B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

165 / 419
嵐の後で

「あぁ……! ごめんなさい、ごめんなさい……!!」

 

 我ならが何に謝っているのか、そもそも謝ってどうこうなる問題でもないのだが――ただ耐えきれずに彼の身体に覆いかぶさり、謝罪を続けるしかなかった。

 

 どうして、どうしてこんなことになってしまったのだろう? 自分の中には、恐ろしい力がある――そうか、古の神々が自分を目の敵にしてきたのはこういうことだったのだ。自分の中には恐ろしい血があって、それを健在させないために彼らは自分を亡き者にしようとしていたのだ。

 

 こんなことになるくらいなら、私はこれより以前に討たれていれば良かったのに。大切な人を手にかけ、全てを壊してしまうくらいなら――古の神々の誰かに殺されておけば、こんな恐ろしいことを引き起こすこともなかったのに。

 

 そして、私の窮地を何度も救ってくれたのは他ならぬ彼であり、結局私を守ってしまったせいで彼自身がやられてしまうだなんて何たる皮肉だ。傷だらけになって守ってくれた彼に対して返したのがこれだなんて――。

 

 もう、どうすればいいのか分からない。謝ればいいのか、泣けばいいのか、はたまたこんなことを引き起こしてしまった自分を諫めるために自刃でもすればいいのか――俯いたまま途方に暮れている内に、ふと下半身になんだか違和感が走った。

 

「えっ……?」

 

 そう、確かに下半身を叩かれる感触がある。弱弱しいが、何度も――下がっていた頭を上げると、血で真っ赤になった口元を吊り上げて笑い、確かに瞳に光を取り戻したアランの顔があった。

 

「あ、アナタ……無事で……!」

 

 いや、無事なわけはない。心臓を貫かれているのだ――アランもすぐに苦痛に顔を歪めてしまうが、こちらを叩いていた腕を引いて、自身のベルトについている小型のバッグを叩き出した。

 

 慌ててバッグを開いて中からモノを取り出す。恐らく、クラウが渡していた回復薬があったはず――それらしい瓶を取り出して見せると、彼は弱弱しくも小さく頷いてくれた。

 

 瓶の蓋を開けて、彼の口元から液体を流し込むと、彼の胸から白い煙が上がり始めた。徐々に傷口も徐々に塞がってきているようではあるが、それでも出血が酷く、ふさぎきる前に失血死してしまいそうだ。

 

「あぁ、どうすれば……」

「……アラン君! エルさん!」

 

 再び思考が混乱の坩堝(るつぼ)に落ちそうになった瞬間、背後から聞きなれた声が聞こえた。正確には、同じ声でもこちらの名を呼ぶ調子もいつもと少し違う――振り返り見れば、紅い瞳の少女がこちらへ駆けつけて来ているのが見え、すぐに自分の隣に到着して跪き、倒れている彼の胸に手を当て始めた。

 

「て、ティア……」

「何やらこっぴどくやられたようだね……アラン君がここまでやられるなんて、恐ろしい敵が居たようだけれど……」

「わた、私が……私がやったの……」

「……え?」

 

 ティアは驚いたように目を見開いてこちらを見ている。だが、自分のしでかしたことを思い出すのもおぞましいし、口に出すのも憚れる内容を話すのにはかなりの勇気が必要だ。同時に、動揺している現状では上手く説明できるかも分からない――そう思っていると、背後からもう一つ別の足音が近づいてきた。

 

「ティア、今はアランさんの治療に専念してください。私は概ね、ここで起こったことは推察できます……事情は、落ち着いたら話しますから」

「アガタ……分かった」

 

 ティアの右手に淡い光が宿ると同時に、先ほどとは比べ物にならない速度でアランの胸の傷が塞がっていく。完全に傷が見えなくなって少しして、アランはゆっくりと上半身を起こした。

 

「ごほっ……ティア、ありがとう……」

「どういたしまして、と言いたいところだけど……さて、誰に事情を聞けばいいのかな?」

「すまん、その前に聞かせてくれ……クラウは……?」

 

 アランの質問に対して、ティアは目を瞑って小さく頭を振る。

 

「あまり良い状態じゃないとは言わざるを得ないね。ただ、まだ解脱症には陥っていない。アガタ曰く、ルーナ神をぶっ飛ばして、レムかレア、ないしヴァルカンがクラウの精神に介入できるようになれば、クラウを元に戻せるんじゃないかと」

「そうか……安心とは言えないが、ひとまずは良かった……」

 

 ティアの言葉を聞いて、アランは安堵の息を漏らした。とはいえ、顔は暗いまま――彼はその表情のままこちらを向いて、自分の方をじっと見つめてきた。何を言われるのか分からず、怖い――そう思ってしまい、自分は俯いてしまう。

 

「エル……」

「あ、あの、ごめんなさ……」

「予告通り……お尻ぺんぺんの刑に処したからな……俺の勝ちだな」

 

 なんだか間の抜けた言葉に、思わず顔をあげてしまう。そこには、先ほどの暗い表情の代わりに微笑を浮かべる青年の顔があった。

 

