B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ガラスの向こうで複雑な機械に――なんだかこう、脳みそとかを診る時に使う装置であったように思うが名前まで分からない――ソフィアの身体が寝たまま入れられた。
ファラ・アシモフがキーボードで――と言っても実物ではなく、空中に浮かぶモニター型のそれ――高速で何かを打ち込んでいる。何をしているのか確認しようとアシモフの背後に周ってモニターを見てみるが、恐ろしい量の文字が高速で下に流れて行くだけで、残念ながら自分の頭では何が起こっているのか微塵にも分からなかった。
仕方なしにアシモフの後ろから離れ、横長の椅子の上にちょこん、と座っている人形の横に自分も腰掛ける。改めて周りを見回すと、ここの設備の精巧さが目に入ってくる。先日まで旅をしていた南大陸の剥き出しの自然豊かさが嘘のような未来感であり、少しだけ見て回ったガングヘイムの機械に近いと言えば近いが、それでもここの方が何となく精密な機械が集まっている、という印象だ。
「なんだか凄い機械ですねぇ。でも、ゲンブさんはお人形さんなのに……」
「なんでMRI検査の機器を作ったか、ですかね? それは、アナタやT3に何かがあった時のために……」
「あ、いえ、こんな小さなお人形なのに、これだけの施設を作ったのって凄いなぁって思ってただけなんですけど」
「ははは、成程、お褒めに預かり恐悦至極……しかし、私からしたらなんてことはありませんよ」
人形が部屋の隅の方へ向かって指を動かすと、床に散乱していた螺子やら金属の板やらが浮きだして一か所に集まっていく。更にゲンブがその小さな手をカチャカチャと動かすと、それに合わせて何かの部品たちが組み合わさっていき、あっという間に何かの機械が出来上がった。
「このように構造データを把握している物ならば、念動力で組み上げられますから……溶接は手間が要りますがね」
「ほへぇ……ゲンブさん、可愛いのに凄いんですね!」
そう、ゲンブ人形の外見を見た時からずっと可愛いと思っていた。ガングヘイムで目覚めた時、自分もこういうフリフリな服を着ていたとアランたちから聞かされはしたのだが、動きにくいし似合わない気がしてなかなか自分が着るとなると勇気が出ないのだが、こういう趣向の服は自分の好みなことは間違いない。
人形から聞こえてくるのは男性の声ではあるのだが、ゲンブの声そのものが少々艶っぽくて色気があるので、それがまた怪しい色香がある――そんな風に思いながら人形の着ている服をじっと眺めていると、人形はこちらの熱視線に応えてくれたのか立ち上がってくるりと一回転して見せた。
「別にこの外見は私が選んだわけではありませんがね」
「そうなんですか? てっきり趣味なのかと……ホークウィンドさんじゃなさそうだし……はっ、まさかT3の趣味ですか!?」
「……そうですよ? あぁ見えて彼、可愛いものが好きですから」
「えぇ……人は見かけによりませんね……」
いつも怒っているようなあの顔で、フリフリな服が好きだなんてイメージにそぐわないけれど――いや、人の趣味を否定するのは良くない。人にどんな趣味があったっていいじゃないか。それこそ、あんな傷だらけになるまで戦ってた人なのだし、ストレス発散のために少々特殊な趣味を――こういう考えも偏見か。
良くない良くない、そう首を振っていると、気が付けば人形はいつの間にか椅子から離れてアシモフの近くへと移動していた。
「どうですか?」
「そうですね……アナタが言っていたように、彼女には二回の改竄の形跡があります。二度目の方で、レムが一度目のコードを消去したようだけれど……」
「一度目の変更者と、変更内容は分かりますか?」
「えぇ……その辺りは彼女が目覚めてから話しましょうか」
「私は構いませんが……それで、施術に問題は?」
「問題なく進んでいるわ……それで、ちょっとこれを見て頂戴」
