B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「……なるほどな」
自分はアシモフの第六世代型アンドロイドという言葉に対しそう呟いた。薄々、感づいてはいたのだ。レムリアの民は旧世界の人類に対して――それは不完全ながら、チェンやホークウィンドも含む――危害を加えることが出来なかった。それは、アンドロイドの三原則が適応されているとなれば納得いく話である。
そうでなくとも、記憶や感情を自由にコントロール出来るとなれば、それは脳に何かしら作用し、ファイルを消去したり書き換えたりしているのと同義だ。
ソフィアたちにはそんな知識は無いのでピンとは来ていないのかもしれないが――少なくとも今までの話の流れだと碌なものではないことは理解できているのだろう、アガタを除いたレムリアの民たちは皆神妙な表情をしており、その中でもティアがアシモフの方を向きながら口を開いた。
「つまり、ボク達は古の神々……アナタ方の言う旧世界の人類に代わって、そもそも進化を抑制された状態で管理されていた家畜のようなもの……ということになるのかな?」
「はい、その通りです。旧人類のヒトゲノムを持ち、同時に脳内にチップを埋め込まれた人造人間……生物と同様に肉の器を持ち、交配して子を成し、同時に脳に私たち旧人類がアクセスできる生体チップを生まれながらにして持つ存在……それがアナタ達です」
「なんてこった……それじゃあ、ジャンヌが言っていたことは正しかったんだな」
ティアはレヴァルの地下でのことを言っているのだろう。あの時は自分もジャンヌが陰謀論にやられているんじゃないかと笑ったものだが、確かに彼女の言うことは事実だったのだ。そも、事実を知るゲンブから――どの程度詳細に伝えていたかは不明だが――直接話を聞いていたのだから当たり前か。
「……それだけではないだろう?」
ふと、そんな声がブリーフィングルームに響く。声のしたほうを見ると、T3が腕を組みながらアシモフを睨め付けている――老婆は辛そうに男から目を逸らし、懺悔をするように小さな声で話始める。
「はい……魔族もアナタ達同様、第六世代型アンドロイドです。魔族は通常のヒトゲノムを持つアナタ達に細胞変異の……DNAを改竄するナノマシンを埋め込むことで変異させた存在……魔族の体が死して結晶化するのは、ナノマシンの核が残るためです。
そして、変異ナノマシンに特定のアルゴリズムを埋め込み、レムリアの民と魔族が本能的に争うように仕組んだのです」
その辺りの情報は、ブラッドベリや魔族老のグレンの話からある程度の推測は済んでいた。この星に生を受けてからまだ一年と満たない自分は、客観的に――おぞましいとは思うが――事実を受け入れられる。
しかし、そうもいかないメンバーも居るだろう――とりわけ、その生涯のすべてを魔族との戦いに捧げた少女なら尚更だ。
「……何故、そんなことをしたんですか?」
ソフィアが感情のない冷たい声でアシモフに問うた。彼女は生まれながらにして魔族と戦うために教育を受け、本体年頃の子供が受ける暖かさの全てを魔術の習得と魔族との戦いのために投じてきたのだ。それが七柱の仕組んだシステムの上で自分も敵と思っていた魔族も転がされていたとなれば、事実としては理解できても感情としては受け入れがたいだろう。
少女の冷たい声に押されたのか、アシモフはまた覇気のない様子で、乾いた声で続ける。
「レムリアの民の数が増えすぎないように……社会が安定した状態では、人は食糧を備蓄して人口を増やしていきます。それを阻害するためのシステムが魔王復活です。
三百年周期で大規模な戦争を起こさせることで、土地を荒廃させ、人と魔族の双方の数を剪定し……常に一定の人口数に留まるようコントロールするために、魔王ブラッドベリを作り、三百毎に復活させて争わせていたのです」
これも、魔王が言っていた通りそのままなので自分としては新たな驚きはなかった。とはいえ、惨《むご》いことをしているというのは間違いなく――ナナコなど珍しく不快の表情を浮かべている。
「それって、自分の子供たちに、自分勝手な理由で戦争させてたってことですよね? 酷い……」
「アナタの言うことはもっともよ、ナナコ……言い訳はしないわ」
アシモフは、諦めたように小さくため息を吐きながら首を横に振った。つい先日まではレムリアの民から敬愛されていた大地の女神であったのに、今は我が子らから蔑まれた視線を浴びせられているのは堪えるものがあるだろう。
