B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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重力の軛と白銀世界

 投げた手斧は、龍の眼球に直撃した。眼球が固くなかったのは不幸中の幸いか、ひとまず魔獣をひるませることには成功する。予想外の一撃に驚いたのか、龍は翼を広げ、避難するように空中に飛び立った。

 

 視線を下に戻す。煤だらけの頬、汚れまみれの外套、その幼い背丈に合わない重責を背に、ソフィア・オーウェルは呆然とした表情で立ち尽くしている。

 

「……アランさん? どうしてここに……」

「細かいことは後だ! 退くぞ!」

 

 ソフィアの手を強引にとり、後ろを向いて走り出す。すでにエルとクラウも、こちらの速度に合わせながら茂みの奥を先導している。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、アランさん!」

「だから、細かいことは後だ! 安全な所まで……」

「アレが健在な限り、安全な所なんてありません! 話を聞いてください!」

「だから……」

「お願いです! 私がいつも無茶して、皆さんに心配をさせているのは分かってるんです! でも、今回は違うんです!」

 

 後ろを振り向くと、ソフィアは真剣な表情をしている。上空を見ると、龍はまだ上空で痛みに声をあげている――少しは時間があるかもしれない。

 

「……事情は端的にな」

「は、はい、ありがとうございます、アランさん!」

 

 走るのを止め、相手から視認できないように木々の下に隠れることにする。今は、木の幹にソフィアが寄りかかり、クラウが回復魔法を掛けているところだ。

 

「ソフィア様、痛みは?」

「そ、ソフィア様なんて柄では……あ、でも痛みは引いて……」

「ソフィア様、話を」

「は、はい! ごめんなさい!」

 

 クラウに施されて、ソフィアは俺とエルのほうに向きなった。

 

「……実は、アランさんと遺跡の魔獣を倒した後、おかしなことが起こっていたんです。城壁や街道の結界が、何か所か弱まっていまして……」

「……つまり、ただでさえ空飛ぶ化け物が街を襲ったら危ないっていうのに、今は暗黒大陸中、アイツが動きたい放題できるって、そういうこと?」

 

 エルの質問に、ソフィアは頷いた。逆に、質問したエルの方が首を横に振る。

 

「かと言って、アレを倒す手立てもないでしょう……魔術は無効化される、武器は効くようだけど、あの図体じゃ倒し切れるかも分からないし、そもそもずっと飛ばれていたら攻撃が届かないわ」

「魔術は……通ります。第六階層の魔術は、軽減されはしたものの効果はありました。それなら……第七階層をぶつければ、倒せると思います」

 

 とはいえ、ソフィアは以前、第六階層までしか弾丸を支給されていないと言っていた。そう思っていると、回復を終えたクラウが立ち上がった。

 

「ソフィア様なら第七階層の魔術も知識はあるでしょうけれど、恐らく第六階層までしか許可されていませんよね?」

「はい……ですが、一度だけなら打てます。もちろん、魔術弾が無いので、長い詠唱が必要になりますが……」

 

 彼女は倒せる算段をつけている。ただ、ソフィアが必殺の一撃を出せなかったのは、一人では詠唱時間が確保できなかったからだ。以前、魔術弾なしでは第三階層で二分程度必要と言っていたと思う。そうなれば、第七階層はどれほどかかるか、見当もつかない。

 

 しかし、ソフィアの目には確かな闘志がある。こうなったら、彼女の決意はテコでも動かないだろう。だから、聞いてみる。もし彼女のやりたいこと、それが実現可能ならば――。

 

「……どれくらい掛かる?」

「一分。それだけあれば、組んで見せます」

 

 五分、十分と言われるかと思っていったところに、まさかの二分未満が提示された。すぐに自分よりも魔術に詳しいであろうクラウが「噓でしょ……」と呟く。

 

「あ、すいません失礼な口を……でもそんなの、現実的じゃ……!」

「私、ソフィア・オーウェルは、魔王と戦うために研鑽を積んできました……それでは、答えになりませんか? クラウディアさん」

 

 毅然という少女の凄みに負けたのか、クラウも「わ、分かりました……」とうろたえた顔で返すだけだ。しかし、一分ならば望みもある。ソフィアはもっと長い時間、一人で持ちこたえていたはずだ。彼女が集中する一分を、三人で作れなければ面目もないというものだ。