アシモフが半身を翻しながら、ゲンブの方へと人差し指を流すと、元々彼女の前にあった一枚のホログラムモニターが人形の方へと移動した。
「成程、彼女もこの世界の歪みに気付いていたのですね。それなら、ルーナやアルファルドの介入が無い場所なら、真実を伝えても問題ないでしょう。しかし、それはレムの方で感知していなかったのでしょうか?」
「そのようね。その理由も、私は何となくわかっているけれど……彼女の口から直接聞けばいいでしょう。きっと面白ことが分かるはずよ」
アシモフはそこで言葉を切って、改めてキーボードへと向き直り、またしばらくの間タイピングをして後、キーを強く押した。そして彼女がホログラムを払うように右手を動かすと、空中に浮かんでいたモニターがすべて消えて、ガラスの向こうの機器の中からソフィアの身体が外に出てくるのが見えた。
しかし、ソフィアは中々目を覚まさない。見ている感じ、普通に呼吸はしているようだけれども――心配になって、自分も移動し、施術者に質問をすることにした。
「え、えとえと、ソフィア、大丈夫ですよね……?」
「えぇ、問題ないわ。覚醒状態だとコードの書き換え時にエラーが出る恐れがあるから、眠ってもらってただけ……直に目を覚ますはずよ。
さて、アナタは色々と呼び名があるようだけれど……私からは何と呼ぶべきかしら?」
「あ、それじゃあナナコでお願いします!」
「そう、分かったわ。それじゃあナナコ、一つお願いがあるのだけれど」
「はい! なんでしょう?」
「彼女が寝ている間に、アガタを呼んできてほしいの。恐らく、彼女はレムから色々と聞かされているはずだから、この先の話をするのに居るとスムーズになるはずだわ」
「分かりました! 他の人は呼ばなくて大丈夫でしょうか?」
「アガタさえいれば良いけれど……他の者が居てくれても問題はないわ。ただ……」
穏かに話していたアシモフの表情に陰りが見え――先ほどの一件を見るに、グロリアが居ると困る、ということなのだろう。
「その、差し出がましいようですが……今回でなくてもそのうち、ゆっくりと話す時間があっても良いのでは? 私はお二人の関係については詳しくはないですけど、ファラさんを見ている感じでは悪い人には見えませんし。だから、お互いに話し合えば、きっと……」
「ありがとうナナコ。でも、アナタが思っている以上に、私は酷いことをしてきたの……だから、彼らも私を狙っていた訳だしね。でも、アナタの言うことも一理あるわ。確約は出来ないけれど、きっとそのうちあの子とは話し合ってみることにする」
「はい! それじゃあ、私はアガタさんを呼んできますね!」
ファラ・アシモフの懸念は杞憂だった。医務室へ移動してアガタに声をかけても、グロリアはアランの側を離れようとしなかったからだ。代わりに、ティアがアガタと一緒に自分についてくることになった。
施術室に戻っても、まだソフィアは眠っているようだった――機材のあるガラス越しの部屋へとアシモフとゲンブが移動していたため、自分たちもそちらの部屋へと移動する。そしてその数分後にソフィアが目を覚まし、目元を抑えながら上半身を起こした。
「施術は問題なく終わったはずだけれど。おかしなところは無いかしら?」
「はい、大丈夫です……少し頭は痛みますけど、これは問題ありませんか?」
「えぇ、直ぐに収まると思うわ。もし治らなかったら言って頂戴、再診するから。それで、まずはアナタにいくつか質問したいことがあるのだけれど……まずは、アナタの目的について教えて欲しいわ、ソフィア・オーウェル」
「私は……」
ソフィアは言葉を切って辺りを見回し――アガタが頷いたのを確認してから、エルフの老婆の方へと視線を戻した。
「私は、アランさんの支えになりたい……もしあの人が邪神ティグリスの化身であり、七柱の創造神と戦うつもりであるとしても、私は付き従うつもりでいました」
「そのようね。悪いけれど、アナタの記憶を少し覗かせてもらったから知っているわ……でも不思議なの。もしレムリアの民が一定ラインの危険思想を持った場合、それはレムに伝わるはずなのだけれど、私はそのような報告は受けていなかった……アガタ?」
