B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
T3が席に着いてからも、こちらは男の方をじっと睨み続ける――先日、エルフの集落で少しこの男のことを認められたようにも思っていたが、撤回だ。全く失礼極まる奴と仲良くなんかできはしない。
T3の方はと言えば、目を瞑りながら背もたれに深く腰掛けて無視を決め込んでいる。しかし、あからさまに不機嫌そうな雰囲気も出しており――それに耐えられないのだろう、自分とT3に挟まれているナナコがおろおろとしていた。
しばらく自分とT3の間で見えない火花を散らしていると、ゲンブが「あぁもう、アナタ達は顔を合わせればそれですねぇ」と仰々しく声を上げた。
「しかし、朗報ですよアラン・スミス。まぁ、アナタにとっては朗報でもないかもしれませんが……ともかく、T3の冤罪が確定しました」
「はぁ? 何を言ってるんだ?」
「アナタが我々を……主にT3を目の敵にしていたのは、勇者シンイチを殺めてしまったことが原因でしょう?」
「原因はそれだけじゃないが……まぁ、確かに主だった理由はそれだな」
「そう、それでは……もしシンイチ・コマツが倒すべき敵の一人だったとするなら、T3のことを許してやってもらえないでしょうか?」
「何を馬鹿なことを……アイツは、この星に生きる人々を想いながら戦って、そして死んだぞ!?」
シンイチの最後を侮辱するような人形の言葉に、自分は思わずテーブルを叩いて立ち上がってしまっていた。場にいる一同は驚くでもなく、自分のように怒る訳でもなく、ただ静かに自分の方を見ている。
そんな中、エルフの老婆がこちらを見ながら口を開いた。
「原初の虎……アラン・スミス、落ち着いて聞いてください。私はレムから共有を受けています……第九代勇者であるシンイチ・コマツには、アルファルドが……星右京が宿っていたのです」
「……なんだと?」
右京というのはちょうど先ほど夢の中で聞いた名だ。それが、こんなにすぐに他の者の口から出てくるとは――自分が驚いて態度を軟化させたのを見計らったのか、ゲンブがすかさず割り込んでくる。
「星右京については、べスターから聞きましたか?」
「あぁ。俺のオリジナルを殺したって聞いたが……」
「そう、その通り。そして、それだけではありません。彼こそが七柱の創造神たちの実質的なリーダーにして、旧世界を滅ぼした最大の戦犯であると言っても過言ではありません。彼の本体はオールディスの月にあるのでまだ滅せてはいませんが、T3は我々の最大の敵を一時的に撃退していただけに過ぎなかったのですよ」
それは、我々もアシモフに聞くまで知りえなかったことですが、とゲンブは付け足した。
「ちょっと待て、お前らの言うことが事実だとしても、なんで右京はシンイチに宿っていたんだ?」
そう、そもそもの疑問はそこだ。確かに、シンイチは異世界の勇者であることを勘定しても浮世離れしたように思うし、七柱が宿っていたというのは妙な説得力はあるが――同時に、なぜ右京はシンイチに宿っていたのか、その合理的な理由が全く見えない。
自分の質問に対しては、ゲンブでもアシモフでもなく、アガタが手を上げて口を開いた。
「それに関しては、私からお答えしましょう。そもそも、シンイチ・コマツにアルファルド神が宿っていたことが、私がクラウを異端審問に掛けざるを得なかった原因ですから。
ゲンブが惑星レムに降り立ったのが今からおよそ三百年前。ちょうど、勇者ナナセがブラッドベリを討伐している時期だったようです。そして、ゲンブの暗躍に気付いていた七柱は二柱……レムとアルファルドです。
厳密に言えば、アルフレッド・セオメイルの生体チップの停止に違和感を覚えたレムの記憶を、アルファルドが確認して知っていた、というのが正しいですが……」
「アルファルドは、レムの記憶を覗き見れるのか?」
「はい……そこに関しては、レア様が答えたほうが良いでしょう」
アガタはそこで言葉を切って、左を見ながらエルフの老婆の方を見た。対するアシモフは頷き、自分の方を見て再び話し出した。
「レムは、この星の海を活用した生体コンピューターです。彼女のオリジナルの脳が、海と月の塔の最深部にあり……海に宿る電子と演算処理能力でもって、この惑星で生ける全てのアンドロイドを管理しているのです。