同時に、彼女が今の今まで踏ん切りが着かなかったのもその辺りが原因かもしれない。自分のしてきた悪事に蓋をして、目を背けるような行為。悪いと自覚していても、全てを失うとなればなかなか蓋を開けるのは難しいものに違いない。
もちろん、この世界の倫理は絶対者たる七柱の創造神が作ったと言えばそれまでで、強者の論理を振りかざせば言い訳も立つのかもしれないが――それでも実際に、我が子らに冷たい目で見られる現実は結構辛いものがありそうだ。
「……アナタは旧世界での仕打ちに飽き足らず、この世界でもそんな酷いことをしていたのね?」
冷酷な声が自分の右から聞こえた――見れば、スザクが両腕を胸の下で組んで正面に座る老婆を感情のない瞳で見つめている。
「えぇ……元々は、真理を探求するのが楽しくて仕方がなかった。この星に渡って来た時だって、惑星の在り方を変えられることにワクワクしたものだわ……自分の作ったアンドロイド同士が争うことも、最初は何とも思わなかった……。
それこそ、神というものはこういうものかという傲慢すら抱いたわ。自らが創造した者たちが、互いに憎み合い、殺し合うことを冷酷な感情で見つめていたのを覚えている……」
アシモフはそこで言葉を切り、胸の高さまで上げた両手をじっと見つめた。
「でも、長寿のこの身に宿ってから……いいえ、宿ったからこそかもしれないわね。老いを自覚する中で、生命の終わりを長い時間を掛けてゆっくりと感じ……自分のしてきたことを何度も振り返る時間があった。
同時に、私がしている仕打ちを知らないで、私のことを愛してくれる我が子たち……第六世代型アンドロイドと長く共に生活を続けて、高次元存在を降臨させることが正しいことか、改めて考えてみた。
最初の内こそは……自分のやってきたことを否定したくない思いがあったのでしょうね。真理を掴むには仕方ない犠牲だと思った。でも、段々と……私を慕う子たちを贄としてまで、高次元存在に手を伸ばすのは間違えているのではないかと思うようになって……」
「言い訳しないのではなかったの? それに……アナタはチェンが来なければ、ずっと過ちから目を背けたままだったはずよ」
我が子、それこそ本物の肉親に叩きつけられた正論に、アシモフは何も言い返せなくなっているようだった。自分としてもスザクの――内に居るグロリアの――意見を否定する気は毛頭ないが、同時に今になってでも過ちを正そうと思い直したアシモフの覚悟も認めてあげたい気持ちはある。
しかし、どうフォローに入ればいいものか――そう思っているうちに、場の空気を変える乾いた音が響いた。人形が叩く手の音に、一同は視線をそちらに集める。
「まぁまぁ、皆さん落ち着いてください。別に私はアシモフがやったことを肯定しませんが、魔王とレムリアの民の戦争と言うシステムを考えたのは別人のはずですよ」
「えぇ……魔王征伐のシステムを考え出したのも右京です。それだけではありません、彼がこの惑星レムにおける社会システムの大半を考案しています。
この星の文明レベルの大半が、旧世界においてある地域の中世期に似せて作られているのは、それが旧世界においてもっとも文明が停滞していた時代だったからです。
中世は、先住民と異民族との争いの時代であり、文化や学問が宗教勢力によって占有されていた時代です。社会不安と一部の機関による知識の占有は、肉の器を持つ知的生命体の進化を妨げるのに効果的だと……それを擬似的に創り、三千年に近い期間たもってきたのです」
アシモフがそこまで言ったタイミングで、ソフィアが「少し違和感がありますね」と割り込んだ。
「知識を占有するなら、それこそ旧世界と同じように宗教勢力だけでも良かったはず……それなら学院などというものは作らないほうが良かったのではないですか? 知識を占有する機関は、少ないほどアナタ達の計画は安定するはずですが……」
「それには二つ理由があります。一つは、ルーナの作った月の影響で巨大化した魔獣を征伐できるだけの軍事力がレムリアの民に必要だったから。もう一つはゴードンの……アルジャーノンのこだわりです。
彼はモノリスを解析し、並行世界の可能性を実現する能力……いわゆる魔術の研究に執着していました。同時に、彼は我々の中で、ある意味ではレムリアの民の可能性をもっとも信じているのです。魔術の発展に際し、自分以外の者のアイディアを取り入れようと考えていたのですね」
「なるほど……第七階層を私たち自身が編み出さなければならないのは、そう言った理由からだったのですね。しかしそれでしたら、アルジャーノンはレムリアの民の味方をしてくれるのではないですか?」