「……だから、そんな泣きそうな顔すんなよ……龍に、肺を貫かれたって、生きてたんだからさ……心臓貫かれたくらいで、俺が死ぬわけないだろう……?」

「でも……」

「でももクソもない。俺は狙って、お前に刺されたんだからな……俺を殺した気になれば、ヴェアなんちゃらも解けるだろうって……だから、お前が謝ることなんて、ないんだ……戻ってくれて良かった、エル」

 

 一瞬、アランが何を言いたいのか良く分からなかった。狙って心臓を刺されるだなんて、普通なら考えもしない――だが、ひとまず共感するのが難しくても、どこまで行っても彼はアラン・スミスなのだと、それだけは理解できた。

 

 アラン・スミスという男は、誰かを護るためなら我が身可愛さに躊躇することは無い。彼はヴェアヴォルフエアヴァッフェンを解除するために、心臓を貫かれることすら許容した――もちろん、自身の再生能力があれば問題ない無いと勘定しての行動なのだろうが、一歩間違えればそれこそ死んでいてもおかしくなかったはずだ。

 

 彼の中では、失敗するという可能性は無かっただけかもしれない。いや、もしかしたら、その可能性を考慮してすら我が身を差し出したのかもしれない――私を取り戻すために。その優しさはありがたくもあるけれど、今は苦しさの方が勝る。

 

 そもそも思い返せば、彼は私を殺すことが出来たはずなのだ。ADAMsの加速が残っている状態で、ヘカトグラムを弾き飛ばすのではなく、私の脳髄に刃を突き立てれば良かったのだから。

 

 つまり、彼の勝利条件は私を倒すことでなく、ヴェアヴォルフエアヴァッフェンを解除することにあった――しかし倒される振りをするにしても、距離があれば重力波や神剣の光波で彼自身が跡形もなく消えてしまうから、敢えて刺される距離まで接近してきて、擬似的にこちらが勝利したように思わせるようにした――そういうことなのだろう。

 

 そのおかげで自分は自己を取り戻すことは出来たのだが、彼の心臓を貫いたという事実は変わらない。それに対しては、やはり謝るべきだろう。もちろん、謝ってどうこうなる問題でもないが――そう思って再び顔をあげたタイミングで、崖の下の方から轟音が響き渡った。

 

 その音を聞きつけ、アランは顔に戦う意思を宿し、地面に掌をつけて起き上がろうとする。

 

「くっ、行かなければ……!」

「何を言ってるんだアラン君!? 死んでいないのが奇跡なんだ……安静にしていないと駄目に決まっているだろう!?」

「だが、あのジブリールとかいう奴をぶっ飛ばさなけりゃ、気が済ま……ない……」

 

 アランの声は段々と弱くなっていき――起き上がろうと膝をあげた瞬間に意識が途切れてしまったらしく、今度は前のめりに倒れ込んでしまった。

 

「アラン!? アラン!!」

 

 やはり、失血が原因で――そう思って再び彼の元に詰め寄るが、確かに呼吸はある。どうやら気絶しているだけのようだった。

 

「ふぅ……本当に無茶苦茶だねぇアラン君は。とはいえ、下に加勢に行った方が良いのは確かかも……」

「……私が行こう」

 

 その声と共に複数の足音が近づいてくるのが聞こえる。音の方へは自分より早く、ティアが振り返っていた。

 

「ソフィアにナナコは良いとして、T3にテレサ姫……なんだか珍妙な組み合わせだ。しかし……」

「……うん。真に戦うべき敵は分かった。今は、この人と争ってる場合じゃないね」

 

 そう言い合いながら、ティアとソフィアは互いに頷き合った。どうやら、二人は今の状況を自分よりは認識しているようであり――少なくとも、T3と争うべきではないという事態は共通認識として持っているようだ。

 

 そして、T3は――本来は自分はこの男を倒すために旅を続けていたのに、今はそんな気力も沸かない――気絶するアランを一瞥してから口を開いた。

 

「アラン・スミスはセブンスとソフィア・オーウェルに任せる。セブンスが居れば第五世代型の気配は認識できるし、ソフィア・オーウェルはジブリールとイスラーフィールの前に出ては危険だからな」

 

 T3の言葉には、いち早くソフィアが頷いた。

 

「そうですね……私では操られてしまう危険性がありますし。それに、魔術はあの透明な機械人間にも通用しますから。仮に追手が来ても、アランさんを守るのに役に立つと思います。とはいえ、アナタも怪我が酷いようですが?」

「問題ない。片腕は動く。それで、アガタ・ペトラルカとグロリア、それにクラウディア・アリギエーリのもう一つの人格は私と共に下へ……お前らはルーナの干渉は受けないはずだ」

「えぇ、分かりました……それでは参りましょうか、ティア」

「あぁ、了解だアガタ。君はほとんど魔力を使い果たしているだろうから、無茶はしないように」

 

