B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
飛んできた炎の魔剣を手にして見えない敵と戦い続けてしばらく経つ――と言っても、時間にして一分も経っていないのだろうが、気の抜けない展開が続くために長い時間に感じる。しかし、敵の数は全然減らなかった。
それどころか、ソフィアと離れてしまったのが仇となった。近くで自分が大太刀回りをしているおかげで敵の注意はこちらに引き付けられているが、それでも数体は崖下のソフィアを狙っているのだ。
もちろん、下に居ても手出しが出来ないのだから一長一短ではあるし、ソフィアもなるべく岩肌で自衛をしてくれているのだが、それでも全ての攻撃を防げるわけではないので、下を狙う者に得意に注意を向けながら戦わなければならないのはかなり大変だった。
「くっ……!」
崖下を狙う銃を持つ手を腕ごと切り落とし、すぐに自分の方へ向けられている銃弾を避けるべく跳躍する。ソフィアの魔術は機械の動きを鈍くするのか、一体一体の速度はそこまででないのが救いではある。しかし今は扇状にこちらに狙いをつけられているので跳ばざるを得ない――しかし、落下地点はコントロールできない。着地するまでに撃たれた攻撃は射線を見切って炎の剣で撃ち落とすことはできるが――。
「しまっ……!」
着地する直前、吹雪によって霜でシルエットの見える銃口が、落下地点に円状に向いているのが見える。ここまでか、そう思った瞬間、遠くから何かが破裂するような強烈な音が聞こえ――直後、自分の体に何か高速で動いた時のような慣性による負荷が掛かった。
「……えっ?」
目を開けたときには、視線の先には夜空があった。正確には、赤いマントと銀の髪の向こう側に星々が見え――辺りを見回すと、機械人形の首が十つほど落下し、霜で固まった金属製の身体が姿を現し、バチバチ放電するような音を立てて地面へと崩れ落ちた。
「セブンス……」
上から聞こえてきた声に上を向くと、先ほどエルを引き付けて去って行った男性の顔があった。その瞳には温もりがあり、口元には微笑があり――なんとなく、自分が助かったことを喜んでいてくれているような、そんな雰囲気があった。
「あ、ありがとうございます! えぇっと、アルフレッドさん……?」
「その名は捨てた……今はT3だ」
返事の声色はどこか無機質で、T3と名乗った男性は最初に見た時の冷たさを取り戻してしまっているようだった。ともかくT3は自分を腕から降ろして、斧を握りなおして崖の方へと顎を出した。
「お前は、安全な所へ退け……今なら、下が安全だろう」
そう言われた瞬間、崖下の方から盛大な火柱が上がった。下が見える場所まで移動してみると、どうやら亜麻色の髪の女性が炎の壁を張って、ソフィアを守ってくれているようだった。
確かに、あの炎の壁の向こうに行けば今よりも安全だろうが――下へ行くように施したT3は左腕をだらんとさせており、衣服はボロボロで、顔は傷だらけ――古傷も多いが、直近の戦闘で出来たばかりの怪我で弱っているように見えた。
だが、それでもT3は勇猛にも、右手に斧を持って彼を取り巻く機械人形たちに対峙している。
「それは出来ません! 私も戦います!」
そう言いながら、自分はT3の所まで走り、男と背中合わせになるように――大分身長に差はあるが、この感覚を自分は知っているような気がする――残っている機械人形たち向けて炎の剣を構えた。
「足手まといだ!」
「足手まといじゃありません! 酷い怪我です……アナタ一人に無茶はさせられません! 二人で……うぅん、皆で戦えばきっと切り抜けられます! アナタの背中は私が守りますから!! だから、一緒に戦いましょう、T3さん!」
「貴様……」
男の声は、どこか困惑しているように背中を通して自分に伝わる――しかし、すぐに斧を構え直した気配がし、男性は背を正して息を吸い込んだようだった。
「……私の邪魔をするなよ、セブンス!」
「むぅ、アナタこそ!! それに、今の私はナナコです!」
