B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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極地の独房にて

 長い会議が終わって後、自分はエルが居る部屋へと向かった。会議の内容自体も濃密で、考えるべきことはたくさんあるが――ひとまず、会議に参加していなかった彼女のことが気になるし、思考をまとめるよりも早く彼女に会いに行くことにしたのだ。

 

(……どうせ、俺のことで気に病んでいるだろうからな)

 

 エルの奴、暴走して自分を傷つけてしまったことを過剰に気にしてふさぎ込んでいるに違いない――それで引きこもっているのだろう。

 

 性格は細やかで繊細そのものの彼女らしいと思えばそれまでだが――エルに刺されることは自分で選択したことなのだから、エルが気にすることなんて無い、それを伝えなければならない。

 

「……こちらです!」

 

 案内を買って出てくれたナナコが振り向きながら指し示した扉は、施設の最下層にある――恐らくだが数十メートルは下った――更に奥まった通路の一番奥にあった。一言で言えば、ここはチェン・ジュンダーが有事の際に設計した砦の最奥中の最奥といった場所であり、これは確かに案内が無ければたどり着きにくい場所だった。

 

「案内ありがとう、ソフィア、ナナコ」

「うぅん、気にしないで……それじゃあ、私たちは行こうか、ナナコ」

 

 ソフィアはどことなく寂しげな微笑をこちらに見せて後、隣に立つ銀髪の少女の方へと向き直った。一方のナナコは驚いた表情でソフィアの方を見ている。

 

「え、でも……」

「エルさんも、多分アランさんと二人きりの方が話しやすいと思う……色々あった後だからね」

「うぅん、それは確かにそうかも……」

 

 ナナコは側頭部に両の人差し指を押し当て、少しの間考え込んでいる。自分としてはソフィアとナナコが居ても問題ないのだが――当のナナコは「そうだね」とごちてこちらへ向き直り、大きなポニーテールを振りながら大きく頭を下げてきた。

 

「あの、アランさん。エルさんのことをよろしくお願いしますね」

「うん? どういうことだ?」

「エルさん、すっごい悩んでて……きっとアランさんと話せば、気分も晴れると思うので」

「あぁ、アイツは結構細かいことを気にするからな。俺は気にしてないんだが」

「アランさん。人の感情はそう簡単じゃないよ」

 

 最後の声は、正面ではなく横から聞こえてきた。見れば、ソフィアが神妙な面持ちでこちらを見ている。

 

「クラウさんの言葉を借りれば、まったくアランさんなんだから……なんだけど。でも、エルさんは間違いなくアランさんを待ってるから、行ってあげて?」

「……あぁ、分かった」

 

 ソフィアの心理は推し量れないが、ともかく今はエルに会いに来たのだから、ひとまずそれを果たすべきだろう。ナナコが扉横の装置を――パスコードを打ち込んでいるらしい――操作すると扉が開いた。

 

 中は暗いようだが、確かにエルの気配がする。振り返ればソフィアとナナコは既に引き返しており――自分は暗い部屋の中へと入ることにした。

 

 ◆

 

「……ソフィア、いいの?」

 

 廊下を先に歩く少女に追いつき、隣に並んでそう問うた。元々、アランの案内に買って出た理由は色々ある。ここに来るのに場所を知らなければ大変だろうということ、単純に自分がエルのことを心配だということ――そして同時に、エルとアランを二人で会わすのをソフィアが嫌がるかな、と思ったためだ。

 

 下世話な勘ぐりにはなるが、意中の人を他の異性と二人っきりにさせるのを独占欲の強いソフィアは嫌がるだろうし、同時にアランはソフィアが同席するのを気にしないだろうから、それなら自分が緩衝材として一緒に行くのが良いかと思ったのだが――それ故、まさかソフィアから二人っきりにさせてあげようと打診が出るとは思っていなかったのが正直なところだ。

 

 もちろん、エルの心中を考えれば、アランと二人の方が込み入った話もできて良いだろう。きっと自分たちが居ればエルがこちらに気を使ってしまうから――エルのことを慮《おもんばか》ったソフィアの意見も尊重したい。

 

 そんな諸々の事情をもって心中を聞こうと思って良いのか尋ねた訳だが――ソフィアは寂しげに俯きながら口を開いた。

 

