B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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我らが黄金期

「よぉ、アラン」

 

 気が付くと、真っ暗な空間にいた。声のしたほうへと振り返ると、そこには椅子の背が一つ、そこに白衣をまとった男の顎が乗っかっているのが見える――まだ目元までは見えないが、顔の輪郭までは見えるようになっていた。

 

「今回は随分と長く眠っていたようだな」

 

 べスターはそう言うと、手を無精髭の生える口元へ持っていき、咥えているそれをつまんで口から紫煙を吐き出す。

 

「へぇ……喫煙者だったんだな、お前」

「今のオレには実態がある訳でもないからな。コイツを吸っても味もしないし、臭いもしない……ついでに言えば減りもしない」

「それでも吸うんだな」

「まぁ、言ってしまえば生前の癖だな……」

 

 べスターは紙巻き煙草を大きく吸い、そして口から紫煙を巻き上げる。彼の言うよう、火種が燃えて一瞬だけ煙草は短くなるものの、気が付けば元の長さに戻っているように見え――そして彼が噴き出した煙は、まだ自分が覗くことのできない深淵の彼方へと飛んで消えた。

 

「オレの姿が随分と見えるようになっているようだな」

「あぁ、そのようだ。最初は足元しか見えなかったんだが……」

「成程……そいつはあまり良くないことなのかもしれない」

「どういうことだ?」

「最初はADAMsが身体に馴染んできている証拠かとも思ったが……まぁ、それもあながち間違えでもないのだろうが。だが、お前がこの暗闇の中でオレと会話をする時には共通点がある」

 

 そう言われて、べスターとこの空間で会合した時のことを思い出す。最初はブラッドベリと戦った後、次は王都でT3とやり合った後、そして今回はエルに心臓を貫かれて後の計三回、その共通項は――。

 

「……大怪我をした後、か?」

「その通り。なんでこんな実体のない姿で存在できているのか、オレ自身も分かっていないのだが、有り体に言えば残留思念の様なものだろう。それが鮮明に見えるようになってきているということは……」

「俺自身が死に近づいている、ということか」

「安直な推論で根拠もないが、そう言う可能性もありうるということだ。どうすれば解消されるかは分からんが、強いてを言うならお前の肉体に限界が近づきつつあるということなのだろうから、少しでも長生きしたいのなら無茶はするな。とはいえ……」

 

 べスターは煙草を一吸いして後、指に挟んだそれの先端をこちらへと向けてきた。彼の続く言葉は「どうせお前は無茶をするのだろう」なのだろうが――自分だって恐ろしくないわけではないのだ。

 

 思い返せば、自分は傷を負うこと自体にはそんなに躊躇はない。恐らく、サイボーグ化していた時に痛覚が無かったのが原因だろう。今は生身なので苦痛もある訳なのだが、前世の記憶から本能的に動いてしまうので、その辺りに関しては仕方ないと思っている。

 

 とはいえ、自分が消えるとなれば話は別だ。消失の恐怖はと言うものは、ある意味では生物が持つ根源的で絶対的な何かだろう。それを恐れるがあまりに、人は死後の世界を信じ、それを約束してくれる信仰というものにすがってきたのだから――自分だって人である以上、その恐怖が全くない訳ではないのだ。

 

 暗闇の中で自分の手を見つめてみる。今はまだ、確かに存在するこの体――いや、この体を認識できる自己は存在する。世界を認識する自我が消失するリスクを背負ってまで、自分は戦うのか――そう自問自答した時、ある明確な答えが脳裏に浮かぶ。

 

「……消えるのが怖くない訳じゃないぜ。だが、もっと恐ろしいのは……あの子たちが七柱の創造神たちの勝手に巻き込まれて、不幸になることだ」

「ふぅ……そうか」

 

 こちらの答えを聞いて、べスターは煙草を自身の口元に戻した。

 

「お前のやりたいことを否定する気はない……だが、少し思うんだ。果たして、お前がそこまでのリスクを背負ってまで、彼女達やこの世界に生きる人々を守る必要があるのか、とな」

「俺は、あると思うから……」

「だから、それは否定しないさ。だがな……何者かに守られることが、本当にその者たちのためになるのか……それを考える必要はあるのだと思う。

 極論だが、助かりたくないと思っている者にまで無理に救う必要は無いかもしれないし……何より、誰かに守られて得られる安寧は、果たして本物なのだろうか?」

「それは……」

「そう、他人によってもたらされる安寧は、逆を言えばその安寧をもたらした者が居なくなった時に一気に崩れる。本物の平穏ってやつは、当人たちが勝ち取ってこそ価値がある物なんじゃないか……そんな風に思ってな」

