B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
宇宙船ピークォド号が目的地に到着したのは、ソフィアが眠りに着いてから半日ほど経った後だった。都合、移動を開始して二日で辿り着いた形だ。
船から格納庫に降り立った瞬間、肌に刺さるような感覚に、つい両腕で身体を抱きしめるようにして縮こまってしまう。
「……寒い!!」
船を陸地に降ろすタイミングはブリッジに居たので、イヤな予感はしていたのだが――何せ外は猛吹雪であり、基地内は屋内と言えども相当冷え込んでいることは容易に想像できたからだ。
「その恰好ではな……」
声のした方へと振り返ると、巨大な黒装束の男性がアランを肩に抱えて立っていた。身長差を考えると本当に見上げると言うほどの差があり、本来は威圧感を感じるのだろうが、視線と声は優しいため、ホークウィンドに対する恐怖感は無かった。
「あ、あははぁ……船に乗る前までは丁度良かったんですけど……」
「うむ、セブンスは若く代謝が活発であろうからな……ともかく、私に着いてくるがいい。基地内の医務室には暖房もあったはずだ」
「それなら、私も……」
おそらく、ホークウィンドがアランを抱えていることから、ソフィアもホークウィンドの側まで来て横に並ぼうとする。しかし、それは宙を浮遊する人形が、ぎぎと音を立てながら首を振って制止した。
「いいえ、ソフィア・オーウェルはファラ・アシモフと共に私に着いて来てください」
「でも、私はアランさんが心配で……」
「いいえ、なるべく早く済ませたいことがあります。アナタの生体チップにプロテクトを掛けるのです。本当は摘出するのが一番ですが、脳に埋まっているそれを取り出すのはリスクもありますので……」
「えぇっと……?」
ソフィアは首を傾げ、一瞬だけこちらを見てくるが――ゲンブの言いたいことが自分に分かる訳が無く首を振ると、ソフィアは「そうだよね」と苦笑を浮かべて改めて人形の方へと向き直った。
すると、今度はゲンブ人形のすぐ隣に立っていたエルフの老婆が――ファラ・アシモフが口を開いた。
「端的に言えば、アナタが私以外の七柱から干渉を受けないようにする、ということよ。ここはルーナ達も干渉できないはずだけれど、万が一ということもある……早めに対処しておいた方が良いでしょうね」
「そういうことなら……でも、それならエルさんも……」
ソフィアはそう言いながら、宇宙船の昇降口付近で所在なさげにしているエルの方へと振り向いた。ソフィアの言う通り、七柱の創造神から干渉を受けて一番リスクがあるのはエルだし――もっと言えば、もう操られなくなるとなれば、エルも安心できるようになるに違いない。
「そうですね! ファラさん、エルさんにも是非!」
「残念ながら……エリザベート・フォン・ハインラインの生体チップは、私では書き換えできないわ。その権限は、リーゼロッテ・ハインラインのみが持つ……武神ハインラインと言った方が分かりは良いかもしれないわね」
「そんな……」
アシモフは申し訳なさそうに首を振り――合わせてエルの方を見ると、こちらの会話が聞こえていたのか、俯いて小さく縮こまってしまっている。その様子にいたたまれない想いになり、自分はエルの方へと移動して正面に立ち、背の高い彼女を見上げるようにして声を掛ける。
「エルさん、大丈夫ですよ! きっと何か手段はありますし……とりあえず、ここに居れば安全、なんですよね?」
一応確約は出来ないことなので、確認のためにゲンブの方へと振り返ってみるが、こちらの意に反して人形は再び首を振った。
「完全に安全とは約束できないですねぇ。ここはバレてはいないと思いますが、追跡されていないとも限りませんし……同時に、私が思いつきもしない方法で、エリザベート・フォン・ハインラインを遠隔で操作する方法があるやもしれません」