 

「エル、クラウ、なんとか一分、ソフィアの時間を確保してやれないだろうか? その、俺はあんまり、役に立てないかもだが……」

 

 最初は、俺も戦う、と言おうと思ったが、冷静に考えればナイフを投げたところであまり役に立つとは思えない。そもそも、この世界に来てから魔族や魔獣と戦ってると言っても、防御に専念か遠距離から攻撃しているだけで、まともな戦闘はやってないのだ。

 

 そう思うと、言い出した自分が情けなくもなってくるのだが――エルは笑って応えてくれた。

 

「即席、今日限りと言えど、アナタもチームの一員なんだから。得意なことは得意な人に任せればいい……そうでしょう、クラウ?」

 

 エルに振られて、クラウは「ほへぇ!?」と変な声を上げた。ソフィアを連れて戻るまでは現実的でも、アレと対峙するのは彼女の念頭になかったのかもしれない。そして恐らく、クラウの力も借りたいのだろう、ソフィアはずい、とクラウの顔を覗き込んだ。

 

「あの、クラウディアさん。アレの正式な討伐依頼は出ていないのですが、流石に今回は事態が事態……討伐に協力してもらえれば、報奨金はお出しできると思います……その、十万ゴールドくらい」

「おへぇ!? わ、私、准将様にどんな人だと思われてます!?」

「え、えっ、その、銭ゲバ僧侶と伺っていたので……!」

 

 ソフィアの言葉のナイフが痛かったのか、クラウは胸を抑えて呻いている。大人に言われるのは気にならなくても、流石にいたいけな少女に言われてしまうと、心にクるものがあるのかもしれない。

 

「ど、どうしましょうエルさん……汚名を返上するには……?」

「簡単よ、覚悟を決めればいい」

「う、うぅぅうううう!!」

 

 少し変な声で呻いた後、クラウは両腕を腰に当てて、そのなかなかに豊満な部分を思いっきり突き出した。

 

「えぇ、えぇ! やってやりますとも!! このクラウディア・アリギエーリ、ロハでやってやりますともッ!!」

 

 別にもらえるものはもらっておけばいいのに、という言葉は引っ込める。ソフィアが目をキラキラ輝かせているので、子供の希望を変に奪うこともない。

 

「ありがとうございます! アランさん、エルさん、クラウディアさん! あ、あの、その、もう一つ、出来ればお願いがあるんですが……」

「うん? 言ってみてくれ」

 

 実際、土壇場で要望が増えるよりは、事前に確認出来たほうがいいだろう。

 

「第七階層魔術は、先ほども言ったように現状では一発しか打てません。そして、空を機敏に動き回れると、当てるのが難しいんです……」

「……つまり、出来ればアイツを、ソフィアが詠唱が終わるタイミングで引き付ける必要があるってことか」

「はい……かなり、危険だとは思いますけれど……あの魔獣、炎のブレスはかなり使ったので、向こうも消耗しています。だから、チャンスはあるかと……」

 

 一分くらい耐えるだけならなんとかなりそうと思っていたが、流石に最後のタイミングで引き付ける、はかなり厳しい気がする。見渡すと、クラウなど「やはり見え張るんじゃなかった……」という調子で肩を落としている。

 

 だが、エルは違った。ひるんでいるわけでない。落ち着いており――腰の短剣に手を当てて、そして目を瞑って呟く。

 

「覚悟を決める、か……」

 

 そして、目を開き、少女の方を見る。

 

「ねぇ、ソフィア准将。引き寄せるんじゃなくて、引きずり降ろすでも問題ないわよね?」

「……えっ? そんな無茶なこと、できます?」

 

 ここまで一番無茶なことを言い続けていたソフィアが、最後の最後にそんなことを言ったので、俺とクラウは噴き出してしまった。

 

 簡易な打ち合わせも終わり、先ほどソフィアが龍を迎撃した場所の近くまで戻ってきた。今は龍も落ち着き、残った片目で獲物を探している――自分を傷つけた、矮小なるもの達への報復のために。

 

「……アランさん」

 

 藪の中で、ソフィアが小さな声でこちらの名を呼ぶ。

 