 自分のあずかり知らないところで、どんどん話が進んでいく。自分だけが、何がなんだか分からない不安の中にいる――きっと何かをしないといけないのに、混乱と不安と焦燥感のせいで上手く頭が回らない。

 

 だから――。

 

「あ、あの、私は……私は、どうすれば……?」

 

 こともあろうか、私は父の仇に手を伸ばし、何をすべきなのか指示を要求してしまった。T3は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに汚物でも見るかのような冷酷な光をその瞳に宿し、こちらを見下ろしてきた。

 

「……そんなことは自分で考えろ。それとも今ここで殺されたいか? ハインラインの器」

「あ、あぁ……」

 

 酷いことを言われたように思う。仇から殺してやろうかなどと言われるなど、本来なら人生最大の恥と言っても差し支えないはずだ。しかし自らの胸に去来したのは、憤怒でもなく、不快感でもなく――指示をもらえなかったことに対する不安だった。

 

 そして同時に、やはり自分は男に殺されておくべきだったのだという、先ほどの考えが戻ってきてしまう。今、自分は誰からも必要とされていない――それどころか、危険な人物だと思われている。T3以外の者たちも皆一様に、自分の方に哀れみとも恐れとも言えない表情でこちらを見ていた――ただ一人を除いては。

 

「T3さん! そんな酷い言い方ってないと思います! エルさんに謝ってください!」

 

 ただ一人、ナナコだけが、自分の前に立ってT3を諫めてくれた。対するT3は無表情のまま、背の低いナナコをじっと見つめている。

 

「アラン・スミスを瀕死の重体に追いやったのはそいつだぞ?」

「エルさんは操られてただけです! エルさんは優しい人なんですから……好きでこんなことした訳じゃないに決まってます!!」

 

 ナナコはまったくの善意から言ってくれたのだろうが、彼女は誤解をしている。もちろん、好き好んでアランを傷つけたわけではない。操られていたというか、身体が勝手に動いていたのは紛れもない事実だが――先ほど高揚していた自分の感情を思い返すと、またどうしようもないほど申し訳ない気持ちになってしまう。

 

 ナナコの感情的な声に当てられたのか、T3は無表情のまま俯き、とうとう最後には少女から視線をそらしてしまった。どうやらもう男が何も言い返す気が無いのだと悟ったのだろう、ナナコもT3に背を向けた。

 

「つーん、もういいです! ひどい人なんか知らないんですから! エルさん、私たちとここに一緒に残りましょう?」

「でも、私は……また、あんな風に暴れまわったりしたら……」

「いいんです、大丈夫です! 私が側にいます! 次は絶対に、エルさんに変な手出しはさせないんですから!!」

 

 ナナコも地面に膝をついて、こちらと同じ目線の高さで手を差し伸べてくれた。その目には、こちらを疑う感情など一切ない。真っすぐで、綺麗な瞳。彼女が勇者の生まれ変わりか何かであるというのも納得できてしまうほど、ひたむきで純粋で、優しい少女。自分など、救われてはいけないのかもしれないとも思いつつ、ナナコのおかげで少し心が軽くなった。

 

「ふん……好きにしろ」

 

 それだけ言い残し、T3は自分とナナコの横を通り過ぎて行ってしまった。

 

「あぁ、ちょっと待ちなさいなT3! エルさん、キチンと後で事情はお話しますから……今はセブンスとソフィアさんとここに居てください」

 

 気を使ってくれたのか、アガタがこちらを見ながらそれだけ言い残し、ティアもテレサもT3の後を追った。後には、自分とナナコだけがここに残っており――いつの間にかソフィアの姿が見えなくなっていた。

 

 ソフィアはどこに行ったのだろう、辺りを見回すと少女の姿はすぐに見つかった。その手に宝剣を抱えており――どうやら、先ほどアランに弾き飛ばされたヘカトグラムを探して拾ってきたようだった。

 

「エルさん。ナナコにアウローラを渡して。宝剣へカトグラムは、私が預かるから」

「そ、ソフィア? でも、へカトグラムもアウローラも、エルさんの大切な物なんじゃ……」

「申し訳ないけど、今は少しでもリスクを下げる行動を取った方が良い。エルさんのことを責めたい訳でもないし、好んでアランさんを傷つけた訳ではないのも分かるけれども……遠隔操作でまた操られてしまうとも限らない今、武神ハインラインの力を抑えるためにも、二対の神剣をエルさんに持たせておくわけにはいかないよ」

 

 ナナコは困惑するように、こちらとソフィアの間で視線を行ったり来たりさせた。ナナコは気を使ってくれているのだろうが、ソフィアの言うことは全くの正論だ――自分は鞘にしまうのも忘れていた翡翠の刃を拾い上げて鞘に収め、ベルトから外してナナコの方へと差し出した。

 

「……ナナコ、持っていて」

「エルさん……良いんですか?」

「えぇ……私はもう、あんな恐ろしいことに手を染めたくない……」

「……分かりました。それで、エルさんが納得できるなら」

 

 ナナコは頷き、神剣の鞘を両手で大事そうに握ってくれたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。