「もう! 不安になるようなことを言わないでくださいよ!」
「ははは、世の中絶対はありませんから。とはいえ、簡単に干渉はされないはずですよ。惑星レムにおいて、少なくともここが一番安全な場所と言っても良いでしょう」
「ほっ……ということですので、エルさんもそこまで気を落とさずに!」
「ナナコ……悪いわね。ふぅ……」
こちらに気を使ってくれたのだろう、エルは口元に微笑みを浮かべてはくれた。しかし心の重責が勝ってしまったのか、すぐに暗い表情になりため息をつく。それをフォローするかのように、船から降りてきたティアがエルの肩を叩いた。
「エルさん、ナナコの言う通り……アラン君はきっと気にしてないよ。というか、彼自身が選んだことなんだからさ。むしろ、今みたくしょぼくれている方が、彼も心配すると思うね」
「ティア……ありがとう。アナタも大変なのに……でも……なかなか、ね」
「まぁ、きっと彼が目を覚ませば、ボクもエルさんも心の重荷も降ろせるだろうさ。早く目覚めて欲しいねぇ……」
そう言いながら、ティアはアンニュイな笑みを浮かべてホークウィンドの肩にいるアランを見つめた。ちょうどそのタイミングで背後から「ともかく」と声が聞こえて振り返ると、人形が扉の方を――恐らくエレベーターだろう、扉の上に階層を示すライトがついている――指し示していた。
「早めに施術室の方へ向かいましょう。グロリアが来ると面倒なことに……」
「……あぁ! ちょっとお待ちになって!」
アガタの声が聞こえた瞬間、宇宙船の昇降口の方から炎の渦が飛び出してきた。炎は人形が差し出した手から紡がれた結界によって防がれたが――すぐにテレサが宇宙船から躍り出て、炎を纏った左腕でファラ・アシモフに向けて振りかざした。
その拳は、ファラ・アシモフの近くで控えていたアズラエルが腕で止めた。そしてテレサが一度拳をひいた瞬間、次はゲンブが結界を張って炎の拳を防いだ。
「ファラ・アシモフ……!」
「ふぅ……だから早めに移動したかったのですが。グロリア、話を聞いてください? アナタの気持ちは仲間だった私には分かりますが、今のファラ・アシモフは大事な客人です。ですので、拳を収めて……」
「あぁああああああああ!!」
「あらら……誰か彼女を止めてくれませんか? か弱い私は、彼女を止めるので手一杯で……」
テレサの背から生える片翼の炎翼がブースターの役割をしているのか、彼女の背後であるこちらまで大きく伸びてくる――危険な事態を先読みしたのか、自分とソフィアの前にはアガタが立って結界を張ってくれたおかげで事なきを得たが、ハッチの中は先ほどの寒さが嘘のように一気に高温になってきていた。
「やっぱり、あの炎の翼は……」
隣にいるソフィアが、小さな声で呟く。何か思うところがあるのだろうか、気になって質問しようした瞬間、炎の翼がまた一気に巨大化して熱が増し、質問どころではなくなってしまった。
「グロリア……ごめんなさい……」
エルフの老婆が目を臥せながら呟くと、対照的にテレサの目は大きく見開かれ、怒りの怒りの形相をアシモフへとむけた。
「私は!! お前の謝罪を聞きたいわけじゃない! お前の罪を死をもって償わせてやろうとしているんだ!!」
すべてを言い切る前に、結界の前でテレサの体が崩れ落ちた。いつの間にかT3がテレサの背後に移動していたらしく、手斧の柄で彼女の首筋を叩いたようだ。
「直情的で、まるで周囲が見えていない……本当にコイツが役に立つのか?」
「ははは、それをアナタが言いますか?」
「……どういう意味だ?」
「どうもこうも、言葉通りの意味ですが」
顔は全く笑っていない人形を前に、T3はバツの悪そうな表情を浮かべながら手斧を外套の内側へと仕舞った。