「それはどうでしょうか……彼は研究対象としては高次元存在を解析するのが早いとも考えているようでもありますから。こちら側に引き込める可能性を否定こそしませんが、あまり期待はしないほうが良いかと」
「そうですね……私は学長を通してアルジャーノンと会話をしたことがありますが、彼は私たちのことを余り気にしていた風は無かった……魔術を作るのに、猫の手でも借りるかと言った、そんな調子と言うか……」
ソフィアとアシモフがなんだか高度な話をしてくれたおかげで、先ほどの険悪なムードが少し落ち着いたようだった。そして二人の会話が落ち着いたタイミングで、再びゲンブが咳ばらいを一つして場の注目を集めた。
「話を戻しましょう。ともかく、ファラ・アシモフは既に高次元存在への興味は失せ、この星でアナタ達を創り出し、三千年の時の中で考えを改め……自らのしたことを悔い、この星で行われている実験を止めようと決断してくれました。
彼女のしたこと自体は、少なくとも旧世界的な……同時にレムリアの民が基本的に持つ倫理感に反しており、褒められたことでは無いかもしれませんが……これ以上の悲劇を止めるためにも、彼女のしたことに一旦は目を瞑ってやってくれないでしょうか?」
ゲンブの奴、わざわざまぜっかえさなくても良いのに――そう思ったが、ひとまず先ほどのような糾弾は起こらなかった。人形は場が静かなのに頷き、カタカタと口を鳴らし始める。
「皆さま神妙な表情をしていらっしゃいますが……ひとまず、反対意見は無いようですね。それでは、過去の話は終わり。これからの話をしましょう。
私たちが成すべきことは、ルーナ、アルジャーノン、アルファルドの三柱の本体の撃破です。幸い、ハインラインの器はこちらの手中にあるので……そのため、まずは海と月の塔の制圧を行います」
「えぇっと……レアとヴァルカン、レム以外の本体は月にあるんだっけか。それなら、なんで月の制圧に向かわないんだ?」
「正確には、軌道エレベーターの制圧ですね……彼らの本体が眠る月の防衛システムは、惑星レムに侵入しようとするそれとは比較になりません。そもそも、レムにピークォド号を侵入させるのにすら、三百年を待たねばならないほどの準備が必要だったわけで……。
脱線しましたね。ともかく、宇宙船で月に入ろうとすれば、即迎撃システムによって撃ち落とされてしまうでしょう。そのために、軌道エレベーターから月へと侵入しようと考えているわけです」
ゲンブがそこまで言い切ったタイミングで、アガタが小さく手を上げた。
「それに、海と月の塔はルーナの居城であると同時に、女神レムの居城でもある……ルーナの宿るセレナを撃破できればレムの安全が確保できます」
アガタとしても、仕える神を――前世的な発想だと、コンピューターに仕える人間という構図で少々おかしくは見えるが、それがこの世界が独自に三千年間歩いてきた軌跡なのだから、自分の倫理観にあてはめるのもお門違いか――早く救ってあげたいということなのだろう。
それに、レムと言うAIは元々は人間だったのだ。彼女とは多く言葉をかわしたわけではないが、この世界の歪みを最も早く正そうとした七柱である訳だし、同時に確かな温かみがあった――そうなれば、自分としてもレムのことを救ってやりたいとも思う。
「……そうだな。レムのことも心配だよな」
「えぇ……まったく、困った主なもので」
そう言いながら、アガタ・ペトラルカは肩をすくめた。
「それで? 襲撃をかける算段はあるんだろうな? 熾天使だとかがぞろぞろ出て来れば厳しいし、そうでなくとも第五世代型が多く待ち構えているんだろう?」
「えぇ……そのため、しばらくアシモフと共に作戦を練るつもりです。そしてその間にフレデリック・キーツとも連絡を取る予定です。それに、アナタの身体だって、まだ本調子ではないんじゃないですか? 何せ、つい先ほどまで眠っていた訳ですし」
そう言われて、改めて右の肩を回してみる。特に違和感は無いが、先ほどのべスターとの会話を思い返すと――自分の体が死に近づいている――少し休養する期間があってもいいかもしれない。
「アラン・スミス以外の者たちも、各々決戦に備えた準備も必要でしょう。そのため、一週間ほど基地に滞在し、その間にみな準備を済ませて欲しいのです。もっとも、故郷の肉親へ挨拶、などは控えてもらいますが……ま、恐らく帰りたがる人も居ないでしょうし」