「なんだ?」

「あの……無事に帰れたら、また、一緒にデザート、食べに行きませんか?」

 

 だから、そういうことを言うと危ない――そういう前に、クラウが間に入ってきた。

 

「ソフィア様、知らないんですか? そういうこと言うと、危ないってジンクスがあるんです」

「じゃ、じゃあ、どう言えば……?」

「……無事に帰れたら、なんて条件をつけなければいいんです。それじゃ……!」

 

 そこで話を切り、クラウが真っ先に飛び出した。覚悟を決めたのか、その足に迷いはなく、真っすぐに空地の中央にと立つ。大きく息を吸い、両手を口元にあててメガホン状にし、上空を向く。

 

「こっちを見なさい赤グロドラゴンッ!!!!!」

 

 その声に、龍はすぐに気付いたらしい。クラウはその後も「刺しにしてやりますよ!!」とかなんとか言っているが、恐らく相手には何のことか理解されていないが、なんとなく侮辱されていることは認識したのだろう、龍は口を開いて緑髪を標的に定める。

 

「……予見していればッ!!」

 

 クラウが叫ぶと同時に、まず左手を掲げて、結界の陣を広げる。その後、すぐに右手で一枚目のすぐ下にもう一枚陣を生成した。

 

「擬似・二重結界……これなら!!」

 

 そして、龍の炎が大地に向けて放たれる。確かに、ソフィアが言っていたよう、向こうも消耗がある――昼間の業火に比べれば、まだ幾分かその量も、温度も落ちているようだった。炎はクラウの紡いだ二重の結界を貫通することなく、円状に四散するのみだ。

 

「……ソフィア准将、アラン君!」

 

 相手が結界に釘付けになっている間に、こちらも与えられた役目を果たさなければならない。先にソフィアが飛び出して、杖のグリップを捻り、レバーを押し込む――恐らく、セーフティか何かが掛かっていたのだろう、いつもよりも強く押し込んで、鈍い音を響かせた。

 

「リミッター解除……事象の彼方に接続開始……いくよ、グロリアスケイン」

 

 今までと違い、少女の足元に大きいな魔法陣が顕在する――しかし、見蕩(みと)れている訳にはいかない、こちらも役目を果たさねば。

 

 龍が炎を吐ききったのを見て、自分も藪から飛び出す。既にこの身には補助魔法が掛かっており、手に持っているナイフにはクラウの仕込みが入っている。上空、敵との距離は目視にして七十メートル、補助魔法がある今なら届く。直感で分かる。

 

 ソフィアの詠唱を――恐らく、独自の言語で意味は分からない――横に、斜め中空に向けてナイフを投げる。まず左手を振り下ろして一本、その反動で上半身を起こし、右手を振り上げて一本、振り下ろして一本、計三本のナイフが龍の方面をめがけて放たれる。

 

 届くのと当てるは別問題。普段なら三十メートルが限界の投擲、補助魔法をかけたって、せいぜい倍が限界だ。あくまでも、俺は道を作るだけ――後は彼女がやってくれる。

 

「……エルッ!」

 

 その名を呼ぶと同時に、背後から疾風の如き速度で黒衣の剣士が駆け抜けていく。そして、跳躍した。

 

「行くわよ、クラウ!」

「私を、踏み台にして……!」

 

 跳んだその先には、クラウが張っていた二重結界がある、エルはそこに着地し――。

 

「……いっけぇ!!」

 

 クラウが叫ぶと同時に、エルの躰が弾かれ、そのまま空中へと射出される。直後、クラウが両手を叩くと、ナイフに仕込まれていた結界の陣が発動し――それが彼女の足場になる。

 

「……死の女神、無敵の女王……」

 

 一つ目、左手で投げたナイフ。敢えて力を抑えて投げたそれは、潰した目の方――龍の死角が第一の足場になり、剣士の外套が黒い線を描いて対角線上に跳ぶ。

 

「汝に仇なす者たちを……」

 

 二つ目、右手で振り上げたナイフ。それは龍の目が健在のほう。魔獣はその速度と動きに翻弄され、動きが止まっている。黒い線は、また反対方面へと跳んだ。

 

「其の軛に繋ぎ止めん……!」

 