「うん、いいの。自分がエルさんの立場なら……きっと同じ道を選ぶと思う。そして、その覚悟を決めるためにアランさんと二人で話をしたいって思うから」

「……私は、エルさんにその選択肢を選んで欲しくないと思うよ」

「私だってそうだよ。エルさんはここまで一緒に旅してきた仲間だから。でも、同時に……エルさんが下す決断なら、私は賛成することにする」

 

 ソフィアは寂しげにそう呟いた。自分はエルがその決断をすることに反対なので、ソフィアの言う事に手放しで頷くこともできないのだが。同時に自分よりエルとの付き合いの長いソフィアにしか分からない感情もあるだろうから――そこからはしばらく互いに何も言わずに廊下を歩き続けた。

 

 

 ◆

 

「おい、エル。俺だ」

 

 そう声を掛けるが、返事はない。寝ているのかと思ったが、確かにこちらを見ている気配がする――ともかく、こう暗くては相手の表情が分からない。閉じた扉のすぐ横にあるスイッチを入れると部屋に明かりがつき、ようやっと部屋の全容が明らかになった。

 

 室内は縦長で、簡単な水回りと机に椅子、それにベッドが設置されているという簡素な作り。端的に言えば、独房という表現がしっくりくるだろう。逆を言えば、それらの最低限の設備だけで他の物は何一つ置かれていない。強いて他にある物をあげるとすれば、天井に設置されているカメラくらいのものだった。

 

 そんな小さな檻の中で、エリザベート・フォン・ハインラインはベッドの上で膝を抱えて小さくなっていた。きっと暗がりにずっといたのだろう、部屋に明かりがついたのが眩しかったのか、目を細めたと思ったらすぐに額を膝に当てて更に小さく縮こまってしまった。

 

「……ちょっと見ない間にげっそりしたんじゃないか?」

 

 自分は備え付けられている丸椅子に腰かけながらそう問うた。一瞬だけ見えた彼女の顔の印象がそれだった。自分が眠っていたのは丸三日らしいが、その区間でエルは飲まず食わずで、この真っ暗な部屋の中でずっと縮こまっていたのかもしれない。

 

 こちらの掛けた言葉にエルは少しだけ肩を揺らしたが、その後の返事はなかった。そのまま幾許かの沈黙が続き――どう声を掛けたものかと悩んでいるうちに、彼女の方から「ごめんなさい」と小さく声がもれてきた。

 

 気にしてないぞ、と返そうと思ったものの、それはなんだか適切でないような気もした。先ほどのソフィアの言っていたことを思い出す――人の感情はそう単純ではないと。実際その通りで、こちらが気にしていなかったとしても、それで彼女の気が晴れる訳ではないのだから。

 

 それでは何と返せばいいか。気にすんじゃないと命令口調で言ってみるか? 今は少し強い言葉を使った方が、彼女自身も変に頭を使わずに済むかもしれないが――エルの心情的には変わらない気もする。

 

 逆に、どうすれば気が晴れる? と率直に聞いてみるか――ダメだな、恐らくより暗い解答が来るか、押し黙ってしまうかのいずれかだろう。

 

「……とりあえず、俺はここにいるからさ。気が向いたら声を掛けてくれ」

 

 さんざん悩んだ挙句に絞り出した答えがこれだったが、言った後に若干後悔した。声をかけてくれと言うのは相手の主体性に委ねることを意味する。今のエルに対しては、少し強引でも何か会話の糸口を見つけてやるべきだったかもしれない

 

 とはいえ、彼女の自主性に任せるべき部分があるのも間違いないし、下手な慰めも逆効果かもしれない。だから少し様子を見てみよう、そう思って椅子の上で腕を組み、エルからのアクションを待ってみることにした。

 

 そしてしばらく時間がが流れ――恐らく長くとも数分程度だろうが、もっと長く感じた――エルは膝を抱いたまま顔だけこちらへ向け、琥珀色の瞳でこちらを見つめてきた。

 

「私、コールドスリープとやらを受けようと思っているの」

 

 最初、エルの言葉が意味するところが分からなかった。俺を刺してしまったことや操られていたことが話の主題になると思っていたので、冷凍睡眠など明後日の方向の話題が来るとは露にも思っていなかったからだ。