アシモフは一度ソフィアから視線を外し、壁際で腕組みをしている薄紫の髪を見た。
「私もレムからは聞かされておりません。彼女が敢えて私には言っていなかっただけ、という可能性もありますが……」
「いいえ、恐らくそう言うわけでもないでしょう。単純に、この子は私たちの目すら欺いていたのだと思います……実際、この子の本心は記憶領域の最下層に埋もれており、直接記憶を垣間見なければ露見することはなかった……アナタ、何をしていたの?」
エルフの老婆はそう言いながら、金髪の少女の隣に腰かけた。
「アランさんから聞いたんです。ジャンヌさんは二重思考を使ってアナタ達の目を欺いてたと……その詳細は分からなかったですが、ひとまず言葉通りに思考を二つに分割して、片方で模範的なレムリアの民を演じ、もう片方でこの世界の歪みについて思考をしていたんです。
直感的にですが、上手く欺ける予感はありました。一つの体で二つの思考を持つ前例はありましたし……」
ソフィアは一度言葉を切り、アガタの隣に立つティアの方を一瞬だけ見て、すぐに視線をアシモフの方へと戻す。
「クラウさんが追放されたのは、異端の神を信奉していたからじゃない。ティアさんの思考をルーナ神が制御出来ないから……ゲンブ……さんがそのようなことを言っていましたよね?」
人形の方を見るとき、ソフィアは一瞬だけ躊躇したように見えた。恐らく、今まで敵対していた相手に敬称を付けるべきかどうか悩んだのだろうが――対するフリフリ人形は、カタカタと音を立てながらソフィアに向かって首を縦に振り、すぐにアガタの方を向く。
「えぇ、よく覚えていましたね。しかし、実際の所はどうなんですか?」
「レムの目的は全く違うところにありましたが、ルーナがクラウディア・アリギエーリを追放せざるを得なかった理由はまさしくそれです」
「結構」
ゲンブはアガタに向かって頷いた後、視線をソフィアの方へ戻した。
「しかし成程、これで魔術の連射も得心しました。アナタは分割した二つの思考で、別々の魔術を処理していたと」
「はい。そういうことになります」
「ですが、随分と滅茶苦茶ですねぇ……そもそも、二重思考の定義が間違っていますから」
「違うんですか?」
「はい。二重思考は思考そのものが二つになる、という意味ではありません。背反する二つの概念の双方を自己の中で矛盾なく思考すること……要するに概念的な意味での二重なんです。そもそも、アナタのように脳みそを無理やり二つ持つようなやり方は、普通は出来ませんよ」
「なるほど……私もちょっと難しいと思ってました」
「ちょっと、ねぇ……まぁ、実際できてしまっていたのだから、末恐ろしいと言いますか。さすが、魔術神アルジャーノンが目を見張るだけの演算能力を持っている、と言ったところでしょうか」
魔術神とやらに並ぶ演算能力とやらが――そもそも、先ほどから話が難しくてちんぷんかんぷんだ――どれだけ凄いのかは分からないが、思考を二つに分割する、というのが「ちょっと」難しい程度で済むはずがない。そういう意味では、やはりソフィアは凄い。凄く頭が良い。とりあえずそれだけは分かるし、それだけ分かればまぁいいかとも思う。
自分がそんな風に思っている傍で、アシモフが隣に座るソフィアに「一応断りを入れておくと」と話しかけ始める。
「もう無理な思考分割をしなくても大丈夫よ。アナタの思考を覗き見れるレムは味方だし、危険思想を持ったとしてもアラートは私にしか感知出来ないようになっている……それに、アナタの記憶を改竄することも私にしか出来ないように変更したわ」
「ありがとうございます……と言いたいところなんですけど、七柱の創造神達の影響から完全に脱却することは出来ませんか?」
「それをするなら、脳内にある生体チップを取り除かなければならない。でも、生体チップは脳の奥深くに埋まっているから、取り除く手術自体が難しいわ。私が権利を放棄することもできるけれど、そうすると他の管理者がアナタの精神に干渉してくる危険性があるから……」