 三つ目の足場で、黒衣の剣士はそのまま上へと一気に登る。

 

 そこは、龍の背後。青白く輝く満月を背に、黒衣の剣士はその短剣を抜き出し――。

 

「地に臥しなさい、駄龍……重力剣……!」

 

 その切っ先に、空間の歪みが生じて――周囲の空気が吸い込まれている。そして切っ先に集まった黒い球体を、彼女は龍に叩きつけた。

 

「ヘカトグラム!!」

 

 魔剣から放たれた渦が、龍の羽を抉る。龍はその翼を動かす力を失い、悲鳴のような咆哮をあげ、近くの断崖を削りながら、重力に引かれて落ちてくる。クラウは「うひぃ」と言いながら走って退避し――直後、ソフィアから数メートルといった距離に、その巨体が落ちてきた。龍の背には、まだ黒い球体が渦巻いている。

 

「……ソフィア!」

 

 降り立ったエルが、少女の名を呼ぶ。同時に、ソフィアの展開していた魔法陣が、より一層強く輝きを放つ。

 

「……我開く、七つの門、七つの力……我が魔術、雷を纏いて、其の盾を破る絶氷の光とならん……」

 

 ソフィアが作り出した七つの方陣が、龍の躰の四方を囲む。その一つ一つから、凄まじい気を感じ――周囲ですら、既に氷点下まで落ち込んでいるだろう、あの陣の中では、より低温になっているに違いない。

 

 いける、これで決まる――だが、龍の片目もまた、死んでいなかった。重力の軛、それが巨体の全てを包み切らなかったのが不幸だったか――また、魔獣も本能で、それを阻止すればなんとかなると感じ取ったのか――龍の手が動き、その鋭い爪が、詠唱に集中しているソフィアの方に伸びてきた。

 

「……汝、その魂すら凍て尽かせ……!?」

 

 ソフィアの詠唱が一瞬止まる。いけない――奥歯を噛み――まただ、思うように体が動かない――これでは、少女のいる場所まで駆けつけることはできない。

 

 それならば、やることは一つ。結果はすぐに出た。馬鹿みたいに視界が赤一色になる。その赤に嫌気を覚えながら視線を落とすと、白く鋭利なものが自分の胸を丸々貫通しているのが見えた。

 

 だが、狙い通りにはなった。自分が壁になることで、ソフィアまでは龍の爪は届くことはなかった。その綺麗な顔を血で汚してしまったという点だけはいただけなかったかもしれないが。

 

「ぁ……」

 

 あぁ、ダメだソフィア、そんな呆けた顔をしていてはいけない。君が、アイツにトドメを刺さなければ――声が出ない、肺がつぶれているのだから当然か。

 

 だから、代わりに笑って見せる。先ほどの一撃で、口の中は鉄の味で一杯だが、なんとか強がって、彼女を安心させるために。そして、最後の気力で手を動かし――。

 

 そこで視界が反転し、世界が真っ黒になった。

 

 ◆

 

 一瞬、頭の中が空っぽになる。視界は真っ赤で、自分の目の前ギリギリに、鋭利な爪の先端がある。そして、見上げると、アランさんが苦悶の表情を浮かべている。

 

(私のせい……私のせいだ。私が無茶を言ったから……!)

 

 編み上げられた魔力がざわつき、霧散しかけていくのを感じる。でも、もはや詠唱を続けることなんてできない。

 

(アランさん、ごめんなさ……!?)

 

 頭の中で謝り切る前に、青年の口元が、強く引き上げられたのに気付いた。そして、その右手の親指で、背後の龍を指さした。

 

 そうだ、ここで終わる訳にはいかない。終える訳にはいかない。この時間を紡いでくれた人たちのためにも――ッ!!