 

 ベスターの言うことは真っ当で、返す言葉を失ってしまう。レムに呼び出されたことを考えれば、自分は本来はここにいるべき人間ではなく、ある意味では摂理を歪めて現れた存在だ。そんな自分があれやこれとこの世界に介入するのは、そもそも自然な流れに反する行為でもある。

 

 とはいえ、ルーナたちのやっていることが正しいとも思えないし、そう言う意味ではこの世界の住人達に肩入れするのもありなのではないか。いや、そもそも自分の手でどうにかできるなどとも思い上がりか――どう返答すべきか悩んでいる間に、べスターは煙草を一吹きした。

 

「もちろん、お前の言いたいことも分かっている。この世界の歪みは大きすぎて、レムリアの民たちが自立するまでは誰かが手を差し伸べなければならない……それもきっと一つの正解さ。そしてオレは、お前がそれをしようと思うのなら協力だってする。

 だが、無闇やたらに過保護にするのも、それは別の歪みを生じさせかねない。だから、もう少し何をすべきなのか……今一度考えてみてもいいのかもしれないぞ?」

「……考えるのは苦手なんだ」

「苦手と言えるのは、向き合っている証拠さ」

「はは、そうかもしれないな……だが、少なくともルーナ神は倒さなけりゃならない。それが俺である必要は無いかもしれないが……クラウのことは、絶対に救い出してやりたい」

「あぁ、そうだな。そこに関しては賛成だ。そのために、オレも力を貸そう」

「頼むよ、べスター。ちなみに、今回は俺が随分と長く眠っていたと言っていたな? 具体的に、どれくらい眠っていたんだ?」

「正確な時間は不明だ。オレはお前の感覚を通して世界を認識している……目をつぶられてちゃ、時計の針も見えはしない。だが、聴覚は生きているからな。周りの声を拾うに、丸三日は眠っているようだ」

「なるほど。分かる範囲で良い……皆は無事か?」

「あぁ、オレが認識している範囲では、お前が覚醒していた時以上の犠牲者は出ていないな……ちなみに、グロリアとソフィアが眠るお前の側でずっと喋っているようだ」

「グロリア……」

 

 エルと戦っている時にテレサに宿る彼女と少しだけ会話したが、グロリアはこちらのことを深く知っているようだった。同時に、自分が彼女のことを知らないのを残念に思っていたように思う。

 

 ともなれば、少しでも彼女のことを知っておかなければ不公平なように感じられる。せっかく彼女を知っている者がいるのだから、話を聞いておいても損はないだろう。

 

「なぁ、グロリアのことについて、もう少し聞いておきたいんだが……」

「構わんぞ。そうだな、何から話そうか……」

「先日、あの子はお前が拾ってきたということは言ったな?」

「ファラ・アシモフ暗殺のために潜入した先で拾ったとか何とか……誘拐だった訳じゃないんだよな?」

「まぁ、大人が未成年を親の同意なく連れ去る行為を誘拐と言うなら、お前は旧世界の倫理観においては立派な犯罪者だ」

 

 ベスターは煙草を唇から離して、皮肉気に口元を吊り上げた。

 

「茶化すなよ……重要なのは、本人の意思だ」

「そこにおいては本人の意思だ。脱出のために彼女の能力が必要だったという意味ではなし崩し的な部分もあるが……鳥かごからの脱出を望んだのは間違いなくあの子の自身だ」

「何かグロリアにも事情があったのか?」

「あの子は、能力開発の実験台にされていたんだよ。浮遊能力も発火能力も超能力開発の一環として彼女に施された処置だ。そしてそれは、実の母親であるファラ・アシモフの主導で行われていたんだ」

「……グロリアは、実験台にされることから逃れたかった?」

「どうだろうな……オレはあの子じゃないから、正確なことは分からん。しかし、重要なのはそこではない気がする。いや、本当の所はあの子自身だって分かっていないのかもしれない……」

「……どういうことだ?」

 

 そこで男は煙草を口に戻し、大きく息を吸い込んで、ゆっくりと煙を吐き出した。

 

「なんとなくだが、彼女は自分の居場所を探していたように思うんだ。倫理観は置いておいても、もし彼女がDAPA内で必要とされていたのなら、あの子は鳥かごを抜け出そうとしなかったんじゃないかと思う。