人形は軽い調子でそう締めくくったが、アガタを除いては実際はその通りだろう。敢えて故郷を飛び出たシモンに、家との関りが良好でないソフィア――それ以外の者たちには、既に故郷などないのだ。強いて言えば、ティアは孤児院に行くというのもあるかもしれないが――クラウが本調子でない今、帰ってもステラ院長と気まずくなるだけだろう。
「……それでは、質問が無いようでしたらいったん解散にしましょう。誰か、質問したいことはある方はいますか?」
ゲンブはそう言いながら、あからさまに自分の方を見ていた。実際の所、ティアやナナコにはピンとこない話も多かっただろうし、逆にソフィアとアガタはある程度の所まで理解しているだろうから、質問するとなれば自分しかいないのも事実だろう。
「一個だけ確認が漏れていたことがある。シンイチは……右京は、俺とチェンの対立構造を作って高次元存在の降臨を早めてるって言ってたな。降臨を早めるってのはどういうことだ?」
「アナタを勇者に祀り上げ、そしてその敗北を演出することで、第六世代型アンドロイド達の心に絶望と停滞感を降ろし……高次元存在の降臨を三百年早めようとしたのです」
「進化が停滞していると見なされるには三千年間必要なんだろう?」
「それはあくまでも原則なので……知的生命体が文明を持ってからの時間と、精神的な停滞の相関関係があり、再起不能なほどの絶望が多くの者の心に降りれば、高次元存在が降臨すると計算されています。
実際、レムリアの民たちの心の停滞は私たちが最初に試算していたよりも早い……アナタも旅の中で見てきたのではないですか? 社会不安は止まらず、どこか無気力な人々を……」
言われて思い出す。魔王が倒された後ですら、人々は浮かない顔をしていたことを――もしかするとだが、第六世代型アンドロイド達は自分たちがDAPA幹部に管理されていることを無意識的に認識しているのかもしれない。
三千年近く変わらない社会構造、文化レベルの発達もなく、ただ同じ慣習を踏襲しながら生かされ続ける人々――そんな状態では未来に希望も持てず、無気力になってしまうのも致し方ないのではないか。
一方で、知的生命体に課せられた使命が進化と言うのもなんとなくだが理解できる。苦しいことの多い現世において、人が絶望しきらずに生きていけるのは、きっと未来に何かを期待して、流れに逆らって何かを掴もうとするから――それが高次元存在とやらの望む宇宙の意味に何か関係するのかもしれない。
まぁ、高次元存在とやらも大概ではあると思う。生物を作って苦しみの多い世に解き放ち、何かをして見せろというのも傲慢そのものだ――そう思っていると、ゲンブは人形の肩をすくめて首を横に振った。
「社会不安に上乗せして、私たちが王都を襲撃したせいで、古の神々が復活したというのが確からしいとレムリアの民たちの心に刻まれてしまいました。同時に、レムも狙ったわけではないはずですが、アナタも間違いなく異世界から現れた戦士であり、王都襲撃を救った英雄です。
我々の存在は第六世代型アンドロイド達にとっては脅威ですが、同時に絶対の神である七柱の預言……十代目の勇者が魔族や邪神との戦いに終止符を打つという神託が、今まさに再現されてしまっているのです。
さて、そんな絶望多き現世において、神託に僅かな望みを託している者が多い中で、勇者が敗北してしまったら?」
「なるほどな。もし俺が本当にお前らを倒してしまったら七柱が俺を殺せばいいし、逆は逆……どちらにしても、勇者が敗北し、邪神は復活するというシナリオをレムリアの民たちに見せることができる。つまり、右京は漁夫の利を狙ったってわけか」
「恐らくちょっと違いますね。右京は私たちが最終的に手を組むことは読んでいたでしょう……ですから、我々を一気にせん滅するための準備をするために時間を稼いでいた、というのが正しい様に思いますね」
ゲンブが話し終わったタイミングで、今度はアシモフが「同時に……」と語り始める。
「邪神復活という演出は、魔族の暴走と第五世代型アンドロイド達によって引き起こされる予定でした。そのため、ルーナは各地の第五世代型アンドロイドを起こして周っているのです。
実際に勇者が敗れ、各地で暴れる魔族に、目に見えぬ怪物まで現れたとなれば、第六世代型アンドロイド達の絶望は臨界点を超えるでしょう。
仮にアナタがルーナから逃げおおせたとしても結果は変わりません……この世界の通信インフラは教会と学院が占有しています。アナタが死んだという偽りの情報をレムリアの民たちに流せば、彼らはそれを信じてしまうでしょう」