 

 少し考えて、なんとなくだが言わんとするところが分かってきた。恐らく、エルには誰かから彼女の血脈に関する事実が共有され、これ以上暴走しないようにコールドスリープを勧められた、ということなのだろう。

 

 元々はハインラインの器としてゲンブたちにとってエルは暗殺対象だったことを鑑みれば、コールドスリープの打診は温情と言ってもいいのかもしれない。

 

 しかし――。

 

「俺は反対だぞ」

「……どうして?」

「エルは操られていただけだし、刺されたのだって俺の意志だ。エル自身が悪いことをした訳じゃない」

 

 エルに責任はないのに、まるで罪人かのように扱われているのは納得がいかない。エルは少々シニカルな所があると言えど、根は温厚で控えめで、誰よりも優しい――そんな彼女が悪気があった訳でないのに、コールドスリープなどという処置を受けることは自分としては許容できなかった。

 

 そんな自分の意見に対して、そういう訳じゃないの、とエルは呟き、腕を自らの前に出して掌をじっと見つめだした。

 

「私は、怖いのよ……この体が存在しているだけで、また誰かを傷つけてしまうかもしれない。そのことが、どうしようもなく怖いの」

「だが、この基地内にさえいれば安全だろう? もう操られることもないだろうし……」

「ここに居れば安全、そうかもしれない。でも、私はもう自分がイヤなのよ……正直に言うわ。私、アナタと戦っている時……どうしようもなく気分が高揚していたの。

 私の中に、理性ではどうしようもない本能がある。ゲンブから概ね事情は聞かされたわ。私に流れる血が……武神ハインラインの血が、本能レベルで邪神ティグリスとの闘争を求めているんだろうって」

 

 エルの言葉に、べスターが言っていたことを思い出す。リーゼロッテ・ハインラインの殺意はエルに引き継がれているように見えると。同時に、彼女の身体を操っていた何者かも――恐らくプログラムの様なものだろうが――歓喜に震えているのはエル自身と言っていた。

 

 そうなると、エルが言うこともあながち嘘でもないのだろう。彼女の中に流れる血が、自分との決着を求めている。自分のオリジナルが右京にやられたとなれば、オリジナルとハインラインは雌雄を決することが無かったのだ。彼女の中に流れる血が、一万年の時を超えて闘争の結末を求めているのだろう。

 

 いっそエルと戦って、決着を付ければ彼女の気も晴れるだろうか? きっと、そんなことはない。もしそうなら――かなり乱雑な考えではあるが――彼女はこの独房に収まらず、自分と戦う機会を伺って、刃を向けてきたに違いない。

 

 エルがそうしないのは、彼女の理性と良心とが自らの本能に歯止めをかけているからだ。以前、准将と言う立場がソフィアを縛る拘束具であったのと同様に、この独房は彼女の本能を押さえつける物理的な檻であるのと同時に、精神的な枷とするために、エルはここに留まっていたのに違いないなかった。

 

 再び室内に沈黙が戻ってくる――そして少ししてからエルの方が再び口を開いた。

 

「……事実を知って、もう私は何もわからなくなってしまって……お義父様が殺されたのだって、その事情を理解してしまうと……私が家を捨て、追い求めてきた復讐は何だったの?」

「復讐だけが全部じゃないだろう? エルには、ハインライン辺境伯を継ぐっていう使命があって……」

「この呪われた血を引き継ぐために? アナタとの戦いにどうしようもなく昂ってしまう、卑しい女が領民の何を背負えると言うの?」

 

 なんとかエルのマイナス思考を止めるためフォローを入れようとするが、こちらが話している途中で割り込まれてしまう。確かに自分との戦いを求めるのも彼女の一面かもしれないが、同時にすべてではない――虚飾の結婚式の後、民の前に立った彼女は間違いなく高潔な志を持つ領主のように自分の目には映ったし、アレも間違いなく彼女の持つ一面のはずなのだ。

 

 だが、今はそれを言ってもエルの精神は更なる負の連鎖に巻き込まれて行ってしまいそうだ――そう思い少し言葉に詰まっていると、エルはどこか虚ろな瞳で自嘲気味な笑みを浮かべた。