 あの子は、単純に実験台に使われていた訳じゃない……親に道具として使われていたんだよ」

 

 なるほど、べスターの意見は絶妙ながら頷ける。仮に過酷な環境に置かれていたとしても、そこが自分の居場所だと想えるなら――それが歪だとしても、人は存外にそこから逃げ出そうとはしないものかもしれない。

 

 そう言う意味では、グロリアは人体実験に晒されていたことに不満があったのではなく、彼女自身が求められていなかったから耐えられなかった――道具として扱われ、人格を尊重されないのが耐えられなかった、そういうことなのかもしれない。

 

 自分がそんな風にかみ砕いていると、男はまた煙草を咥えながら話を続ける。

 

「ファラ・アシモフは間違いなく天才だった。アンドロイド工学者にして、同時にアンドロイド心理学の権威で、医学についても明るかった。別に彼女に異様な上昇志向があったとは思わないが、同時に研究欲の化身でもあった。

 彼女がDAPA内でその地位をあげていったのは、偏《ひとえ》に社内で稟議を通しやすくするためと、予算を確保するため……彼女にとっては結婚も、家族も、自身が研究しやすい環境を整えるための道具でしかなかったんだ。

 そう言う意味では……グロリア・アシモフの境遇はソフィア・オーウェルに近いかもしれない」

「……なるほどな」

 

 ソフィアに近い。それだけ聞けばべスターが何を言いたかったのか理解できた。もしファラ・アシモフが娘のことを愛しており必要としていたのなら、グロリアは鳥かごを抜け出すことはしなかったのだろう――そこが彼女の居場所になるからだ。

 

 要するに、彼女は実験台にされた挙句、親からの愛を受けられなかった。そのため、DAPAにはグロリアという少女の精神的な安らぎが無かった。それが、彼女が親の元から去った理由か。

 

「それで? 俺が誘拐してきた後のグロリアはどうだったんだ?」

「ほう、誘拐したのを認めるのか」

「身に覚えは無いんだが、親の同意なしに連れ去るのは確かに誘拐だからな……ともかく、目が覚める前にもう少しグロリアのことを知っておくべきだと思うんだ。懐かれてたっては本当なんだろうが……逆に、俺が全く分からないってんじゃ、なんだか申し訳ないからな」

「まぁ、話すのは構わんがな……ただ、変に予習しておくこともないんじゃないか? 厳しい言い方になるかもしれないが、今のお前とグロリアの知るお前は別人なんだ。お前のオリジナルが彼女と積み重ねた関係性は、もう取り返すことはできはしないんだから」

 

 実際の所、べスターの言う通りだろう。話を聞いたって思い出すわけではない――オリジナルとグロリアの関係を聞いたところで、それは自分によく似た違う誰かの話であり、自分の経験ではないのだから。

 

「……確かにな。それじゃあ、他人のことだと思って聞くことにするよ」

「あぁ、そうしろ。さて、誘拐してきたグロリアだが、幸か不幸かDAPA側から解放の要求は無かった。解放を要求すれば、DAPAが人体実験をしていることが世の中に公表されることを意味するからな……逆にこちらも拉致してしまった以上、彼女の存在は公表されることなく、歴史の表舞台から消えた。

 そしてそのまま、グロリアはオレ達が世話をすることになったんだ。男所帯に花一つと言えば聞こえはいいが、煙草臭いだのオイル臭いだのさんざ文句を言われた……ともかく、賑やかで華やかになったことは間違いない」

「結構勝気なタイプなのか?」

「そうだな。実験台にされていたと言えども、元々はお嬢様だ。野郎どもの巣窟には思うところがあったのかもしれないが……それを差し引いても、強気な性格は生来のモノだろう」

「先日見た感じだと、グロリアもDAPAと戦っていたのか?」

「半分はな……というのは、お前が存命中は戦いには出ていなかった。あの子自身はお前の支えになりたいと言っていたが、お前が強く反対したし……実戦面でも、グロリアは第五世代型アンドロイドの完全迷彩を見切ることが出来なかったからな。

 ただ、原初の虎が亡き後は、潜入による暗殺ではなく、正面からの衝突も増えてきていたし……何より、お前の仇を取るんだと言って聞かなくて、チェンの推薦もあって、最終的には戦場に立っていた形だ」

「そうか……」

 

 自分がそう短く返答すると、しばし沈黙の時間が訪れる。自分の仇のため――正確にはオリジナルのためだが――少女が渦中に身を投じたと思うと、なんだかやるせないものがある。そんな風に思っていると、べスターは紫煙を大きく吐き出して、一呼吸してから口を開いた。