「そうか……それなら、絶対にルーナたちを止めないとな」
要するに、自分たちが負けてしまえば七柱の悲願が為る――というより、自分たちがルーナ達を倒せなければ、向こうの計画は進み続けてしまう訳だ。チェン達を邪悪な神としてレムリアの民に周知させられ、自分が勇者として第六世代型アンドロイド達に公表されてしまった時点で、もはや退路は無くなっていたのだ。
右京の計画について質問した後、他に質問者はおらず、会議は解散となった。ただ一点、この場で済ませておきたいことがある。一緒に戻ろうと提案してきたスザクとソフィアを先に戻っておくよう言いつけ、人々が捌《はけ》けていく会議室の中で一人机の前でうなだれている老婆の方へと向かう。
「……ファラ・アシモフ」
自分が声を掛けると、エルフの老婆は気だるげに顔をあげて、なんだか疲れた表情でこちらを見つめてきた。
「原初の虎……まさかアナタと手を組むことになるとは夢にも思いませんでしたが……私に何か用ですか?」
「あぁ……一応、謝っておこうと思ってな。許されるもんでもないかもしれないが……グロリアを連れ出したことに、多少は心労もあったんじゃないかと思って」
「謝られる筋合いはありませんよ……私は良い親ではありませんでしたから」
「あぁ、べスターから聞いたよ。でも、アンタは自分がやってきたことを後悔してるんだろう? グロリアのことも、レムリアの民たちのことも……それなら後にできるのは行動だけだと思うぜ」
自分の言葉に、老婆は一瞬きょとんとして――しかしすぐに口元に皺を寄せて苦笑いを浮かべた。
「ふぅ……あっけらかんと言ってくれますね。しかし、だからこそあの子は……DAPAにいるよりもアナタといる方が幸せだったでしょう」
話すにつれて、アシモフの声色は段々と柔らかくなる――行動だけと言った自分に対しては釈然としない想いを抱いたのだろうが、恐らくだがこちらの言葉を次第に呑み込んで、共感してくれたのだろう。
しかしそう思っていたのも束の間、アシモフは真面目な顔つきになり――どこか感情の読めない瞳でこちらを見つめてくる。
「一つだけ言っておきます。アナタは私にとって、大分因縁のある相手です……グロリアをさらったのもありますが、多くの我が子である第五世代型を葬ってきたこと。それに……私の夫を殺したのはアナタです」
「……なんだと?」
一瞬、相手の言っていることを理解するのに時間を要し――そしてすぐにやらかした、と思った。もちろん、過去の記憶など無い自分には実感はないが、しかし彼女の言うことが本当なら、彼女からしてみたら仇が償いをしろと言ってきたことになる。それには納得しがたいものがあるだろう。
同時に、アシモフの夫を自分のオリジナルが殺害していたとなるならば、グロリアの父を殺めてしまったということにもなるのではないか。
改めて、自分が暗殺者であったという事実を反芻する――エルに疑惑をかけられた他、べスターからは言われていたし、そういうものなんだろういう認識自体はあったが、本当に殺めていたという自覚は足りていなかったのかもしれない。
自分が何と答えるか迷っているうちに、アシモフはふと微笑を――皮肉や苦笑ではない、こちらを安心させようという感じの笑みを浮かべた。
「安心して、とは言わないけれど……人体実験に利用した私たち両親のことを、グロリアは恨んでいたわ……それでも、夫を殺したという事実は消えない。アナタはそれをどう償うというの?」
「それは……」
「ふふ……意地悪な質問をしてごめんなさい。別に、クローンであるアナタに償ってほしいと思っているわけではないわ……お互い、過去のことは水に流しましょう。私は私にできることをします。アナタも、アナタにできることを……頼りにしていますよ、アラン・スミス」
そう言ってアシモフは立ち上がり、扉の方へと歩いていく。自動ドアが開いた時に僅かに振り返り、今度こそは皮肉気な笑みを浮かべてこちらを見た。
「……私は殺された夫ではないから気にしないで、とは言えないけれど。原初の虎がそんな調子では頼りないわよ?」
アシモフはそう言いながら廊下へと消えていった。恐らく、彼女なりに気にするなと言いたかったのだろうし――それこそ、暗い調子で言われるより皮肉めいて言われる方が幾分か気も紛れる。
それに、先ほど考えたように、自分たちは負けられないのだ――そうなればアシモフの言う通り、迷っている暇などない。そう思いながら拳を握って、自分もブリーフィングルームを後にした。