そもそも、私たちがこの星に入植したのは、海を巨大な演算処理装置として活用するため……旧世界で捕獲できなかった高次元存在を、確実に惑星に封じ込めるために荒れ狂う海の星を選んだのですよ」
「はぁ……なんだか難しいな」
「一旦、この話は置いておきましょうか。ともかく、レムが旧世界のそれをはるかにしのぐスーパーコンピューターであることと、その管理者がアルファルド……右京であり、レムの記憶を右京は閲覧できることが分かってくれれば問題ありません」
現在のレムは自身に高度なプロテクトを掛け、右京の復活に備えて居ますが――アシモフがそう付け加えて後、またアガタがこちらに向き直った。
「それで、アルファルドは他の七柱に対して秘密裏に、自らの人格をシンイチに転写していました。理由としては、仮に本当にゲンブがこの星に来ているとして、暗躍をしていた時に……とくにブラッドベリと手を組んでいた時に、対応できる人物が居ないと困るだろうと判断したためです。
その一方で、私は彼のお目付け役として、クラウの代わりに勇者に同行する必要がありました……レムはアルファルドのことを警戒しているので、何かあった時に対処するのに、私が同行する必要があったのです」
「それで、クラウを異端審問にかけた訳か」
「えぇ、申し訳ないことをしたとは思っています。しかし、ややもすればこの星の未来に関わる……それこそ、魔王と言う脅威を遥かに凌ぐ恐ろしいことが起きるかもしれない。それで……」
アガタの言葉は最後は消え入るようであった。恐らくアガタの感情としては、単純にお目付け役としてクラウを追放したわけではあるまい。魔王征伐を凌ぐ脅威に、親友を巻き込みたくなかったから――だから、自分が泥を被ってでも、クラウと入れ替わるようにシンイチに同行していたのではないか。
ただ、仮に自分の予測が正解であっても、気丈な彼女は本心を告げることはないだろう――いつかクラウもアガタの本心を分かってくれればいいのだが。
ティアは自分が寝ている間にある程度の真実を認識したのか、アガタの肩を優しく叩いているようだった。それに気分も落ち着いたのか、アガタは息をゆっくりと吸い、改めて話を続ける。
「アランさんも見たのではないですか? ブラッドベリは最後、シンイチを前に動けなくなっていました。アレは、彼の畏敬で、被造物たるこの星の民の三原則に働きかけて、動きを封じていたのです」
「なるほど。それがアイツに七柱が宿っていたという物的な証拠ってわけか……」
アガタの言うことには覚えがある。あの時、ブラッドベリは自分に蹴り飛ばされて深刻なダメージを負っていたのは間違いないが、恐ろしいほどの再生能力を持つ魔王が――それだけでなく、自らの種族の未来を憂う王の中の王が――シンイチに睨まれて麻痺したように動けなくなっていたのは違和感があった。
そういう意味では、シンイチに右京とやらが宿っていたということ事態はそれなりに説得力を帯びているように思われるが――まだ何点か解消されていない問題もある。
「……べスターの話じゃ、右京とやらは恐ろしく頭のきれるやつだったらしいな? それなのに、なんでシンイチはT3にやられちまったんだ?」
そう聞きながらも、実は既にある程度の解答はあった。T3が迫ってくる瞬間、シンイチは何か策があるように見えたが――そのせいで、自分はアイツの元に駆けつけるのが遅れたのだ。
逆に、斬られること自体がシンイチの狙いだったとするのなら? わざとT3に斬られることによるメリットがあるとするのなら――だが、その狙いまでは分からない。そう思っていると、アシモフは伏し目がちにこちらを見て、呟くように話し始める。
「これは私見になりますが、恐らく右京はわざとT3に斬られたのですよ……そうでなくては、原初の虎とチェン・ジュンダーはもっと早いタイミングで手を組んでいたでしょう。
それに、彼は上手くチェンやアナタを利用し、高次元存在の降臨を早めようとしていたのです」
「さっきから、ちょいちょい分からん話題が混じるな……」
「えぇ、高次元存在のことなどは、また時期を見て話します。ひとまず、勇者シンイチには星右京が宿っており、チェンやブラッドベリを対処しながら、アナタの行動もコントロールして……それだけではありません……右京は、ソフィア・オーウェルの記憶を一度改竄しています」
「……なんだって?」