 

「話を戻そうか。お前が存命中のグロリアは、普段は寝食を共にし、有事の際にはオレと一緒にお前をオペレートしていた。賢い子だったから、すぐに機材の使い方も覚えたし……あの子なりに、お前のためになろうと必死だったんだろう」

「なんだか、そう言われても実感もないが……しかし、なんだってそんなにグロリアは俺に懐いてたんだ?」

「それは本人に聞いてみたらどうだ?」

「あのなぁ……デリカシーないだろ、そういうの」

「はは、違いない」

 

 べスターは煙草を離して笑い、そして紫煙を吐き出しながら続ける。

 

「お前にとっても、グロリアの存在は大きかったはずだ。妹のように可愛がっていたし、何より……あの子が待っている場所に帰ろうと言うのが、寡兵にて渦中に身を投じるお前が生き残ろうというモチベーションになっているように見えた。

 そうだな、四人で行動している時が、ある意味ではオレ達の黄金期と言うか……充実している時だった」

「……四人?」

 

 今までの話の流れだと、自分とべスター、それにグロリアの三人で行動していたのは分かる。もちろん、巨大な組織を相手に戦うのに三人では少ない訳だし、他にメンバーがいてもおかしくは無いのだが――彼の口ぶりから言うと、自分の預かり知らないもう一人は重要な人物のように思われる。

 

 一方のべスターは、何かハッとしたように黙り込んでしまい――何か重々しい調子で口を開いた。

 

「そうだったな、アイツのことについては言ってなかったな……原初の虎が存命中は、オレ達は四人のチームだった。だが、あまりいい話じゃない……最後の一人は原初の虎を亡き者にした張本人だからな」

「……そいつの話も聞かせてもらって良いか?」

「あぁ、そいつの名はウキョウ・ホシ……星右京と言った方が、お前の祖国的には正確か。稀代のハッカーで、潜入工作には無くてはならない人材だった。元々、DAPAのデータベースにハッキングして、追われているところを情報提供を引き換えに旧政府軍に保護された形だったんだが……何のことは無い、二重スパイだったんだ」

「つまり、俺たちの行動は、右京とやらを通じてDAPAに筒抜けだった……?」

「そういうこと……いや、少々違うかもな。右京は、オレ達もDAPAもどちらも利用していたんじゃないかと思う。

 現に本気でアイツがDAPAに与していたのなら、もっと早くに原初の虎を止められたはずなんだ。アイツは、DAPAのカリスマ、デイビット・クラークが死んだタイミングで旧政府軍を裏切り、原初の虎を亡き者にした。

 両組織の中枢を同時に屠るその手腕は、ハッカーである以上に天才的な戦略眼を持っていた証拠でもあり……チェン・ジュンダーですら、最後までアイツの動きを完全には予測することが出来なかったほどだ」

 

 チェンですら手を焼いた相手と言うのは、相当に頭がきれそうだ。癪だが、チェンには何度も辛酸をなめさせられた――アイツが手を焼く相手なら、かなり厄介な手合いだろう。

 

「……右京も、お前のことを信頼していたように見えたよ。お前も、右京のことを信頼していた……だからだろうな、裏切るなど想定もできなかったし、それ故に不敗の虎を亡き者にできるのはアイツを除いては存在しなかっただろう」

 

 そう言って、男は煙草を足元に捨てて、靴の先で乱暴に火種を決して見せた。べスターは空いた手で自分の背後を指さし、それとタイミングを同じくして、次第に足元が明るくなっていく。

 

「さて、お目覚めの時間か……最後は右京の話になってしまったが、詳しく確認したいならチェンに聞けばいいだろう……グロリアによろしくな」

 

 自分を包む光は、しかし白衣の男を包み込みはせず――視界が一瞬だけ真っ白になった直後、二つの金髪が自分を覗き込んでいるのが見えた。

 

「アランさん! おはよう!」

「アラン、おはよう」

 

 ソフィアとテレサは――呼び方的にグロリアだろうが――自分の名を呼び眩しい笑顔を浮かべてくれた。

 

「おはよう、二人とも……悪いな、心配させて。それでグロリア、べスターがよろしくだとよ」

「……はぁ? 夢でも見ていたの?」

 

 グロリアの反応はまったく正常だろう。まさか、残留思念を脳内に飼っているなどと普通は分かりはしないだろうから。

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