相手の言葉が悪く、こちらもムキになって言い返してしまうが――互いの言葉を合図にしてまた轟音が聞こえ始め、T3の背が自分から離れたのに合わせて、自分も残っている機械人形達の元へと駆けだした。
◆
先ほどから、何がなんだか分からない。身体は言うことを聞かずに勝手に動き回っており、普段では出せないような力を振り回しながら破壊の限りを尽くしている自分が居る。自分を置き去りにして時間が流れていくのはどこか夢のようでありながら、これはやはり現実なのだと――手足に、身体に伝わる確かな感覚が自分に訴えかけてきている。
T3と戦っている時は、この事態に思考が着いて行かずに呆然としているだけだった。王都では圧倒されてしまった相手を圧倒し返している事実に唖然としながらも、次第に仇を倒せるかもしれないという事実に少し胸がすく気持ちが沸きだした。
しかし、次第に自分の心を襲ったのは恐怖と無力感だった。自分の身体がふりまいている力がどこか禍々しい物に感じられつつ、同時にこの力が本来的に自分のモノで無いこと考えると、やはり自分の力では仇を取れないのだという現実を叩きつけれた気持ちになったからだ。
次いでテレサが現れると、自分を覆っていた恐怖は絶望へと変わった。テレサも何者かに操られているようだったけれど、彼女自身の人格が垣間見える所があり――それに対してこちらは躊躇なく暴力を振るっている。その事実に自分の心に絶望がふつふつと沸いてきたのだ。
自分の身体を操っている何者かに対しては、ずっと「止めて」と語り掛けてみたが、止まってくれることはなかった。なんとか身体のコントロールを取り戻そうと努力をしようとしてみても、何をすれば止まってくれるのかもわからず、ただ義妹が傷めつけられているのを見続けることしかできなかった。
だが、最後に自分の心に降りてきた感情は困惑だった。悲喜入り乱れて訳が分からないことを考えれば困惑という言葉はそれなりに現状を指し示しているようだが、ある種一番恐ろしかったのは――この体を支配している何者かが言うように、間違いなく自分は興奮していたのだ。
テレサとの間に割って入ってきたアランと戦っていると、身体に不思議な高揚感が駆け巡り始めた。本来なら瞬間移動するほどのアランのADAMs、それに対抗するために家宝であるへカトグラムを駆り、一進一退の攻防を重ねる。
ギリギリの戦いの中で生じるこの興奮は、剣士として強さを証明せんという強さへの渇望からきているのか――それは違うように思う。強さの証明というよりは、むしろ生と死という細い細い水際を走るスリルを自分は楽しんでしまっている、という方がしっくりくる。
何をしでかしてくるか分からない彼との戦いは、一瞬の油断が命取りになる。死と隣り合わせにあるというのに、むしろそれこそが生への実感なのだと言わんばかりに――彼の手から放たれる斬撃を受け、躱し、そして斬り返す――その一連の動作が、自分の心におかしな興奮状態へと誘っているのだ。
包み隠さずに言えば、彼との戦いに昂《たかぶ》りすぎて、性的な興奮を覚えていると言っても差し支えないほど。言ってしまえば、極限の状況下で刺激される生存本能と闘争本能とが混ざり合い、この体が極度のトランス状態を引き起こしている――そんなところだろうか。
自分には戦いに悦びを覚えてしまう恐ろしい性《さが》が隠れていたというのか? 彼の支えになるべく王都を発ったはずなのに、彼と戦うことに至上の幸福を見出してしまっている自分がいる――それが困惑の元だった。
「……テメェがエルの体を操っているから!」
(……止めて)
「今、お前をこの軛から解き放ってやるぞ、エル!!」
(止めて……!)
体の自由が効かないのなら、いっそ意識がなければ良かったのに。彼は私を取り戻すために必死に戦ってくれているというのに――彼は私が好んで戦っているわけでないと思ってくれているのに対して、自分はいつまでも死の舞踏を続けたいとすら思ってしまっている。その事実が自分の浅ましさを露呈しているようで、消え入りたいほどの羞恥が心を塗りつぶしていく。
(……止めて!)