「恐らく、テレジア・エンデ・レムリアの直情的な部分が悪い影響を及ぼしているのでしょう。元々はもう少し、聡明で冷静な子なはずでしたので……もちろん、静かなる殺意を秘めている子でもありましたが。
ともかく、彼女の浮遊能力とパイロキネシス自体は強力です。彼女の処遇をどうするかは、おいおい考えましょう」
「ふん……まぁ、好きにするがいい……だが、足手まといと判断した瞬間、私はコイツのフォローはしないぞ」
それだけ言い残し、T3は格納庫から基地に繋がっているであろう扉を開けて、廊下の奥へと消えていった。
「まぁあんな風に言ってますが、彼は意外と面倒見が良いですからねぇ」
「そうなんですか? 私は、もう少し言い方が優しくても良いと思いますけど!」
ゲンブの言うことに脊髄反射で返答してしまった。以前のエルの件だって、今回の件だって――暴れてたのはグロリアかもしれないけれど、それにしてもやり方だって乱暴だし、足手まといならフォローしないとか、もっと別に言い方があっても良いように思う。
しかし自分の反論が面白かったのか、ゲンブ人形はまた口をカタカタと開いて笑い声を響かせた。
「ははは。何を言ってるのですか。アナタが赤ちゃんの頃から世話をしていたのは彼ですよ? それこそ、おしめだって取り替えて……」
「え、えぇぇええええええええ!? そんなの、もうお父さんじゃないですか!?」
「そうですねぇ、私はこんななりですから、アナタのお世話は出来ませんでしたし……ホークウィンドはずっと通信は取っていたものの、ピークォド号で待機していましたから、アナタの世話は彼に一任しており……そう言う意味では父親と言っても過言でもないかも。
どうです、今度から彼のことをパパと呼んでみては?」
「絶対に嫌です!」
「そんな……喜ぶかもしれないのに」
ゲンブはさも本気で残念そう、という声を出しているが、実際の所はきっとそんなに気にしていないだろう。というより、恐らく自分がT3のことをパパと呼ぶところを想像してほくそ笑んでいるに違いなかった。
「ともかく、そろそろ移動しましょうか。先ほど言ったように、アシモフとソフィア・オーウェルは私と一緒に施術室へ。ホークウィンドはアラン・スミスとテレジアを医務室に運んだら、皆を案内してあげてください」
「了解だ」
ホークウィンドは頷くと、左腕だけで器用にテレサの身体を拾い上げて肩に載せ、T3の後を追って扉を開いた。その後を他の者たちも追っていく傍らで、自分はソフィアの件が気になったので、アシモフの背中を追うことにする。
「あの、私もソフィアに着いて行っていいですか?」
「それは、構わないけれど……心配なの?」
「心配、というのもそうなのですけど……あ、別にアシモフさんがソフィアに変なことをするとか疑ってるわけじゃないんですよ!? ただ、この世界で起こっていたこと、そしてこれから起こるかもしれないことを……キチンと知っておきたいんです」
「そう……」
アシモフは優しい表情で微笑み――こう温かな面を見ると、グロリアが殺意を向けているのが不思議なくらいだが――空中に浮かんでいる人形の方へと振り返った。
「ゲンブ、構いませんか?」
「えぇ、構いませんよ。ただ、暴れたりしないでくださいよ?」
「むっ、ゲンブさん、私のことを何だと思ってるんですか?」
「いやぁ、小さい頃のアナタは飛んだ暴れん坊でして……」
「えぇぇええ!? そ、そうなんですか!?」
「それはもう、私の四代前のボディの髪なんか、アナタにしゃぶりつくされてべとべとで……」
「ひぃ! 止めてください、自分の知らない自分の恥ずかしい話を盛り返さないで!?」
ソフィアが「あの人のいう事なんて嘘かもしれないよ?」などと冷静なフォローを入れてくれたものの、なんだか妙な説得力もあって、どうしても他人事とも思えない――しばらく人形による暴露大会が続くと、いつの間にか目的地である施術室とやらに到着したようだった。