「そういうことでしたら、レア様が管理されるのが一番安全そうですね……ありがとうございます。ともかく、ティアさんやジャンヌさんという前例があるなら、自分も本心を隠したまま行動することも出来るはずだ、と思って行動していた訳です」
「それをしようと思ったきっかけは?」
「ジャンヌさんが解脱症に罹った時です。いえ、正確にはサンシラウの村でジャンヌさんを見てから……彼女が引き起こしたレヴァル襲撃は許されることではありませんが、それでも……人としての尊厳が破壊されることが正しいとも思えませんでした。
何よりも……私はあの感じ、知っていたんです。自分の記憶が、どこかで誰かに改竄されて……そして、同じように自我が崩壊しかけた時があると」
ソフィアが言葉を切ったタイミングで、壁際のティアが口元に手を当てながら口を開く。
「そう言えば、レヴァルでアラン君が解脱症について質問してきたことがあったね。その時、ソフィアちゃんが似た症状を引き起こしていた、と彼は言っていたけれど……」
「うん……おぼろげながら覚えてるよ。あの時、アランさんが声をかけてくれて、それで私は戻ってこれたけど……ジャンヌさんは戻ってこれなかった。そしてジャンヌさんを見て、自分の記憶を改竄してしまう可能性のある神に対して恐れを抱くと同時に、許せないとも思った……」
いついかなる時も監視され、神々に不都合なことを思考したりすれば記憶を改竄され、この世界の構造に対して危険な思想を持てば人格を崩壊させられる――実際、それは先日、クラウの件で目の当たりにしたことだ。そしてそれは、何と禍々しく、恐ろしいことであると思ったか――その当事者たるティアもクラウのことを思い出しているのだろう、悔し気に視線を落としている。
同時に、ソフィアが以前、クラウやエルには神々を疑うようなことを言ったりしてはいけないと言っていたことの真意も理解できた。ソフィアは誰に教えてもらうわけでもなく、一定までの真理に到達しており、下手なことを言うのが仲間たちに対してリスクになることを分かっていたから、こちらに対しても注意してくれていたのだろう。
そしてソフィアは一呼吸を入れて、彼女らを想像した一柱を静かに見据えた。
「話を戻します。レア様、私は今の所、アナタと事を構えるつもりはありません」
「あら、今のところは、なのね……一応、私はアナタの精神に干渉する権利を持っているのだけれど?」
「そこに関しては、まだ情報が足らないのが事実……また、真実を知って、アランさんがどう判断するかも分かりませんから。仮にアナタが私の精神に干渉してくる可能性があるとしても、敵対する可能性がゼロでない以上は確約は出来ません。
でも……アランさんもアナタやレム、ヴァルカン神と戦う意志を持たないと思います。ゲンブさん達も、恐らく同様です。つまるところ、私はアナタ達と手を組んで、ルーナ神を筆頭とした、私たちのことを道具扱いする神々と戦う、というのが結論になると思います。
そのうえで……きっと、アナタは私の記憶を覗き見て、私の記憶を一度改竄したのが何者なのか知ったのですよね? それが何者なのかを教えて欲しいです」
「えぇ……いいわ。回りくどい様で申し訳なかったけれど、最終的にはそこに帰結させるつもりだったもの。今のアナタなら、記憶や人格を改竄されることもなく、真実を知ることができるから……」
アシモフはそこで一呼吸を置いて、瞳を閉じながらゆっくりと続ける。
「アナタの記憶を改竄したのは、第九代勇者のシンイチ・コマツです」
「……シンイチさんが? でも、あの人は……」
「……正確には、シンイチ・コマツの肉体に人格を投射させていた一柱……アルファルドよ」
アシモフが話を終えた瞬間、ソフィアは一瞬驚いた様に目を見開いたが――すぐに得心したように頷き、顎に手を当てていつものように何か考え事を始めたようだった。