私の静止の声は、果たして何のためだったのだろう? それは悔恨という名のそれらしい自己弁護のベールで、もっとドス黒い何かを覆い隠すためのものであったかもしれない。
何故なら、身体の支配者が自分の声など無視して、この体に染み付いている構えを取っていることに――アラン・スミスと全力で戦うことに、自らの魂がどうしようもないほど興奮をしているのもまた事実だったのだから。
「エアスト・クロイツ・デス・ツヴィリングシュヴァート!!」
大切な宝剣、仇を討つために持ち出したハインラインの至宝から、彼を倒すべく漆黒の渦が放出される。重力波は視界一杯に広がり、そして次第に獲物を捕らえるべく一気に収束していく――その縮んだ力場に対して、自分の体は無慈悲にも翡翠色の太刀を振りかざした。
夜天を照らし出すほどの強力な緑刃が岩場を走り、全てを引き裂いていく――この戦いも、彼らと共に歩んできた旅も、全てを終わらせていくかのように。
だが、駆け抜ける剣閃の僅かに横、渦巻く漆黒の中から、その闇を払うように鮮烈な赤い光が飛びだしてきた。そうだ、まだ終わってない――アラン・スミスは滅茶苦茶なのだ。いつだって私の予想の斜め上を行く。そんな彼が、この程度で終わるはずがないのだ。
自らの口元が吊りあがるのを感じる。それは身体の支配者の意志だったのか、それとも自分の物だったのか。飛びだすと同時に彼の身体から放出された巨大な赤いエネルギーは横に大きく跳んで躱すことには成功するが――恐らく自分もここまでだろう。
何故なら、彼のADAMsとやり合うには重力の檻が必須なのだ。次の重力波を撃つまでの間に、彼なら自分の懐に飛び込んでくるだろう――如何に戦狼の目覚めにより普段の何倍もの力を出せてると言っても、動くことのできる時間軸が違いすぎれば、身体の支配者もどうすることもできないはずだ。
(……アナタにやられるのなら、悪くはないかもね)
領主の娘として生きてきて、剣の腕を磨き、そして復讐に捧げた人生だったが――彼の導きで故郷を訪れ、大切なものを取り戻すこともできた。だが、それらを全て自分の手で壊してしまった。その贖罪として、彼が自分の罪に爪を振り下ろしてくれるというのなら、それは悪いことではない様に思う。
いや、贖罪を望むのも自分の本心ではない。ただ、今この場にいるただ二人だけの世界に酔いしれて――そしてこの体から溢れ出る鮮血は、きっと舞踏を終えるのに美しい幕引きになると幻視してしまったから。目の前に迫る死ですら、耽美な戯曲の筋書きとして想像している自分が居るのだ。
狼と虎の逢瀬は終わりを迎え、鐘の音の代わりに目の前で轟音が鳴り響く。次いで、左手に重い衝撃が走り――どうやら宝剣を弾き飛ばされてしまったようだ。後は頭に短剣を突き刺されるか、それとも首を跳ねられるか――。
しかし、いつまでも追撃の手が来ることはなかった。目の前で彼を覆っていた黒い鱗のような皮膚が剥がれ落ちていくのが見える。そう、彼も限界だったのだ。それでも左手に握った短剣を振り下ろさんと、アラン・スミスは最後の力をふり絞って苦痛に顔を歪ませているようだった。
身体の支配者は彼の限界を見越していたのか――神剣を握る右手に力が籠る。
「……おぉおおお!!」
「もらった……!!」
彼が短剣を振り下ろすより早く、下から突き上げるように押し出された翡翠色の刃が彼の胸に突き刺さる。肉と骨を抉る感触が確かに右腕に伝わり――剣の先端は心臓を突き破り、背まで抜けてしまっただろう。
(いや……!)
制止の声など聞かず、支配者はそのまま剣を横に一薙ぎした。彼の口から鮮血が溢れ、その温かい血が私の頬を降りかかる――アランは呻き声すら上げられず、そのまま背中から地面へと倒れ込んだ。
「対象の沈黙を確認……ヴェアヴォルフエアヴァッフェン解除……」
自分の口が勝手に動き、自分の体も糸が切れたように膝から崩れ落ちてしまう。どうやら身体のコントロールは戻ってきているようで、しかし立ち上がる気力も起きず、そのまま這うように臥したままアランの元へと向かう。
「あ、アラン……?」
以前にも似たようなことがあった。それは何度も夢に見たセピア色の光景――父が凶刃に倒れた時。だが、今回この悲惨な光景を作り出したのは自分だ。恐る恐る倒れた彼の方を見ると、胸と口から大量の血を流し、虚ろな目には星空の一部が切り取られて映っていた。