「ソフィアが他の七柱から介入を受けないようにするため、生体チップにプロテクトをかけたのですが……その時に、アルファルドによる記憶改竄の履歴がありました。勇者シンイチを肯定的に捉えるように暗示をかけ、パーティーから追放したようですね。その後の記憶を見ると、レムが暗示部分を解いたようですが」
アシモフが話を追えるのと同時に、自分はソフィアの方へと振り返った。ソフィアはすでに事情を認識しているのか、落ち着いた様子で頷いた。
「アランさん、覚えているかな? 私が一度、解脱症になりかけたの」
「あぁ……レヴァルでだろ? あの時は確か……シンイチたちがやられたって誤報があった時だな」
「うん。あの時は確か、私はシンイチさんの救援に向かわずに、レヴァルの防衛を固めるべきだと考えたんだ。でも、それが暗示に……シンイチさんを肯定的に捉えるという命令に反していたから……」
ソフィアがそこまで話した後、再びアシモフが口を開く。
「解脱症は、我々七柱の創造神……DAPA幹部がレムリアの民の記憶や感情を矯正した歪みとして発症します。私たちがかけた暗示と、レムリアの民自身の思考が矛盾を起こし、思考領域にエラーを起こしている状態です。
比較的立場のある者が解脱症に掛かりやすいのは、知識がある故に我々に対して疑念を抱きやすく、記憶を改善される可能性が高いことに起因します。そして、一度記憶を改竄されれば、多くの場合はいずれどこかのタイミングで解脱症を引き起こす……七柱の創造神に対して疑念を抱いた原因は、その者の生活の中のどこかには潜んでいますから」
「余りにも勝手な話だ」
「えぇ……そうですね」
自分が発した言葉に、アシモフは自嘲気味に笑って視線を落とした。直後、「レア様をフォローするわけではありませんが」とアガタが切り出した。
「記憶の改竄はそんなに頻繁に行われるわけではありません。知識があれば演繹的に世の中のことを考えますし、それ故に体制に対する違和感を持つのは自然なこと……そのため、逐一危険思想を持ったからといって、記憶をいじられるわけではないのです。
現に、異端と判定されたクラウも、体制に疑念のあるアレイスターも、記憶改竄の対象になりませんでした。
実際に記憶の改竄をするのに明確な規程やラインがある訳ではありませんが、その多くの場合は七柱の創造神達のやっていることの真相に辿り着きそうな場合か、七柱の各々の裁量で行われてきたことです」
「その裁量ってやつを使えば、気分で人の尊厳を踏みにじれるってことだろう?」
「そうですね……それは否定しません。ですから、レムはアナタにこの世界を見て欲しいと望んだ。
そしてアナタは現に、この世界の在り方を歪んでいると判断した……だから、レムはレア様を誘って、アルファルドたちと戦おうと決めたのです。チェン・ジュンダーと言う外的要因が居る、今が最大のチャンスと踏んで」
なるほど、話が色々とつながってきた。なぜレムが自分を蘇らせたのか、また何故今というタイミングだったのか。七柱内で自浄作用が働くのに三千年も掛ったのは残念なこととも思うし、七柱達がやってきたことは許されないことだとしても、ひとまず彼らの中からそれを正そうという意志が出てきたのは好ましいように思う。
「なるほどな……しかし話を戻せば、なんでシンイチは、ソフィアに暗示を掛けていたんだ?」
質問して周りを見ると、対面の人形がカタカタと口を鳴らし始める。
「恐らくですが、彼はソフィア・オーウェルに自分の正体がバレる可能性を懸念したのでしょう。共に旅をする中で、彼女ほど賢い者であれば、この世界の歪みに気づいてしまうと……」
本当にそうだろうか? シンイチはいつかの夜、ソフィアが怖いと言っていた。彼女の期待が怖いと。そう言った時の彼の顔には、嘘偽りは無かったように思うのだが――過去の記憶を掘り返している間に、こっちの気も知らないでゲンブは話を続ける。
「さて、これで分かってくれましたか? 結果論的にではありますが、T3はこの星の歪みの中心を斬っていたに過ぎない……いいえ、その行為すら右京は利用していたのです。我々とアナタ達の対立構造を、自らの死で演出して見せた……つまりT3の行いは、我々全員にとって不利益なものではなかったはずですが」
「……そうかもな」
「煮え切りませんね。今までの話に、矛盾を感じましたか?」
「いや、色々な疑問が解消されて、筋道は通ったように思う」
俺はどうしても、シンイチを――シンイチに宿っていた魂を悪い奴だとは思えない。実際の所、まだ自分はここに居る者たちの話を信じ切れていないのだ。