 

「本当なら、私は自ら命を絶つべきなのよ。それを選べないのは……私自身が弱いから。こうやって、部屋の隅でうずくまることしかできない、浅ましい自分……本当にイヤになる。

 それに、ゲンブにコールドスリープを勧められた時に、迷わずそれを選ぶべきだったのに……こうやって、アナタが起きてくるのを待って、何かが変わるんじゃないかって期待してたの。アナタを傷つけたのは自分なのに……」

「あのな、そこまで自分を卑下するのなら流石に怒るぞ?」

 

 こちらの言葉で遮ると、エルはこちらを見て一瞬ハッとした表情を浮かべ――そしてすぐに泣きそうな顔になってしまう。繊細な彼女の辛そうな顔は幾度となく見てきたように思うが、こんな幼い子供のような、少し触れたら壊れてしまいそうな弱弱しい表情は初めて見た。

 

 あまりのか弱さにこちらも言葉を失っていると、エルは手の甲で瞼を拭い、長い髪を垂らしながら深々と頭を下げてきた。

 

「ごめんなさい、自分のことばかりで……そう、こんなことを言っている場合じゃないわね。私は、何よりもアナタに謝罪しなければならないのに」

「頭を上げてくれ……最初に謝ってくれたじゃないか。それに、納得してくれるかはわからないが……さっき言ったように、刺されることを選んだのは俺自身だ。だから、エルが悪いことをしただなんて思ってないぞ」

「えぇ、そうでしょうね。アナタは強くて優しいから……私のしたことなんて気にしてないと思う。

 でも、今はその強さと優しさが辛いの。私はアナタの役に立とうと思って一緒に旅を続けてきたのに……結局迷惑を掛けるばかりで、守られてばかりなんだもの」

 

 そこまで言ってようやっとエルは頭を上げて――とは言っても、膝の上に戻ってきた程度だが――改めてどこか虚ろな目で膝を眺めながら話し続ける。

 

「私、凄く、凄く矛盾してるわ……アナタの背中を護りたい自分と、アナタと戦いたい自分が同居していて……アナタと話したい自分と、話したくない自分すら同居している。

 もう、アナタに慰めて欲しいのか、蔑《さげす》んで欲しいのか……許してほしいのか、許されたくないのかすら、自分でよく分からないの」

「……君を許すのは、俺じゃなくて君自身なんだと思うぞ」

 

 なんとなく、彼女は自分のあり方を人に求めすぎなように思う。人に気を使うのは素晴らしいことでもあるが、多少強引でも、我儘でもいいから、自分で自分の評価を決めなければ何ともならない時だってある。

 

 それに、彼女が選んできた道を否定だってして欲しくはない。復讐に燃える黒衣の剣士は、同時にいつだって誰かを護るために――この世界で行く当てのなかった自分を助けてくれたのだから。

 

「なぁ、エル。不思議だよな。この星に、あの海岸に降り立った時の俺は、間違いなく非力で……エルが居なければ、今ここに俺は居なかったはずなんだ。君は俺に守られてばかりと言ったが、そんなことはない。俺だって君に守られてきたんだからさ……感謝してるよ。

 ただ、俺の気持ちより重要なことは、君がやってきたことがキチンと誰かの心に届いてるってことだ。だから、今は自分が許せなくても……君がやってきたことをすべて否定するような寂しいことは言わないでくれ」

「アラン……」

 

 エルは膝から顔を離してこちらの名を呼んで後、ただじっとこちらを見つめている。そこには悦びも無ければ悲しみも無い、言ってみればどう返答すればいいのか分からない、という表情があるが――とりあえず負の連鎖が止まっただけでも良しとしよう。

 

 エルに対していったことは、偽りない自分の本心だ。彼女に救われたから、自分はここにいる――レヴァル海岸の時だけではない。彼女はいつだって無茶をする自分のことを信じてくれ、いつだって背中を押してくれた。それがどんなにありがたかったか。

 

 悔しいのは、今のエルは自責の念が強すぎて、自分のどんな言葉も彼女の心の痛みを和らげてあげられないことだろう。自分の無力さに嫌気を持ちつつ、少しだけ落ち着いた彼女に自分の意見を伝えることにした。

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