 

「……ただ塵へと還るがいいッ!!」

 

 極限に集中し、霧散しかけた魔力を再度統合させる。龍が爪を引き抜き、青年の体が自分の横に倒れ込んだ。

 

 標的が良く見える。逃げようと、もがき苦しんでいるのか――だが、もう遅い。

 

「絶対零度の白銀世界【シルヴァリオン・ゼロ】ッ!!」

 

 杖を振り下ろした瞬間、七つの方陣から電磁波を纏った超低温の光線が一斉に放たれる。それらが龍の躰を穿ち、突き刺し、結合して、周囲の空気を巻き込みながら、龍の体を包み込む巨大な氷山となる。

 

 第七階層の魔術は、自分のオリジナル――シルヴァリオン・ゼロは、魔術障壁を相殺した上で、磁場を持つ超低温の光線で絶対零度の檻を作り、原子運動を停滞させて対象を塵へと還す――これが、勇者様と魔王を打つために作り上げた魔術、私だけの呪文。

 

 でも――。

 

「……この勝利は……アナタに捧げます」

 

 杖の底で地面を叩くのと同時に、氷の檻と共に龍の躰が崩れ去る。後には、ただ静寂だけが残った。少しの間、動くのは風に揺れる草木だけになり――私は、魔力が枯渇するのと同時に、その場にしゃがみこんでしまった。

 

「あ、アランさん……」

 

 しゃがみ込んだ横で、うつ伏せになって青年が倒れている。ピクリとも動かない――脱力してしまっている自分の腕に鞭を打って伸ばして、その体に触れる。

 

「あ、あぁ……」

 

 生気がない――あれだけ血を出したのだし、胸に丸々穴が空いているのだ、心臓も、肺もつぶれてしまっているに違いない。だから、言葉が出ない。どうすればいいのか分からない。謝罪すればいいのか、泣きじゃくればいいのか――。

 

「……お疲れ様、ソフィア准将。アランのことは……残念だったけれど……」

 

 気が付けば、エルがいつの間にか右手に立って、青年の亡骸を見つめていた。彼女の眼は前髪で隠れてしまっていて、その表情は読み取れない。

 

「……ちょっと、待ってください。まだ、取り戻せるかもしれません……」

 

 今度は、左手にクラウディアが立っており――すぐにしゃがみ込んで、アランの体に手を当てた。

 

「取り戻せるって……アナタ、高位の回復呪文は使えないんでしょう? それに、もう失血死して……」

「エルさんソフィア様も、隠し玉を出しました。私も……出しますよ。アラン君が相当しぶとければ、戻って来られるかもしれません」

「あ、あの、クラウディアさん! もし、治せるなら……お願いします!」

 

 つい、二人の会話に割って入ってしまったが、クラウディアは怪訝な顔一つせず、任せてください、と小さく微笑んだ。少しの間、胸に手をあてて、何かに集中しているようで――ふと、クラウディアが目を閉じた。

 

「……うん、お願いね、ティア」

 

 そう呟いてからクラウディアが目を開くと――普段は青い瞳の色が、朱色に変わっていた。

 

「うん、ボクに任せてくれ、クラウ」

 

 声こそ一緒だが、その短い言葉だけで、今までのクラウディアと喋り方、雰囲気が全く異なる。クラウディアはティアと、そう言っていた。その身に二つの魂が宿っている――そんな話も、いつか論文で読んだ記憶がある――そういった類の事象なのかもしれない。

 

 ティアは、両手をアランさんの体の上に掲げ、また静かに目を閉じた。

 

「……我が神、御名を忌避する我が主、癒しの力を分け与えたまえ……彼の者の傷つき痛んだ肉体に、其の慈愛を恵みたまえ……」

 

 彼女の手が光り、青年の体も光り出す。直後、瞬く間に空いていた穴が塞がり、新しい皮膚が出来上がった。これほどの回復魔法は、見たことがない。恐らく、枢機卿級の回復呪文――勇者と一緒にいる、アガタ・ペトラルカが扱うのと同レベルの奇跡が、目の前で起きている。

 

「ふぅ……これで、内臓も治ったはず。あとは、彼次第だね……」

 

 一息ついて、ティアはきょろきょろと周りを見た。エルもいつの間にかしゃがみ込んでいて、都合、ティアは私とエルの顔と、アランの顔を眺めて小さく笑った。

 

「クラウは、君たちのことが気に入ってるみたいだから……彼も、戻ってきてくれるといいね。頑張れ、男の子」

 

 どことなく間の抜けた声色、ティアはそう言いながらアランの肩をぽん、と叩いた。そして目を瞑り、再び開いた時には、いつもの青い眼へと戻っていた。

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