一度彼に肩入れしてしまったせいもあるのか――というより、自分と話をしていた時のシンイチは、本心を語っていてくれたように思う。ソフィアの件も、元居た世界として語っていた話も――今にして思えば、それは旧世界での話だったのかもしれない――どこか真に迫っていて、嘘偽りは無かったように感じられる。
もちろん、彼が自分に対して話していたことが事実だとしても、彼の所業を許すわけにはいかない。先ほど、記憶の改竄を人の尊厳を踏みにじる行為と詰《なじ》った自分が、ソフィアを解脱症にしかけた張本人には情状酌量の余地があるなど言う権利はない。また、べスターのことだって、グロリアのことだって――旧世界で裏切られた仲間の立場を思えば、右京のことを許してはならないのだろう。
しかし、どうしても――自分と語ったシンイチの横顔を思い出すと、アイツにはアイツなりの事情があったのではないか、そう思ってしまうのだ。
(それを言い出したら、誰にだって事情があるか……)
結局のところ、自分は快か不快か、好ましいか嫌いかでしか判断できない単細胞なのだろう。七柱のことを胡散臭い連中と思っており、記憶をいじる彼らを嫌悪していたのに、シンイチが七柱だったと言われて事情があったのではと擁護に気持ちが回ってしまうのは、あまりに私情が込みすぎている。
もっと言えば、ルーナやアシモフにも事情があるのかもしれないが――どんな事情があったとしても人の記憶を改竄するようなことは許されるべきことではないはずだ。そう思い直して、一度フラットな視線で状況を整理すべきかもしれない。
それで、話の議題は何だったか――そうだ、T3の件だったか。それに対し、自分なりの意見を述べることにする。
「……人が人を裁くことはあっちゃならない。それに、T3は王都襲撃に、テオドール暗殺の件もある。シンイチの件だけでT3は無罪、とは言えないだろう」
「テオドールの件は、エリザベート・フォン・ハインラインの暴走を見れば納得いただけるとは思いますが……まぁ、アナタの言うことも一理あります。T3?」
ゲンブの問いかけに対し、T3は背もたれに身を深く預けて、修理されたらしい両腕を組んで目を瞑ったまま口を開く。
「私の目的は、七柱の創造神どもに刃を突き立てることだけだ。それが済んだら、後の処遇は好きにするがいい」
「……ということですので、どうかこの戦いが終わるまでは、彼とも仲良くしてやってくれないでしょうか?」
T3のぶっきらぼうな返答に、ゲンブの胡散臭い声によるフォローが入った。別段、この戦いが終わるまで手を組むことに異論は無いし、シンイチに事情があるのと同様、T3にも事情があるのは理解している。
だが、先ほど思ったよう、結局自分は好き嫌いでしか判断できないのだ。実際の所、コイツのことは気に食わない――このふてぶてしい態度を取る男には、皮肉の一つでも言ってやらないと気が済まない。
「けっ、テメェは誰かにフォローしてもらわないと、ごめんなさいの一つもできないのか?」
「ゲンブが勝手に決めているだけだ……それに詫びるとしても、貴様にする義理は無い」
こちらに謝る義理は無い、それはまさしくその通りなのかだが、やはりコイツの態度は気に食わない。どう言い返してやろうか――そう思っているより早く、エルフの隣に座るナナコが机を叩いて立ち上がった。
「T3さん! どうしてアナタは言い方がそう乱暴なんですか!」
「貴様の知ったことでは……」
「知ったことです! いいえ、確かに私が知ったか被るのも違うのかもしれませんが……それでも、言い方ひとつですれ違い続けるなんてもったいないことですよ!」
ナナコに窘められ、T3は気まずそうに少女から視線を逸らしていた。まさかナナコに怒られてしゅんとするとは、可愛い所もあるじゃないか――そう思って内申ほくそ笑んでいる間に、今度はナナコの怒り眉はこちらを標的にしてきた。
「アランさんも! 普段の優しいお兄ちゃん気質を思い出してください!」
「え、いや……」
「お、も、い、だ、し、て、く、だ、さ、い!!」
「は、はい……はい……?」
優しいお兄ちゃん気質とは何ぞや、そんな質問をさしはさむ余地もなく、ただただナナコの勢いに押されて、自分も気が付けば視線を斜め下に落としてしまった。
しばらく場が鎮まったあと、「ははは、さしもの虎も怒る子を前にしては猫のようですねぇ」というゲンブの脳天気な声だけが会議室に響くのだった。