらから接近してくるとは予想もしていなかったのか、エルはこちらの接近に対して驚愕に金銀の双眸を見開いている。とはいえ、挨拶代わりに振り下ろした短剣の一撃に――軛の中でも自分の速度は音速と等倍程度は出ているはずだ――反応したのだから、エルの身体能力が爆発的に向上しているのは間違いなさそうだ。
『はは、ビックリしたか!?』
『それはそうだ……こんな戦い方、ハインラインもされたのは初めてだろうからな』
口ぶり的には、重力剣へカトグラムが完成した時には、自分は既に死んでいたということか。そうなると、自分の身体も重力下の戦いは初めてということになる――しかし、普段から凄まじいGを身体に掛けながら戦っていることを考えれば、この重力波も耐えられないほどではない。
重力の軛の中でも動くことが可能なら――彼女の方が虎の爪より長物を持っている分、より内側へ入っていくべきだ。左斜め前方からくる光波の袈裟切りを超低姿勢になって躱しながら相手の懐に飛び込み、下からアッパーの要領で拳を突き出す。超音速で殴れば即死の可能性もあるが、恐らくハインラインの力で強化されている今なら、加減すれば気絶させる程度で済ますことが可能だろう。
だが、こちらの踏み込みを読んでいたのか、エルが僅かに身を引いたせいで、拳は空を切る形になる――とはいえ、二の矢がある。加減したおかげで身体のばねが伸びきっていないので、すぐに拳を振り下ろす方へとシフトし、握っていたナイフを振り下ろして重力剣の柄を狙う。
宝剣へカトグラムさえなければ、大分有利な戦いをすることが出来るはずだ――そう思って左手を狙ったのだが、相手はこちらの攻撃を避けることをしないで、宝剣の刃でこちらのナイフを迎撃し――それだけに留まらず、相手の馬鹿力によって押し返される形になってしまった。
『くっ……!?』
その後は、互いの二剣で打ち合う形になる。速度ではややこちらが勝ってはいるが、力では向こうが上回っている――向こうとしてもこちらの連撃は凌ぎきれないほどの速さではないらしく、むしろこちらはADAMsと変身の両方の時間制限があるので、決定打を与えられない現状では不利とすら言えるだろう。
何より、厄介なのはこちらの動きに対する適応能力の高さだろう。安易な攻撃は知っている、と言わんばかりに簡単に対処されてしまう。複雑な動きもある程度パターン化しているのか、初見こそは押せはするものの、凄まじい反応速度によって裁かれ、近い動きは二度目は通用しなくなっている。
『……強《つえ》ぇ!!』
重力波の影響下にあるのも勿論なのだが、今まで戦ってきた者たちを思い返せば――ゲンブの結界やホークウィンドの技の多さ、T3のADAMsと光を発射する弓、ブラッドベリの衝撃波と再生能力――どれも強力無比ではあるものの、それは超能力という観点から言う強さだ。
対するエルの強さは――もちろん二対の神剣の力もあるが――単純に戦士としての強さだ。攻撃の鋭さ、勘の良さ、その闘争本能――惑星レムで戦ってきた相手の中で、今のエルが一番強いように感じられる。
だが、同時にふつふつと胸の内に違和感と、同時に怒りの気持ちが沸いてきた。エルに対してではない――エルを乗っ取る、何者かに対してだ。
(……楽しそうな顔をしやがって!)
エルはお前のように、戦いを楽しむタイプの人間ではない。峻烈で美しい剣士だが、同時に優しさと温かさを兼ね揃えているのが俺の知っているエルであり――今、彼女の顔に浮かんでいる艶笑(えんしょう)は、本来の彼女に似つかわしく無いモノだ。
神経の限界を感じ――同時に変身の限界もだが――短剣同士を打ち合わせたすれ違いざまにそのまま大きく前進し、重力の渦から一旦離脱する。そのまま加速を切って息を整えると、向こうも一度宝剣の力を抑えたのか重力波が収まり――ハインラインは好戦的な笑みを浮かべたまま、左右非対称の瞳でこちらを見つめていた。
「はぁ……はぁ……テメェ、エルの体を勝手に乗っ取ってニヤけてんじゃねぇぞ……」
「何を言っている? 虎と戦うことはハインラインの宿願だ。その証拠に、器の脳内に快楽性の物質が大量分泌がされている……虎を食い殺すという血の定めが、肉の器に悦びを与えてくれているのだ」
「それは、テメェがエルの体を操っているから!」
エネルギーを蓄え始めて赤黒くなっている指先で黒衣の剣士を指すと、相手は口元に無感情を取り戻し、瞳を閉じて頭《かぶり》を振った。
「ヴェアヴォルフエアヴァッフェンにより、シリアルナンバー5BAF4E80……個体名、エリザベート・フォン・ハインラインは身体のコントロールを失っているが、人格は覚醒中だ。この身の歓喜は間違いなくエリザベートの物であり……彼女はこの戦いを見て、感じて、戸惑い……そして悦びを感じている」
そこまで言って、ハインラインは左腕を下げて右足を前に出し、アシンメトリーの瞳でこちらを見据えてくる。
「始祖リーゼロッテ・ハインラインのアーカイブに依拠した概算によれば、原初の虎はまだ本気を出していない……全力を出させるため、コードKDZを起動……」
エルを操る何者かは謎の呪文を言って後、左手の短剣に巨大な重力波を収束し始める。その構えは見たことがある。ハインライン辺境伯に代々伝わる奥義、神剣二刀十文字――そのオリジナルと言ったところか。
それならば、向こうもここで勝負に出たと想定するべきか。どうせこちらも限界だ――皮膚は赤黒く、先ほど放出したエネルギー分の補填は完了してはいないし、確かに硬化した皮膚が剥がれ落ちてしまいそうな感じがする。
だが、この極限の状態でこそ、燃え上がる何かがある。それは肉体でも拳でもなく、自らの芯にある何かだ。
しくじったら、ここで俺は死ぬ。同時に、エルを救い出すこともできない――それどころか、優しいコイツのことだ、仲間を殺してしまったという罪の意識に苛まれ、心に深い傷を負ってしまうだろう。
だからこそ、ここで終われない――覚悟を決め、加速を着けられるようにするために背後へとステップを取って距離を取る。
「俺はテメェを楽しませるために戦ってるわけじゃねぇんだ! 今、お前をこの軛から解き放ってやるぞ、エル!!」
「真・神剣二刀十文字【エアスト・クロイツ・デス・ツヴィリングシュヴァート】!!」
こちらの言うことなど聞いてもくれず、漆黒の戦狼は左足を踏み込んで、宝剣から重力の渦をこちらに向けて放出してきた。短剣から離れた重力波は一瞬で超巨大になっていき――もはや今から全力で完全には退いても逃れることは出来ないだろう。
何より、もう退いている時間などない――こちらも奥歯を噛んでバックルのボタンに手を掛けた。
『待てアラン、バーニングブライトの真に威力を発揮できるほどのエネルギーは溜まっていないし……それこそ技の反動で今度こそ限界が来るぞ!?』
『いいや、それでいいんだ! 俺の勝利条件は、アイツを倒すことじゃない……この戦いを終わらせることなんだからな!』
そう、これからやろうと思っていることは、最初から最後の手段として用いようと思っていたものだ。なんとか正面から無力化出来れば良し、出来なければ――可能なら使いたくない手段ではあったが、他に手が無いのなら仕方がない。
何より、最悪のケースを想定してT3とテレサを下がらせたのだ。覚悟を決めてボタンを押して奥歯を噛み、自分は音を置き去りにしながら射出された光の扉をくぐった。